近未来の航空機として計画されている極超音速輸送機や宇宙往還機は、高高度を極超音速で飛行するため、従来のターボ型エンジンとは異なる、Supersonic Combustion Ram(SCRAM)ジェットエンジンが採用される予定である。その核となる技術である超音速燃焼の成功のためには、超音速空気流中で燃料を安定に、しかも、短時間で燃焼完了させるという相反する問題を同時に解決せねばならない。現在、燃料として水素ガスが有望視され、さまざまな角度からその燃焼流れ形態についての研究が行われているが、依然、未解決の問題は数多い。 SCRAMジェットエンジン燃焼器内部の流動・燃焼形態の中でも、超音速空気流中へ燃料を平行に噴射するときに形成される超音速剪断流は、混合に伴う全圧損失を小さく抑さえると共に燃料噴射エネルギーを効率よく推力に変換できる利点を持ち、超音速燃焼の実現のための基本流動形態として有望である。本研究は、音速噴射される水素流とその上下を流れる超音速空気流により上下対称に形成される二次元超音速剪断流を計算モデルに使用し、燃焼過程数値解析を行った。さらに、近年、超音速燃焼の着火・保炎を補助・促進するシステムとして開発が進められているプラズマトーチ(PT)の作動を模擬した。PTは、その熱源としての効果及び化学活性基供給源としての効果のいずれが優勢か、はっきりした答えは得られていない。また、どの化学活性基の使用がより効果的か、また、それらの流入形態はどうするべきかなど、応用に関する基礎的な理解も十分ではない。本研究は、それらの疑問を明らかにするため、PT作動条件のパラメトリックな数値解析を行い、超音速燃焼の促進に関する指針を得ることを目的とした。 本研究は、空気と燃料の混合開始直後の状態が、超音速燃焼の進行過程を左右する重要な部分であるとの認識から、水素ガスと空気との初期の混合・燃焼の鍵となる物理現象の解明を目指した。研究を進めるにあたり、非常に短い特性時間を持ち、微小な空間領域内部で進行する現象を対象とする必要から、気体分子運動論とボルツマン方程式に基づくDSMC解析法による数値解析を行った。 従来、DSMC解析法は、極高温環境における非常に速やかな反応現象の解明に使用されることが多く、本研究で対象とする比較的低温環境で進行する低速の初期反応過程への適用は困難であった。そこで、このような反応過程を精度よく解析可能な新しい反応分子非弾性衝突モデルの開発を併せて行い、それを上記の超音速剪断流の初期混合・燃焼解析に応用した。旧来のモデルでは、分子衝突の相対運動エネルギーegのみが反応の進行を支配するとして式(1)の様な、反応性衝突断面積モデル(KEモデル)を用いていた。しかし、このモデルは、実際の分子間反応過程において 活躍する内部エネルギーeiの寄与を含んでいない。そこで、本研究は、より物理的に現実に即したモデルとして、反応分子対の内部エネルギーの効果を考慮にいれた新しい反応性衝突断面積モデル(IEモデル)を式(2)で定義した。表1の16個の素反応を用いて、両モデルによる静止場の反応 過程シミュレーションを行った結果を図1に載せる。考慮した化学種はH、O、OH、H2、O2、N2、HO2、H2Oの八種類である。図中横軸は計算に使用した粒子数、縦軸はDSMC解析の結果と差分近似解析との誤差を示し、この結果から判定して、IEモデルがより高精度の反応過程シミュレーションを可能としていることか明らかであり、本超音速燃焼解析はこのモデルを採用する。 表I 計算対象とした超音速剪断流は、高度30[km]〜40[km]をマッハ8で飛行する機体を想定し、静温1500[K]、靜圧1×105[N/m2]、マッハ数2.44の超音速空気中へ、平行に音速噴射される静圧1×105[N/m2]の水素ガスによって図2のように形成される二次元剪断流である。最初に、水素の静温をケースA:250[K]、B:500[K]、C:1500[K]と三通りに変化させ、混合の進行過程を調べた。その結果、混合が、水素の空気中への一方的な浸透に伴う運動量交換過程と、浸透に成功した水素が空気温度の熱平衡に至るエネルギー交換過程との二段階から成ることが明らかになった。また、図3は横軸に流れ方向距離をとった水素の混合効率図であるが、水素温度は低いけれども剪断速度の大きいケースAの方が、水素温度は高いものの剪断速度の小さなケースBよりも高い混合効率を示すことが分かる。つまり、水素の分子拡散を支配する温度だけでなく、剪断速度が産み出す渦の強さも、初期混合過程を支配する要因であることが明らかである。 一方、同じ三ケースを考慮した初期燃焼過程も、温度だけでなく渦の影響を強く受けることが分かった。