学位論文要旨



No 111112
著者(漢字) 長田,隆
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,タカシ
標題(和) 柔軟多体構造物のダイナミックス定式化に関する研究
標題(洋) Dynamics of Flexible Multibody Systems : Formulation with Applications
報告番号 111112
報告番号 甲11112
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3356号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,弘毅
 東京大学 教授 加藤,寛一郎
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 助教授 鈴木,真二
内容要旨

 宇宙システムが年々大型化・複雑化していく中で、そのシミュレーションと制御をいかに効率良く行うかは、開発の根幹に関わる重要な問題である。これらのシステムは、剛性の低い複数の構成要素を結合した、柔軟多体構造物としてとらえることができる。そしてこれまでにも一般性と効率化を目指した数多くの柔軟多体システムの定式化手法が提案されてきた。しかしシステムの複雑性のため、その方法論と力学的妥当性に関する統一的な議論は十分になされているとはいえない。本論文では、広範囲の柔軟多体宇宙構造物のダイナミクス解析及び制御に適用可能な、効率が良く一般性の高い定式化手法を提案した。本定式化は変形されたd’Alembertの原理に基づいており、速度及び加速度の表現(kinematics)及び運動方程式(kinetics)の漸化的記述と、加速度項に関して陽な運動方程式が直接得られることを特徴としている。また、システムを構成する個々の柔軟体及びジョイントのモデルも任意で、展開、スルーイング、重心の変化や軌道の擾乱なども考慮できる、等の利点を有する。なお、本定式化のLagrange、Kane、Gibbs-Appellらの手法との等価性も保証されている。

 本論文では、初めにツリー・トポロジを持った剛体システムの定式化を行った。そして、その検証と応用を兼ねて、

 (1)スペースシャトルの姿勢運動の解析

 (2)液体燃料によるエネルギ散逸を伴うスピン衛星のニューテーション発散現象の解析

 (3)宇宙ステーション上の移動マニピュレータ(Mobile Manipulator System,MMS)の動解析

 等をおこなった。特に、(2)においては地上実験のデータと良好な一致をみる等、その妥当性及び有用性が示された。

 このようにして本定式化手法を確立した後に、前述の剛体システムは一般の柔軟システムに拡張された。柔軟性を考慮しても運動方程式は行列形式では全く変化が無く、対応する幾つかの関数を書き換えるだけなので、この拡張は比較的容易である。しかし、得られる方程式は一般に巨大なものとなるため、これを応用するためには、効率の良い数値アルゴリズムの開発が不可避となる。

 多体システムのシミュレーションを直接的に行う場合、加速度項を求めるために、システムの質量行列を係数とした巨大な一次方程式を解く必要があり、一般にその計算コストは、nをシステムの構成要素数として、n3のオーダーである。しかし本論文では、ジョイントで拘束された多体システムが、簡単な変数変換により、等価な幾何学的拘束の無いシステム(equivalent disconnected system)に変換されることを示した(図1)。これにより、システムの質量行列はプロック対角となるため、前述の計算コストをnのオーダーにまで下げることができる。O(n)及びO(n3)アルゴリズムの計算コストの比較を図2に示す。これは、各々の計算手法で1ステップに要する加算及び乗算の回数の比を、柔軟体の数を10に固定し単位柔軟体当たりのモード数を変化させた場合と、単位柔軟体当たりのモード数を10に固定し柔軟体の数を変化させた場合とについて計算したものである。システムが複雑化し、柔軟体及びモードの数が増える程、O(n)アルゴリズムが有利となることが分かる。本計算手法のO(n)の特性は、実際の数値シミュレーションにおいて要するCPU時間を測定することによって検証された。

図1:ジョイントで拘束された2体システム(I)とそのequivalent disconnected system(II).

 このようなO(n)アルゴリズムに基づいて汎用柔軟多体シミュレーション・プログラムを作成した。その構成を図3に示す。プログラムは、システムの運動方程式を導出し解く部分と、ジョイントやボデイ等の構成要素に関する情報を蓄積したライブラリよりなる。ユーザは対象とするシステムを、トポロジや質量特性等を与え、又ジョイントやボディをライブラリから選択することにより記述する。新しいジョイントやボディの数学モデルが考案された場合にも、必要な関数を所定のフォーマットで記述することによりライブラリに付加することが可能で、その導入に要する労力は、1個のジョイントやボディを定式化する労力と等価であり、又ユーザ側は多体動力学に関する専門的な知識を要求されない。これにより、複雑性と多様性を特徴とする宇宙システムの定式化に必要なコストと時間を大幅に削減することができ、広範な工学的応用に供することができる。システムの記述後は、プログラムがRunge-Kutta法等の汎用の積分ルーチンで積分可能な形で状態変数の微分値を計算する。本研究では、計算効率と精度を高めるために、補間次数12の多段積分法を用いた。

図表図2:O(n)及びO(n3)アルゴリズムの計算コストの比較. / 図3:汎用柔軟多体シミュレーション・プログラムの構造.

