学位論文要旨



No 111139
著者(漢字) 西川,剛志
著者(英字)
著者(カナ) ニシカワ,ツヨシ
標題(和) 熱拡散法を用いたヘテロバイポーラトランジスタ構造キャリア注入型光スイッチ作製に関する研究
標題(洋)
報告番号 111139
報告番号 甲11139
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3383号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 助教授 河東田,隆
 東京大学 助教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 平本,俊郎
内容要旨

 半導体光デバイスへの開発努力は、近年ますます盛んにおこなわれている。半導体レーザー、光変調器/スイッチ、光中継器、通信用光検出器、そしてそれらをまとめた光電子集積回路(以後OEICと表記する)など、かつて研究段階であった素子が、高帯域、高安定性などの要求を達成して次々と実用化されてきている。今後の課題は、より複雑な機能をあわせもつOEICの商品化にむけられるであろう。光回路にとって、モノリシック集積化によるメリットは大きい。単体で光デバイスを用いる場合、素子の相互接続は常に頭の痛い問題であるが、OEIC内部ではこれが解消される。振動、衝撃によるアライメントずれも発生せず、全体のサイズも格段に小さくできる。また、素子間の距離が小さいため、損失面からも有利である。要するに、信頼性、可搬性が飛躍的に上昇するということになる。

 しかし現実には、OEICの高密度化を妨げる二つの要因がある。一つは光スイッチング素子に関するサイズの問題である。高機能な光素子の作製には、光スイッチング素子による網接続が必要になってくるが、高速な光スイッチング素子は一般に素子長が大きいため、モノリシックな集積化は困難である。ただし、従来のスイッチング素子で用いられている機構よりも、大きな屈折率変化を起こすことができれば、より小さいスイッチング素子を作成することは可能である。

 さて、半導体に対するキャリア注入は、Bandfilling effect,Bandshrinkage effect,Plasma effect,等の効果を発生させ、かなり大きな屈折率変化を引き起こすことが知られている。GaAsに対してはホールに比べて電子の注入効果が大きいため、本論文では電子を主として扱うが、p-GaAsに対してはFig.1のような電子注入効果が予測できる。特に、バンド端近いエネルギー値を持つ波長の光に関してBandfilling effectの寄与が大きく、0.89mの光に対する屈折率変化係数は-0.0303×10-18/Electron density(cm-3)にも達している。

Fig.1 electron注入にともなうp-GaAsの屈折率変化

 キャリア注入効果の大きさは古くから知られており、実際にこの効果を用いて短サイズのスイッチング素子が試作されている。しかしながら、残念なことにそれらの素子のスイッチング速度はそれほど速いものではなかった。その原因は、従来のキャリア注入構造がダイオード型を採用していたため、注入されたキャリアの再結合時間による、スイッチング速度の制限があったからである(10〜100ns)。しかし、なんらかの方法でキャリア濃度を高速で減少させることができれば、この制限値を大きく下回ることができる。本論文ではキャリアの引き抜き機構として、バイポーラトランジスタ構造を採用し、高速動作に関する検討を行った。Fig.2に示すような光スイッチに関して、ビーム伝播法を併用し(解析を行った結果、Fig.3のようなスイッチング特製を得た。注入電流200mAに対して、各出射端で±10dB程度の消光比が達成可能となる。このスイッチの長さは100μm程度であり、当初の目的からすると十分小さいが、交差角を増加させることでさらにサイズを低減することも可能である(ただしこの時、ペース走行時間を21psとして注入電流を計算した)。

Fig.2 X字ヘテロバイポーラトランジスタ型光スイッチ構造例

 OEICの進歩に対するもう一つの障害は、成長プロセスの複雑化である。現在は、かなり複雑な形状の光集積回路も作成しうるようになっているが、それに比例してエピタキシャル再成長の回数も増加している。ところが、一般に再成長プロセスは最も分留りを低下させる要因であり、その再現性確保のために現在も多大なる努力がはらわれている。またそのため、他の手法を用いて再成長回数を低減することによりプロセスの分留りを改善できる可能性がある。具体的には、熱拡散法を用いて埋め込み領域へのコンタクトをとるなどの手法がある。