図4に、それぞれのH2O生産効率を示すが、図3と同じ傾向を示しており、ケースAが僅かではあるがケースBの値を上回っている。しかし、着火遅れと、流れに垂直方向の反応開始位置とは、水素温度の変化のみにより支配されていることが認められた。 図表図1:反応性衝突断面積モデルの比較 / 図2:二次元超音速剪断流 / 図3:水素-空気の混合効率 / 図4:水素-空気のH2O生産効率 次に、上記の三ケースの中で最も水素温度の低いケースAを用い、超音速空気中に存在するプラズマトーチからの化学活性基が、初期燃焼をどのように促進するかパラメトリックに調べ、それをH2O生産効率を用いて評価した結果を示す。化学活性基は、単原子酸素(O)と単原子水素(H)の二種を考慮し、それぞれが、図5に示すとおり、空気流路いっぱいに広がって水素との反応を開始する拡散条件と、空気流路のうち水素噴流に最も近いごく一部にだけ集中的に存在する高密条件とを模擬する。また、化学活性基群が持つ数流束と熱流束とをさまざまに変化させ、その影響について調べた。一番最初に、化学活性基の種類による影響を図6に示す。図中に現われる"OW00"の様な記号の意味は、一文字目が化学種(Oなら単原子酸素を、Hであれば単原子水素)、二文字目は化学活性基と空気との混合状態(Wが拡散条件、Nは高密条件)、最後の数字は数流束・熱流束の組み合わせ(00は小型のPTを想定した数流束・熱流束の基準条件)を表す。さて、図6から拡散・高密の両条件において、流れ場前半ではHがOを上回る燃焼促進効果を示すものの、後半部では圧倒的にOの方が高いH2O生産効率を示すことが分かる。これは、Oが開始する反応経路(表Iの反応番号2,5)がゆっくりとではあるが確実に反応を進める"継続性"に優れているのに対して、空気中の酸素と直接反応するHから始まる反応経路(表Iの4,5,29,21)が非常に速やかな反応の"即発性"を有しているものの、二系統の反応組を含む複雑な反応経路を持つため化学活性基の無駄が多く、流れ場後半でOに優位を譲ってしまうことを表している。図6からは同様に、化学活性基種毎の、拡散条件と高密条件の違いも見て取れる。それによれば、化学活性基種によらず、流れ場前半では高密条件が優勢、後半では拡散条件が優勢である。また、高密化により反応領域が水素噴流側へと移動することも認められた。つまり、高密条件は、混合初期の高水素濃度環境においても反応を開始させることができる代わりに、低温の水素との反応により、その熱エネルギーと化学活性基量を使い果たしてしまうため、下流部まで反応を続ける継続性に欠けてしまう。一方、拡散条件の化学活性基は、空気中へ浸透し自らの熱エネルギーを向上させた後の熱い水素と反応するため無駄が少なく、即発性には欠けるがその反応を下流部までつなげることを可能としているのである。図7に、最も有効と考えられるOを拡散条件で使用する組み合わせに、さらに、Oが持つ数流束と熱流束とを変化させた場合の影響について調べた結果を示す。基準の00に対して、02と04は数流束のみを変化させ、それぞれ1.5倍、0.2倍としたもの。また、01と03、05は熱流束のみを変化させ、それぞれ00の0.65倍、1.5倍、5.0倍とした場合に相当する。図7からは、Oによる燃焼促進効果が熱流束の影響をほとんど受けないこと、そして数流束の僅かな変化が、大きなH2O生産効率の向上へとつながることが分かる。以上から、プラズマトーチの発生するプラズマ中に多量の単原子酸素が含まれるよう設計すべきであり、また、その使用に際しては十分に空気流中へプラズマが拡散するよう、大きな噴出圧で作動させ、できうるかぎり水素噴射孔より離して上流部へ設置することが望ましいとの結論を得た。 図5:プラズマトーチ設置モデル図表図6:化学種と混合条件変化による燃焼促進 / 図7:Oと拡散条件による燃焼促進 最後に、超音速空気温度をその着火限界温度より十分小さくし、上記のO、拡散条件、基準数流束・熱流束00の組み合わせによる強制着火効果の解析を試みた。その結果を図8に示す。空気温度は弱い着火条件の1000[K]を与えたケースDと着火限界条件以下の750[K]を与えたケースEの二つである。PTが着火条件を満たさない混合気に対しても点火器として有効に働くことがよく分かる。 図8:O、拡散条件、基準流束による強制着火 以上の解析から得た知見を以下にまとめる。 (1)剪断流中における物質輸送は、主として水素側から空気側へと進行する。 (2)剪断層内部に発生する渦が、温度と同程度に水素-空気の初期混合・初期燃焼を支配する。 (3)初期燃焼促進の効果は、単原子水素を拡散条件で、なおかつその流入数密度を大きくした場合に最も強くなる。 (4)プラズマトーチが超音速燃焼の点火器として有効であることを確認した。 |