学位論文要旨



No 111116
著者(漢字) 三上,真人
著者(英字)
著者(カナ) ミカミ,マサト
標題(和) 多成分燃料を用いた複数液滴の燃焼における干渉効果
標題(洋)
報告番号 111116
報告番号 甲11116
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3360号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 助教授 石塚,悟
内容要旨 1.はじめに

 単一液滴の燃焼は不均質系燃焼の最も基本的な形態であるため,燃焼学上非常に重要であるだけでなく,実用燃焼機関のディーゼルエンジンやガスタービン中での噴霧燃焼に対する理解を深める上での基礎研究としての観点からも重要であり,単一液滴の燃焼に関する研究はこれまで活発に行われてきている.噴霧燃焼が単一液滴の燃焼と大きく異なる点は噴霧の構成液滴間に干渉が存在することである.単一液滴燃焼の結果を多液滴系燃焼へと応用させるためにはその干渉効果を理解する必用があるが,干渉効果を調べた微小重力実験はほとんどなく,いまだ不明な点が多い.また,燃料に関していえば,実用燃料が本質的に多成分であるにもかかわらず多成分燃料液滴の燃焼に関する研究は少なく,多成分燃料液滴の燃焼における液滴間の干渉効果についての実験的研究は皆無である.

 本研究は,複数液滴として,その初期配置が明確に定義されている,同一燃料・等直径の2液滴を用いた燃焼実験を行うことにより,微視的観点から多成分の複数液滴系の燃焼機構に関する理解を深めようというものである.まず,単一の2成分燃料液滴の燃焼実験を微小重力場で行うことにより,2成分燃料液滴の蒸発・燃焼機構の把握を行う.つぎに,同一の単一成分燃料および等直径の2液滴を用いた燃焼実験を行い,新たな燃焼速度修正パラメタを導入することにより,燃焼速度に及ぼす非定常干渉効果を調べる.最後に,2成分燃料を用いた2液滴燃焼実験を微小重力場において行い,それまでの実験から得られた知見と合わせて,多成分燃料複数液滴の燃焼機構の把握を行う.

2.実験装置および方法

 本研究では単一液滴または水平配置された2つの懸垂液滴を用いた.2個の液滴はそれぞれ懸垂線先端に同時に生成され,その約2秒後に,それぞれの液滴周囲に配置されたループ形のカンタル線の電気的加熱により両液滴の点火が同時に行われた.微小重力実験の場合,通常重力場において液滴を生成し,その約2秒後に微小重力場において点火を行った.微小重力場は東京大学工学部の10m落下塔を用いて自由落下法により得た.燃焼液滴列の直交する2方向の像はそれぞれ2台のCCDカメラにより撮影し,得られた画像をコンピュータに取り込むことにより燃焼挙動の解析を行った.液滴の中心間距離を全燃焼期間中一定に保つことができるよう,液滴の空間保持には懸垂液滴法を用いた.懸垂線直径は0.125mmである.初期液滴直径は0.8-1.1mmの範囲を対象とした.

 本研究では,燃料には正ヘプタンおよび正ヘキサデカンおよびその混合物を用いた.圧力は0.1-6.OMPaの範囲で変化させた.

3.実験結果および考察

 単一液滴の2成分燃料の燃焼実験の結果以下のことが分かった.単一成分燃料液滴の燃焼において,直径の2乗は初期加熱期間の後時間とともに直線的に減少しており,いわゆるd2則が成り立っているが,2成分燃料液滴の燃焼においては,d2則はもはや成立しない.この場合,蒸発過程の中途で液滴直径の2乗の減少率が急激に小さくなる時期が存在する,その前後を以後それぞれ第1段階および第2段階と呼ぶことにするが,各段階の後半は,液滴直径の2乗が時間とともにほぼ直線的に減少することで特徴づけられる.この段階燃焼は次のように説明される.第1段階においては,液滴温度は比較的低いのでヘキサデカンに比べ沸点の低いヘプタンが液滴表面より優先的に蒸発する.液相における拡散係数は液滴の表面積の減少率に比べ非常に小さいため,蒸発が進むに連れ液滴内では表面付近のヘキサデカン濃度が増大し,表面付近に濃度境界層が形成される.液滴表面付近のヘプタン濃度が十分に減少すると,蒸発量は減少し火炎は液滴に近付いて来る.第2段階初期において液滴は加熱され,第2段階の加熱終了後はヘキサデカン,ヘプタンはともに活発に蒸発する.火炎については,火炎直径は一度増大した後減少し,その後再び増大している.また,高圧実験において,第1段階においては,ヘプタンの臨界圧力より高い3.0MPaにおいてのみ局所的臨界状態が観察され,第2段階においては,3.0MPaに加え,ヘプタンの臨界圧力より低くヘキサデカンの臨界圧力より高い2.0MPaにおいても液滴表面の臨界状態が観察されたことから,第1段階においてはヘプタンの蒸発が,第3段階においてはヘキサデカンの蒸発が支配的であることが分かる.また,段階燃焼は両燃料の臨界圧力を越えた圧力においても行われていることが分かった.多成分燃料の段階燃焼における遷移過程は,遷移過程以前の蒸発においてその蒸発量の大部分をしめる低沸点成分の液滴表層における濃度が低下することにより生ずるため,液滴表層に存在する低沸点成分であるヘプタンの濃度が低いほど,つまり,ヘキサデカンの濃度が高いほど早い時期に遷移は生じる.実験より,遷移液滴体積は圧力にほとんど依存しないことが分かったが,液滴の密度変化を考慮すると,遷移液滴質量は圧力が高いほど小さく,第1段階におけるヘキサデカンの蒸発量が多くなることが分かる.燃焼速度に対する液相における拡散係数の比は,この第1段階から第2段階への遷移に大きな影響を及ぼす,第1段階の燃焼速度は初期ヘキサデカン濃度の増加にともない急激に減少し,一方,液相の拡散係数は強い温度依存性を示す.

