磁場中の低密度プラズマ内では、電子とイオンの振る舞いの違いによって空間電荷が生じ、この電荷によって静電場が形成される。このようなプラズマ現象は、従来の流体モデルでは取り扱うことができないため、本研究では、新たなモデルを導入し、電気推進のプラズマ解析に応用することを目的としている。例としては、カスプ型イオンスラスタ放電室における磁石付近の領域とホールスラスタを取り上げる。 高比推力を特徴とするカスプ型イオンスラスタは、実用段階に入っている電気推進機であり、人工衛星の姿勢および軌道制御や、将来的には大型構造物の軌道間輸送などにも使用されると思われる。推進機の性能は、ミッションの所要時間やペイロードを大きく左右するが、カスプ型イオンスラスタの場合、放電室における壁へのイオン損失が、性能に大きな影響を及ぼす。しかしながら、イオン損失は磁石近傍に集中しており、準中性を仮定したモデルでは磁石付近の現象を調べることができなかった。 一方ホールスラスタは、効率が最大になる比推力が1000-2000秒であり、その範囲は、地球近傍の軌道間輸送などのミッションに最適である。また、イオンスラスタに比べて推力密度を高くできるなどの利点がある。このようなことから、近年特に注目されているにもかかわらず、解析によって調べる手法は確立されていない。今までの実験によって、推進性能やビーム発散角が加速部出口より下流の現象に影響を受けていること、陽極近傍の現象や壁近傍の現象が加速部全体のプラズマ分布に影響を与えることが予想される。更に、実用化のためには長寿命が要求されるが、長時間作動を行うとビームがスラスタ本体を損耗するという報告もなされており、排気ビームについて調べる必要が増している。 イオンと電子のふるまいが異なり、流体近似が成り立たないため、イオンと電子の軌道は、イオンと電子を共に粒子として扱う粒子法を用いて求める。また、カスプ型イオンスラスタや電流値が数A程度のホールスラスタを対象とすると、静電近似を用いることができるため、磁束密度は、シミュレーションの前に有限要素法によって計算しておく。イオンと中性粒子の衝突の平均自由行程は、計算領域の幅よりも大きいので、イオンの軌道は衝突に影響を受けないと仮定する。一方、電子に関しては、衝突の効果を入れるためにモンテカルロ法を用いている。考慮するのは、1)中性粒子との弾性衝突、2)イオンとの弾性衝突、3)中性粒子との非弾性衝突(電離衝突、励起衝突)である。ここで電子-中性粒子の平均自由行程を調べるためには、中性粒子密度分布が必要である。したがって、中性粒子の流れを求めるためにはモンテカルロ直接法を用いる。 カスプ型イオンスラスタ放電室では、イオン損失が磁石近傍に集中しているため、計算は磁石近傍に限定した。この領域では、磁石によってカスプ型の磁場が形成されている。第1図は計算領域、第2図は電子密度、イオン密度、および電位分布の計算結果を示す。密度については、カスプの中央部で高く、空間電位については、磁石付近で谷があるという実験的によく知られている分布と一致している。特に電位分布については、このような分布は、準中性の仮定を用いた従来の流体モデルでは得られなかった結果であり、粒子法を用いる必要性が確かめられた。 図表第1図 カスプ型イオンスラスタ計算領域 / 第2図 カスプ磁場中の典型的なプラズマ特性分布 第3図はホールスラスタの概念図である。イオンは加速部内で電子-中性原子電離衝突によって生成され、陽極-陰極間に印加された加速電圧によって加速されてビームとなって排出される。一方電子は、加速部より下流の陰極から放出されて、一部はイオンを中和し、一部は陽極方向へ逆流して電離を引き起こす。第4図は実際のホールスラスタの断面図である。第5、6図は加速部内の分布であり、計算結果と実験結果がよく一致している。第7図は、下流も含めた分布の計算結果である。加速部出口より下流においても半径方向の電界が生じ、その電界によってビームが発散しているのがわかる。しかしながら、第7図を、測定結果第8図と比較すると、かなり異なっている。これは、磁力線を横切る電子の拡散は、プラズマ変動によって引き起こされる異常拡散であると言われているにも関わらず、ここでは衝突による拡散、すなわち古典拡散のみを考慮しているからである。 図表第3図 ホールスラスタ概念図 / 第4図 ホールスラスタ側面図 / 第5図 加速部内部の分布の計算結果 / 第6図 加速部内部の分布の実験結果 従って、ホールスラスタ加速部内の周方向のプラズマ変動のシミュレーションを行った。結果として、第9図のような円周方向の変動が得られた。得られた変動電界を導入して、z-r平面におけるシミュレーションを行ったところ、加速電圧が減少し、電子が磁力線を横切って移動しやすくなっていることがわかった。また、プラズマ密度分布は、第10図のようになり、軸上で高いという測定結果に近い分布が得られている。従って、ホールスラスタの作動には、周方向のプラズマ変動がかなり影響をあたえていることがわかった。この周方向のプラズマ変動によって、下流のビームはむしろ収束性が良くなるという計算結果が得られた。このように、変動を扱うことができる粒子法によって、陽極近傍から陰極付近の下流領域までのプラズマ特性を調べ、推進性能に大きな影響を与える加速効率やビーム発散による推力の損失を算出することが可能になった。 図表第6図 加速部下流の分布の計算結果 / 第7図 加速部より下流のプラズマ密度分布の測定結果 / 第8図 周方向シミュレーションによって得られた空間電位の変動 / 第10図 プラズマ変動を考慮したシミュレーションの結果 結果をまとめると、電気的中性の仮定を用いない粒子モデルを、電気推進機のプラズマ解析に導入し、今までの流体モデルでは扱うことができなかったプラズマ現象を扱うことができた。カスプ型イオンスラスタについては、この手法を用いて初めて、実験と一致するプラズマ特性分布が得られた。従って今後、より正確にイオン損失を見積もるためには、この手法を用いる必要がある。ホールスラスタについては、異常拡散の原因となっている周方向のプラズマ変動を調べることができた。そして、変動電界を導入した計算の結果は、古典拡散モデルよりはるかに測定結果に近いものであった。このような微視的な不安定は、流体方程式を用いた解析では不可能であるため、今後はこの手法が、ホールスラスタのビームを調べるために役立つであろう。 |