学位論文要旨



No 111119
著者(漢字) 白,文鴻
著者(英字)
著者(カナ) ベク,ムンホン
標題(和) 2次曲面の位置・姿勢推定における最適化手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 111119
報告番号 甲11119
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3363号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 教授 茅,陽一
 東京大学 教授 曾根,悟
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
内容要旨

 与えられた画像データから3次元物体の位置・姿勢を推定することは知能ロボットの重要なテーマであり、一般にポーズ推定問題と呼ばれている。本研究では、3次元物体の一部が2次曲面で近似可能であるという仮定に基づいて2次曲面の位置と姿勢推定を行なう。この基本タスクの解決は、より複雑な物体の位置・姿勢推定の問題へのステップとなると考えられる。

 本論文では上記の問題に対して、曲面マッチング法による2次曲面の位置・姿勢推定法を行なう。曲面マッチング法とは、既知の2次曲面物体方程式に回転・並進の変換を旋したものと任意の観測点から測定した物体の表面データの間の不適合量を評価関数として設定し、これを回転・並進の変換量に関して最適化させることによって、物体の位置と姿勢をもとめることである。このように測定データと与えられた基準データとの適合を図るマッチング問題は、パターン認識、パターンマッチング、ロボットビジョンなどの分野においても重要なテーマである。

 本論文では、マッチング法による2次曲面物体の位置・姿勢推定問題において、最適化手法の理論的な解析と高速かつロバストなアルゴリズムの確立を目的とする。

 その目的を達成させるため次のような二つの手法を提案する。

1.測定データから作られる行列の対角化による代数的な手法

 マッチングによる2次曲面のポーズ推定を2ステップで行なう。まず最小2乗法及び補助変数法(Instrumental Variables Method)により2次曲面物体の係数行列を推定する。次に、既知の物体の係数行列と推定された物体の係数行列との差をポーズの不適合量として評価し、それを3×3行列の対角化に基づいた方法で最適化する。

ステップ1:2次曲面係数推定

 基準座標系、すなわち観測地点からの2次曲面の方程式は、物体と観測地点の間の相対位置・姿勢によって決まる。測定された距離画像データ(|i=1,2,…,n)から2次曲面係数Aを推定する。

 

ステップ2:2次曲面ポーズ推定

 物体座標系で表現される2次曲面の係数行列Q=Q’∈IR4×4は物体のCADデータから既知であり、カメラ座標系から見た同じ2次曲面の係数行列は並進移動p∈IR3と回転運動R∈SO(3)を合わせた変換行列T(R,p)によって(2)式のように変換される。

 

 回転群SO(3)はR’R=I3と|R|=1を満たす直交行列Rの集合で、3次元の回転を表す。ポーズの不適合量をステップ1から推定された係数行列を利用して(3)式のように評価し、その評価関数を回転行列Rと位置ベクトルpに対して最小化する。即ち、ポーズ推定問題は次のように最適化問題として定式化される

 

 この手法では、補助変数法を用いて、既存方法に比べてより正確な2次曲面係数マトリクスの推定値が得られた。ポーズ推定問題をマトリクスの最小2乗評価関数の最適化問題と捉え、ニュートン法のような繰り返し法ではなく、代数的な方法によるアルゴリズムを提案した。提案した方法は計算時間と雑音に対して優れており、それをシミュレーションにより確認した。

2.グラディエントフローによる理論的な解析手法

 ポーズ推定は、観測地から測定された物体の距離画像データすべてのiに対して(1)式を満たす回転マトリクスR∈SO(3)と位置ベクトルp∈IR3を求めることである。既知の2次曲面係数行列Qと測定した物体の距離画像データが与えられた場合、不適合量として次式のような評価関数を設定し、その評価関数を最小化させることによってポーズ推定を行なう。

 

 よって、本研究における2次曲面のポーズ推定は次式のような最小化問題となる。

 

 2次曲面ポーズ推定問題に対し、最適化手法として最近注目を浴びているグラディエントフローを適用した。グラディエントフロー手法は並進と回転パラメータに対して評価関数を直接最小化することによって評価関数の平衡点での解析が容易となる。またフローの平衡条件とヤコビ行列を求めて平衡点の幾何学的考察を行なった。平衡点近傍でフローの線形化を行なうことによって、より速いアルゴリズム開発の土台となる理論的な検討が行なわれた。グラディエントフロー法は、初期値によるローカルミニマムに陥り易い既存の繰り返し方法とは異なって、グローバルミニマムへの収束を保証することを平衡点の解析とシミュレーションを通じて示した。

