光情報処理は、光の特徴である空間的並列性と時間的高速性を生かした新しい論理・演算への可能性を開くものとして広く関心を集めている。しかし、多くの手法が提案・実験される一方、いまだに主流となる方式が定まらないともいえる状況にある。これは、光による情報処理は今までの概念の延長だけでは捉えられないためであろう。そのような状況のもとで、一つの方向として、本質的に光でなければならない、というような光の特徴を生かした情報処理系を構成することは重要であると考えられる。 さて、本研究室においては、半導体レーザの駆動電流による直接周波数変調特性を利用した光の干渉性の制御に着目し、「光波コヒーレンス関数の合成」を提案してきた。それを応用した「光波コヒーレンス関数の合成によるリフレクトメトリ」は可動部分のない高分解能な反射光分布計測手法を提供し、光デバイスや光回路の故障診断・解析に適している。このような、光の波としての干渉性を利用した応用は、電子デバイスの分野ではまだきわめて限られており、光ならではの応用ととらえることができる。そこで、本研究においては、光波コヒーレンス関数の合成を利用して、光情報処理へ適用する手法を新たに提案した。 既に、光波コヒーレンス関数の合成により、デルタ関数的な形状のコヒーレンス関数の合成が可能であることが提案されていた。本研究においては、まず、光情報処理への応用という観点から、コヒーレンス関数の合成そのものについて従来よりもさらに検討を進め、より特性の優れた関数形状を得るための改善、新たな提案を行った。すなわち、周波数スペクトル形状の最適な配置や、周波数軸上での窓関数の適用により、サイドローブの抑圧比に優れたコヒーレンス関数形状が得られることを示した。また、デルタ関数的なコヒーレンス関数形状以外のコヒーレンス関数の合成の可能性についても考察し、ノッチ型のコヒーレンス関数の合成が可能であることを示した。これはある特定の光路長差においてだけ干渉性を持たない性質を持つ光である。以上の検討に基づき、これらに関して実験的検討を行った。デルタ関数的形状のコヒーレンス関数の合成においては、改善した手法においてサイドローブの抑圧比など、理論値に対応した結果を得られた。また、ノッチ型のコヒーレンス関数の合成においても理論と良く対応した結果を得ることができ、また、デルタ関数的な形状の合成時とは異なる性能制限要因を見いだし、考察した。さらに、補助的な変調を加えることにより任意的な形状の合成が可能であることを示した。 次に、このようなコヒーレンス関数の合成に関する検討をふまえ、それを用いた光情報処理系への応用を検討した。図1にその原理図を示す。光源の半導体レーザから発せられた光をビームスプリッタで分け、片方を参照光、もう片方を物体光とする。受光器では、3次元物体から反射された物体光と参照光の重ね合わせにより、光の干渉が生じる。ここで、光源の干渉性が十分高ければ物体からの反射光はすべて干渉するが、コヒーレンス関数の合成により、例えばデルタ関数的なコヒーレンス関数形状の場合、ある特定の位置からの反射光だけを選択的に干渉させることができる。レーザ光はある程度の大きさに広げられているから、「干渉する特定の位置」は平面となる。このようにして、3次元物体からある任意の2次元物体の反射光分布だけを抽出することが可能である。また、その位置はコヒーレンス関数の形状で決まっており、半導体レーザに加える電流変調のパラメータだけで掃引することができるため、機械的な可動部分を必要としない。一方、ノッチ型のコヒーレンス関数の合成を行った場合には、デルタ関数的なコヒーレンス関数を合成した場合とは逆に、ある特定の平面からの反射光だけを隠すことが可能である。このように、本手法においては、3次元物体の反射光分布を得ることができ、奥行き方向における特定位置からの情報の抽出あるいは消去が可能である。また、情報抽出の機能は基本的に光の特性として実現しているので、取りだしたデータの数値処理は原理的には不要である。 さて、このようにコヒーレンス関数の合成によって区別、抽出された光学的情報を、光の可干渉性から強度情報へ復元するために、いくつかの手法を提案した。