 一般に柔軟宇宙システムは地上試験が困難な場合が多く、その分設計や制御において数学モデルには高い信頼性が要求され、従ってその力学的妥当性は十分に検証されなければならない。しかし一般に柔軟多体システムの定式化においては、運動方程式の繁雑さからアプリオリな省略が行われることが多く、エネルギおよび角運動量の保存の観点から矛盾のない柔軟多体モデルは非常にまれである。また、システム重心をKepler軌道上に固定する通常の宇宙多体システムの定式化においては、軌道を固定するための非現実的な拘束力のため、剛体の場合でも保存則が破壊されることが知られている。そこで、本定式化の力学的妥当性を検証するため、実際の数値シミュレーションにおいてエネルギおよび角運動量の保存を確認した。その結果の一例を図4-(i)に示す。システムとしては、剛体のメイン・ボディに2本の柔軟梁を付加したものを仮定し、先端の梁の柔軟変形に初期擾乱を与えてシミュレーションを行った。本定式化では、軌道・姿勢及び柔軟変形間のカップリングによって運動方程式中に現われる項を全て厳密に評価しているので、エネルギ・角運動量共に良好に保存しており、物理的に妥当な定式化となっていることがわかる。一方、通常よく行われる、単純化された柔軟体モデルに基づく結果が図4-(ii)である。これは、各柔軟体の質量行列のブロック非対角要素を省略したものである。保存則はもはや成り立っておらず、またシステムの挙動も厳密なモデルとは異なっている。

 この様な検証の後、本プログラムの柔軟多体システムへの適用例として、

 (1)宇宙ステーション上の柔軟移動マニピュレータ(Mobile Flexible Manipulator System,MFMS)の動解析

 (2)スペースシャトル上の柔軟マニピュレータによる衛星捕獲の動解析

 をおこなった。

 又、本定式化の一般の柔軟システムの制御への適用例として、フィードバック線形化法(Feedback Linearization Technique、FLT)を考察した。そのブロック線図を図5に示す。制御系は、ダイナミクスの非線形性を打ち消す一次制御器(primary controller)と、線形化されたシステムを制御する二次制御器(secondary controller)の2つの部分よりなる。通常、アクチュエータの数はシステムの自由度よりも少ないので、システムの一般化座標の任意の部分()を希望する時間履歴()になるように制御するものとした。これにより、剛体・柔軟モードの同時制御も可能となる。なお、必要な制御入力の計算の過程にはシステムの質量行列の逆との積の演算が含まれるので、一般にはそのコストはn3のオーダであるが、ここでも加速度の計算の場合と同様に、定式化の漸化的性質を生かして、計算コストをO(n)に下げることに成功した。本制御を前述の幾つかのシステムに適用し数値シミュレーションを行い、その特性を検証した。一例として、MFMSの制御例を図6に示す。ここでは、宇宙ステーションの重心上に3軸方向にトルクを発生するアクチュエータがあると仮定し、マニピュレータの軌道面外のスルーイングによる姿勢の変動をゼロにすることを目標とした。また、二次制御器の効果を見るため、制御はスルーイング時間の1/2の時刻より開始するものとした。姿勢角は目標値に制御されており、又制御を行っていない柔軟モードへの影響もこの場合少ないことが分かる。Tkは二次制御器のゲインを表わす時定数であり、この値が小さくなる程収束が早まるが必要なトルクも大きくなり、システムに与えるエネルギの変化も大きくなる(図7)。

図表図4:エネルギ及び角運動量の保存:(i)厳密な柔軟体モデル;(ii)単純化された柔軟体モデル. / 図5:FLTを用いた柔軟多体システムの制御のブロック線図.図6:軌道面外スルーイングをおこなうMFMSの、FLTによる姿勢制御例:(i)システムの応答.図7:軌道面外スルーイングをおこなうMFMSの、FLTによる姿勢制御例:(ii)システムのエネルギ変化及び制御入力.

 ロケットの打上げ能力の向上やミッションの多様化に伴い、 宇宙システムは今後増々巨大化・複雑化していくことが予想され、その設計及び制御の基礎となる数学モデルを確立することは、ミッションの実現可能性にも関わる重要な課題である。本論文で提案された柔軟多体構造物のダイナミクス定式化手法は、この問題に対する一つの方策を与えるものである。

審査要旨

 修士(工学)長田隆提出の論文は「Dynamics of Flexible Multibody Systems:A Formulation with Applications(柔軟多体構造物のダイナミクス定式化に関する研究)」と題し、8章から成っている。

 本研究は、柔軟多体宇宙構造物の定式化手法を検討したものである。これまでにも、柔軟多体システムのダイナミクス解析及び制御のために、一般性と効率化を目指した数多くの定式化手法が提案されてきた。しかしシステムの複雑性のため、その方法論と力学的妥当性に関する統一的な議論は十分になされているとはいえない。本論文は、広範囲の柔軟多体宇宙構造物に適用可能な、効率が良く一般性の高い定式化手法を提案し、数値シミュレーションをもってその有効性を実証するものである。

