学位論文要旨



No 111118
著者(漢字) 森本,哲也
著者(英字)
著者(カナ) モリモト,テツヤ
標題(和) 延性破壊における空孔発生・成長の微視的機構の研究
標題(洋)
報告番号 111118
報告番号 甲11118
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3362号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 武田,展雄
 東京大学 教授 木村,好次
 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
内容要旨 1

 延性破壊は一般に滑り面分離と空孔合体型破壊を伴う。いずれも大規模な塑性変形を伴う破壊現象であるが、滑り面分離は巨視的には点状、あるいはのみの刃先状の破壊形態を示し、高純度金属に典型的に見られる。これに対して空孔合体型破壊は、多数の微小なdimpleが破面に見られ、第2相粒子が母相に含包されている材料に顕著である等、性質の異なる破壊現象である。空孔合体型破壊は材料の降伏、塑性変形の開始に引き続く過程、すなわち1)微視空孔(void)発生、2)空孔の成長、3)各々の空孔の合体による破面形成、なる3段階により説明されている。dimpleは3)の段階における破面形成の結果、空孔が切断されて生ずる窪みである。微視空孔の発生核は結晶3重点や第2相粒子であると考えられており、変形の過程でそれらの割れや剥離の結果空孔が生ずる。通常、材料内部には性質の異なる様々な種類の第2相粒子が含有されている。そのため発生時点の異なる空孔が混在することになり、破壊が複雑なものになる一因となっている。また空孔の成長に引き続く破面形成の過程は、個々の空孔が成長して接するだけでは無く空孔端部での微視的なくびれの発生、あるいは空孔の成長に伴う応力集中や塑性変形の結果2次空孔の出現を伴う等、様々な要素が複雑に作用するため理解が困難である。

 この様に延性破壊は複雑な現象であるため、線形破壊力学の適用による予測が困難であり理論実験手法両面で長年研究されている。しかし、これまで理論的に導かれた破壊基準の多くは線形破壊力学の拡張、あるいは塑性変形場を線形流体の場合と同様に扱う等、材料の特性を大幅に近似しており、必ずしも実際の破壊と一致する結果が得られていない。また延性材料の場合、微視的観点では結晶サイズや第2相粒子の間隔など材料固有の寸法があることから、破面に観察されるdimpleの寸法が材料の大きさに左右されずほぼ一定である等の寸法効果が現われる。しかしこれまでのところその様な材料固有の長さの次元を表現した破壊基準は導かれておらず、寸法効果を説明出来ないのが現状である。これは巨視的な破壊現象のみを考慮し、空孔の挙動に代表される微視的な視点に欠ける解析を行っているためである。そこで延性破壊における微視空孔の成長の過程に注目し、材料の応力-歪速度の構成関係に非線形性がある場合における、多軸応力下の空孔形状変化および体積増加を明らかにすることを目的に研究を行う。研究の内容は、

 1)微視空孔の体積増加率と形状変化に及ぼす、

 ・負荷応力の静水圧成分ならびにせん断成分の影響

 ・材料の構成関係式の非線形性による影響

 なる2点を調べるため、力学モデルを使った解析を行う。

 2)微視空孔の成長速度に及ぼす負荷応力の静水圧成分およびせん断成分の影響を調べるため、延性材料の引き張り試験に超音波法を応用した実験を行う。

 なる2つの部分、および両者の比較検討から成り立っている。

2微視空孔の成長機構に対する、力学モデルを用いた研究2.1力学モデルの作成に関する考え方

 空孔の成長に伴う材料の塑性歪は著しく大きく、大変形問題の解析(大歪の構成方程式および形状の大変化の解析)を伴うため変形場の決定は著しく困難である。そこで、材料の構成関係を歪速度が相当応力の指数乗と偏差応力ijとの積で与えられる、簡潔な剛粘塑性関係で近似する。ただし、とnは材料定数であり、nがこの構成関係における、非線形性の尺度となる。

