学位論文要旨



No 111115
著者(漢字) 藤田,和央
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,カズヒサ
標題(和) DCアークジェット推進機のアーク挙動と熱損失機構
標題(洋) ARC COLUMN BEHAVIOR AND HEAT LOSS MECHANISM IN A DC ARCJET THRUSTER
報告番号 111115
報告番号 甲11115
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3359号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 栗木,恭一
 東京大学 教授 長友,信人
内容要旨

 DC arcjetは高い比推力・推力密度を有し、従来の化学燃焼ロケットに代わる次世代の宇宙推進機関として、近年特に注目されるようになっている。アークジェットのエネルギー変換効率(投入電力のうち推進エネルギーに変換される割合)を高めるには,高密度で電離状態にあるプラズマから電極壁へ散逸する熱流束を低減させねばならない。この熱流束は、放電電流の大きさと同時にその分布に大きく依存する事が経験的に知られているが、その物理過程はこれまであまり理解されておらず、このことがエネルギー変換効率を向上する上での支障となってきた。このような背景を受けて、陽光柱挙動と熱輸送機構を明らかにして熱損失の特性を理解し、推進性能向上の指針を獲得することを目的として、実験と数値解析による研究を行った。

 本研究では水冷式一体型陽極(OA series)について、水素、ヘリウム、窒素、アルゴンを推進剤とした試験を行い、推力、熱損失、電極表面温度を測定し、熱損失と推進性能の作動条件・推進剤種類への依存性を調べた。この結果、高比熱と高い輸送係数を有する水素、ヘリウムについて、700秒程度の比推力を達成する事ができた。しかし反面、水素については陽極熱損失が大きく、推進効率としては10%前後の低い値に留まった。熱損失は推進効率と表裏の関係にあることは明らかである。また、電極形状への依存性について調べると、コンストリクタ直径を小さくする事で一般的に熱損失は低減され、推進効率、比推力ともに上昇する事が確認された。これは後に述べるように、放電雰囲気圧の上昇に伴ってアークがピンチされ、アーク付着点が下流方向に移動し、その結果放電電圧が上昇して高い比入力(単位推進剤流量に加えられた電力の割合)を実現できること、またピンチと同時に陽光柱を取り囲む低温・高密度の層流(cold gas envelope)が成長し、これがアークからの熱流束・拡散を抑制するためであると考えられる。コンストリクタ長さを短くすることで、熱損失は一般的に減少することが確認されたが、水素やヘリウムなど電離に比較的大きなエネルギーを必要とする推進剤については過度にコンストリクタ長さを短くすると、高い比流量(単位電力あたりの推進剤流量)での放電維持が困難になること、また比推力も同時に低下する事が確認された。この結果は、コンストリクタ長さの低下に伴って許容されるアーク長さが制限されるために、推進剤流れが陽光柱との接触で十分に加熱されず、実効的な電気エネルギ投入が不足していることを示唆する。従って推進剤ガス種に固有の陽光柱長さ・電離長さが存在する事が予測される。

 より詳しい物理過程を調べるために、コンストリクタで軸方向に分割された水冷型陽極(SA series)を用いて、熱流束、放電電流の陽極上での分布と、両者の相互関係について調べた。また線強度比法とシュタルク広がりを用いて分光学的な計測を行い、陽光柱内部の電子温度・密度分布を測定した。分割陽極SA seriesでは、それぞれのセグメントが熱的・電気的に絶縁され、独立に水冷されるように工夫されており、熱流束と放電電流の分布が測定される。さらに、陰極と放電室上流部分に生じる熱損失、および放電室圧力も測定した。実験結果から、アークジェットの熱損失の大部分は陽極において発生すること、また陽極熱損失が放電電流分布に大きく依存することが確認された。放電電流がコンストリクタ上流に集中する低電圧モードでは、放電電流が集中する上流陽極への熱損失も大きいと同時に、電流が分布しない下流域への熱損失も甚だしいが、これはプラズマからの熱伝導・粒子の拡散が損失の大部分占めることを示唆する。一方、放電室圧力の上昇に伴って、放電電流はコンストリクタ下流方向に分布する高電圧モードに移行することが観察されたが、このとき上流域への熱損失は急速に緩和され、全陽極熱損失もその結果低下する。分光測定は、この時陽光柱が半径方向にピンチされる様子-電子温度および密度が中心軸上で局所的に上昇し高温プラズマを形成する一方、陽光柱を取り巻く外周領域では、中心軸から半径方向外側へ遠ざかるにつれて、両者が急速に低下する-を捉えており、cold gas envelopeが陽光柱を取り巻くように発達し、熱伝導・粒子拡散を抑制する機構が示唆される。さらに、比流量を過度に上昇させても、予想されるプラズマ主流温度の低下に反して、陽極熱損失の電力に対する割合はある一定値以下には下がらないことが判明した。この場合、陽極熱損失の大部分は電流損失、すなわち、電流として陽極に飛び込む電子流によって陽極に運ばれ、加えて陽極での仕事関数相当の熱の解放として陽極に発生していると考えられる。

