学位論文要旨



No 111108
著者(漢字) 小橋,啓司
著者(英字)
著者(カナ) コバシ,ケイジ
標題(和) 骨組および補強板構造の高精度有限要素解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 111108
報告番号 甲11108
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3352号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 都井,裕
 東京大学 教授 町田,進
 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 野本,敏治
内容要旨

 構造物の解析とは、構造物をふさわしい解析モデルに置き換えてそのモデルを解くことである。あるいは、より対象を一般的にすると、解析とはある現象についてモデル化を行い、そのモデルを解いて現象の解明を試みることである。現代ではこの過程で頻繁にコンピュータが用いられ、コンピュータ・シミュレーションと呼ばれている。コンピュータ・シミュレーションが実際の現象をよく表現できるかどうかは解析モデルの妥当性に負うところが大きい。

 有限要素法によって構造物の解析を行う場合、解析から得られる解の妥当性は要素の特性に依存する。軽量構造の解析には、通常はり要素、板殻要素が使用される。これらは、仮定された構造の変形様式を特性として持つ微小単位であり、その汎用性の高さ故に解析ツールとして多用されている。ところが、より精緻な現象を取り扱いたい場合にこれらの汎用的な要素では不十分なことがあり、通常は特殊化された要素を用いて解析を行わなければならない。結果としてその汎用性を失うこととなる。本研究では、通常の有限要素の汎用性を維持したまま、より多彩な構造挙動をモデル化した有限要素解析法を考案した。すなわち、代表的な軽量構造である骨組構造および補強板構造のそれぞれに対して、通常では考慮しない高次のファクターを容易に解析に取り込む手法を開発した。

 本研究の表題に含まれる「高精度化」の意味するところは、実際の構造挙動と解析モデルの間の高精度化であり、有限要素法に関する研究でよく使用される、同じ解析モデルに対する数値計算法の高精度化とは異なる。英語では’Higher Order Analysis’となるところであろうが、直訳すると「高次解析」となり、有限要素法の文献に頻繁に登場する、要素内の場を表現するために使用される関数の次数と混同されることを避けた結果である。

 論文第1章では、研究の背景および概要について述べている。研究の具体的な内容については、それぞれ以下にその要旨を述べる。

 第2章では、空間骨組構造の非線形有限要素解析の高効率化を目指して開発されたShifted Integration法を、完全には剛ではないジョイントを有する骨組構造の塑性崩壊解析に拡張した。近年はフェイル・セイフの設計思想から極限解析の需要が高まっており、さらに高度なファクターを考慮した精緻な骨組構造の解析手法が待望されている。骨組構造物の終局崩壊に至る挙動の大勢は接合部の崩壊特性に依存しており、これに対する汎用性の高い解法は今のところ存在しない。従来の剛節、滑節のいずれかの取り扱いに対し、これらはセミ・リジッド・ジョイント、またはフレキシブル・ジョイントなどと呼ばれている。

 ジョイントの主たる変形は回転変形であり、ジョイント部の相対回転角とそれに対応するモーメント関係が第一義的な特性である。骨組構造の解析によく用いられる3次はり要素では、部材断面の回転角の微分量(すなわち曲率)とモーメントが関係づけられており、連続体仮定の範囲では相対回転角は定義されない。一方、不連続な機構をよく表現する数値解法に剛体・ばねモデルがある。剛体・ばねモデルは、剛体棒を回転ばねで連結した系により構造物の挙動を表現するもので、直接に相対回転角が定義される。Shifted Integration法は、通常の有限要素と剛体・ばね要素のひずみエネルギー近似式を比較することから、通常の有限要素を物理的に等価な剛体・ばね系に変換する手法である。実際には、要素内のひずみエネルギーを評価するための数値積分点の座標をしかるべき位置だ移動(shift)するだけでこれが実現できる。本研究ではこのことに着目し、Shifted Integration法を応用してジョイントの回転に対する剛性特性をダイレクトに有限要素解析に導入する手法を考案した。

 第2章において、ピン結合から剛節接合までのあらゆる接合部の剛性を統一的に表現できる有限要素解析モデルの定式化について述べ、続いて、線形または非線形の剛性特性を有するジョイントを構造内に持つ骨組の解析に本手法を適用し、その妥当性および有効性を確認した。本手法は、厳密にジョイントの特性を考慮したい位置に、数値積分点をshiftされた要素を配置することによってジョイントの取り扱いを可能としている。部材の両端における接合状態を考慮した解析を行うための最小限の要素数は1部材3要素である。

