修士(工学)長田隆提出の論文は「Dynamics of Flexible Multibody Systems:A Formulation with Applications(柔軟多体構造物のダイナミクス定式化に関する研究)」と題し、8章から成っている。 本研究は、柔軟多体宇宙構造物の定式化手法を検討したものである。これまでにも、柔軟多体システムのダイナミクス解析及び制御のために、一般性と効率化を目指した数多くの定式化手法が提案されてきた。しかしシステムの複雑性のため、その方法論と力学的妥当性に関する統一的な議論は十分になされているとはいえない。本論文は、広範囲の柔軟多体宇宙構造物に適用可能な、効率が良く一般性の高い定式化手法を提案し、数値シミュレーションをもってその有効性を実証するものである。 第1章は序論であり、従来の研究を概観し、その問題点と本研究における独自の解決法を明らかにしている。即ち、従来より用いられているLagrangeやKane等の力学原理の表現は、シミュレーションや制御のために必要な、最高次の微係数に関して陽な表式の運動方程式を、直接的に導けないという共通の欠点を持っているが、本論文では、一般化加速度に関して陽な力学原理の表現を提案している。これにより、特定の柔軟体やジョイントのモデルに依存しない一般性の高い定式化を、最小限の労力で行うことが可能となる。また、運動方程式の構造と、それが幾何学的拘束によって変化する際の変数変換則も明らかにされる。これによって、後の章で示されるように、複雑な多体システムの定式化を系統的に行い、更に効率の良い数値アルゴリズムを容易に導出することも出来るようになる。なお、本定式化の力学的妥当性は、Lagrange、Kane、Gibbs-Appellらの手法との等価性を示すことで証明されている。 第2章では、この様に準備された力学原理に、漸化的な速度及び加速度の表現(kinematics)を導入することで、ツリー・トポロジを持った剛体システムの定式化を行い、引き続き第3章では、剛体ツリーの定式化の検証と応用を兼ねて、 (1)スペースシャトルの姿勢運動の解析 (2)液体燃料によるエネルギ散逸を伴うスピン衛星のニューテーション発散現象の解析 (3)宇宙ステーション上の移動マニピュレータ(Mobile Manipulator System,MMSの動解析 等をおこなっている。特に(2)においては地上実験のデータと良好な一致をみる等、その妥当性及び有用性が示されている。 このようにして本定式化手法を確立した後に、第4章では、前述の剛体システムを一般の柔軟システムに拡張している。柔軟性を考慮しても運動方程式は行列形式では全く変化が無く、対応する幾つかの関数を書き換えるだけなので、この拡張は比較的容易である。しかし、得られる方程式は一般に巨大なものとなるため、これを応用するためには、効率の良い数値アルゴリズムの開発が不可避となる。 多体システムのシミュレーションを直接的に行う場合、加速度項を求めるために、システムの質量行列を係数とした巨大な一次方程式を解く必要があり、一般にその計算コストは、nをシステムの構成要素数として、n3のオーダーである。しかし本論文では、簡単な物理的考察に基づいて、ジョイントで拘束された多体システムが、変数変換により、等価な幾何学的拘束の無いシステム(equivalent disconnected system)に変換されることを示している。これにより、システムの質量行列はブロック対角となるため、前述の計算コストをnのオーダーにまで下げることができる。 第5章では、このようなO(n)アルゴリズムに基づいて開発された汎柔軟多体シミュレーション・プログラムについて解説している。プログラムは、システムの運動方程式を導出し解く部分と、ジョイントやボディ等の構成要素に関する情報を蓄積したライブラリよりなる。新しいジョイントやボディの数学モデルが考案された場合にも、必要な関数を所定のフォーマットで記述することによりライブラリに付加することが可能で、その導入に要する労力は、1個のジョイントやボディを定式化する労力と等価であり、又ユーザ側は多体動力学に関す名専門的な知識を要求されない。また、本プログラムのO(n)の特性が、実際の数値シミュレーションにおいて要するCPU時間を測定することによって実証されている。 一般に柔軟多体システムの定式化においては、運動方程式の繁雑さからアプリオリな省略が行われることが多く、エネルギおよび角運動量の保存の観点から矛盾のない柔軟多体モデルは非常にまれである。そこで、本定式化の力学的妥当性を検証するため、実際の数値シミュレーションにおいてエネルギおよび角運動量の保存を調べた結果、両者共に良好に保存され、物理的に妥当な解が高精度で得られていることを確認している。この様な検証の後、第6章では本プログラムの柔軟多体システムへの適用例として、 (1)宇宙ステーション上の柔軟移動マニピュレータ(Mobile Flexible Manipulator System,MFMS)の動解析 (2)スペースシャトル上の柔軟マニピュレータによる衛星捕獲の動解析をおこなっている。 更に、第7章では、本定式化の一般の柔軟システム制御への適用例として、フィードバック線形化法(Feedback Linearization Technique、FLT)を考察している。ここでも加速度の計算の場合と同様に、定式化の漸化的性質を生かして、計算コストをO(n)に下げることに成功しており、本制御を第6章で取り上げた2つのシステムに適用し数値シミュレーションを行い、その適用可能性を示している。 第8章は結論で、本論文の主要な成果と、今後の課題がまとめてある。 以上要するに本論文は、柔軟多体構造物のダイナミクス定式化手法を提案し、今後増々巨大化・複雑化していく宇宙システムの設計及び制御の基礎となる数学モデルを確立するものであり、宇宙工学上貢献するところ大である。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |