学位論文要旨



No 111117
著者(漢字) 溝渕,泰寛
著者(英字)
著者(カナ) ミゾブチ,ヤスヒロ
標題(和) CO2ガスダイナミックレーザーの性能に関する数値的研究
標題(洋)
報告番号 111117
報告番号 甲11117
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3361号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 松為,宏幸
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 安部,隆士
内容要旨

 惑星探査機やAOTV(Aeroassisted Orbital Transfer Vehicle)の大気圏突入時における空力加熱では対流加熱よりも輻射加熱が卓越し,その輻射加熱量は木星探査機で数十kW/cm2にも及ぶと考えられている.従って,それらの飛行体の実現には輻射加熱に対する熱防御系の研究開発が必要となる.そのためには過酷な輻射加熱場を再現した試験を行なわなければならないが,飛行試験を行なうのは非常に困難なので地上試験に頼ることになる.地上試験では供試体に能動的に輻射熱を与えなければならないので,大出力を連続して得られる輻射加熱源が必要である.東京大学工学部航空宇宙工学科では,その加熱源として燃焼駆動式CO2ガスダイナミックレーザー(CO2GDL)の使用を考え研究開発を進めている.

 CO2GDLとは高温に振動励起されたCO2,N2,H2Oの混合気体を超音速ノズルによって急冷却することによりCO2の分子振動モード間に数密度反転が生じることを利用するものである.数密度反転を起こした気体は光の吸収よりも誘導放出が上回りレーザー媒質となるので,光共振器等の装置を用いて気体中で光を往復させ,増幅した光を取り出すというのがCO2GDLの原理であり,簡潔にいうとCO2GDLとはCO2の分子振動エネルギーを輻射エネルギーに変換して取り出す装置である.東京大学工学部航空宇宙工学科のCO2GDL装置では,ベンゼン(C6H6)/酸素(O2)の燃焼によりCO2とH2Oを得た所にN2を投入し作動流体を得,この作動流体を2次元超音速ノズルで急冷却し,平面鏡と凹面鏡からなる安定共振器を用いて流体中で光を往復させ増幅したレーザー光を半透過鏡である平面鏡から抽出している.本論文はこのCO2GDL装置に対するレーザー出力推算を行ない装置開発に指針を与えるものである.

 CO2GDLの研究は1960年代に始まったものであるが,装置開発に伴い性能を数値的に予測するという研究も古くから行なわれている.これには装置開発に指針を与えるという目的の他に,超音速ノズル内分子振動非平衡流れを扱うという意味で数値流体力学的にも興味深いという側面もある.CO2GDLの原理からして,その性能を予測するためには超音速ノズル内の分子振動非平衡流れと,その中を行き来する光の伝播を数値的に扱わなければならない.しかしながら,従来の数値的な研究の多くはは超音速ノズル内の流れ場のみを解くことにより,その流体内を光が通過した時の光の輻射強度の増幅率である微小信号利得係数を予測したに留まるものであった.装置開発に対して設計指針を与えるという目的は微小信号利得係数の予測によってある程度果たすことは可能であるが,作動条件に対するレーザー出力の特性と微小信号利得係数の特性は必ずしも一致するものではないので,やはりレーザー出力を予測することで指針を与えることが望ましい.

 従来の数値的研究が流れ場だけの解析に留まっている理由は光共振器などの光学系における光の振舞を理論的に計算に取り入れることが困難なことにある.本論文の研究対象である平面-凹面鏡からなる安定共振器について言えば,光が凹面鏡での反射によって絞られることにより鏡の中心に集まって来るといった現象を計算に取り込まなければならない.この光の集まり具合は凹面鏡で絞られる効果と光が回折して広がる効果とのバランスで決まる.従って,この現象を取り扱うには,従来高温流体の計算において用いられてきた光を粒子として扱った輻射方程式では不十分で光の波の性質を考慮する必要がある.光を波として扱った研究としてはLiらにより始まった光を平面波として扱う方法が一般的である.この方法は光が回折する効果を見積もれるうえに,凹面鏡での反射を光の位相変化として取り扱えるという利点がある.本論文では,この光を平面波として扱う考えの基に導かれた光の伝播方程式と,流体の方程式を組み合わせて数値的に解くことによってCO2GDLのレーザー出力を推算する.

 本論文第1章は導入部であり本研究の目的が明らかにされる.第2章では計算に用いた物理モデルが説明される.超音速ノズル内の流体については,まず分子振動緩和を数値的に扱うための熱的モデルの説明がされる.本論文で取り扱う振動モードすなわち,CO2の対称伸縮(1),曲げ(2),非対称伸縮(3),N2の伸縮(N)の振動モードに対してなされる仮定が述べられ,その結果得られる振動モード間のエネルギー遷移を記述する振動緩和方程式等が示される.次に微小信号利得係数について説明がなされる.また粘性計算を行なうために導入された乱流モデルについての説明もなされる.光共振器内の光の伝播に関しては計算を容易にするための光共振器系のモデル化,具体的には平面鏡での光の反射および透過,凹面鏡での反射の取扱いについて説明がながなされる.また誘導放出および吸収による流体と光の間のエネルギーの移動についてのモデル化についても述べられる.第3章では第2章で述べた物理モデルを定式化した支配方程式について説明がなされる.流体の方程式はレイノルズ平均3次元ナビエス・トークス方程式に分子振動緩和方程式を組み込んだもので,光とのエネルギーのやり取りの効果も含まれている.光の伝播方程式は,平面波の仮定の基に波動方程式を簡単化した式に,レーザー媒質による増幅の効果を重ね合わせることにより導かれる.第4章では第3章で示した支配方程式の数値計算解法について説明がなされる.それぞれの方程式に対し安定で精度良い解法が選択され,特に流体の方程式に対しては衝撃波や接触面といった不連続を鮮明に捕らえるTVDスキームが用いられる.第5章では超音速ノズル内の流れと光共振器内の光の伝播をそれぞれ別々に解き,実験または理論と比較することにより,それぞれの物理モデルおよび計算方法の妥当性の確認がなされる.超音速ノズル内の流れ場については,ノズル壁面圧力,流れの可視化写真などの実験結果との比較により,計算は実験と非常に良く一致することが示されるとともに,この様な流れ場では乱流の影響は大きくないことが示唆される.熱的な場については,微小信号利得系数をやや高めに予測するが,CO2(1)とCO2(2)の振動モードはほぼ平衡状態にあるのに対し,CO2(3)およびN2(N)は凍結されているといった超音速ノズル内の分子振動非平衡流れの様子が数値的に良く再現されていることが示される.光共振器内の光の伝播については,真空の共振器内の光の伝播を数値的に解き,その解析解であるガウス分布と比較することによって解析方法の妥当性が確認される.第6章では第5章で各々の妥当性が確認された流体の計算と光の計算を組み合わせて,典型的なCO2GDL装置作動条件に対するレーザー出力計算がなされる.計算結果は光共振器の特性を良く反映し,レーザー発振に伴う振動モード間のエネルギーの遷移を再現していることが示される.また,計算で得られたレーザー出力は定量的にも実験とほぼ良好な一致を示し本論文で用いたレーザー出力計算法の妥当性が確認される.第7章では第6章で開発した計算方法を簡便化した計算方法を用いてパラメトリックスタディーを行い,貯気槽条件,光共振器の仕様にに対するレーザー出力特性が調べられる.貯気槽圧力に対する特性においては,微小信号利得係数が貯気槽圧力に対し非常に敏感で低圧である程高い値となるのに対し,レーザー出力はあまり敏感でないことが示される.貯気槽温度と流体組成に対する特性においても,微小信号利得係数とレーザー出力の特性は異なり,レーザー出力を最適とする条件は,微小信号利得係数を最適とする条件に比べ,貯気槽温度は低く,CO2の組成比は小さいことが示される.これは作動流体に含まれるN2の影響であることが説明され,レーザー発振におけるN2の重要性が明らかにされる.光共振器の仕様については,凹面鏡の焦点距離を長くすることと,ノズル幅を広げることによるレーザー出力の向上が示され,特にノズル幅の拡大が効果的であることが示される.第8章では結論がまとめられる.

審査要旨

 修士(工学)溝渕泰寛提出の論文は「CO2ガスダイナミックレーザーの性能に関する数値的研究」と題し、本文8章及び付録2章から成っている。

 惑星大気探査機や空気力利用の軌道変換機などの機体は、飛行時に衝撃波後方の高温気体から強度の輻射加熱を受けるので適切な熱防御が要求され、熱防御系の設計には、その加熱環境を模擬する大出力連続作動型の輻射加熱源が必要である。この条件を満たすものとしてCO2ガスダイナミックレーザー(CO2 Gas Dynamic Laser)の使用が有望である。