 第3章では、骨組部材の任意の位置における塑性ヒンジを考慮する手法について述べている。部材の径間に流体力や慣性力などの分布荷重が作用する場合には、部材の中間に塑性ヒンジが形成されることがある。あらかじめ塑性ヒンジの発生点の予測が可能である場合には、しかるべき場所の近傍で要素を細分化しておけばよいが、通常は予測困難である。

 塑性ヒンジが形成された機構は、剛体・ばね系にて良好に表現することができる。Shifted Integration法を使用することにより、通常の有限要素法においても容易に機構を表現することができる。しかし、3次はり要素では要素内の曲げモーメント分布は線形であるため、実際には要素の両端にしか塑性ヒンジの発生点を決定することができなかった。本研究では、要素内曲げモーメント分布を3次式で内挿することにより、要素の中間における塑性ヒンジ発生点を正確に決定する方法を提案した。また、塑性ヒンジ発生後の機構はShifted Integration法を適用することにより容易に表現することができる。曲げモーメント分布は、要素内の代表点の曲げモーメントの値(2点)と、要素端部において内部節点力から算定されるせん断力の値(2点)を使用して、3次多項式の4つの未定係数を決定している。これには、せん断力分布が曲げモーメント分布を表す関数の導関数であることを用いている。

 論文第3章では、未定係数の決定法の定式化を行い、さらに骨組部材の両端および中間の計3点の塑性ヒンジを表現できるような要素分割について述べている。これは、第2章において提案したジョイントの剛性特性を考慮するための最少要素数と同じく1部材3要素である。すなわち、1部材3要素で部材の両端におけるジョイントの剛性特性を考慮し、なおかつ部材の中間の任意の位置における塑性ヒンジの発生を考慮した、通常の有限要素法と比較して格段に高精度な解析を行うことができる。

 第4章では、薄板構造において頻繁にみられる構造単位である補強板の高精度な有限要素解析法に関する研究について述べる。

 航空機、船舶、自動車、車両、原子炉、建築に代表される容積を確保する必要のある大型のものの外板など、多くの構造物に薄板が用いられている。多くの場合薄板には主として曲げに対する強度を補強するために補強材(スティフナ)が取り付けられている。計算機の発達した現代では有限要素法などの数値解法によるアプローチが盛んである。通常の有限要素解法においては、補強材を1次元の線状構造物とみなして、板殻要素の集合体中にはり要素を配置する手法が用いられている。はり要素がその基礎とする理論では、はりは幅のない1次元体と仮定される。板の寸法との関係から、特に幅の広い補強材の場合には力学的に無理な近似となることがある。

 本研究では、補強板において板とはりが一体となって変形することに着目し、それらのひずみ場の関係を一意に決定することで補強板有限要素を開発した。板とはりが一体化して変形する範囲を規定することによって、はりの幅を考慮することが可能である。はりの幅と板要素の幅を同じくすることによって、はりの幅の影響を正確に反映したモデル化が可能となる。

 補強板の解析を行うためには、通常の有限要素解析では板殻要素とはり要素に対する別々の定式化が必要であり、アルゴリズムは煩雑になる。本研究で開発した補強板要素では、はりの影響は板厚などの板要素のパラメータのレベルで取り扱っている。従って、板殼用のプログラムにほんのわずかな追加を行うだけで、高精度に補強板の解析を行うことができる。また、パラメータの設定により、通常の板から単なるはりとしてまでの任意の構造要素としての挙動を表現することができる。また、本補強板要素はAssumed Strain法により、変位場とは別に板とはりのひずみ場(一般化ひずみ)を直接関係づけており、最終的には板の応力・ひずみ関係を記述するためのマトリックスに修正を加えるだけでよい。このため、幾何学的非線形問題の定式化においては、板のみに対する定式化を行えばよい。

 論文第4章では、まず線形問題に対する定式化を行い、shear lagの問題として知られる例題にて本要素の妥当性および性能について言及する。また、幅のない1次元スティフナ付きの補強板に対する厳密解と比較し、スティフナの幅が広くなるにつれて厳密解から離れていく様子を確認した。