 つぎに,単一成分の複数液滴燃焼の実験を行い,以下のことが明らかになった.2液滴の燃焼ではある初期液滴間隔範囲において,燃焼初期には2つの火炎が分離した形態で燃焼するが,火炎直径の増加にともない火炎は1つの結合した火炎へと遷移し,そして,燃焼後期において火炎直径の減少にともない,反対の遷移が生ずる.液滴列燃焼の準定常理論によれば,雰囲気条件一定のもとでは火炎形状は液滴間隔のみに依存するため,t=0において2つの火炎が接触する臨界状態となる初期液滴間隔が存在し,それ以下の初期液滴間隔に対しては,結合火炎からから分離火炎への遷移のみが燃焼中に存在する.この液滴列燃焼の準定常理論では存在し得ない火炎形状の遷移が実際には見られることから,火炎内でのの燃料の蓄積効果による気相の非定常性が燃焼形態に影響を及ぼしていることがわかる.他方の火炎から一方の液滴への放射熱伝達は複数液滴の燃焼に影響を及ぼし,液滴の加熱を促進する.一方,火炎間に生じる酸素不足は燃焼を抑制する.前者は,液相の非定常性の重要な燃焼初期において顕著であり,ある初期液滴間隔においてその効果は最大となる.後者は,先に述べた気相の非定常性と大きな関係があり,2つの火炎が近付くにつれ,酸素不足度が高まり,燃焼後期において液滴の相対的な距離が増大するにしたがい,その効果は小さくなる.この酸素不足の影響は初期液滴間隔が小さいほど大きい.これらの,放射加熱と酸素不足の両者の影響の重ね合わせにより,2液滴の燃焼寿命はある初期液間隔で最小値をとる.高圧力においては,火炎と液滴の間に生成されるすすの殻により液滴への放射が遮られ,放射加熱の影響は小さいと考えられる.また,圧力が高いほどステファン流が弱く,しかも拡散速度が遅くなることから,1つの液滴の持つ影響距離が小さくなり,酸素不足の影響も小さくなる.これにより燃焼寿命の初期液滴間隔依存性は高圧ほど小さくなる.

 最後に,2成分燃料を用いた2液滴燃焼実験を微小重力場において行い,それまでの実験から得られた知見と合わせて,多成分燃料複数液滴の蒸発燃焼機構の把握を行った.2成分燃料の複数液滴燃焼においても段階燃焼が見られ,その第1段階は他方の液滴からの放射熱伝達の影響を受けている.第1段階における液滴表面での低揮発性燃料の濃度の増大は液相の拡散の影響を受け,これは干渉の影響を受ける.このような干渉の影響は第1段階がある程度初期に終了する場合に顕著に現れる.火炎間の酸素不足の影響は第2段階において強く現れ,第2段階の加熱期間はこの酸素不足の影響により長くなる.これらの両者の影響の重ね合わせにより,燃焼寿命は初期ヘキサデカン濃度が低い範囲においては,初期ヘキサデカン濃度が高いほど,初期液滴間隔の減少とともに単調に増加する.以上のことにより,多成分燃料を用いた場合,構成燃料の物性値が大きく異なると段階燃焼を起こし,火炎間での酸素不足の影響が他方の火炎から一方の液滴への放射熱伝達の影響より強くなることが分かる.そしてこの干渉効果は圧力が高いほど小さい.