 CO2ガスダイナミックレーザーは、高温に振動励起した炭酸ガス(CO2)、窒素(N2)を超音速ノズルによって急冷却し、CO2の3つの振動モードの緩和時間の差を利用して、エネルギー準位の間に数密度反転を起こしレーザー媒質とし、光共振器を用いてレーザー発振を実現するものである。CO2ガスダイナミックレーザーの研究において数値計算による性能特性予測は非常に有効な手段と考えられ、過去多くの数値的研究が成されてきた。レーザー出力予測のためには、超音速ノズル内の強い振動非平衡を伴う流れ場と、その中を伝播しながら増幅する光を同時に取り扱う必要がある。特に光共振器の特性を取り込むには光を粒子として扱うのでは不十分で、波動性を取り入れなければならない。過去の数値的研究においては、このような条件を考慮したレーザー出力計算は行われておらず、また、流れ場のみを計算し、輻射強度の増幅率である微小信号利得係数を求めるに留まるものであった。微小信号利得係数を予測することでもある程度、装置設計に指針を与えることは可能ではあるが、微小信号利得係数とレーザー出力の特性が一致するとは限らないことを考えると定量的なレーザー出力予測が望ましい。

 このような観点から、著者は超音速ノズル内の流れ場の支配方程式としては、分子振動緩和方程式を組み込むとともに流体/光間のエネルギー交換の効果を加えたレイノルズ平均3次元ナビエ・ストークス方程式を、光の伝播の支配方程式としては、波動方程式から導かれた光の回折、屈折、増幅の効果を含んだ方程式を用い、相互作用を考慮しつつ両支配方程式を数値的に解くことによりCO2ガスダイナミックレーザーの出力を推算し、実験結果との比較を行うことによって作動条件に対する特性を予測している。

 第1章は序論で、CO2ガスダイナミックレーザーの数値的研究に関する従来の国内外の研究状況を概観し、本論文の目的と意義を明確にしている。

 第2章では、本論文における数値解析に用いた物理モデルの詳細について述べている。流体については分子振動緩和とレーザー遷移に関する熱的モデルと粘性計算のために導入した乱流モデルについて述べている。光の伝播については計算対象である平面-凹面鏡から成る光共振器内の光の伝播を数値的に扱うためのモデルについて述べている。また流体と光の間のエネルギーの交換についても言及している。

 第3章では、第2章で述べられた物理モデルを定式化した支配方程式を示している。

 第4章では、流体力学方程式および光の伝播方程式を取り扱う際の数値解析方法の詳細を、境界条件および初期条件とともに述べている。

 第5章では、レーザー出力計算の予備段階として、流体および光の伝播を独立して数値計算することにより、それぞれの物理モデル及び計算方法の妥当性を確認している。流体に関してはシュリーレン写真による可視化および微小信号利得係数等の実験結果と比較し、良い一致が得られることを示すとともに、このような流れ場では乱流の影響は大きくないことを示唆している。光の伝播に関しては真空の共振器内の光の伝播を計算して、理論的に求められる解との比較を行うことにより、その妥当性を示している。

 第6章では、実験装置に対するレーザー出力計算の結果について述べている。計算で得られたレーザー出力は実験結果とよく一致し、その分布は光共振器の特性を良く反映していること、またレーザー発振に伴う炭酸ガスの振動モード間のエネルギー遷移、およびそれによって活性化される窒素と炭酸ガスの間の振動エネルギーの遷移等の物理現象を良くとらえていることが示されている。

 第7章では、貯気槽状態、共振器仕様に対する性能特性について述べている。微小信号利得特性は圧力に非常に敏感で、その係数は貯気槽圧力が低いほど高い値をとるが、レーザー出力は圧力にはほとんど依存しないことが示されている。貯気槽温度および作動流体組成に対する観点からも、微小信号利得係数とレーザー出力の特性は若干異なり、レーザー出力に対する最適条件は微小信号利得係数に対する最適条件よりも窒素と炭酸ガスの間の振動エネルギーの遷移を活発にする方向に移動する。共振器の仕様に関しては、凹面鏡の焦点距離、共振器幅が長い程出力は向上するが、特に共振器幅を広げることが有効であることが示されている。

 第8章は結論で、上記各章における考察の総括を行っている。

 付録Aでは第2章で述べた物理モデルを用いて分子振動緩和方程式を導出する過程を述べ、付録Bには本研究に用いた分子振動緩和時間を示している。

 以上要するに、本論文は超音速ノズル内の分子振動非平衡流れと、その中での光の伝播及び増幅を、光の波動性を考慮して数値的に取り扱うことによってCO2ガスダイナミックレーザーの性能を予測するものであり、その成果は熱工学上新しい知見をもたらし、航空宇宙工学に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54450