学位論文要旨



No 111126
著者(漢字) 高木,亮
著者(英字)
著者(カナ) タカギ,リョウ
標題(和) 直流饋電系と列車群制御の統合インテリジェントシステム化
標題(洋)
報告番号 111126
報告番号 甲11126
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3370号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 曾根,悟
 東京大学 教授 茅,陽一
 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨

 鉄道への社会の期待がふくらむなか,低コストでサービス改善を図る技術へのニーズが高まっている。鉄道のインテリジェント化は,まさにその低コストでのサービス改善を図る技術である。また,鉄道システムはいくつかのサブシステムから成り立つ大規模システムだが,そのサブシステム同士を統合化することにより,サブシステム間の余裕融通による予備冗長性の低減や,インテリジェント化技術の適用可能な範囲の拡大を図ることができる。

 本論文では,サブシステムの中でも饋電システムと列車群制御システムとの統合インテリジェント化に絞って検討を行うこととした。まず,この技術による改善可能性を体系的に整理した結果,次のようなものが考えられることがわかった。

省エネルギー化

 [a]列車運転パターンの最適化による省エネルギー化

 [b]饋電システム(変電所)の制御による省エネルギー化

 [c]列車主回路電力制御による回生失効防止

地上電力設備の機器利用率向上

 [d]変電所の制御によるピークカット

 [e]列車主回路電力制御によるピークカット

 [f]デマンド管理

列車群制御における饋電システムの制約の考慮

 [g]列車ダイヤ上の余裕の融通による饋電系の救済

 [h]列車運行乱れ時の制御の工夫

 この種の研究に使うシミュレーションプログラムは,列車ダイヤの条件(特に駅間走行時分)を高精度に与えるモデルを持っていなければならない。しかし,従来の研究ではこの精度が十分でなかったため,あらたにRTSSなるプログラムを開発した。このシミュレーションプログラムと実測値,および従来のシミュレーションプログラムとの比較が行われ,新しいプログラムが定性的にみて正しい計算結果を与えていることを実証した。図1では,2本のカーブはどちらも下に凸とならなければならないが,従来のプログラムはこの再現ができていない。

図1:全変電所総合入力エネルギーのシミュレーション結果比較

 このプログラムを用い,[b]の可能性である,直流変電所の送出電圧調整やサイリスタ変電所の導入,回生インバータの導入による省エネルギー効果を検討した。シミュレーションに用いた路線モデルにあっては,送出電圧調整については,定格より4%ほど下げた値にするのが最適であった。また,列車密度が低く路線長も短いため,回生インバータの導入効果が1割程度のエネルギー削減となり,非常に大きかった。サイリスタ変電所は,すべての変電所をサイリスタ化しないと効果が出ない,という結論だった。

 饋電特性改善のためにはこのように変電所の電圧を設定・制御するのが普通だったが,筆者ははじめて可能性[c]・[e]に述べた「列車主回路電力制御」という概念を提唱した。列車の制御のみにより変電所電流を30%以上もピークカットできるという大きな効果が確認された。(図2)しかも,回生失効率が激減し,変電所入力エネルギーが減少する(表1)。このシステムは列車・地上間通信なしで実現可能だが,列車・地上間通信を組み合わせることによりデマンド制御も可能である。

図2:主回路電力制御による変電所電流ピークカット表1:主回路電力制御とその他の饋電特性評価量

 列車群制御と饋電系を組み合わせることによりさらに大きな改善が期待できる。例えば,可能性[g]では,主回路電力制御によるピークカット制御と,列車ダイヤの余裕時分再配分制御により,変電所1つが故障しても,その両隣の変電所に無理をかけずに正常に近い運行oが保てることが,山手線におけるシミュレーションにより明らかにされた(図3)。

図3:1変電所脱落時のシミュレーション.変電所No.4が故障した場合を想定した

 また,可能性[h]では,朝ラッシュ時に定常的に見られる状況を想定し,列車の運行が乱れて駅と駅の間で途中停止する場合のシミュレーションを行い,駅間停止を防止することによる大きな省エネルギー効果を示した。山手線モデルでは,全駅29駅中わずか2駅の手前での駅間停止を防止するだけで,山手線全体の消費エネルギーが2%程度も軽減された。

 この他,緩急結合輸送の場合,列車運行が乱れると,追い越し/待避駅前後で緩急列車相互の干渉がおきる。しかし,それぞれ遅れを複数駅間に均等に配分することにより省エネルギー化の余地があることもわかった。

 インテリジェント化によっていくらでも鉄道サービスを改善できるかというとそうでもなく,実際には従来の電力機器にある余裕をインテリジェント化によって食い潰しているので,改善には限度があると見られる。そこで,最適化の極限を見るために最適制御問題への定式化を行い,これを解くことを提案した。

