工学修士藤田和央提出の論文は、"Arc Column Behavior and Heat Loss Mechanism in a DC Arcjet Thruster"(邦題:DCアークジェット推進機のアーク挙動と熱損失機構)と題し、8章より構成されている。 DCアークジェット推進機は、推進機中心軸上に設置された陰極と同心円状に配置された陽極の間にアーク放電を起こして推進剤を加熱し、ノズル膨張により推力を得る電気推進機である。推進剤の加熱が化学反応に依存しないため高いエンタルピを達成することが原理的に可能で、従来の化学推進と比較して高い比推力を得ることができる。また、他の電気推進機と比較して推力密度が大きく、比推力レンジが化学推進に近いため、高推力を必要とする宇宙ミッションの推進機として有望である。しかしながら、これまで各国で行われた研究開発においては、電極熱損失が推進性能の低下をもたらすことが問題となっているが、その物理過程は明らかにされていないため、これが性能向上の障壁となっている。 著者は本論文で、推進性能と熱損失の基本特性とアーク挙動を調べるために、5kW級のDCアークジェット推進機を試作し、電極形状と推進剤種を変化させて、推力と熱損失の測定、およびプラズマ診断等の実験を行っている。また実験に併行して、物理過程をより深く理解し推進性能を予測する目的で、数値計算コードの開発とプラズマ流れの解析を行っている。さらに、以上の結果に基づいて推進性能向上の設計指針を提案し、これに沿って推進機を試作して性能試験を行った結果を述べている。 第1章は序論である。DCアークジェット推進機の基本原理と特徴、その歴史的背景と各国の研究開発の現状が概観され、本研究の意義と目的を述べている。 第2章では、DCアークジェット推進機の実験装置と方法について述べ、電極形状を決めるパラメータと、性能評価のための諸効率が定義されている。 第3章では、推進性能と熱損失の推進剤と電極形状による変化を調べ、水素とヘリウムを用いて高い比推力が得られることを指摘している。また、コンストリクタ径を小さくし放電室圧力を上昇させることで、熱損失が低下されると同時に高い比推力と推進効率を実現することができると述べている。著者はこの原因が、アークのピンチ効果とアーク付着点の下流への移動に伴ったcold gas envelopeの形成であると推測した。 第4章では、上述の機構をより物理的な側面から調べるために、分割電極を用いてアークの挙動と熱損失の分布を測定し、またコンストリクタ領域のプラズマの半径方向の物理量変化を分光学的に測定している。その結果、放電室圧力の上昇とともに、アークは半径方向にピンチされて下流方向に付着するようになり、付着点より上流部分では著しく電極への熱損失は低減されるため、熱損失全体でも低減され、推進性能が改善されることが確認された。 第5章では、アーク挙動と熱損失過程の詳細を明らかにするために、コンストリクタ領域での放電プラズマ流れを解析的に調べている。ここでは非平衡混合流体方程式と電場の方程式を組み合わせた2次元モデルを構築するとともに数値手法を開発した。 第6章は計算結果と考察で、水素とアルゴンについて計算を行っている。計算結果は実験結果とよい一致を示し、著者はこの解析コードが性能予測に利用できると指摘している。また投入された電力のエネルギー変換過程を調べ、cold gas envelopeを積極的に形成すること、アークをコンストリクタ下流域に付着させること、また電極壁温度を上昇させること等によって、熱伝導と壁面再結合による損失が低減されると結論付けている。 第7章では、上述の結果と考察に基づいて推進機の性能向上のための設計指針を提案し、これに沿って新たなアークジェットを試作して性能試験が行われている。その結果、熱損失を予測通り低減することができ、ヘリウムを推進剤とした場合、比推力800秒の時、推進効率37%という高い推進性能が得られた。 第8章は結論であり、本論文の総括を行っている。 以上要するに、本論文はDCアークジェット推進機に関する実験的および解析的な研究を行い、アーク挙動と熱損失機構を明らかにして基本的な推進性能と熱損失の特性を理解し、推進性能の向上と設計の指針を与えており、その成果は宇宙推進工学上貢献するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |