本論文は、"光ファイバ通信におけるスペクトル拡散技術とその応用"と題し、スペクトル拡散技術の光ファイバ通信システムへの適用性を体系化し、その特徴を生かした新しい応用を論じたものであり、5章から構成されている。 第1章は"緒論"であり、本研究の背景と目的について述べている。すなわち、無線通信で開発されたスペクトル拡散技術を光ファイバ通信システムに導入することの意義を論じ、研究の背景を明らかにするとともに、論文の構成を示している。 第2章は、"光ファイバ通信システムにおけるスペクトル拡散技術"と題し、スペクトル拡散を光領域で行うための方法に関して、(1)多元接続を行うためのスペクトル拡散と(2)スペクトル電力密度を下げるためのスペクトル拡散という2つの視点から、検討を行っている。 光領域におけるスペクトル拡散技術を分類・整理し、その中で、コヒーレント方式の優位性を示したのち、各種スペクトル拡散手法について、拡散スペクトル電力密度の解析を行った。単にスペクトルを広げるという意味では、ガウス雑音によって周波数・位相変調するのが最も簡便であるが、拡散・逆拡散による多元接続には不向きであり、この場合には、2進ランダム符号による位相変調が有効であることを示した。 第3章は"スペクトル拡散技術を用いた光交換"と題し、スペクトル拡散のもつ多元接続性に着目した光交換システムへの応用について論じている。 まず、新たに提案された光交換システムの基本性能について検討した。従来のスペクトル拡散通信で用いられている2進ランダム符号を用いるよりも、ガウス雑音のようなアナログ雑音を用いた方が、許容チャンネル数が多くなることを示した。さらに、基本性能を確認する目的で、2×1スペクトル拡散光交換機を構築し、ガウス雑音を用いた拡散・逆拡散によって、複数の入力信号をスイッチングできることを確認した。また、交換機の入出力端に送受信器を配置し、符号誤り率の測定を行った。チャンネル数と符号誤り率の関係を求め、理論の検証を行った。 最後に、本システムの応用について検討し、空間スイッチとしてだけではなく、時分割・周波数分割スイッチにもなり得ることを示した。さらに、この検討に基づき、本システムのパス網・回線網、ATM網への適用可能性を論じた。 第4章は、"スペクトル拡散を用いた誘導ブリユアン散乱の抑圧"と題し、スペクトル拡散を行ってスペクトル電力密度を下げることにより、ファイバ中の誘導ブリユアン散乱の発生を抑制する方法について検討を行っている。 ブリユアン利得帯域はファイバ中の音響波の緩和時間で決まるため、約100MHzと非常に狭い。このため、スペクトル拡散によって信号スペクトルを広げることにより、誘導ブリユアン散乱の抑制が可能であることを示した。スペクトルを拡散する方法として、半導体レーザの注入電流に正弦波を重畳する方法を取り上げ、抑制効果を実験・理論両面から確認した。本手法を取り入れた伝送システムを構築し、誘導ブリユアン散乱閾値をはるかに越える信号光パワーでの伝送を、符号誤り率の劣化なしに実現した。 またこのとき、変調周波数が、ファイバを光が往復する時間の逆数に等しくなると、ブリユアン散乱抑制効果が失われ、ブリユアン散乱光がパルス化する現象を見いだした。ブリユアン利得の理論解析を行い、利得スペクトルにホールバーニングと変調不安定が現れることを発見し、ブリユアン散乱光のパルス化は、この変調不安定とファイバの端面反射の複合効果として理解できることを示した。また、これまで報告されているブリユアンレーザや増幅器の不安定現象が、ほとんど全て、利得スペクトルのホールバーニングと変調不安定により説明できることを示した。 第5章は本論文の"結論"であり、本論文の成果と意義をまとめている。 以上を要約すると、本研究は、スペクトル拡散技術の光ファイバ通信システムへの適用性について体系的に論じ、スペクトル拡散のもつ多元接続性に着目した光交換システムへの応用、および電力スペクトル密度の低減に基づく光伝送システムにおける誘導ブリユアン散乱抑制への応用の検討を行ったもので、電子工学への貢献が大きい。 よって著者は、東京大学大学院工学系研究科における博士の学位論文審査に合格したものと認める。 |