学位論文要旨



No 111106
著者(漢字) 砂原,俊之
著者(英字)
著者(カナ) スナハラ,シュンジ
標題(和) 円柱列に働く波漂流減衰力に関する研究
標題(洋)
報告番号 111106
報告番号 甲11106
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3350号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 木下,健
 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 前田,久明
 東京大学 助教授 影本,浩
内容要旨

 浮遊式海上空港や石油掘削リグ等の半潜水式海洋構造物、海上作業用のバージ、給油中のタンカー等は海上において位置保持のために鎖などで係留される。この係留系は浮体の質量に比べ水平方向の復原力係数が小さいため水平面内の固有周期は非常に長くなる。これに不規則波などによる長周期の外力が加わると、系の固有周期と同調して大変位動揺を引き起こす。この長周期運動は係留鎖の破断事故などの危険性があるため、その特性を的確につかむことは係留系の設計において大変重要である。

 波浪中における長周期運動に関する研究は1974年のPinkster以来、これまで主に波浪外力について行われてきたが、この現象を制御するには、波浪中での長周期運動に対する減衰力と付加質量力の推定が重要であることがわかってきた。特に長周期減衰力については、数多くの研究者が理論的、あるいは実験的に様々な研究を行っているが、未だなお、その物理特性は理論的にも実験的にも十分に解明されていない。その困難の主な要因として長周期運動に対する流体力は波周期成分の力に比べて非常に小さいので、実験において計測精度を得るのが難しい事があげられる。また長周期減衰力は主に粘性成分とポテンシャル成分である波漂流減衰力とに分けられるが、このポテンシャル成分を陽に表示する厳密解が存在しなかった為に、今までの計算においては、その精度チェックの面で問題があった。つまり、ポテンシャル成分である波漂流減衰力を陽に表示する厳密解を得ること、その理論に基づくポテンシャル成分を測る精密な実験によって、その理論の仮定をチェックすること、その上で粘性成分についても議論することができ、最終的に長周期減衰力を正確に推定することができる。

 本研究では、WichersやNewmanが提案したように、長周期運動を遅い一様流れと規則波の共存場での係留浮体の運動に置き換える仮定を採用し、実験及び計算の両面から波漂流減衰力を陽に見積もることを目的とした。この場合波漂流減衰力は、波浪中曳航実験よりポテンシャル流体力として得られる定常波漂流力の、流速に関する微係数として陽に求められる。この方法を付加抵抗法と言う。そして、波漂流減衰力が長周期運動にいかなる寄与をするかについて詳細に調べた。具体的には、海洋構造物のモデルとして北太平洋などの日本近海に置かれた大型浮体構造物を取り上げ、自由に運動を許された複数の鉛直円柱列を持つプラットフォームに働く流体力について、円柱間の干渉問題と自由揺れ問題も取り入れた形で、計測実験かつ理論計算の両面から詳細に調べた。付加抵抗法を用いて長周期運動をよく説明することができれば、長周期流体力の実験的計測も計算も簡便なものになり、設計への応用も容易になる。

 このような前提に立ち、まず長周期運動を一様流れに置き換える仮定をした場合のポテンシャル理論に基づく準解析解を求めた。これは、速度ポテンシャルを波傾斜パラメータと前進速度パラメタ=U/g(ここでUは定常前進速度、gは重力加速度)の2つの微小パラメタで摂動展開し、固有関数展開法を用いて次までについて厳密に解いたものである。これは、円柱の端部が水底に達していない場合について、複数柱体間の干渉及び、浮体の運動によるラディエーション影響も考慮して解いている。そして、鉛直円柱列に加わる一次波強制力、定常波漂流力および波漂流減衰力の陽な表示式を導いた。

 統いて模型実験を行った。まず、一様な流れと規則波の共存場に固定された4本の鉛直円柱列を考えて、ディフラクション力を計測した。つまり、模型を曳航電車に固定して波浪中曳航試験を行い、一次波強制力、定常波漂流力、波漂流減衰力の各流体力を、入射波の波数ka(aは円柱の半径)、入射波波高H、及び喫水dを変化させて計測した。そして、ポテンシャル流の仮定の基で求めた流体力が、円柱の様な肥大形状の場合にも、実験値と一致するかどうかを確かめた。続いて、模型を線形ばねで係留した状態を作り、波周期での運動を許した場合の連動変位とその流体力の計測を行った。つまり自由揺れ問題について定常波漂流力、波漂流減衰力、そしてxz平面での運動、つまりsurge,heave,pitchの各運動を計測した。そして、波周期による運動が長周期流体力にどのような影響を与えるかについて調べた。

