内容要旨 | | 近年,高いプラズマベータ(プラズマ圧力/磁気圧)値,コンパクトで経済的な炉構成を実現できる等の利点を有する低アスペクト比トカマクは,強力中性子源等の炉心候補として興味を集めている.低アスペクト比トカマクの概念としては,Peng等の理論的研究が知られているが,その後START等の装置において生成実験が行われている.低アスペクト比トカマクは,第一安定化領域ての高ベータコンセプトの一つであり,トーラス断面が平衡磁界のみで自然に楕円形になること,ポロイダルペータがトロイダルベータ程度に抑えられる程度のプラズマ電流でよいこと,等の特徴をもって高ベータが実現できる.また,主にトロイディシティ(トロイダル形状)に起因するトカマク固有の安定性の多くを有すると考えられている.本論文では,低アスペクト比トカマクを対象とし,その電磁流体力学的(MHD)特性(平衡および安定性)に関する実験的検証を行った.特に,アスペクト比Aを過去に研究された例のない領域,A=1.1まで下げた極低アスペクト比領域まで考慮し,その特性に関して調査を行った. 先ず,低アスペクト比トカマク配位の特性を理解する上で,MHD平衡コードにより磁界構造の理論的な検証を行った.その結果,セパラトリクスでの安全係数がqa=3である極低アスペクト比トカマク配位は,強い常磁性,エッジ付近での強い磁気シア,さらには高いプラズマ電流に対しトロイダル磁界コイル電流が比較的小さい値で済む,などで特徴づけられることが示された.また,低アスペクト比トカマクは,アスペクト比が1に近づくと,トカマク固有の安定性を保持しながらも,強い常磁性を示す無力磁界配位のスフェロマック型配位に近づくことが明らかになった.また,低アスベクト比トカマクの核融合炉としての可能性を考えた場合最大の問題となる,トロイダル磁界コイルの電流密度およびその発熱,さらにはコイルに対する中性子負荷の定量的評価を行った.導体の電流密度には制限があるため,必要なトロイダル磁界を発生するに十分な電流が確保できるかどうかは重要な問題であり,さらに低アスペクト比トカマクは中心コイル部に冷却系を設置するだけのスペースがないため発熱も問題となる.解析の結果,これらの問題はプラズマの非円形度(楕円度,三角度)を上げることにより回避できそうであり,特に極低アスペクト比トカマク(A=1.1)ではコイルの発熱量が電気出力に対して非常に小さく抑えられるなどの利点を有することが明らかになった.また,単純なモデルでの評価であるが,中性子負荷に対してもプラズマの非円形度の増加が有効であることを示した.しかし,プラズマの非円形度の増加は安定性に対する限界ベータ値の低下,さらには配位が安定に保たれずダプレット型になる可能性があるなどの問題点が考えられ今後の検討が必要である. 次に,東京大学工学部施設のTS-3コンパクトトーラス装置において,低アスペクト比トカマクの平衡特性に関する実験的調査を行った.配位生成には,通常のトカマク生成に必要とされる中心変流器コイルを用いる方式ではなく,従来スフェロマック生成に用いられてきた2-ピンチ方式に外部トロイダル磁界を重畳する手法を用いることにより,アスペクト比A=1.1-1.9の低アスペクト比トカマクを生成することができる.また,本生成方式によりトカマク-スフェロマック間の遷移領域についての研究が可能になる.さらにここでは,中心対称軸上に設置したガラス管リミターによりプラズマのアスペクト比を変化させ,平衡特性に関するアスペクト比依存性を調査した.その結果,強い常磁性およびqの空間分布等など前述の平衡解析で示された低アスペクト比トカマクの平衡特性を実験的に確認することができた.また,わずかな外部トロイダル磁界により低アスペクト比トカマクはスフェロマックで特徴的なTaylor状態から逸脱していることが明らかになった.低アスペクト比トカマクは,その強い常磁性電流を維持するためにスフェロマックあるいはRFPなどの無力磁界配位で見られる磁気緩和が生じ,その代償としてエネルギー閉じ込め特性が劣化してしまうと危惧される.しかしながら,トカマクではTaylor状態からは逸脱しており,この結果は,磁気緩和やそれに伴う激しいMHD挙動が抑えられる可能性があることを示している. また,低アスペクト比トカマクにおける巨視的不安定(ティルトおよびキンク不安定)に関して実験的および理論的な検討を行った.ここでは特に,外部トロイダル磁界のティルトおよびキンク不安定に対する安定化限界について調査した.スフェロマックではティルトおよびキンクモードを表すトロイダルモードn=1の成長が見られるが,低アスペクト比トカマクでは外部トロイダル磁界によりその成長が抑えられる.外部トロイダル磁界に対する安定限界,およびそのアスペクト比依存性を調査した結果,図1に示すように,安定限界はアスペクト比を下げるとともに減少し,A=1.1の極低アスペクト比トカマクでは,プラズマ電流のわずか20%程度の外部トロイダル磁界コイル電流で安定化されることが明らかになった.