 さて、本論文で検討しているヘテロバイポーラトランジスタ型光スイッチにおいても、スイッチ部分と導波路部分では求めるドーププロファイルが異なるため、通常のプロセスを採用するならば最低1回は再成長を行う必要がある。しかし、このヘテロバイポーラトランジスタ領域への局所ドープを熱拡散法で行うことができれば、再成長を行う必要なしに、スイッチング素子を構成することができる。ただし、npn構造を作成する関係上、一般に二重拡散が必要となるが、これは従来のへテロバイポーラトランジスタには存在しなかった構造である。

 本論文ではへテロバイポーラトランジスタを用いた光スイッチング素子作成にあたって、ヘテロ基板に対する不純物の二重拡散プロセスを提案する。また、そのさい予想される構造上の問題および予想される素子の特性に関して考察を行った。不純物元素をSn,Si,Znとし、各AlAs組成のAlxGal-xAsに関してアクセプタ、ドナーが共存する場合のキャリア濃度(フェルミ準位)を求めるとFig.4のようになる。コア=ベースをGaAsと考えた場合、界面の整合的安定性の観点から、クラッド=エミッタとなる部分のAlAs組成比は0.2以下が望ましいことがわかる。これはn型不純物の活性化エネルギーがAlAs組成比0.2付近で急増することに起因している。同様の計算過程から、伝導帯下端のエネルギー値を求めることができるが、熱拡散法を用いて典型的な不純物構造を作成した場合に、ベース走行時間は均一ベース構造における当初の計算値(21psec)に比べさらに1割程度改善する見込みがあることを示した。また、ヘテロ界面とpn接合位置のずれによるベース走行時間の変化を計算し(Fig.5)、ベースのAlAs構造の最適化によりベース走行時間を容易に低減しうることを示した。さらに、空乏層広がりとの比較を行い、界面ずれの許容値に関して評価をおこなった。

図表Fig.3 BPMにより計算された、Fig.2に示される光スイッチの電流注入-光出力特性(波長0.89mの場合) / Fig.4 AlAs組成0,0.2,0.36の各AlxGa1-xAsにおいて、アクセプタ、ドナーが共存した場合のキャリア密度(等高線図) / Fig.5 ヘテロ界面とpn接合位置間のずれとベース走行時間の関係

 実際の熱拡散プロセスに用いるべき不純物元素とそのドープ方式に関して実験的な検討を行い、適当なドーププロファイルが得られる拡散手法を確立した。ZnOから表面濃度を抑えつつp拡散を行う手法と、金属Snから表面濃度の大きいn拡散を行う手法の組み合わせが妥当であると考えられる。拡散に用いる構造の詳細をFig.6に示す。本手法を用いた素子作成プロセスを、低nドープGaAs基板、ヘテロ基板に対して適用したところ、低nドープGaAs基板においてhFE〜40(Fig.7)、ヘテロ基板においてhFE〜2.4(Fig.8)程度のエミッタ接地電流増幅率をもつトランジスタを作成することができた。また、低nドープGaAs基板において同時拡散法を試行したが、hFE〜25程度のパイポーラトランジスタを作成することができた。この同時拡散法を用いることで、熱プロセスの回数を2回がら1回に低減することができる。

Fig.6 二重拡散を行う際の不純物源配置Fig.7 二重拡散法によって作成されたGaAsバイポーラトランジスタのエミッタ接地特性Fig.8 二重拡散法によって作成されたAlGaAs/GaAsヘテロバイポーラトランジスタのエミッタ接地特性

 これらの検討から、ヘテロバイポーラ型スイッチング素子の作製に関する熱拡散法の有用性が示された。また、再成長せずnpn構造を作成できる本手法は、光スイッチ作成以外にも応用範囲は広いであろう。

審査要旨

 本論文は,将来の光交換用高速スイッチマトリックスへの応用が期待される,ヘテロバイポーラトランジスタ構造キャリア注入型光スイッチを,集積化に適する熱拡散プロセスを用いて作製することについて,理論解析と試作実験を行った結果をまとめたもので,6章より構成されている.

