適応ディジタルフィルタはシステム同定や伝送路等化などの目的で研究開発が進められている。送信側と受信側の信号サンプル点が相異なる位相ずれがある場合には、伝送路等化に用いられる適応フィルタの収束速度が低下し、残留誤差が増大する恐れがある。この場合、フィルタ長が長ければ、波形の再構成を行なうためにも等間隔標本化で十分であるが、実際に用いられるフィルタのフィルタ長は有限であり、波形の近似精度は必ずしもよくない。例えば本来の標本点からずれて標本化した場合、その入力波の位相ずれが整数サンプル周期よりも短いと残留誤差が大きくなる。位相ずれに対して従来はサンプル間隔をシンボル間隔より短い周期でサンプルする分数間隔等化器(Fractionally Spaced Equalizer:FSE)構成により影響の低減を行なっていた。入力の位相ずれによる等化特性の悪化を抑制するために、通常の分数間隔等化器のフィルタではサンプル間隔を1/2伝送シンボル間隔としたフィルタ構成を用いる。 しかし、異なる位相ずれに対して同一の位置でサンプルするよりも、位相ずれに応じたサンプル位置をとることが望ましい。残留誤差特性の向上をはかるためには、タップ係数のみならず、サンプル位置も適応制御することで、適応フィルタの残留誤差特性、収束特性を向上させることが可能である。これまで、定量的な評価に基づいて適応的にサンプル位置を変更するアルゴリズムは検討されていない。これに対して、本論文では自乗平均誤差を最小にするような基準の下に、サンプル位置を逐次的に更新するアルゴリズムを導出した。提案アルゴリズムをディジタルデータ伝送で用いられる分数間隔等化器用フィルタへの応用に即して検討する。これは移動通信用等化器のフィルタはサンプル数が少なく、提案アルゴリズムを適用しやすいことによる。ただし本手法は一般的な手法であるため入力を変調波に限るものではなく、変調波以外の入力へも容易に拡張できる。また、インパルス応答が時間領域で線対称に広がることから通常等化器ではフィルタ出力の遅延はある程度必要とする。サンプル位置制御を行なうことでこの遅延量を低減することも可能であると考えられる。位相ずれに応じてサンプル位置を可変とする構成として、以下の構成について提案、基本特性の考察を行なった。 ・位相ずれに応じてサンプル位置を可変とする不等間隔なサンプル位置の適応フィルタ ・位相ずれに応じて遅延素子を可変とする等間隔なサンプル位置の適応フィルタ提案アルゴリズムの構成は以下のように表される。 図表図1:提案するサンプル位置を制御する不等間隔分数間隔等化器の構成. / 図2:提案するサンプル位置を制御する等間隔分数間隔等化器の構成. 不等間隔フィルタのサンプル点は次式のように表すことができる。 ただし、Mはフィルタのシンボル長である。誤差信号の自乗平均値を=E[e2(nT)]とする。d(nT)をy(nT)に対応する位相ずれを含まない希望信号とする。誤差信号はe(nT)=d(nT)-y(nT)で表される。 自乗誤差平均をサンプル位置間隔及び係数c1m(nT),c2m(nT)に関して最小とすればよい。サンプル位置制御を含む適応アルゴリズムは最急勾配法と同様の形式で表される。すなわち、フィルタ係数とサンプル間隔の更新式は次式で与えられる。 c、は正の定数であり、フィルタ係数とサンプル間隔パラメータの更新アルゴリズムにおけるステップサイズである。また1l(t)2l(t)は不等間隔の再構成を行なう場合の標本化関数である。 等間隔フィルタのアルゴリズムは誤差の自乗を最小化するよう導出されている。入力波の位相ずれに応じて、サンプル位置を変化させる提案アルゴリズムは以下のように示される。 ここでMはフィルタのシンボル長、はフィルタ入力部分における可変の遅延量である。 ただし、cm(nT)はフィルタ係数である。フィルタの希望出力d(nT)とフィルタ出力であるy(nT)との差をフィルタ出力の誤差とする。自乗誤差平均(Mean Square Error:MSE)の最小化を規範とし、サンプル位置を決定するものとする。MSEを式で表現すると 式(7)における自乗誤差平均を最小とするよう、フィルタ係数cm(nT)とサンプル位置パラメータを可変とする。アルゴリズムで変数となるフィルタ係数cm(nT)とサンプル位置パラメータによる評価関数に関する偏微分の傾きを求める。 フィルタ係数cmに関しては最急勾配法と同様に求められ、以上まとめて自乗誤差平均に対するフィルタ係数cm(nT)とサンプル位置パラメータに関する偏微分の勾配が求められる。更新を行なうフィルタ係数cm(nT)とサンプル位置パラメータの時刻n+1における更新式は勾配から次のように導出できる。 ここでc,は正定数であり、更新のスチップサイズを決めるパラメータである。m(t)はシンボル間隔をナイキスト間隔として帯域制限された場合の標本化関数を表している。ただしW=1/(2T)である。 2種類の提案したフィルタにおける基本収束特性及びダイバーシチアンテナなどへの応用についての検討を行なった。基本収束特性はサンプル位置固定フィルタと比較を行なった。特に等間隔フィルタにおいて残留誤差の3dB程度の低減、収束速度の若干の向上が観測された。 今後の課題は、より有効なサンプル位置可変フィルタの構成及びアルゴリズム、及びアルゴリズムの検討が考えられる。サンプル位置可変フィルタは構成により可変となる部分の制約条件が決定される。そこで実現のしやすさ、アルゴリズムの簡潔さ、応用システムに対する適用のしやすさなどを考慮した上で構成を決定する必要がある。遅延フィルタの既存研究を積極的に採り入れた構成を考察することが望ましい。アルゴリズムにおける検証というのは、適応フィルタでは収束特性だけではなく、演算量、安定性なとの評価も必要である。従来のアルゴリズムにおいての係数更新のための演算のほかにサンプル位置というパラメータ増加により演算量が増加しがちである。また、アルゴリズムの性質上、対象とする自乗誤差曲面が浅いために、誤差の分散の大きい入力信号、変動の激しい入力信号が入力された場合には適切な位置にサンプル位置が収束するとは限らない。ただし自乗誤差曲面はアルゴリズムの定式化に固有のものであるため、発散しにくいような可変ステップアルゴリズムなどを考察する必要があるものと考えられる。 |