 続いて、本補強板要素を用いた応用例として、住宅の屋根材の踏み割れ問題の現象解明を行った。近年の住宅建築物は規格化された部品を組み立てて建造されることが多い。屋根瓦に相当する屋根材もこの例に漏れず、規格化された形状、材料の部品が使用される。住宅の屋根構造は、これらを複雑に重ね合わされて構築されている。結果として幾重にも重なった部分と薄い部分があちこちに偏在することになり、施工時やテレビアンテナの取り付け時などに人が屋根の上を歩く際に、応力集中に起因する割れが発生することがある。これに加え、デザインおよび雨じまいの要求と経済的な要求の狭間で設計者は最適な形状を選ばなければならず、日々屋根構造の一部をモデル化した実験を行っている。しかし、屋根材は重ね板構造になっているため、それらが接触する部分においてひずみの値を正確に計測することは非常に困難である。ひずみゲージが屋根材の間に挟まれたりするなどの原因により、信頼性のあるひずみ値を得られないためである。本研究では、垂木(はりに相当)と野地板(屋根下地)よりなる構造に本補強板要素を適用し、屋根材と野地板よりなる重ね板構造の接触非線形問題の有限要素解析を行った。得られた結果は経験的に知られた挙動と良好に対応しており、本手法の有効性が示される。また、屋根材の形状、材料に関するパラメータ・スタディを行い、設計に有用な知見を得た。

 さらに、開発された補強板要素の幾何学的非線形問題に対する定式化を行った。板部分とはり部分について別個に取り扱った仮想仕事式に端を発し、線形問題においてスティフナの影響をパラメータ・レベルに低落(degenerate)したのと同様な扱いが可能であることを示した。また、板の座屈有効幅の問題に本要素を適用した解析を行い、理論解および実験結果と比較して、本手法の妥当性を確認した。

 第5章では研究全体を通しての総括を行っている。これまでは、高次のファクターを考慮した高精度な構造解析を行うためには熟練者の助けを借りなければならなかった。本研究で提案した手法は、いずれも通常の有限要素法の汎用性を維持したまま、いかに高精度な解析が行えるかを実証したものである。その究極の姿は、解析のメインアルゴリズムに一切触れることなくインプットデータのみの改良で解析を行えるようにすることである。これには、プリプロセッサの助けを借りることになろうが、本研究の成果は、メインアルゴリズムに最小限の手間をかけるだけで高精度な解析が行えるようにしたことである。

 ジョイントの剛性特性を考慮した解析アルゴリズムにおいては、有限要素の初期の数値積分位置を適切に設定すること、およびジョイント部の構成式に関するパラメータをインプットデータで与えることの2点のみで実現できる。また、従来の骨組構造解析の懸案であったピン結合の取り扱いも含め、すべての接合状態を統一的に扱うことができる。

 骨組部材内の任意の位置の塑性ヒンジを表現する手法では、簡単な代数演算によって要素内の曲げモーメント分布を表す関数の未定係数を計算するルーチン、要素内でのそれらの最大値を探索するルーチン、および数値積分点のshiftアルゴリズムを付け加えるだけでよい。

 補強板要素においては、板の応力・ひずみマトリックスを書き換えるだけではり、板の複合構造の解析を行うことができ、これはメインアルゴリズムに一切触れずにプリプロセッサのレベルだけで行うことも可能である。

 有限要素解析にかかる手間を軽減するためのプリプロセッサの開発が盛んになってきたが、本研究で開発された手法はプリプロセッサの開発の手間をも軽減するものであり、今後の有限要素解析のさらなる発展に寄与するものである。

審査要旨

 有限要素法により構造物の解析を行なう場合、解析から得られる解の妥当性は要素の特性に依存する。軽量構造の解析には通常、はり要素と板殻要素が使用される。これらの要素は、与えられた構造の主変形様式を特性として有する微小構造単位であり、その汎用性の高さ故に解析ツールとして多用されている。しかしながら、より高次あるいは精密な解析を行なう場合には、特殊なあるいは煩雑な計算処理が必要となることもあり、結果としてその汎用性が失われることもある。本研究では、通常の有限要素の汎用性を維持しながらより精密に構造挙動をモデル化した有限要素解析法を考案した。すなわち、代表的な軽量構造である骨組構造および補強板構造のそれぞれに対して、通常では考慮しない高次因子を容易に解析に取り込む手法を開発した。