 これと同時に、陽光柱挙動の物理過程と流体内部の熱輸送機構の詳しい理解を得るために、CFDによる数値解析を行った。ここでは、まず流れを軸対称2次元の、熱伝導とオーム加熱を含んだ粘性流としてNavier-Stokes方程式でモデル化し、次に電場のMaxwell方程式と組み合わせて方程式系を構成した。計算はTVD法によって時間積分され、各タイムステップ毎に電場をFEMで解くハイブリッド法を開発した。この数値コードの最終バージョンはAPAC(Arcjet plasmo-dynamic analysis code)としてパッケージ化され、推進機設計の支援ツールとしてまとめられた。

 先に述べられたcold gas envelopeの概念は、数値計算コードの支援によって得られたものである。解析からは、陽光柱からの熱伝導と化学ポテンシャルを有する粒子群(励起状態の粒子、解離状態の原子、および電離された荷電粒子)の壁拡散が陽極熱損失を形成することが明らかになったが、高電圧モードに移行するにつれてcold gas envelopeが発達し、その低伝導性は陽光柱から陽極壁へのエネルギー散逸を抑制する作用があることが分かった。逆に、この層が陽光柱からの熱伝導と拡散によって徐々に加熱され、高温に達して十分な電離と電気伝導度を得て、最終的に陽光柱が壁に付着するというアーク長決定のメカニズムも明らかになった。平衡モデルが与える結果はこの機構を説明し、実験と定性的に一致したものの、決定されるアーク長さ(電流分布)は実験よりも大きい(下流方向にシフトする)。このずれは、拡散や非平衡電離反応の効果が、cold gas envelope内での上述の物理過程において無視できないことを示唆する。そこでこのような非平衡効果を考慮するために、電離反応速度論を導入し(chemical kinetic APAC)、さらに電子温度の重粒子温度からのずれを導入して(nonequilibrium APAC)実験結果と比較すると、両者は良い一致を示し、非平衡の効果が陽極壁近傍で無視できない程高いことが確認された。アルゴンなど重い原子では、電子から重粒子への衝突によるエネルギー輸送が遅く進むため、電子温度は重粒子温度よりも高くなる傾向が観察された。水素では、このような温度非平衡はあまり深刻ではない。このことから、アルゴンに見られる特徴的な低電圧モードは、Ramsauer効果による電子の運動量輸送衝突周波数の極端な低下と、この際だった電子温度の上昇が原因であると結論される。アークの振舞は、このように雰囲気中の電子の移動度と電界によって決定されるが、cold gas envelope雰囲気は軸方向の流速、半径方向の熱伝導と拡散の特徴的な速度、および電離-再結合の反応速度によって決定されることが分かった。アルゴン流の場合、電子の移動度が水素雰囲気中に比べて大きいこと加えて、電離レートが著しく高いため、cold gas envelopeが十分に成長できない。一方、水素の電離反応は解離を伴った遅い反応であり、cold gas envelope内の荷電粒子密度の増加は層内の電離反応よりも、陽光柱からの速い両極性拡散によってもたらされる。

 実験と解析結果から、アークジェット推進機の性能向上に対する以下の指針を得ることができる。第一に陽極熱損失を低減するには、数値解析が示したように、陽極表面温度を上昇させ、陽極へ向かう熱伝導と拡散を抑制する必要がある。第二に、陽光柱の陽極付着点をできるだけ下流に移動して放電電圧を上昇させ、低電流放電を実現して電子流による熱損失を減らすとともに、cold gas envelopeを成長させ、流体の熱伝導/拡散による陽光柱エンタルピの散逸を抑えれば良い。この時、アーク付着点が、流体力学的な推進剤加速の始まる直前のコンストリクタ出口、ないしはノズル上流域に位置しておれば理想的である。なぜなら、推進剤に与えられた電気エネルギーは、断熱的に陽光柱を取り囲むcold gas envelopeによってアーク付着点まで陽光柱内に十分に保持される一方、アーク付着点が下流域に位置しているために、アーク付着点より下流の高温プラズマに曝されるコンストリクタ領域は小さく、推進剤エンタルピは散逸される前に高い効率で推進エネルギーに変換されるからである。この理想的な放電形態は、コンストリクタ半径の低下による放電室圧力の上昇で自発的に実現されるが、他方では放電経路制御法(current path control method)によって、より積極的に制御することも可能である。第三には、推進剤種/流量とカップリングされたコンストリクタ長さの適切な選択によって、先の放電形態を実現するとともに、cold gas envelopeをアークと適度に接触させて、推進剤全体としての加熱を十分に行うことである。以上の指針に基づいて新たにDC arcjetを設計・試作し(RCA series)、作動試験を行った結果、ヘリウムを推進剤とした場合に比推力800秒(推進効率37%)、水素の場合は1000秒(13%)という、期待通りの高い推進性能を達成することができた。