図4:駅間停止がある場合とない場合の変電所入力エネルギー比較.駅間停止防止で約2%の省エネルギー化
審査要旨

 本論文は「直流饋電系と列車群制御の統合インテリジェントシステム化」と題し、直流電気鉄道のインテリジェント化の一環として、電力供給と列車の運転とを総合的に見て、統合インテリジェント化という概念から、従来見られない形での大きなシステムの改善に取り組んだもので、6部14章および4項目の付録から構成されている。

 第1部「序論」では、本研究の課題、位置づけおよび、本論文で用いる概念の整理を行い、あわせて本研究の目的と論文の構成を記している。

 第2部は「饋電システムと列車群制御システム」と題し、本論文で扱うシステムの構成と定義を行った上で、統合インテリジェント化によって改善できる可能性を整理している。

 まず第一に省エネルギー化が、列車の運転法と変電所の制御によって可能になるだけでなく、消費エネルギーに大きな影響を持つ回生失効を減らす目的で、列車の主回路電力自体を制御することにより、大幅な改善の可能性があることを示した。

 第二に、地上電力設備の機器利用率の向上の可能性が、変電所自体の制御と列車の主回路電力制御の両方によって可能であることを示した上で、経済的にはこの手法がいわゆるデマンド管理にも適用できることを示している。

 第3部は「準備:饋電特性シミュレーションプログラム"RTSS"」と題し、饋電システムと列車の運転とを総合的に考慮する際の主要な道具となるシミュレーションプログラムについてまとめたものである。従来から、饋電システムのシミュレータないしシミュレーションプログラムと称するものは、関連メーカや研究所等が保有していたが、結果の再現性などが悪く、エネルギーの議論に使える精度を有していなかった。著者はこの原因が、列車の特性の電車線電圧依存性と、駅間所要時間の精度不足とにあることを検証し、正確な駅間所要時間が得られる方法を開発し、さらに計算方法に幾多の改良を加えて、詳細な検討に使用できる、現時点で唯一のシミュレーションプログラムを完成させた。これは既に地下鉄の計画等に実用されている。

 第4部と第5部は本論文の中心となる部分である。第4部「統合化鉄道電力システムにおける省エネルギー化・設備利用率向上の可能性」では、第2部で定性的に述べた各項目について、詳細に検討している。つまり、変電所の電圧-電流特性を、変電所の形式や回生車両の絞り込み特性との関係で論じ、最適化する手法を示し、変電所出力をリアルタイムに制御する場合の方法とその効果を示したうえで、第2部で示した列車の主回路電力制御の有効性が高いことを具体的に示している。特にここでは、インテリジェント化の程度を、列車・地上間通信の有無によって大きく2分類して、それぞれの場合の効果を論じており、高度なインテリジェント化のインフラが整わない段階でも十分に効果が挙げられることを明らかにした。

 第5部は「統合化鉄道電力システムにおける列車群制御の可能性」であって、列車ダイヤをわずかに変更することが有効である場合が少なくないことと、列車運行が乱れた場合の的確な制御により、大幅な省エネルギー化ができることを日常発生している具体的な運転形態について例示した上で、より一般的な列車群の最適走行パターン問題について取り組んでいる。この部分では、単一列車の最適走行パターンを定式化した上で、これを列車群に拡張し、統合システムへ応用することが可能であることを示し、解法のアルゴリズムと数値解を例示している。

 この分野には大きな可能性があると同時に、一般的な解法は容易ではないことも明らかにされ、今後の課題として示されている。

 第6部は「結論」であって、成果のまとめと、今後の課題が整理して示されている。

 付録は、それ自体が今後のこの種の議論にきわめて有用なツールとなる、第3部で示したシミュレーションプログラム"RTSS"について、開発の経緯、プログラムの概要、アルゴリズムの詳説、使い方を示したもので、詳細な索引を付けるなど、今後の利用者の便を考えたものになっている。

 以上これを要するに本論文は、これまで殆どインテリジェント化や制御の対象になっていなかった直流電気鉄道の饋電システムと、個別の列車の最適運転パターンの議論に留まっていた列車の運転を群として把え、これらを統合したインテリジェント化によって、省エネルギー化、設備利用率の向上等に大きな改善ができることを示し、併せてこの種の議論に十分な精度と汎用性を持つシミュレータを初めて完成させたもので、直流電気鉄道の饋電および列車運転システムにおける大きな進歩をもたらしたものであって、電気工学に貢献するところが少なくない。

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻における博士の学位論文審査に合格したものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53845