学位論文要旨



No 111120
著者(漢字) 秋澤,淳
著者(英字)
著者(カナ) アキサワ,アツシ
標題(和) 都市の省エネルギー方策に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 111120
報告番号 甲11120
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3364号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 茅,陽一
 東京大学 教授 河野,照哉
 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 曾根,悟
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 横山,明彦
内容要旨 1.研究目的

 地球温暖化抑制のためにエネルギー消費の削減が強く求められている.わが国の部門別エネルギー消費では,民生部門・運輸部門が伸び続けており,省エネルギーの重要な対象領域と考えられる.一方,都市人口は増加傾向にあり都市活動は拡大すると予想される,それに伴い都市のエネルギー消費は増大することから,都市における省エネルギーを実現することは重要な課題である.そこで,本研究では構造的にエネルギー利用を変えることによる省エネルギーを目指した.すなわち,エネルギーの多段階利用と,都市構造を省エネルギーの観点から再編することである.ここでは民生部門に対してコジェネレーションの導入を,運輸部門に対して都市構造・都市圏構造の適正化を軸に考え,省エネルギー方策の分析を行った.さらに,両部門を統合化して都市内のエネルギー消費を最小化する都市形態を導くことを目的とした.

2.民生部門の対策2.1電力託送を含めたコジェネレーション自家発の最適挙動

 コジェネ自家発の挙動を便益(電力・熱の効用から供給コストを引いた額)の最大化に基づくとしてモデル化し,電力託送を含む/含まない場合について解析的に最適挙動を導いた.また,2時間帯モデルにより時間帯別料金制下でのコジェネ挙動・託送挙動を明らかにした.主要な結果は次の通り.

 -コジェネ自家発の最適挙動はコジェネ熱電比(熱出力/電力出力)に大きく依存する.

 -電力託送は,電力料金がコジェネ自家発側の限界価値に託送料金を加えた額を上回ったときに発生する.

 -電力託送を含めることによってコジェネシステムのエネルギー効率は〜0.1ポイント程度改善される.熱電比が低い範囲と高い範囲の両方に対して改善効果がある.

2.2電力託送によるコジェネ保有者の最適ネットワーク化

 コジェネのエネルギー効率はコジェネの熱電比と需要の熱電比(熱負荷/電力負荷)との整合性に依存する.整合性を改善するには,複数の需要家を組み合わせることが有効と予想される.そこで,負荷分布を正規分布またはガンマ分布と仮定して組み合わせた需要の熱電比分布を導いた.さらに,事務所,ホテル,店舗,病院,住宅の5用途の季節別・時間帯別需要に基づいて供給コストを最小化する最適な組み合わせを求め,ネットワーク化の効果を分析した.主要な結果は次の通り.

 -組み合わせた需要の熱電比は元々の個別の需要の熱電比よりも分散が小さくなりうる.したがって,需要家の結合は効率の安定化に寄与する.

 -具体的な需要パターン事例に基づき最適な組み合わせを求めた結果では,託送による電力融通は夏季,冬季の夜間に発生する頻度が高い.中間季にはほとんど託送は起こらない.

 -最適組み合わせは高い効率のホテル・住宅と低い効率の店舗・事務所とを結合し,中間的なエネルギー効率を実現する.同時に設備を抑制することによって経済性の高い解を与える.

 -熱負荷追従運転は,売電価格が低い場合には効率低下につながる.

2.3コジェネ分散型電源の効率が導入規模に与える影響

 分散型電源の導入が進めば集中型電源と競合する関係になる.そこで,両者の相互干渉過程をモデル化し均衡解を導くとともに,コジェネの効率が導入量に与える影響を分析した.さらに,時間帯別料金制の下で料金設定が分散型電源導入に与える影響を示した.主要な結果は次の通り.

 -分散型電源と集中型電源が電力料金を媒介として相互に影響しあう結果,分散型電源が市場に導入される上でエネルギー効率の下限が存在する.

 -エネルギー効率が高ければ安定解のみとなり分散型電源導入量への効率の影響は小さくなる.

 -時間帯別料金制の下では,料金比(ピーク価格/オフピーク価格)が高くなると分散型電源運転モードの転換が発生し,突然コジェネ導入量が縮小する.