 第1章は序論であり、従来の研究を概観し、その問題点と本研究における独自の解決法を明らかにしている。即ち、従来より用いられているLagrangeやKane等の力学原理の表現は、シミュレーションや制御のために必要な、最高次の微係数に関して陽な表式の運動方程式を、直接的に導けないという共通の欠点を持っているが、本論文では、一般化加速度に関して陽な力学原理の表現を提案している。これにより、特定の柔軟体やジョイントのモデルに依存しない一般性の高い定式化を、最小限の労力で行うことが可能となる。また、運動方程式の構造と、それが幾何学的拘束によって変化する際の変数変換則も明らかにされる。これによって、後の章で示されるように、複雑な多体システムの定式化を系統的に行い、更に効率の良い数値アルゴリズムを容易に導出することも出来るようになる。なお、本定式化の力学的妥当性は、Lagrange、Kane、Gibbs-Appellらの手法との等価性を示すことで証明されている。

 第2章では、この様に準備された力学原理に、漸化的な速度及び加速度の表現(kinematics)を導入することで、ツリー・トポロジを持った剛体システムの定式化を行い、引き続き第3章では、剛体ツリーの定式化の検証と応用を兼ねて、

 (1)スペースシャトルの姿勢運動の解析

 (2)液体燃料によるエネルギ散逸を伴うスピン衛星のニューテーション発散現象の解析

 (3)宇宙ステーション上の移動マニピュレータ(Mobile Manipulator System,MMSの動解析

 等をおこなっている。特に(2)においては地上実験のデータと良好な一致をみる等、その妥当性及び有用性が示されている。

 このようにして本定式化手法を確立した後に、第4章では、前述の剛体システムを一般の柔軟システムに拡張している。柔軟性を考慮しても運動方程式は行列形式では全く変化が無く、対応する幾つかの関数を書き換えるだけなので、この拡張は比較的容易である。しかし、得られる方程式は一般に巨大なものとなるため、これを応用するためには、効率の良い数値アルゴリズムの開発が不可避となる。

 多体システムのシミュレーションを直接的に行う場合、加速度項を求めるために、システムの質量行列を係数とした巨大な一次方程式を解く必要があり、一般にその計算コストは、nをシステムの構成要素数として、n3のオーダーである。しかし本論文では、簡単な物理的考察に基づいて、ジョイントで拘束された多体システムが、変数変換により、等価な幾何学的拘束の無いシステム(equivalent disconnected system)に変換されることを示している。これにより、システムの質量行列はブロック対角となるため、前述の計算コストをnのオーダーにまで下げることができる。

 第5章では、このようなO(n)アルゴリズムに基づいて開発された汎柔軟多体シミュレーション・プログラムについて解説している。プログラムは、システムの運動方程式を導出し解く部分と、ジョイントやボディ等の構成要素に関する情報を蓄積したライブラリよりなる。新しいジョイントやボディの数学モデルが考案された場合にも、必要な関数を所定のフォーマットで記述することによりライブラリに付加することが可能で、その導入に要する労力は、1個のジョイントやボディを定式化する労力と等価であり、又ユーザ側は多体動力学に関す名専門的な知識を要求されない。また、本プログラムのO(n)の特性が、実際の数値シミュレーションにおいて要するCPU時間を測定することによって実証されている。

 一般に柔軟多体システムの定式化においては、運動方程式の繁雑さからアプリオリな省略が行われることが多く、エネルギおよび角運動量の保存の観点から矛盾のない柔軟多体モデルは非常にまれである。そこで、本定式化の力学的妥当性を検証するため、実際の数値シミュレーションにおいてエネルギおよび角運動量の保存を調べた結果、両者共に良好に保存され、物理的に妥当な解が高精度で得られていることを確認している。この様な検証の後、第6章では本プログラムの柔軟多体システムへの適用例として、

 (1)宇宙ステーション上の柔軟移動マニピュレータ(Mobile Flexible Manipulator System,MFMS)の動解析

 (2)スペースシャトル上の柔軟マニピュレータによる衛星捕獲の動解析をおこなっている。

 更に、第7章では、本定式化の一般の柔軟システム制御への適用例として、フィードバック線形化法(Feedback Linearization Technique、FLT)を考察している。ここでも加速度の計算の場合と同様に、定式化の漸化的性質を生かして、計算コストをO(n)に下げることに成功しており、本制御を第6章で取り上げた2つのシステムに適用し数値シミュレーションを行い、その適用可能性を示している。

 第8章は結論で、本論文の主要な成果と、今後の課題がまとめてある。

 以上要するに本論文は、柔軟多体構造物のダイナミクス定式化手法を提案し、今後増々巨大化・複雑化していく宇宙システムの設計及び制御の基礎となる数学モデルを確立するものであり、宇宙工学上貢献するところ大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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