ガスタービンの高効率化のためにはタービン入口温度を上げる必要がある。この温度の上限はタービン入口付近の構造物の材料によって決まるが、内部空気系で冷却することによってさらに高い温度での作動が可能となる。ガスタービン冷却空気系統では、一般に冷却空気はインデューサによりタービン軸内の中空孔に導かれ、中空孔内を通った後ディヒューザを抜けて、タービン翼内に入る。動翼の冷却構造と冷却空気流量は、ダブテイル入口での冷却空気の圧力・温度に基づいて設計されるため、この冷却空気系統の圧力と温度の予測が、翼メタル温度やタービン性能を決定する上で重要となる。ところがこの系統は二次空気系であるため、ガスタービンの設計、研究においてこれまであまり重点的に取り扱われ細部にまで踏み込まれたことはなかった。この系統に関しては各流路要素の流動特性を把握するための実験も行われているが、系全体の性能が達成されさえすれば、実験結果を各要素の設計にフィードバックして設計し直す必要はなかった。しかしながら、ガスタービンのさらなる高効率化が要求され、冷却空気の消費量を抑えつつ動翼への冷却空気供給圧力を高める必要が生じてきたため、冷却空気系統における圧力損失の低減と温度上昇の抑制のために各要素の設計の見直しがはかられるようになってきた。 本研究には、実際のガスタービン冷却空気系の流動特性を把握するために行われた実験結果が背景にある。この実験で扱われた実験装置は、中空軸内の流れ場に関してはインデューサ部を工夫して冷却空気を相対周方向速度を持たないように中空軸内に導入すれば、旋回流による現象は発生しないと考えて、インデューサ部の設計がなされているものである。この実験では、各流路要素入口と出口における冷却空気の温度と圧力が測定され、回転管内の旋回流れ場の複雑な現象によると考えられる測定結果が得られた。第一に、インデューサ出口からタービン中空軸内を経てディヒューザ出口に設けられたスリット流路入口に達するまでの圧力損失が予測値とかけ離れていた。このことから、タービン中空軸内まわりの流れ場が、予測し得なかったようなものになっている可能性があることが分かった。第二に、定格回転数に達する以前に系全体の圧力損失が最大となった。また、その回転数以前ではある一定周波数の圧力変動が支配的であったが、その前後で圧力変動の周波数が突然変化した。その回転数以後の周波数は回転数を上げるとともに少しずつあがっていく傾向にあり、同時に、この周波数の異音が発生した。 冷却空気系統に関する上述の実験において回転管内の旋回流れ場に特有な現象によると考えられる測定結果が得られたが、このような旋回流れ場に特有な現象の発生メカニズムを解明することは、ガスタービンをより高効率化するため、あるいはより一般的に旋回流れ場の流動特性の知識を得る上で、決定的に重要であるといえる。このことから本研究では、このタービン冷却空気系実験装置の流路のうち実験においてあまり重要視されなかったにもかかわらず特異な現象が発生したと考えられる中空軸内の旋回流れ場を主に取り上げ、その特有な現象を実験と解析で解明することを目的とする。本研究の実験で用いる実験装置には上述の現象が発生した装置を測定系以外ほとんどそのまま使用し、数値解析についてもこの実験の実験装置の幾何形状と実験パラメータを採用する。 本研究の解析では、Navier-Stokes方程式を基礎方程式に採用し、回転管内における旋回流れ場を数値解析で解く。本研究の数値解析では目的を大きく三つに分けて計算を実行する。まず、インデューサ出口と中空軸の中間部との間及び中空軸の中間部とディヒューザ出口との間のどの部分で圧力が損失するのかをつきとめる。次に、インデューサの導入孔部はタービン冷却空気系のなかでも設計が難しく、全圧損失や温度上昇を抑えるための方策が模索されている。また既存のインデューサは、中空軸内で旋回成分を持たないことを目指して設計されているが、正しく設計通りの流れになっていることは疑わしい。第二の目的は、インデューサまわりの流れ場に関し数値解析することによって、設計通り中空軸内で旋回成分を持っていないかを調べること、またインデューサ部分の設計に関する知見を得ることである。さらに中空軸内は旋回流れ場になっているが、旋回流とは様々な現象を発生させる類の流れであり、中には軸対称な現像もあるが軸対称にならない特徴的な現象も数多く報告されている。上述の実験では、圧力変動が中空軸内で発生していると予測しているが、この圧力変動は旋回流の非軸対称な現象に起因する可能性が大きい。第三の目的は、中心軸まわりの軸対称ではない現象も含めて数値解析で捕らえ、捕らえられた現象の発生原因を解明し、性質を調べることである。 次に、本研究の実験では、上述の実験の測定結果から、中空軸内まわりの旋回流れ場に焦点を当てて実験を行う。実験の主要な目的は二つあり、まず第一に中空軸のどの部分で静圧が降下するのかをつきとめること、第二に回転管内の旋回流れ場における圧力変動の特性を調べ発生メカニズムを解明することである。この後者について本研究では、螺旋型渦心の振れ回りに起因するものであると予測している。回転系における測定の困難さから、中空軸内をライナー構造にし圧カセンサを周方向に複数点貼って壁面での圧力変動を測定する。軸方向位相差、周方向位相差や生波形を調べることによって、圧力変動の原因を特定し、またその中に振れ回る螺旋型渦心が存在するかその性質はどのようなものかを、間接的に調べるという方法を取る。