第一に、物体光と参照光との間に角度を設定し、両者の干渉をホログラムとして記録することで、別の読み出し光を利用して干渉情報を取り出す、ホログラフィを用いる方式を提案した。先程用いた図1は、ホログラフィを用いた場合の図である。感度や空間分解能を考慮して銀塩乾板をホログラム媒体として用いた実験においては、3次元物体モデルから2次元情報を抽出あるいは消去できることを確認した。その結果を図2、3に示す。3次元物体のモデルとして、階段状に3枚の鏡をおき、それぞれ異なる光路長差を持つように設定した。この実験では、基準面に対してそれぞれ、44,40,36cmである。また、それぞれ目印としてo,p,tの文字を入れてある。まず、図2(a)では、光源に変調を加えない場合の結果であり、全部の文字が再生されている。次に、デルタ関数的なコヒーレンス関数を合成したときの結果を図2(b)-(d)に示す。変調のパラメータがそれぞれの鏡に一致した場合、その文字情報だけが抽出されるため、それぞれo,p,tの1つだけが再生されている。同様にして、図3はノッチ型のコヒーレンス関数の合成を行った場合の結果である。図3(a)は変調をかけない場合、(b)-(d)は変調を行った場合の結果で、変調のパラメータに応じ、o,p,tの1つだけが消去されている。さらに、液晶空間光変調器をリアルタイムホログラフィとして用いた実験においては、これらの処理を実時間的に行うことができることを確認した。 図1:光波コヒーレンス関数の合成による光情報処理の基本概念図図表図2:光波コヒーレンス関数の合成による選択的な2次元情報の抽出実験結果:ホログラフィの再生像。(a)無変調、(b)-(d)デルタ関数的なコヒーレンス関数を合成する変調を加えたとき / 図3:光波コヒーレンス関数の合成による選択的な2次元情報の消去実験結果:ホログラフィの再生像。(a)無変調、(b)-(d)ノッチ型のコヒーレンス関数を合成する変調を加えたとき このようにして、ホログラフィを用いた、光波コヒーレンス関数の合成による光情報処理は良好な結果を得た。ただし、本手法においては、物体光と参照光との干渉をホログラムとして記録するために、両者の間に角度を設ける必要があり、空間分解能の上限を与えてしまう欠点があった。 そこで、次にフォトニック・ビデオハイブリッド方式を提案した。この方式においては、変調する光の平均周波数をシフトさせ、その結果生じる干渉縞の位相の動きを検出することで干渉成分だけを抽出する手法である。これは、ホログラフィを用いる方式と違い、物体光と参照光との間に角度を設定する必要がなく、その結果として空間分解能の制限要因を持たない。干渉成分の初期の位相に関わらず一定の出力を得るために、位相シフト干渉法と似た原理を用いた。実験的な検討においては、3次元的な物体から2次元的な情報を抽出し、良好な結果を得た。ただし、本手法においては、得られたデータから干渉によって変化する成分を抽出する際に、データの計算が必要となる。これは、きわめて簡単な計算であるが、やはり本手法における欠点である。 第3番目として、2次元ロックインアンプを用いる手法を検討した。これは、干渉縞の位相に変調を加え、それと同じ周期で変動する成分だけを抽出することで数値計算なしに干渉成分強度を得る手法である。フォトニック・ビデオハイブリッド方式と同様、一般的には干渉成分の位相は様々なものがあるため、どのような位相の成分でもこのロックインアンプの動作が可能であるよう、ダイバーシティの利用について考察した。その結果、若干の変動はあるものの、初期の位相に関わらずほぼ均一な抽出が可能であることがわかった。 以上のように、光波コヒーレンス関数の合成に関する研究を進めるとともに、光波コヒーレンス関数の合成による光情報処理系として、3次元物体中から選択的に情報を処理する手法について研究を行った。理論検討に基づいて実験的検討も行い、コヒーレンス関数の合成、あるいはそれを用いた光情報処理に関して良好な実験結果を得た。 |