 本論文の第1章では、研究の背景および概要について述べている。第2章から第5章までの内容は以下のとおりである。

 第2章では、空間骨組構造の非線形有限要素解析の高効率化を目指して開発された Shifted Integration法を、完全に剛ではないジョイントを有する骨組構造の塑性崩壊解析に拡張している。セミリジッドジョイントの主たる変形は回転変形であり、ジョイント部の相対回転角とそれに対応するモーメント関係が第一義的な特性である。本研究では、ジョイント部の微小有限要素(3次はり要素)にShifted Integration法を適用することにより、ジョイントの回転に対する剛性特性を直接通常の有限要素に導入する手法を考案した。すなわち、ピン結合から剛節結合までのあらゆる結合部の剛性を統一的に表現できる有限要素解析モデルの定式化について述べ、続いて線形または非線形の剛性特性を有するジョイントを構造内に持つ骨組の解析に本手法を適用し、その妥当性および有効性を確認した。部材両端のジョイント特性を考慮した解析を行うための最小要素数は、両端ジョイント部の微小要素を含め1部材3要素である。

 第3章では、骨組部材の任意の位置における塑性ヒンジを考慮する手法について述べている。部材の径間に流体力や慣性力などの分布荷重が作用する場合には、部材の中間に塑性ヒンジが形成されることがある。予め塑性ヒンジ発生位置が予測できる場合は、その近傍で要素を細分化しておけばよいが、通常は困難である。本研究では、要素内曲げモーメント分布を3多項次式で内挿することにより、要素の中間における塑性ヒンジ発生点を正確に決定する方法を提案した。すなわち、要素内の2点の曲げモーメント値と、要素端部において内部節点力から算定されるせん断力値を使用して、3次多項式の4つの未定係数を決定している。塑性ヒンジ発生後の変形は順応型Shifted Integration法を適用することにより容易に表現することができる。第2章で導入した1部材3要素モデリングにより、ジョイント部および部材内の任意位置における塑性ヒンジの発生を考慮した高精度な解析を行うことが可能であることを、数値例により実証している。

 第4章では、薄板構造において頻繁にみられる構造形式である補強板の高精度な有限要素解析法について述べている。本研究では、補強板において板とスティフナが一体となって変形することに看目し、Assumed Strain法によりそれらのひずみ場の関係を一意的に決定することにより、新しい補強板有限要素を誘導している。この補強板有限要素においては、要素パラメータの適宜設定することにより、通常の平板から単なるはりに至るまでの任意の構造要素を表現することができる。また、変位場とは無関係に板とはりのひずみ場(一般化ひずみ)を直接関連付けており、最終的には板の応力・ひずみマトリックスに修正を施すだけでよい。よって幾何学的非線形問題の定式化においても、板のみを対象とした定式化を行えばよい。本章では、まず線形問題に対する定式化を行い、shear lag問題の解析により本要素の妥当性および性能について述べている。また、幅のないスティフナを有する補強板の厳密解と比較し、スティフナ幅が広くなるにつれて厳密解から離れていく様子を確認した。続いて本補強板要素の応用例として、住宅の屋根材の踏み割れ問題の現象解明を行った。近年の住宅建築物は規格化された部品を組み立てて建造されることが多い。屋根瓦に相当する屋根材もこの例に漏れず、規格化された形状、材料の製品が使用される。住宅の屋根構造は、これらを複雑に重ね合わせて構築されている。その結果、幾重にも重なった部分と薄い部分が混在することになり、施工時などに作業者重量による応力集中に起因して割れが発生することがある。本研究では、垂木(スティフナに相当)と野地板(屋根下地)より成る構造に本補強板要素を適用し、屋根材と野地板より成る重ね板構造の接触非綿形問題の有限要素解析を行った。得られた結果は経験的に知られた挙動と良好に対応しており、本手法の有効性が示された。また、屋根材の形状、材料に関するパラメータ計算を行い、設計に有用な知見を得た。さらに、この補強板有限要素の幾何学的非線形問題に対する定式化を行い、板の座屈有効幅の問題に対する理論解および実験結果と比較して本手法の妥当性を確認するとともに、トラックフレーム構造のクラッシュ解析に応用した。

 第5章では本研究成果を総括している。

 以上を要するに、骨組構造および補強板構造に対する高精度有限要素解析法を提案し、基本例題および実際問題への適用を通して、その有効性を実証した本論文は、種々の構造物の強度設計の合理化に大きく貢献するものであり、高い工学的・工業的価値を有すると判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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