 二つの2次曲面物体のポーズ推定の新しい方法を提案した。

 開発されたポーズ推定アルゴリズムの検証を行なうために、実データによる実験を行なう。まず3次元距離データを得るためにレーザレンジファインダを試作し、その装置から測定された2次曲面の距離データに基づいて2次曲面のポーズ推定を行なう。幾つかの対象物体に対して実験を行ない、マニピュレータのグリッパが対象物体をつかむことができることを確認した。

 また本論文で提案した手法はロボット工学分野における最適化問題や他のマッチング問題にも適用可能である。

審査要旨

 本論文は、「2次曲面の位置・姿勢推定における最適化手法に関する研究」と題し、ロボットに知的な作業を行わせるために必要な3次元物体の位置・姿勢推定において、レーザレンジファインダ等を用いて得られる3次元距離画像データから物体表面を2次曲面に近似し、マトリクス対角化によって予め用意されているCADのデータとマッチングさせる手法とグラディエントフローを直接用いた最適化手法により3次元物体の位置・姿勢推定をロバストかつ実時間で行うことを提案したものであり、7章より成る。

 第1章は「序論」で本研究の背景と目的を述べると共に主要な内容を概観し、本研究の位置づけを行っている。すなわち、ロボットに知的な作業を行わせるにあたり、3次元物体の位置・姿勢推定能力が要求され、環境情報の抽出に関して数多くの研究が行われている。この課題に対して、本研究ではレーザレンジファインダ等の測定装置から得られる3次元距離画像データに基づいて、3次元曲面を2次曲面に近似し、CADデータとのマッチング問題を構成し、3次元曲面物体の位置・姿勢の推定を行ったことを述べている。

 第2章は「本研究の問題設定」と題し、本研究と関連した他の研究について概観し、2次曲面の性質や分類などに触れ、ユークリッド空間での位置・姿勢や異なる座標系における座標変換などについて概括し、従来の位置・姿勢推定における問題点を挙げ、その解決のための課題を設定している。

 第3章は「2次曲面の係数推定」と題し、3次元物体上の曲面を2次曲面で近似し、その係数推定問題を取り上げている。測定データに雑音が入っていない場合は曲面係数が正確に推定されるが、雑音が入っている場合は推定誤差が大きくなって曲面の形状さえ変わることを明らかにし、その解決方法として補助変数法(Instrumental Variables)を用いることを提案している。すなわち、2次曲面の係数を通常の最小2乗法で推定するとバイアスされた推定になるが、そのバイアスされた推定を補助変数法によって除去できることを述べている。

 第4章は「マトリクス対角化による2次曲面物体のポーズ推定」と題し、第3章で得られた推定係数行列をもとに、CADデータとのマッチングによる2次曲面物体の位置・姿勢の推定を行なっている。マッチング問題を最小2乗評価関数の最適化と捉え、代数的な処理方法を提案し、シミュレーションを通じてその妥当性と誤差解析を行っている。又この方法は、代数的な処理方法であるため大幅な計算時間の高速化が図れることを示している。

 第5章は「グラディントフローによるポーズ推定」と題し、最近注目を浴びている微分幾何的な手法であるグラディエントフローによる最適化法を導入し、2次曲面物体の位置・姿勢の推定への応用について検討している。ここで提案された並進を含むグラディエントフローは解の存在と一意性と平衡点への収束が保証され、最急降下的にグローバルミニマムへの収束が期待されている。グローバルミニマムへの収束に関しては平衡点の解析とシミュレーションにより検討を行なっている。また、最適化の初期値に第3章、第4章で得られた位置・姿勢を用いることによって精度、実時間性を向上させる手法も提案している。

 第6章は「実験」と題し、レーザ光とカメラで構成されたレーザレンジファインダ(LRF)を試作し三角測量原理で3次元距離画像データを得て、そのデータに基づいて第3章、第4章と第5章で提案したアルゴリズムによる2次曲面のポーズ推定を行ない、提案した方法の妥当性を示している。

 第7章は「結論」で、本研究で得られた知見及び今後の課題をまとめている。

 以上これを要するに、本論文はロボットに知的な作業を行わせるときに必要となる3次元物体の位置・姿勢推定において、レーザレンジファインダ等を用いて得られる3次元距離画像データから物体表面を2次曲面で近似し、マトリクス対角化法によるCADデータとのマッチング及びグラディエントフローを直接用いた最適化手法による3次元物体の位置・姿勢推定をロバストかつ実時間で行うことを提案し、さらにその組み合わせによる精度、実時間性の向上を提案し、シミュレーション及び実験によりその有効性を検討しており、電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻における博士の学位論文審査に合格したものと認める。

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