学位論文要旨



No 111134
著者(漢字) 大野,隆一
著者(英字)
著者(カナ) オオノ,リュウイチ
標題(和) 分散マルチメディアシステムにおける同期方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 111134
報告番号 甲11134
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3378号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斉藤,忠夫
 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 安達,淳
 東京大学 助教授 相田,仁
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 近年,ネットワーク技術及びコンピュータ技術の発展に伴い,ネットワークを介してマルチメディア情報を送ることで多地点間での会議,教育など様々な活動を支援するシステムの研究・開発が盛んに行なわれてきている.このようなシステムにおいてはネットワークの遅延及び遅延変動,各ノードの負荷変動などの影響を避け,質の良い情報を同時に提供することが重要となる.

 ネットワークの遅延変動などは各メディア内のフレーム到着の変動,複数メディア間の同期ずれなどを引き起こす.このようなメディア到着変動は受信側のノードにバッファを設け,受信したメディア情報をいったんバッファに蓄え,ある時間間隔をおいてからユーザに提示することで和らげることができる.

 ある一つのノードから他の一つのノードにマルチメディア情報を転送するような場合にはこのような手法でメディア到着の変動を吸収できるが,多地点間の会議や教育を支援するシステムなどのように共通の情報が複数のノードにおいてほぼ同時に提示されるようなシステムにおいては,単に送られてくるメディアの到着変動を吸収するだけでなく,複数のノードで発生する(生の声などの)様々なメディア情報間の同期を取ることも必要となる.

 本論文では,このような多地点間で共通の情報がほぼ同時に提示されるような(会議型の)システムにおけるメディア間同期の問題を取り上げる.

 このようなシステムで扱われるメディア情報としては以下のようなものが考えられる.

 RMS予めディスク,テープなどの蓄積型情報源に蓄えられていてそこから引き出されるメディア情報(Retrieved Media Streamと名付ける.以下,RMSと略称する.).教育用教材など.一時停止,再生などの命令により適宜その情報提示位置を変化させながら各ノードで提示される.

 LMS参加者の声などの生のメディア情報(Live Media Streamと名付ける.以下,LMSと略称する.).

 従来のメディア間同期に関する研究はある一つのノードから他の一つのノードにマルチメディア情報を転送するような場合が主であり,LMSとRMSは全く同様に扱われてきた.

 本研究ではLMSとRMSを分けて考える.RMSを各ノードでバッファリングし,そのバッファ上の情報提示位置を適切に定めることで各ノード間の情報提示位置の関係が決まる.さらにこのノード間の情報提示位置の関係によりLMSとRMSが各ノードで提示される際のタイミングが決まる.つまり,各ノードにバッファリングされるメディア情報を用いることで多地点環境でのメディア間の同期を取ることが可能となる.RMSが予め存在する情報であるために予めパッファリングしておくことが可能であるのに対し,LMSは生の情報であるためにできるだけ早く提示されることが望ましいといったRMSとLMSの性質の違いがあることからこの方法が適用しやすいことになる.

1遠隔会議システムにおけるR&L同期

 本論文で対象とするシステムの構成を図1に示す.

図1:システムの概念

 各ノードにはディスプレイ装置などのマルチメディア表示用の装置,及び,メディア間のずれの吸収などに用いられるメモリが備わっている.また,システム中の幾つかのノードにはメディア情報の入ったディスク,テープなどの情報発生源となる装置が備わっている.

 本システムの基本的な動作を以下に示す.

 ・システム中の一つのノードの利用者が操作者となる.操作者ノードは再生,巻き戻しなどの指示を出す.この操作命令はシステム中の各ノードにマルチキャストされる.

 ・情報発生源ノードでは操作者ノードからの指示に従いメディア送出位置を変化させる.

 ・各情報提示ノードでは情報発生源ノードから送られてきたメディア情報を一旦バッファ中に蓄える.各ノードでは操作者ノードからの指示に従い情報提示位置を変えつつも,メディア間同期を保ちながらメディア情報の提示を行なう.

 上記の動作により,本システムでは各ノードにおいて後で述べるR&L同期のタイミングを満たしながら同一のメディア情報が提示される.

 R&L同期のセマンティクスを以下に示す.

 sync_with_one RMSと操作者からのLMSとの同期.すべてのノードにおいて,操作者ノードにおいてLMSが取り込まれたのと同じタイミングで,LMSがRMSと同期して提示されることとする.