審査要旨

 工学修士藤田和央提出の論文は、"Arc Column Behavior and Heat Loss Mechanism in a DC Arcjet Thruster"(邦題:DCアークジェット推進機のアーク挙動と熱損失機構)と題し、8章より構成されている。

 DCアークジェット推進機は、推進機中心軸上に設置された陰極と同心円状に配置された陽極の間にアーク放電を起こして推進剤を加熱し、ノズル膨張により推力を得る電気推進機である。推進剤の加熱が化学反応に依存しないため高いエンタルピを達成することが原理的に可能で、従来の化学推進と比較して高い比推力を得ることができる。また、他の電気推進機と比較して推力密度が大きく、比推力レンジが化学推進に近いため、高推力を必要とする宇宙ミッションの推進機として有望である。しかしながら、これまで各国で行われた研究開発においては、電極熱損失が推進性能の低下をもたらすことが問題となっているが、その物理過程は明らかにされていないため、これが性能向上の障壁となっている。

 著者は本論文で、推進性能と熱損失の基本特性とアーク挙動を調べるために、5kW級のDCアークジェット推進機を試作し、電極形状と推進剤種を変化させて、推力と熱損失の測定、およびプラズマ診断等の実験を行っている。また実験に併行して、物理過程をより深く理解し推進性能を予測する目的で、数値計算コードの開発とプラズマ流れの解析を行っている。さらに、以上の結果に基づいて推進性能向上の設計指針を提案し、これに沿って推進機を試作して性能試験を行った結果を述べている。

 第1章は序論である。DCアークジェット推進機の基本原理と特徴、その歴史的背景と各国の研究開発の現状が概観され、本研究の意義と目的を述べている。

 第2章では、DCアークジェット推進機の実験装置と方法について述べ、電極形状を決めるパラメータと、性能評価のための諸効率が定義されている。

 第3章では、推進性能と熱損失の推進剤と電極形状による変化を調べ、水素とヘリウムを用いて高い比推力が得られることを指摘している。また、コンストリクタ径を小さくし放電室圧力を上昇させることで、熱損失が低下されると同時に高い比推力と推進効率を実現することができると述べている。著者はこの原因が、アークのピンチ効果とアーク付着点の下流への移動に伴ったcold gas envelopeの形成であると推測した。

 第4章では、上述の機構をより物理的な側面から調べるために、分割電極を用いてアークの挙動と熱損失の分布を測定し、またコンストリクタ領域のプラズマの半径方向の物理量変化を分光学的に測定している。その結果、放電室圧力の上昇とともに、アークは半径方向にピンチされて下流方向に付着するようになり、付着点より上流部分では著しく電極への熱損失は低減されるため、熱損失全体でも低減され、推進性能が改善されることが確認された。

 第5章では、アーク挙動と熱損失過程の詳細を明らかにするために、コンストリクタ領域での放電プラズマ流れを解析的に調べている。ここでは非平衡混合流体方程式と電場の方程式を組み合わせた2次元モデルを構築するとともに数値手法を開発した。

 第6章は計算結果と考察で、水素とアルゴンについて計算を行っている。計算結果は実験結果とよい一致を示し、著者はこの解析コードが性能予測に利用できると指摘している。また投入された電力のエネルギー変換過程を調べ、cold gas envelopeを積極的に形成すること、アークをコンストリクタ下流域に付着させること、また電極壁温度を上昇させること等によって、熱伝導と壁面再結合による損失が低減されると結論付けている。

 第7章では、上述の結果と考察に基づいて推進機の性能向上のための設計指針を提案し、これに沿って新たなアークジェットを試作して性能試験が行われている。その結果、熱損失を予測通り低減することができ、ヘリウムを推進剤とした場合、比推力800秒の時、推進効率37%という高い推進性能が得られた。

 第8章は結論であり、本論文の総括を行っている。

 以上要するに、本論文はDCアークジェット推進機に関する実験的および解析的な研究を行い、アーク挙動と熱損失機構を明らかにして基本的な推進性能と熱損失の特性を理解し、推進性能の向上と設計の指針を与えており、その成果は宇宙推進工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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