審査要旨

 修士(工学)三上真人提出の論文は、「多成分燃料を用いた複数液滴の燃焼における干渉効果」と題し、6章から成っている。

 単一液滴の燃焼に関する研究は、燃焼学上の重要性から、また、噴霧燃焼等の不均質系燃焼の機構解明の基礎研究の観点からこれまで数多く行われてきている。これらの従来の液滴燃焼の研究の多くは単一成分燃料を用いた単一液滴の燃焼に関するものである。これらを噴霧燃焼等の実際の不均質系燃焼に適用するうえでいくつか解明すべき点が残されている。まず、実用燃料が本質的に多成分であるにもかかわらず多成分燃料液滴の燃焼に関する研究は少ない。特に、その高圧における燃焼機構はほとんど明らかにされていない。つぎに、実用燃焼器における噴霧燃焼が単一液滴の燃焼と大きく異なる点は噴霧の構成液滴間の干渉の存在であるが、その干渉効果を調べた実験的研究は少なく、液滴間の干渉効果にはいまだ不明な点が多い。特に、多成分燃料液滴の燃焼における液滴間の干渉効果についての研究は皆無である。

 本論文では、複数液滴として、その初期配置が明確に定義されている、同一燃料・等直径の二液滴を用いることにより、また、燃料として揮発性の大きく異なる二種類の燃料の混合物を用いることにより、微視的観点から多成分燃料複数液滴の燃焼機構について調べている。現象を簡略化し既存の理論との比較を容易にするために、自然対流の無視できる微小重力場を利用して実験を行っている。

 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、関連する研究の成果とその問題点を検討し、本論文全体を概観することで、研究の目的と意義を明確にしている。

 第2章では実験装置と方法について述べている。まず、複数液滴燃焼実験用の装置を構成する、燃料供給系、点火系、撮影系および制御系について説明している。実験は大部分が微小重力場において行われており、最後に、その微小重力実験の施設と方法を説明している。

 第3章では、燃料として高揮発性燃料のヘプタンと低揮発性燃料のヘキサデカンから成る二成分燃料を用いて単一液滴の燃焼実験を微小重力場において行い、多成分燃料単一液滴の蒸発・燃焼機構について考察している。まず、このような二成分燃料を用いた場合、蒸発過程の中途で蒸発速度が急激に小さくなる遷移時期が存在することを示し、段階燃焼の各段階における、液相の濃度分布の時間変化を考察している。また、蒸発速度の低揮発性成分初期濃度依存性および圧力依存性より、蒸発寿命および燃焼寿命の低揮発性成分初期濃度依存性および圧力依存性を考察している。また、遷移時の液滴体積を既存の理論と比較することにより、第一段階の蒸発速度と液相における拡散が遷移に及ぼす影響について考察している。

 第4章では、同一の単一成分燃料および等直径の二液滴を用いた燃焼実験を微小重力場および通常重力場において行い、複数液滴燃焼に及ぼす非定常干渉効果を調べている。まず、複数液滴の燃焼において、干渉効果は、他方の火炎からの放射熱伝達による液滴の加熱促進の効果と、火炎間に生じる酸素不足による燃焼抑制の効果の二種類に大別されることを示している。また、これらの干渉効果は圧力が高いほど小さいことも示している。

 第5章では、二成分燃料を用いた二液滴燃焼実験を微小重力場において行い、それまでの実験から得られた知見と合わせて、多成分燃料複数液滴の蒸発・燃焼機構の把握を行っている。二成分燃料複数液滴の燃焼においても段階燃焼が行われ、その第一段階は他方の火炎からの放射熱伝達の影響を受けること、火炎間の酸素不足の影響は第一段階においては低揮発性成分初期濃度が高いほど小さく、第二段階においては、低揮発性成分初期濃度が高いほど大きいことを示している。そして、この干渉効果は圧力が高いほど小さく、高揮発性燃料に少量の低揮発性燃料を加えることによりさらに小さくなることを示している。

 第6章は結論であり、本研究において得られた結果を要約している。

 以上要するに、本論文では、多成分燃料を用いた複数液滴の燃焼における干渉効果を微小重力場を利用することにより詳細に調べ、多成分燃料液滴の非定常蒸発・燃焼過程について考察を行うとともに、複数液滴燃焼における干渉効果についても詳細な考察を行っている。そして、これらを総括的に考察することにより、多成分燃料を用いた複数液滴の蒸発・燃焼機構解明について示唆に富む知見を与えており、燃焼学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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