3.運輸部門の対策3.1混雑度一定の都市モデルによる総トリップ長を最小化する土地利用構造

 運輸エネルギー消費最小化と交通混雑解消を同時に考慮して混雑がいたるところ一定の都市をモデル化し,総トリップ長を最小化する居住地,業務地,道路の最適土地利用分布を導いた.また,職住近接を考慮し,トリップ発生が通勤距離に依存して低減する場合についても混雑度一定の土地利用を分析した.主要な結果は次の通り.

 -混雑度一定条件の下では,交通の集中を反映し都市中心部の道路比率はかなり高くなる.

 -総トリップ長を最小化する土地利用は,都市中心部で業務地の比率が高く,外縁部に向けて居住地比率が高まる形態となる.この傾向は実際の都市の土地利用分布とよく似ており,都市形成は経済的要因だけではなく,エネルギー消費など物理的要因も影響することを示す.

 -最適解と比較して東京23区の土地利用は都心部の道路比率がかなり小さい.この点は現実の交通混雑発生を裏付けている.

 -職住近接の場合には都市外縁部における業務地比率が高まる.また,総トリップ長を最小化する適当な距離選好度合が存在する.

図1 運輸エネルギー消費を最小化する最適土地利用構造(円形都市)
3.2運輸エネルギー消費を最小化する土地利用構造

 混雑を内生化し運輸燃料消費を直接最小化するモデルによって最適な土地利用を導いた.また,都市人口や都市半径に関する感度解析を行い,都市規模の最適性を分析した.主要な結果は次の通り.

 -燃料消費を最小化する土地利用は都心部に業務地が集中し,その周囲に居住地が立地する形態となる.混雑度一定モデルの結果に比べ明確に土地利用が分離される点が特徴である.

 -都心における混雑のため,都市中心部では道路面積比率を高くとらざるをえない.

 -都市半径に関する感度分析の結果,一人あたり運輸エネルギー消費を最小化する最適な(平均)人口密度が存在する.

3.3エネルギー消費を抑制する最適都市圏構造の評価

 中心都市の周囲に衛星都市が立地する都市圏構造を仮定して都市間通勤をモデル化し,運輸関連エネルギー消費を最小化する最適衛星都市数について分析した,ここでは走行エネルギーだけでなく,保守・設備建設に関するエネルギー消費を考慮した点が特徴である.主要な結果は次の通り.

 -中心都市-衛星都市からなる都市圏では,運輸関連エネルギー消費を最小化する最適な衛星都市数が存在する.最適値は都市間距離に依存し,近いほど衛星都市は多くなる.

 -都市間距離がある程度離れると人口は中心都市に一極集中する.これは離れた都市は独立した都市圏を形成することを示し,従来の理論にも符合する.

 -衛星都市の大きさには適度な規模があり,中心都市よりかなり小さい.

 -同程度の都市が併存する解がないことから,その状況では互いに自立的な都市になると解釈される.

4.民生部門・運輸部門の方策の統合

 -地域熱供給プラントの立地を考慮した省エネルギー型都市構造-

 民生部門への対策としてコジェネや工場排熱利用の地域熱供給を,運輸部門への対策として土地利用の適正化を想定し,民生部門と運輸部門のエネルギー消費の総和を最小化する最適な土地利用を導いた.また,地域熱供給の導入が土地利用に及ぼす影響,コジェネ・プラントの最適立地を明らかにした.主要な結果は次の通り.

 -地域熱供給の立地は都市内の最適土地利用に大きく影響する.運輸エネルギー消費を犠牲にしても地域熱供給範囲に業務地・居住地が移動する傾向を示す.

 -コジェネ利用型地域熱供給プラント立地にはエネルギー消費を最小化する最適点が存在する.

 -コジェネ利用型と工場排熱利用型は代替関係にある,両者が併存する場合には工場排熱利用型の影響により,コジェネ・プラントは都心部寄りに立地することが最適となる.

 -熱の長距離輸送は困難であるので,都市全体を省エネルギー的にするには排熱利用を考慮して土地利用や人口配置を適正化することが重要である.