(なお,同図中には後述する理論モデルから得られる安定限界を示してある.)しかし,プラズマセパラトリクスにおける安全係数qaは,アスペクト比を上げるにつれて高くなり,A=1.1のトカマクではqa=3程度となっている.また,A=1.9のトカマクでは,安定限界はqa=1.5程度となり,これは通常のトカマク動作では簡単にクリアできる領域であることを示している(図2).また,上述のリミターの周りに導体シートを巻きつけた場合には,渦電流などの導体効果により先の限界の半分程度の磁界で安定化されることが示された.このときのプラズマセパラトリクスにおける安全係数はアスペクト比に関わらず1.0-1.2となり,MHD基本理論から予想される値と合致している.また,ここでは剛体近似モデルによる安定限界の理論解析を行った.プラズマがティルトする際にプラズマ表面に流れる渦電流を,(1)大アスペクト比領域,(2)極低アスペクト比領域,および(3)その中間領域の3つの領域でモデル化し,外部トロイダル磁界の安定化作用を評価した.その結果,上記の実験結果と整合性がよく,これらモデルが低アスペクト比トカマクの巨視的不安定性を説明できることを示した. 図表図1:ティルト不安定に対する外部トロイダル磁界コイル電流の安定化効果におけるアスペクト比依存性,○はリミターでの結果,●はリミターの周りに導体を巻いたときの結果.また,同図中には剛体近似モデルから導出される安定限界を示す. / 図2:安定限界における安全係数q90のアスペクト比依存制. 先に述べたように,常磁性効果の強い低アスペクト比トカマクは,スフェロマック・RFPなどの無力磁界配位と同様に,配位維持のために磁束緩和現象が生じ,その結果閉じ込め特性が劣化してしまう恐れがある.ここでは,可視光トモグラフィー計測を用い.磁束緩和時に生じるダイナモの様子を捉え,低アスペクト比トカマクにおける磁束緩和の可能性をスフェロマックとの対比により調査した.計測システムとしては,新たにトカマクトロイダル全断面,すなわち円環領域用のトモグラフィー像再生アルゴリズム,変型フーリエ・ベッセル法を開発した.また,ここでは,特に問題となる常磁性維持機構を調べるために,配位生成後に中心変流器(OHコイル)によるプラズマ電流駆動を試みた.スフェロマックては直接駆動されるポロイダル磁束と同様にトロイダル磁束が維持されている.この結果は,ポロイダル磁束の一部がポロイダル磁束に変換されていることを示している.また,磁束変換の過程ではトロイダルモード数n=2,3の高次モードを中心とした逆カスケード型モード変換が生じており,このモード変換がスフェロマックの磁束緩和に重要な役割を果たしていると考えられる(図3(A)).この結果は,過去の研究における実験結果およびシミュレーション結果と合致している.一方,低アスペクト比トカマクでは,スフェロマックの磁束緩和時に観測された激しいMHDモード変換は外部トロイダル磁界を増加させるとともに抑えられることが示された(図3(B)). また,スフェロマックの磁束変換過程で観測されたイオンの異常加熱もトカマクでは見られない.これらの原因としては,(1)低アスベクト比トカマクの常磁性配位維持のメカニズムがスフェロマックの場合と異なり,MHDモード変換では説明することができない.(2)磁界の強いトカマクでは抵抗性減衰率がスフェロマックより小さく,MHDモードの成長率が小さい,ことなどが考えられる.しかし,これらの結果から,トカマクでは外部トロイダル磁界の効果によって配位の維持機構に伴うエネルギー損失がスフェロマックに比べて低減され,優れた閉じ込め特性が達成されるものと期待される. 図3:(A)スフェロマックおよび(B)トカマク(Itfc=22kA)電流駆動時に生じるMHD挙動,トロイダルモードn=1,2,3の時間変化を示す. |
審査要旨 | | 本論文は「Experimental Studies of Equilibria and Stabilities of Low-Aspect-Ratio-Tokamaks」(低アスペクト比トカマクの平衡および安定性に関する実験研究)と題し,磁気核融合プラズマ閉じ込め研究において,高い磁界利用効率の達成によって将来の核融合炉の経済性を高め得るものとして,その研究進展に興味が持たれている低アスペクト比トカマクに関して,電磁流体力学(MHD)的平衡特性および安定性に着目して実験研究を行った結果をまとめたものであって,以下に示す6章より構成される. 第1章は,「Introduction」(序論)であり,本研究の目的とその意義について述べている.まず,アスペクト比(トーラスプラズマの主半径を副半径で割った値)が3程度である従来型トカマクの工学的諸問題を指摘して,それらを解決するものとして,アスペクト比が1.5程度以下の低アスペクト比トカマクが,将来の実用的核融合炉および材料試験用中性子源の開発を議論する場において注目され,各国で基礎研究が開始されている状況を説明している.