 このセマンティクスは,例えば,遠隔教育を支援するシステムにおいて教師が教育用教材を操作しながら授業を進めていくような場合に適用される.

 sync_with_all RMSと全ての参加者からのLMSとの同期.すべてのノードでの再生点が各時刻において等しいこととする.

 このセマンティクスは,例えば,遠隔会議を支援するシステムにおいて全ての参加者が会議資料を見ながら議論に参加するような場合に適用される.

 sync_with_multi RMSと操作者を含む複数の参加者(発信者ノード)からのLMSとの同期.

 すべての発信者ノードでの各時刻における再生点が等しく,それ以外のノードでは,発信者ノードにおいてLMSが取り込まれたのと同じタイミングで,LMSがRMSと同期して提示されることとする.(sync_with_one,sync_with_allはsync_with_multiの特別な場合と考えることもできる.)このセマンティクスは,例えば,遠隔討論会を支援するシステムにおいて討論参加者が討論会資料を見ながら議論を進めていくような場合に適用される.

 sync_with_none RMSとLMSとの同期は考えず,RMS間の同期のみ保証する.

2QOSが保証される環境でのバッファ量の検討

 ATMと専用端末を用いた場合のように予めネットワーク,端末などの資源を確保することでQOSが保証される環境においてはR&L同期を満たすたすために必要なバッファ量を導き出すことができる.

 本論文では,以下の3つについて計算式を導き出した.

 1.R&L同期を満たすために必要なバッファ量の算出式

 2.各ノードでメディアごとのバッファの大きさが与えられた際のR&L同期判定と必要な待ち時間の算出式

 3.各ノードでメディア全体のバッファの大きさが与えられた際のR&L同期判定と必要な待ち時間の算出式

 1の算出式を用いて,図2のSource1に対してsync_with_oneのセマンティクスを満たすために各ノードで最低限必要なバッファの大きさと命令を受け取った際の待ち時間Wsの関係を図3に示す.

図2:システムの一例図3:必要なバッファ量

 図3から以下のようなことがわかる.

 ・Wsをある程度増やすことにより必要なバッファの大きさを削減できる.しかし,Wsをある程度以上増やすと,情報提示より先に到着する分のバッファによりかえって必要なバッファ量が増加する.

 ・操作者ノードに近いノードほど必要なバッファ量が小さく,情報源ノードに近いノードほど必要なバッファ量は大きい.

3LAN環境における負荷変動吸収機構の試作と評価

 EthernetとUNIXワークステーションを用いた場合のように他のプロセスの影響を排除できないような環境においては各ノードでの負荷変動などに柔軟に対処しつつR&L同期を満たすたす機構が必要となる.

 本論文ではこのような環境において構築した試作システムにおいてR&L同期機構を実装し,その評価を行なった.

 本同期機構においては各ノードのバッファ中に理想的な再生点(IPP)を定め,各メディアの再生点(CPP)をIPPに近付けることで各ノードにおけるメディア間の同期を取る.また,IPPをノード間で調整することでR&L同期を実現する(図4).

図4:R&L同期機構

 図5にsync_with_multiの場合の評価結果を示す.ただし,本評価では2台のマシーン(IPX,SS10)を発言者ノード,1台のマシーン(SS1)を情報提示ノードとして用い,3つのメディア(video,text,audio)が各ノードで提示される時間を測定した.

図5:sync_with_multiの場合の情報提示タイミング

 図5から,以下に示すことがわかる.

 ・各ノードにおいて3つのメディアはほぼ同期して提示されている.

 ・各ノードで実際に提示されたmedia unitの数はSS10,IPX,SS1の順で多い.つまり,CPUの余裕度に応じて各ノードで情報提示が行なわれている.

 ・SS1ではIPX,SS10に比べて情報提示が遅れている.

 また,この場合IPX,SS10からのLMSはsync_with_multiのセマンティクスを満たしながら各ノードで提示されていた.

 以上の結果から本同期機構が試作システムにおいて正しく動作していることがわかる.