5.まとめ

 今後の省エネルギーのためには抜本的にエネルギーの利用形態を変える必要がある.本研究では熱の多段階利用を組み込んだ都市に注目して省エネルギー方策の基本的特性を分析した.従来,都市構造とエネルギー消費の関係は定量的に分析されてこなかった.排熱利用による省エネと運輸燃料消費抑制を同時に実現するために要求される土地利用構造は,将来の長期的な都市形成の方向性を示唆するものと考えられる.

審査要旨

 本論文は、都市の省エネルギー方策に関する基礎的研究と題し、3部9章よりなる。ここでは、エネルギーの民生用及び運輸用需要に焦点をあて、その需要の効率化の方策として、前者ではコージェネレーション、後者では都市そのものの構造の変革を取り上げ、理論的な分析を行うと共に、その実際的意義を具体的な都市の諸データを用いて確かめようとしている。

 第1章は序論であって、本論文の背景と目的を説明している。

 第1部(2〜4章)は、コージェネレーションが従来の商用系統と競合的に共存するという条件の下で、どのような特性を示し、どの程度のエネルギー効率の向上を果し得るかを、理論的モデルを用いて詳しく解析しており、全体で3章よりなる。まず、第2章では、コジェネの保有者は電力の購買と託送が可能、という前提の下に、自己の社会厚生最大の基準で行動すると仮定して行動モデルを定式化し、その解を求めてその性質を購買電力の時間帯別料金とコジェネの熱電比をパラメータとして解析し、熱電比が一定値以下では託送によってコジェネのエネルギーが有効に活用され、需要全体に関するエネルギー効率が上昇することを示している。また、託送が経済的に有利となる条件を理論的に明確にした。

 第3章では、需要家の需要特性(熱電比、時間特性など)が種類によって異なることに着目し、どのような需要家の組合せがコジェネにとって有利かを具体的に検討し、運転の基本方針が電主熱従か熱主電従かによって最適組合せがかなり大きく変ることを示している。第4章はコジェネと従来系統の競合関係を検討したもので、さまざまな知見が得られているが、中でも時間帯別料金の導入が従来系統側の競合性にかなりプラスに働く可能性の指摘は興味深い。

 第2部(5〜7章)は、都市でのエネルギー需要のかなりの部分が都市内の運輸用に割かれていることに着目し、都市の構造の変革によりこれがどのように削減出来るかを理論的モデルを構築して検討したもので、3章に分かれている。ここでの目的は、現在の都市構造を分析するというより、埋論的な最適構造を提示することによって長期的にみた今後の都市の省エネルギー化への指針を与えることにある。第5章はそのための都市の一次元及び二次元の理論的モデルを、交通の混雑度に着目して構築し、一定制約下の非線型最適解として最適都市構造を求めている。その結果、やはり業務地が中心に、住宅地が縁辺に来る構造が理論的にも最適で、現在の東京の構造も基本的にはこの最適解にかなり近いことが示されている。第6章は前章でのモデルを基盤に、自動車走行パターンと燃費の関係を考慮にとって運輸エネルギー最小の都市構造を求めたものであり、人口密度とエネルギー効率の間の興味深い知見を得ている。また、第7章は、それまでの結果を前提に、衛星都市圏を持つ場合の検討結果が示されている。

 第3部は1章のみの構成であるが、ここでは、第2部でモデル化した都市に地域熱供給を行うことを想定し、総合的にみてもっともエネルギー的に有効な都市構造とそのための熱供給の形態を検討している。ここで考慮したモデルは、今後の都市への工場排熱及びコジェネを利用した地域熱供給システムの設計の指針を与えるものとして今後大いに役立つものと期待される。

 第9章は終章であって、これまでの結果をまとめている。以上要するに本論文は、都市におけるエネルギー利用効率向上の問題に関して、託送や需要家のネットワーク化などの新しい手段を採用したコージェネレーションの最適な利用の方策とその効果を検討すると共に、運輸エネルギーと熱供給という二面からのぞましい都市構造について、理論的かつ実際的データを用いて具体的にその特性を検討したもので、今後の都市におけるエネルギー効率の改善を図るにあたってきわめて有用な指針を与えたものといえる。

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科における博士論文審査に合格したものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1811