 

 材料の構成関係を(1)の様に剛粘塑性関係で近似したため、線形粘弾性における対応原理が成立しない等、弾波性問題とは異なる解析方法が求められることになる。そこで、空孔周りの速度場を力学的に妥当な関数形で表記し、エネルギー原理から速度場を決定する(様々な関数形の中から、ある関数形を決定する)手法を用いることにする。空孔の成長は、速度場を空孔面に当てはめることで記述される。

 この手法は空孔が単独の場合には厳密解を与えるが、空孔が複数存在する場合には関数形の設定が事実上困難である。しかし、空孔の間の領域でくびれが進行するに伴い、空孔面上の点が移動していく方向は主荷重方向への傾斜を強める傾向を示すことが、実験的に知られている。そこで楕円空孔が複数存在する場合には、空孔の端部近傍において、空孔面上の点が移動していく方向が面に直交するものと仮定し、空孔が近接している場合の空孔面(楕円の端部近傍)の速度場を代表させる。これは必ずしも一般的に成立する仮定ではないが、空孔の相互干渉を理解する一つの方法として解析を進めることにする。

2.2剛粘塑性体に含有された、単一楕円空孔の成長機構

 微視空孔の多軸応力下での成長を調べるため、剛粘塑性体で近似された材料に含有されている、単一の楕円空孔の変形をモデル化する。その際平面歪状態を仮定し、負荷応力の主軸が空孔の主軸に一致する様、遠方で一様に負荷する。なお、空孔内面は自由表面である。これを図1に示す。

 図1において、aは楕円空孔の長軸、bは短軸である。空孔の長短軸がそれぞれx軸とy軸と一致する様に直交座標系を定める。遠方での負荷応力はx方向にp、y方向にqとする。

図1 楕円空孔。対称性から1/4部を示す。

 モデル化に使う変数に対しては、一般性および簡便性を考え、次の様に無次元化を行う。

 

 

 構成方程式(1)における非線形性の尺度n、および遠方での荷重状態が空孔の形状変化と体積増加率に及ぼす影響に注目し、空孔長軸のx方向速度および短軸のy方向速度を求めた結果、次の関係を得た。

 

 空孔の縦横比の変化率および体積増加率の例を次に示す。

 ただし、S=anbnは空孔の体積である。また、応力3軸度は平均応力mと相当応力の比で定義され、値が小さければせん断成分が大きな場合に相当し、値が大きければ静水圧成分が大きな場合に相当する。

 空孔の形状変化の図2(a)より、空孔は荷重方向に大きく進展する傾向が読み取れる。しかしnの値を大きく設定し構成方程式の非線形性を増すにつれて、形状の変化率は鈍化する傾向を示す。また、体積増加の図2(b)より、荷重のせん断成分は空孔の体積増加率にあまり影響しないことを読み取ることが出来る。これはnの値を大きく設定し構成方程式の非線形性を増すにつれて、より顕著に読み取ることが出来る様になる。

図2 微視空孔の成長。ここではan:bn=10:9の場合を示す
2.3考察:微視的くびれによる端部の急速な変形を伴う、楕円空孔の成長

 空孔間の領域で微視的くびれが生ずる結果、楕円空孔端部の狭い領域に大きな歪速度を持つ変形場が現れる場合を考察する。2.1で述べた様に、空孔面上の点が移動していく方向が面に直交するものと仮定し、空孔が近接している場合の空孔面(楕円の端部近傍)の速度場を代表させる。すると、ある時点から微小時間dtが経過する時に、図1に示す楕円空孔が回転せずに成長し、軸長がそれぞれaからa+da、bからb+dbに増加する場合、x軸交点における歪増分dyyは次の様に定まる。

 

 塑性場の応力状態は一般に数値解析を使い、エネルギー変分問題の解を導くことで決定されるが、ここでは単一楕円空孔を含有している線形弾性体のもので見積もり、上/下界定理的に応力場を与える。式(4)および式(1)の構成関係が与える歪増分を比較した結果、次の関係を得る。その際2.1の場合と同様に、変数の無次元化を行っている。