審査要旨

 本論文は「分散マルチメディアシステムにおける同期方式に関する研究」と題し、全7章から構成されている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景となるマルチメディアシステムの構成とそこで生ずる同期の問題を明らかにしている。本論文で取りあげる環境は多様な会議システムであり、会議地点は多地点におよぶ。ここで扱かわれるメディア情報としては蓄積されたあと取り出されたメディア流(RMS)と生のメディア流(LMS)があり、RMSとLMSとの間で会議に参加するすべての地点で同期をとるための方法と条件について明らかにするのが本研究の目的である。

 第2章は「背景」と題し、分散マルチメディアシステムの背景技術とマルチメディア同期についての従来の研究を紹介することによって本研究の位置付けを明確にしている。マルチメディアにおける同期はメディア内同期,メディア間同期に分れ、メディア間同期はさらにオブジェクト表現レベルでの同期とストリームレベルでの同期に分れる。本研究で扱う同期の問題はメディア間のストリームレベルの同期である。

 第3章は「遠隔会議システムにおけるR&L同期」と題し、遠隔会議システムにおける同期の問題点を示し、本研究の構造を示している。システム中には情報発生源ノード,操作者ノード,情報提示ノードがある。操作者ノードは情報発生源ノードを操作する。各情報提示ノードにはバッファがあり、操作者ノードからの指示に従い、メディア間同期を保ちながらメディア情報を提示する。RMSに対しては再生,一時停止,巻き戻しの操作を行なう。操作者ノードは同時にはひとつに限定され、必要に応じて操作権は委譲される。ネットワークにはその遅延が保障されるものもされないものもある。すべてのメディアは33ミリ秒程度の共通の値を持ったフレームによって区別し、各フレームにはフレーム番号を付けることによってメディア間の同期をとる。RMSには先頭からフレーム番号を付与し、LMSにはRMSのフレーム番号に従ってフレーム番号を付ける。操作命令パケットには停止位置,再生開始位置を示すフレーム番号が付与される。R&L同期においては、操作者ノードからのLMSとRMSがすべての提示ノードで同期して提示されるようにするsync-with-oneとRMSと全ての参加者からのLMSが同期しているようにするsync-with-allのセマンティクスがある。

 第4章は「QOSが保証される環境でのバッファ量の検討」と題し、予めネットワーク,端末等の資源のQOSが保証されるような環境におけるシステムの設計条件を検討している。各情報提示ノードにおいては、情報源ノードからの情報と操作者ノードからの情報を受け、再生命令に対して遅れを調整するために遅延時間を持たせる。各情報提示ノードで少くとも操作者ノードと等しい情報を提示できる条件はノード間の遅延時間等の式として示される待ち時間を各ノードに持たせることである。各ノードではこれに加えてすべてのノードで等しい任意時間(コマンドペンディング時間)待たせることによってR&L同期が実現される。この章では情報源の装置の応答時間等に種々の条件を与えたときの、各情報提示ノードに必要なバッファの大きさの数値例を示している。

 第5章は「LAN環境における負荷変動吸収機構の試作と評価」と題し、LANを通信環境として用い試作したシステムにおけるメディア間同期機構とその評価について示している。この環境ではネットワークの伝送遅延を予め測ることはできず、第4章で述べたような伝送遅延を予測した厳密なR&L同期をとることはできない。試作システムでは各ノードのバッファで理想的な再生点を定め、この理想的な再生点に実際の再生点を近付けることによってメディア間の同期をとる。情報発生源ノードでは情報送出を行なわない区間を設け、情報送出を基準とする時間軸に合せて負荷の増大に対応する。音声情報の場合には情報送出区間において多数フレームの情報を一度に送出できるようにして負荷の変動に対応する。情報提示ノードでは情報送出が行なわれなかった操作に対応して、同一の情報を複数回提示できるようにする。このような原理に従って種々の性能の異る3台のUNIXワークステーションを用いて各種のノードを構成しビデオ,オーディオ,テキストの3つのメディアについて実験を行なって同期の遅れ等についての評価をしている。

 第6章は「分散マルチメディアシステムの実現に向けて」と題し、マルチメディアシステムにおいて利用できる資源に制約がある場合の総合的なサービス品質の確保について全体的な配慮を行なうべきであることを述べ、このための将来の課題をまとめている。

 第7章は本論文の「結論」であり全体を総括している。

 以上これを要するに本論文は多数の情報発生源ノードと情報提示ノードを持ち、これをひとつの操作ノードによって制御することによって、すべての情報提示ノードで同期のとれた情報を提供するという分散マルチメディアシステムにおける同期の基本的問題を明らかにし、その技術的条件を明らかにすると共に、これを実験的に確認したものであって電子工学上貢献するところ少くない。

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻における博士の学位論文審査に合格したものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1862