本論文は「顔画像のパラメータ表現と感性処理に関する基礎研究」と題し、感性コミュニケーションならびに感性情報処理研究の方法論の確立を目指して、特に顔の印象解析に関連した顔画像処理研究をまとめたものであって、9章からなる。 第1章は「序論」であって、本研究の目的と意義について述べている。すなわち、本研究で述べる感性情報処理の位置付けについて論じるとともに、感性コミュニケーション研究において、顔画像の持つ印象を工学的な立場で解析することの重要性を論じ、研究の背景を明らかにするとともに論文の構成について述べている。 第2章は「顔画像とその処理」と題し、顔画像処理についての研究の動向をまとめて紹介している。その結果、従来の顔画像研究は顔の個人認識と表情の分析合成に関するものが大部分であり、顔そのものから受ける年齢、職業、性格などの印象に関連した研究はほとんど行なわれていないことを述べ、顔画像の印象解析を対象とした研究の重要性について述べている。 第3章は「顔画像の演算処理」と題し、顔画像をコンピュータ処理する際に必要となる各種の画像処理手法についてまとめている。すなわち、顔の3次元的な構造モデル(ワイヤーフレームモデル)と実顔画像との間の整合処理、構造モデルを用いた顔画像の大きさ、位置の正規化手法などについて述べている。また、顔画像における単純な演算処理手法を論じて、個人の顔の特徴を目立たせた"強調顔"や、特定の集団に属する複数人の顔の"平均顔"を導く手法を説明している。 第4章は「顔画像のパラメータ表現と空間記述」と題し、顔画像を数学的に扱うための一手法として、顔画像をパラメータ表現してベクトル空間に配置することを試みている。すなわち、まず顔画像を輝度情報と構造情報に分離して、それぞれについてのパラメータを求め、そのパラメータを空間における座標とみなして顔画像を空間に配置する。その際、空間の軸は直交していることが望ましく、主成分分析の手法を用いて直交基底空間を構成する手法について論じている。 第5章は「顔画像処理における印象解析」と題し、まず、印象を扱うための準備段階として印象語の構成について考察している。次に集団における顔の印象を抽出するための平均顔作成手法を論じ、さらに平均顔に基づいて第4章で論じた直交基底空間を構成することを試みている。このようにそれぞれの集団ごとに平均顔の分布を空間上に配置することにより、特定の印象を空間的に判別することが可能となる。さらに、第5章では、平均顔によって張られた基底空間上のパラメータの変化によって、与えられた顔画像に任意の印象を付加することの可能性についても論じている。 第6章は「顔特徴パラメータによる印象解析」と題し、顔画像における印象を目の大きさや眉の傾きなどの単純な特徴量に基づいて解析する手法を示している。すなわち、顔画像に整合された構造モデル(ワイヤーフレームモデル)から、顔形状の特徴量を取り出し、これを要素として持つベクトルに対して主成分分析の手法を適用して、各平均顔の印象を定める要素を抽出する。また、抽出された主要特徴成分に基づいて、それぞれの顔の特徴を表現した典型顔を線画で示すことを試みている。 第7章は「顔処理のシミュレーション実験」と題し、数多くの顔画像をデータベースとして収録し、実際の顔画像処理を行ないながらその印象解析を試みた結果について述べている。例えば、明治、大正、昭和、平成に至る顔像解析によって、それぞれの時代の顔の印象を浮き彫りにしている。また、縄文顔や弥生顔から現代にいたる日本人の顔の変遷を追い、これを未来に外挿することによって、百年後の日本人顔を予測している。さらに、合成された顔画像を刺激画像とする顔印象の心理学実験の可能性を論じ、実際に年齢印象に関して実験を行なった結果を示している。例えば顔の年齢印象を顔の形状と肌の状態の二つの要素に分離しておこなった実験では、10代では年齢印象が顔の形状に依存するが、20代以降では主として肌の状態に支配されていることが示されている。 第8章は「インタラクティブ感性」と題し、顔画像におけるインタラクティブな感性情報の処理という観点から、コンピュータとの間のヒューマンインタフェースに表情認識の機能を持たせることの意義を論じ、実時間表情認識の可能性を論じている。また具体的に電子ペット(ニューロベビー)を対象として、顔の陰影パターンに基づく簡易な表情認識法を提案し、その予備実験を行なった結果を示している。 第9章は「結言」であって、本研究の成果と意義について述べるとともに、今後の発展方向を示している。 以上これを要するに本論文は、顔のコンピュータによる印象解析という困難な問題に挑戦して、顔印象のパラメータ表現法、顔空間の構成法、平均顔に基づく顔印象の定量解析法などを提案し、具体的な顔画像処理を通じて感性コミュニケーションならびに感性情報処理研究の方法論を開拓したものであって、情報・通信工学に寄与するところが少なくない。 よって著者は東京大学大学院工学系研究科における博士の学位論文審査に合格したものと認める。 |