 

 ただし、以下の定義を用いる。

 

 解析例を図3に示す。

図3 空孔の成長

 この様な解析の結果、次の結論を得た。

 1)空孔の形状変化について、空孔相互の干渉が小さい場合には荷重方向に成長する。これに対して、微視空孔が近接しており相互干渉する際には荷重と直交する方向に成長する傾向が示唆される。

 2)空孔の体積増加率は荷重の静水圧成分に大きく影響され、せん断成分による影響は顕著では無い。これに対して微視空孔が近接しており相互干渉する際には、せん断荷重の影響が大きくなる傾向が予想される。

 3)空孔の初期形状が及ぼす、体積増加率および形状の変化率への影響は、空孔相互の干渉が小さい場合には顕著でない。この傾向は材料の構成関係における非線形性が増すにつれてより明確になる。

3超音波法を応用した引き張り試験による、負荷応力の多軸性が及ぼす微視空孔の体積増加率への影響の解析

 負荷応力の静水圧成分およびせん断成分が微視空孔の体積増加率に及ぼす影響を調べるため、ノッチの半径で応力3軸度を設定した延性材料に対する引き張り試験に超音波法を応用し、散乱減衰の程度から微視空孔の体積含有率の変化を調べる。

 超音波の減衰をもたらす原因には様々なものがあるが、微視空孔による散乱減衰の周波数特性は他の原因とは異なっている。そこで、周波数を様々に変化させながら実験を行い、微視空孔の体積含有率を求める。実験試料には、代表的な延性材料である純アルミニウム(純度99.999%wt.)を選択し、ノッチ付試験片に加工した後真空焼鈍して使用する。実験装置は図4に示す様に構成されており、インストロン社製万能試験機で引き張りを行う。

図4 実験装置の構成

 試験片の引き張りに伴い、散乱断面積が増加する様子を解析した実験結果の例を図5に示す。

図5 散乱断面積

 この様な実験の結果、散乱断面積はある時点で急に増加を開始することが明らかになった。これは材料内部で発生した何らかの現象を検出したためであり、試験片内部における微視空孔の大量発生を検出していることが予想される。その様に散乱断面積が急に増加を開始する点での増加率を解析した結果、散乱断面積の増加率(微視空孔の体積増加率)には、引き張り荷重の大小による影響が顕著に現われるが、荷重の3軸度による影響はあまり顕著に現われないことが明らかになった。すなわち微視空孔の体積増加率に及ぼす荷重の影響は、静水圧成分によるものが支配的であり、せん断成分による影響はそれほど顕著ではないことが明らかになった。

4結論

 以上の研究活動の結果、次の様な点が明らかになった。

 1)材料の歪速度が負荷の相当応力の指数乗に比例する非線形性を示す場合、微視空孔が単独で成長している際には指数が大きくなり非線形性が増すにつれて、空孔の形状変化に及ぼすせん断荷重の影響が顕著ではなくなる。

 これに対して微視空孔が近接しており相互干渉する際には非線形性が増すにつれて、空孔の形状変化に及ぼすせん断荷重の影響が大きくなる傾向が予想される。

 2)微視空孔相互の干渉が十分に小さい場合、空孔の体積増加率は負荷応力の静水圧成分に大きく依存するが、せん断成分にはあまり影響されない。これは1)と同様に、材料の非線形性が大きな場合について特に顕著である。