 第1章は序論であり,研究の背景と目的,論文の構成が述べられている.キャリア注入による比較的大きな光学定数変化を利用すると,光スイッチの小型化がはかられ,特に光交換などで必要とされる大規模スイッチアレーの形成に有利である.反面,スイッチング速度がキャリア寿命に制限されてしまう.これを解決するために,スイッチングエレメントとしてバイポーラトランジスタ構造を用い,注入キャリアの引き抜きを行うことが提案された.しかしその作製は,特に交差型光スイッチなど光導波構造自体が複雑な場合,エピタキシャル成長とエッチングプロセスを繰り返し適用する必要があって,アレー化や光集積回路化が困難である.本論文は,シリコン集積回路で用いられている熱拡散技術を化合物半導体に適用し,単純なプロセスでヘテロバイポーラトランジスタ構造の光スイッチを作製することに関し研究したものである.

 第2章は「反射型光スイッチング素子の設計」と題し,まずキャリア注入による屈折率変化量を,バンドフィリング効果,バンドシュリンケージ効果,プラズマ効果のそれぞれについて見積もっている.次に実際の交差型光スイッチを例にとって,主にビーム伝搬法を用いて素子構造の設計を行っている.長さ100mの素子において,スイッチング電流200mAで,消光比約10dBの得られることが予測された.

 第3章は「光スイッチ用拡散へテロバイポーラトランジスタの特性」と題し,主に拡散により形成されるヘテロバイポーラトランジスタ(HBT)の構造と,動作特性の関係が議論されている.まず,ベース領域に拡散によって導入されるポテンシャルプロファイルを予測し,次にそれがトランジスタの電気特性に及ぼす影響を論じた.その結果,拡散により自然に形成される傾斜ベースの効果で,ベース走行時間が短縮され得ることがわかった.次に,拡散で形成されるpn接合位置と,エピタキシャル成長で形成されるヘテロ接合位置が一致しなかった場合の影響を検討し,その位置ずれは0.03m程度までは許容されることを示した.2章で設計した光スイッチに対し上記の検討結果を適用して変調遮断周波数を見積もり,8.4GHzという値を得ている.

 第4章は「GaAs系材料における開管式熱拡散技術」と題し,まず熱拡散の理論をレヴューした後,本研究で用いた固体不純物源開管式熱拡散の方法および拡散結果の評価法(電解エッチCV法,SIMS,斜め研磨ステンエッチ法)について論じている.次に,実際に拡散に用いたSi,Sn,Zn,Mgの各不純物に対し,実験方法および拡散結果を詳細に記述している.さらに,以上の知見に基づいて,npnトランジスタ構造作製のためのpn二重拡散ならびにpn同時拡散を提案し,基礎実験データを与えた.

 第5章は「熱拡散法によるHBT構造光スイッチの作製」と題し,前章の拡散技術を適用して,実際にHBT構造を試作した結果について述べている.まず,低ドープn型GaAs基板に二重拡散によってHBT構造を作製するプロセスが,詳細に記述されている.次に,種々の条件下で二重拡散を行った結果を斜め研磨ステインエッチ法で観察し,トランジスタ作製に適する条件を求めている.最適条件下の二重拡散によって,エミッタ接地電流増幅率が40のバイポーラトランジスタを得た.この値は,光導波路用の厚いベースを持つトランジスタのものとしては,十分大きい.さらに,同時拡散によるGaAsバイポーラトランジスタの作製にも初めて成功し,一回の単純な熱拡散プロセスによる素子の試作に道を拓いた.最後に,GaAlAs/GaAsへテロエピタキシャル基板に二重拡散を適用し,トランジスタ動作を確認して,世界初の熱拡散HBTを実現した.光導波路の形成も同時に行ったが,プロセス条件が最適化されていないため,交差導波路としては機能していない.光スイッチ完成へ向けての指針を与えた.

 第6章は結論であり,本論文で得られた結果を総括すると同時に,ここで開発された熱拡散法がHBT構造光スイッチ作製はもとより,異種の光デバイスを同一基板上にモノリシック集積化する際に有用であること等,将来展望が述べられている.

 以上のように本論文は,熱拡散技術を用いればヘテロバイポーラトランジスタ構造キャリア注入型光スイッチが簡便に作製可能であることを実証し,同時に将来のモノリシック光集積回路作製プロセス技術の選択肢を拡げたものであって,電子工学分野へ貢献するところが少なくない.

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科における博士の学位論文審査に合格したものと認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1865