 このようにして得られた実験値と計算値を比較して、波と流れの共存場における複数円柱列に働く流体力と運動について、各変数に対してどのような影響を受けるのかについて調べた。本研究では、流速UはFn=U/で定義されるフルード数によって与えられ、今回は計算、実験の共にその値は0.05である。その結果、ディフラクション実験と自由揺れ実験共に実験値と計算値はよく合っていた。つまり今回の実験範囲では、遅い一様流れ中の波浪中抵抗増加はポテンシャル流体力でよく説明できることがわかった。又、長周期運動を語る際に重要となる波漂流減衰力が、波周波数に強く依存し、円柱列の相互干渉によっても強く影響を受けることが確認された。但し、細かくみると波高が大きくなるにつれて計算値と徐々にずれていく傾向が見られた。このように、定常波漂流力や波漂流減衰力係数は力のオーダーが小さく実験的に直接得ることは困難と考えられていたが、今回のような実験方法によって、十分信頼できるデータが得られることが確認できた。そして計算法にも十分信頼性のあることがわかった。

 そして最後に、周期運動である長周期運動を一様流れに置き換える仮定が、どれだけ実際の現象に対応しているかの検証のために、長周期運動に相当する波浪中自由減衰実験を行い、付加抵抗法で得られた各流体力係数を用いた時系列運動シミュレーション計算との比較を行った。そして、減衰する時系列の減滅係数を考えることによって、各減衰力の長周期運動への効果を調べた。その結果、付加抵抗法により得られた波漂流減衰力の値を用いたシミュレーションの結果は実験結果とよく合っており、長周期減衰力は粘性抗力よりも波漂流減衰力の方が支配的であることがわかった。また波高直径比が3分の1以下では付加抵抗法によって得られた波漂流減衰力は長周期運動の減衰力をよく説明しており、波高直径比が3分の1以上では付加抵抗法による波漂流減衰力の実験値を用いても、シミュレーション結果と実験結果は違いが見られた。つまり、付加抵抗法による波漂流減衰力を用いて長周期運動を推定する方法の有用な範囲を得た。なお、大波高域でのずれは、円柱直径と、波長及び波高の関係を調べた結果、粘性による影響よりも、砕波限界に近づくことによる大波高影響によることがわかった。

 結論として、係留浮体の長周期運動に関して以下のことが得られた。

 波浪中におかれた、円柱列で構成される係留浮体の長周期運動を規則波と一様流れの共存場問題として捉える仮定に基づいて精密な模型実験を行い、付加抵抗法により波漂流減衰力を初めて精度よく求めた。そして、ポテンシャル流れを基にした波漂流減衰力の陽な解を表示する解析解を用意して、実験値と比較した。

 その結果、実験値と理論値は非常に良く合っており、一様流れにおける波浪中抵抗増加は剥離渦を生じやすい一様流中の円柱の問題にもかかわらず、ポテンシャル流れで良く説明できることがわかった。実験値の波高影響については、大波高において、ポテンシャル解と徐々にずれていく特性が見られた。

 波漂流減衰力は円柱列の干渉によって大きく影響を受け、入射波の波数kaによって大きく変化することがわかった。特に、ka=0.8では、負の値を取っており、シミュレーションの結果からもほとんど減衰しない自由減衰振動が得られており、係留浮体の係留鎖の破断事故や浮体同士の衝突事故等を考えた場合、この領域での長周期運動振幅の推定がきわめて重要になる。

 波浪中自由減衰実験とシミュレーション計算とを比較した結果、波高直径比が3分の1以下の場合、付加抵抗法より求めた波漂流減衰力で長周期運動の減衰力をよく説明できることがわかった。波高直径比が3分の1以上の場合、付加抵抗法により求めた波漂流減衰力は現象を十分に説明しない。従って、この領域では別の解析法を考える必要がある。又、これまで波周期運動などの高周波外乱による長周期粘性減衰力への影響が指摘されているが、今回のシミュレーションの結果、その効果は必ずしも常に強いわけではなく、その影響を考慮しない場合でも充分な精度を持って長周期運動を推定できる可能性を示唆している。

 付加抵抗法によって求めた波漂流減衰力を用いて長周期運動を推定する手法が有効である範囲について、波長及び波高を調べた結果、波高が大きくなるにつれて、推定の精度が低下することがわかった。それは粘性影響よりも砕波限界に近くなる大波高影響によるものと考えられる。しかし、本研究で想定したようなモデル浮体と海域の場合、極端な大波高域を除いてそれらの影響は小さい。結局、本研究で行ったような長周期運動を一様流れにおきかえる仮定を用いて、波漂流減衰力を精度よく推定出来ることがわかった。