 ところが、微視空孔が近接している等相互干渉が問題になる場合にはせん断成分の影響が現れる様になることが示唆される。これは材料の非線形性が大きな場合特に顕著である。

 材料の歪速度が、負荷の相当応力の指数乗に比例する非線形性を示す、なる近似を一般の多結晶金属材料に適用すると、多くの場合非線形性が大きいため、本研究の結論には重要な意味がある。例えば、材料の応力-歪速度に関する構成関係を線形であると仮定して算出された破断歪は、実際の金属材料のものよりも過大に見積もられていることが知られているが、その原因が構成関係の及ぼす微視空孔の成長挙動への影響にあることが本研究の結論より予想出来る。これらの成果は今後延性破壊の過程を明らかにし、延性材料と類似した破壊形態を示す高靭性材料の破壊基準を導く際等の、重要な手掛かりになるものと考えられる。

審査要旨

 修士(工学)森本哲也提出の論文は「延性破壊における空孔発生・成長の微視的機構の研究」と題し、4章よりなる。

 延性破壊は、1)微視空孔発生、2)空孔の成長、3)各々の空孔の合体による破面形成、なる3段階により説明されている。これまで理論的に導かれた破壊基準の多くは線形破壊力学の拡張、あるいは塑性変形場を線形流体の場合と同様に扱う等、材料の特性を大幅に近似しており、必ずしも実際の破壊と一致する結果が得られていない。また延性材料の場合、微視的観点では結晶サイズや第2相粒子の間隔など材料固有の寸法があることから、破面に観察される延性破壊特有のdimpleの寸法が材料の大きさに左右されずほぼ一定である等の寸法効果が現われる。しかしこれまでのところ、その様な材料固有の長さの次元を表現した破壊基準は導かれておらず、寸法効果を説明出来ないのが現状である。これは巨視的な破壊現象のみを考慮し、空孔の挙動に代表される微視的な視点に欠ける解析を行っているためである。そこで本論文では、延性破壊における微視空孔の成長の過程に注目し、材料の応力-歪速度の構成関係に非線形性がある場合における、多軸応力下の空孔形状変化および体積増加の機構を明らかにすることを目的に研究を行っている。

 第1章は「序論」で、本研究の背景、従来までの延性破壊の研究動向を総括し、問題点を明らかにするとともに、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章は「微視空孔の成長機構に対する、力学モデルを用いた研究」で、まず空孔の成長について力学モデルの作成に関する考え方を述べている。材料の構成関係としては、歪速度が相当応力のべき乗と偏差応力との積で与えられる簡潔な剛粘塑性関係で近似する。さらに空孔周りの速度場を力学的に妥当な関数形で表記し、エネルギー原理から速度場を決定する手法を採用している。これに基づき、具体的に、剛粘塑性体に含有された、単一楕円空孔の成長機構の解析およびその結果を示している。空孔の初期形状、外部応力の成分(応力3軸度)、および構成関係の非線形性が空孔成長の速度および形状に及ぼす効果を明らかにしている。さらに、空孔が隣接して微視的くびれによる端部の急速な変形を伴う成長の場合について解析例を示し、空孔の初期形状、外部応力の成分(応力3軸度)、および構成関係の非線形性が及ぼす効果について考察を行っている。

 第3章は「超音波法を応用した引き張り試験による、負荷応力の多軸性が及ぼす微視空孔の体積増加率への影響の解析」で、負荷応力の静水圧成分およびせん断成分が微視空孔の体積増加率に及ぼす影響を調べるため、ノッチの半径で応力3軸度を設定した延性材料に対する引き張り試験に超音波法を応用し、周波数を変化させた散乱減衰の程度から微視空孔の体積含有率の変化を調べる方法を提案している。この結果、超音波の散乱断面積はある時点で急に増加を開始することを明らかにし、散乱断面積の増加率(微視空孔の体積増加率)には、引き張り荷重の大小による影響が顕著に現われるが、荷重の3軸度による影響はあまり顕著に現われないことを示している。

 第4章は「結論」で、本研究の成果を要約している。

 以上要するに、本論文は延性破壊における微視的過程を明らかにし、さらに延性材料と類似した破壊形態を示す高靭性材料の破壊基準を導く際等の重要な手掛かりを与えており、航空宇宙工学上寄与することが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54451