実験の結果を計算の結果をつきあわすことで、旋回流れ場の脈動現象の発生メカニズムを解明する。 以上の研究の結果、以下の結論が得られた。 二次元の計算領域に対する軸対称を仮定した数値解析による結論として、 (1)中空軸内には軸方向に伸びる逆流域が存在する。インデューサ出口から中空軸内までの静圧降下を実験結果と比較するとほぼ一致し、静圧降下する位置はインデューサ出口から中空軸内入口であり、中空軸内では静圧は一定である。 インデューサまわりの流れ場に関する三次元計算による結論として、 (2)導入孔とインデューサ翼の間の全周にわたってあけられたキャビティー内の流れが、逆流の支配的な導入孔内とインデューサ翼間流路の流れを分断し、インデューサ翼間の流れの一様化に役立っている。 (3)インデューサによって流れを中心軸のほうに向ける、すなわち相対速度を0にしようと設計しているが、インデューサ翼後端ですでにコリオリ力のために流れは転向し中心軸のほうを向かなくなっている、すなわち、中空孔内の流れは相対系から見ても旋回流となってしまっている。 全周を計算領域に取り軸対称条件を与えない三次元計算による結論として、 (4)ディフューザ入口直下の順方向流れと逆流の境で大規模な螺旋型渦心が発生している。この螺旋型渦心の特徴は以下のようである。 ・この螺旋型渦心は振れ回っていて、公転方向は主流の周方向速度と同じである。 ・螺旋の向きは主流の周方向速度の向きと逆向きである。 ・旋回度を増すと、周方向モード(振れ回る渦心の本数)は1から2に遷移する。 ・生波形は、測定位置に渦心が近付くときに急激に下降し、遠ざかるときは滑らかに上昇するという形状のものである。 (5)この振れ回る螺旋型渦心の発生メカニズムは以下のようである。 「流れが半径方向に転向する管断面近傍では、静圧は軸方向にある程度均一であるのに対し、壁などにより旋回成分が減少していて遠心力は小さい。そのため、圧力勾配に打ち勝てず、流れは中心軸に向かい、ある程度の半径まで下ると上流方向を向き逆流となる。この二次流れが、大規模な渦になる。この渦は全周で一様に発生するので、初めのうちは軸対称でドーナツ型である。しかし順流(主流)が旋回成分を持っていると、渦の中心を結んだ線は主流の速度ベクトルに直交する傾向にあるので、ドーナツのある部分から、壁面を離れ迫り出てくる。すなわち渦心を結んだ線が軸方向にものびることになり、螺旋型になる。このため脈動していることになる。」 この発生メカニズムから、螺旋の回転方向は主流の回転方向と逆になること、螺旋の公転速度は順流と逆流の速度の間のある値を取るので公転方向は主流の周方向速度と同じとなる理由が分かる。 (6)得られた周波数を実験結果と比べると、計算の方が一割低いだけという良い一致を見た。 (7)インデューサ出口直下からの中空軸内の順方向流れと逆流の境の渦層には、これと同じ性質を持つ別の螺旋型渦心があって振れ回っていることが今までに多数報告されている。本節の数値計算では、この振れ回る螺旋型渦心も捕らえることができた。これは、この渦層にある渦糸が重ね合わさって誘起速度が大きくなったことによるものである。この振れ回る螺旋型渦心による圧力変動は、ディフューザ入口直下の振れ回る螺旋型渦心のそれの5分の1程度の小さいものである。このことから、この渦心は、本研究で発見した流れが転向する場所での振れ回る螺旋型渦心より、流れ場に対する影響力は小さいと言える。 (8)ディヒューザ内の旋回流れ場においては、振れ回る螺旋型渦心から分かれた低圧部が半径の大きいところにも存在し、これらの静圧分布は中心軸のまわりを剛体回転的に回転している。これがディヒューザでの周期的現象の原因となっている可能性がある。 中空軸をライナ構造にし壁面静圧を測定した実験による結論として、 (9)測定された圧力変動はいくつかの系列に分類できるが、そのうちひとつの系列の圧力変動はディヒューザ入口直下に螺旋型渦心が存在し振れ回ることによって発生するものである。その振れ回る螺旋型渦心の性質は、数値解析で捕らえられた振れ回る螺旋型渦心と同じである。 (10)インデューサ出口からロータ中心孔の圧力降下については、インデューサ出口から中空軸の直管部入口の間が支配的であり、直管部での圧力降下はほとんど無視できる。 以上のように、本研究では従来の旋回流の研究と異なり、旋回流が発生している中空軸からディヒューザの方へ転向している流れを取り扱った。従来の旋回流の研究では、管の上流の方でより大きく変動する圧力や、管の上流から発生している振れ回る渦心など、上流に着目した研究が多かった。また、出口を直管の円断面に取っているため出口付近で振れ回る渦心の規模はある程度までしか大きくならず、本研究でその存在を発見した、積極的に流れを半径の大きいところへ転向させたときに発生する大規模な螺旋型渦心の振れ回りを取り扱った例はない。本研究で発見した振れ回る螺旋型渦心は、従来の研究で見られる螺旋型渦心より規模が大きいため、励振源となって不安定現象を引き起こす可能性が大きく、流れ場に対する影響力も大きい。また本研究では、特にガスタービン冷却空気系統の流れ場を回転管内の旋回流れ場として取り扱ったが、本研究で得られた結論は同様の流路構造であればガスタービン冷却空気系統に限った結論ではない。また直管部・ディフーザ部に対する結論は回転系に特有なものではなく旋回流一般に当てはまるものである。このように本研究は、歴史の古い旋回流の研究に新たな一ページを開いたといえる。 |