さらに本論文の背景と目的について述べている. 第2章は,「Studies on the Magnetohydrodynamic Equilibrium Properties of Low-Aspect-Ratio Tokamaks」(低アスペクト比トカマクの電磁流体力学的平衡特性に関する研究)と題し,グラッド・シャフラノフ方程式に基づいて低アスペクト比トカマクのMHD平衡特性に関する検討を行っている.その結果として,低アスペクト比トカマクは,アスペクト比を極限の1に近づけるに従って,より高いポロイダルベータ値の下でも強い常磁性効果を示し,無力配位のスフェロマック型に近づくことが指摘されている.解析結果をもとに,核融合炉実現に際して懸念される外部中心導体の電流密度と発熱量に関して定量的に評価を行なった結果,安定化係数(q値)およびベータ値等に対する諸条件が整えば,それらが十分許容レベルに入ることを指摘している. 第3章は,「Experimental Investigation of Equilibrium Features of Low-Aspect-Ratio Tokamaks in TS-3 Device」(TS-3装置における低アスペクト比トカマクの平衡配位に関する実験研究)と題し,東京大学工学部既設のTS-3コンパクトトーラス装置を用いて,低アスペクト比トカマクの生成と平衡配位に関する実験的検討を行っている.本装置を用いることにより,通常のトカマク生成に必要とされる中心変流器を用いることなく,アスペクト比1.1から1.9の範囲の平衡配位生成を実証して,その磁気特性を時間分解磁気プローブアレイを用いて計測している.その結果,強い常磁性であるとか安定化係数の空間分布等に関して,解析結果と同様な特徴を有する配位の生成を確認している 第4章は,「Global Stability of Low-Aspect-Ratio Tokamaks」(低アスペクト比トカマクの巨視的安定性)と題し,トカマクの低アスペクト比化で新たに問題となる巨視的不安定(特にn=1ティルト・キンク不安定)に関して検討を行っている.特に本章では,外部トロイダル磁界のn=1不安定に対する安定化限界,およびそのアスペクト比依存性について調査を行っている.その結果,アスペクト比を下げるにつれ,安定化に必要な外部トロイダル磁界は減少し,特にアスペクト比1.1では,プラズマ電流に対して10%から20%程度の外部中心電流で同モードを安定化でき,さらに,その安定化の理論として円筒剛体近似モデルが適用できることを示している.またこの安定化条件は周辺部安定化係数が3程度以下となることから,炉設計での新たな制約条件にはならないことを指摘している. 第5章は,「Measurement of Magnetohydrodynamic Activities of Low-Aspect-Ratio Tokamaks by Use of Visible Light Tomography」(可視光トモグラフィーによる低アスペクト比トカマクにおける電磁流体力学的挙動の観測)と題し,新たに研究開発した全トロイダル面に対する可視光トモグラフィーを用いて,低アスペクト比トカマクのトロイダルモードの時間発展について測定を行っている.ここでは特に問題となる常磁性配位の維持機構を調べるために,配位生成後に中心変流器(OHコイル)を用いてプラズマ電流の駆動を試みた.その結果,スフェロマックとか逆磁場ピンチ(RFP)と同様に,低アスペクト比トカマクでも強い常磁性が維持されるものの,トロイダルモードについては高次成分の成長が顕著に抑えられることを確認した.また,対比のために行ったスフェロマック実験では,大きな磁気擾乱によると考えられるイオンの異常加熱が観測されるが,低アスペクト比トカマク実験ではそれが見られない.このようにトカマクでは,低アスペクト比下の強い常磁性領域でも,配位の維持機構に伴う異常拡散損失がスフェロマックとかRFPに比べて少なく,今後の研究によって優れた閉じ込め特性が確認され得る可能性を指摘した. 第6章は,「Conclusions」(結論)であって,本研究の成果について述べるとともに,今後の研究発展の方向および課題を示している. 以上要するに本論文は,磁気閉じ込め核融合研究において近年着目されている低アスペクト比トカマクに関して,中心変流器に頼らない独自の発生法を適用して,アスペクト比が1.1から1.9にわたる配位を生成し,その電磁流体力学的平衡特性と安定性,および配位維持機構等について主に実験的検討をおこなったもので,核融合炉への発展性の観点からその特性に期待が持てることを明らかにした点で電気工学,特にプラズマ核融合工学に貢献するところが多い. よって著者は東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻における博士の学位論文審査に合格したものと認める. |