 なお、本研究で示した波漂流減衰力の周波数応答を用いれば、不規則波中の波漂流減衰力を推定することができる。

審査要旨

 海上において位置保持のために鎖などで係留される浮遊式海上空港や石油掘削リグ等は、浮体の質量に比べ水平方向の復原力係数が小さいため水平面内の固有周期は非常に長くなる。これに不規則波などによる長周期の外力が加わると、系の固有周期と同調して大変位動揺を引き起こす。この長周期運動は係留鎖の破断事故などの危険性があるため、その特性を的確につかむことは係留系の設計において大変重要である。

 この現象を制御するには、波浪中での長周期運動に対する減衰力の推定が重要であるが、その物理特性は理論的にも実験的にも未だ十分に解明されていない。その困難の主な要因として長周期運動に対する流体力は波周期成分の力に比べて非常に小さいので、実験において計測精度を得るのが難しい事があげられる。また長周期減衰力は主に粘性成分とポテンシャル成分である波漂流減衰力とに分けられるが、このポテンシャル成分を陽に表示する厳密解が存在しなかった為に、今までの計算においては、その精度チェックの面で問題があった。つまり、波漂流減衰力を陽に表示する厳密解を得ること、その理論に基づくポテンシャル成分を測る精密な実験によりその理論の仮定をチェックすること、その上で粘性成分についても議論することができ、最終的に長周期減衰力を正確に推定することができる。

 本研究では、海洋構造物のモデルとして北太平洋などの日本近海に置かれた大型浮体構造物を取り上げ、長周期運動を遅い一様流れと規則波の共存場問題に置き換える仮定を採用し、実験及び計算の両面から波漂流減衰力を陽に見積もることを目的とした。この場合波漂流減衰力は、波浪中曳航実験よりポテンシャル流体力として得られる定常波漂流力の、流速に関する微係数として陽に求められる。これを付加抵抗法と言う。そして、波漂流減衰力が長周期運動にいかなる寄与をするかについて詳細に調べる。この付加抵抗法を用いて長周期運動をよく説明することができれば、長周期流体力の実験的計測も計算も簡便なものになり、設計への応用も容易になる。

 このような前提に立ち、まず長周期運動を一様流れに置き換える仮定をした場合のポテンシャル理論に基づく準解析解を求めた。続いて模型実験を行った。4本の鉛直円柱列を考えて、まず波浪中曳航試験を行いディフラクション力、つまり一次波強制力、定常波漂流力、波漂流減衰力の各流体力を計測した。続いて、模型を線形ばねで係留した状態を作り、波周期での運動を許した場合の運動変位とその流体力の計測を行った。

 このようにして得られた実験値と計算値を比較した結果、各実験共に計算値とよく合っていた。つまり今回の実験範囲では、遅い一様流れ中の波浪中抵抗増加は渦の剥離を起こしやすい円柱についてもポテンシャル流体力でよく説明できることがわかった。又、波漂流減衰力は波周波数に強く依存し、円柱列の相互干渉によっても強く影響を受けることが確認された。特に、波数ka(aは円柱の半径)が0.8の時は負の値を取り、係留鎖の破断事故等を考えた場合、この領域での長周期運動振幅の推定がきわめて重要になる。このように、定常波漂流力や波漂流減衰力の実験的計測は困難と考えられていたが、今回用いた実験方法によって、十分信頼できるデータが得ることができた。そして計算法にも十分信頼性のあることがわかった。

 最後に、周期運動である長周期運動を一様流れに置き換える仮定を用いてどこまで説明できるかの検証のために、長周期運動に相当する波浪中自由減衰実験を行い、付加抵抗法で得られた各流体力係数を用いた時系列運動シミュレーション計算との比較を行って、各減衰力の長周期運動への効果を調べた。その結果、付加抵抗法により得られた波漂流減衰力の値を用いたシミュレーションの結果は波高直径比が3分の1以下では実験結果とよく合っており、この方法の有効な範囲が得られた。又、長周期減衰力は粘性抗力よりも波漂流減衰力の方が支配的であることがわかった。なお、大波高域では結果に差が見られたが、それは円柱直径と、波長及び波高の関係を調べた結果、粘性の影響よりも砕波限界に近づく影響によることがわかった。

 本研究の結論として係留浮体の長周期運動に関して以下のことが得られた。

 波浪中に置かれた、円柱列で構成される係留浮体について精密な模型実験を行い、付加抵抗法により波漂流減衰力を初めて精度よく求めた。そして、ポテンシャル流れを基にした解析解と比較した結果、一様流れ中の波浪中抵抗増加は大部分がポテンシャル流体力であることがわかった。又、波浪中自由減衰実験とシミュレーション計算とを比較した結果、波高直径比が3分の1以下の場合、付加抵抗法より求めた波漂流減衰力で長周期運動をよく説明できることがわかった。結局、本研究で行ったような長周期運動を一様流れに置き換える仮定を用いて、長周期運動の波漂流減衰力を精度よく推定出来ることがわかった。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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