学位論文要旨



No 111141
著者(漢字) 三浦,昭
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,アキラ
標題(和) レーダ管制手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 111141
報告番号 甲11141
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3385号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水町,守志
 東京大学 教授 曾根,悟
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 助教授 堀,洋一
内容要旨

 航空交通量の増加にともない航空機同士の衝突の危険も増大してくる.航空交通の安全を守るためには,管制官等を支援し衝突の危険を予防するような施設を充実させることが有効な手段となる.地上主導型(地上施設により処理を行なう方式)で現在実用化されているシステムにおいても,航空機同士の衝突防止に関する機能は,まだ整備されているとは言い難い.航空機上に搭載する衝突防止システムとしてはACAS(Airborne Collision Avoidance System)が研究・実用化されているが,搭載されるレーダの精度も計算機の処理能力も地上施設のそれには及ばず,現在実用の域にあるACAS IIでも高度方向の回避に機能が限定されている.本論文では,様々な管制情報や高精度のレーダが利用でき,なおかつ処理能力の高い計算機も利用できる地上主導型のシステムに着目し,航空路概念を用いた異常接近検出およびポテンシャルを用いた衝突回避指示の生成の各手法を示し,最後に知識処理を用いた管制の高度化について述べる.

 一般に航空交通管制の対象となる航空機は,事前に提出された飛行計画に従い定められた航空路を承認された高度と速度で飛行しながら目的地に向かう.これらの飛行計画情報とレーダ情報とを参照すれば,管制下の航空機の予測進路や航空機間の位置関係を容易に把握できるようになる.しかしながら現在の管制情報処理システムは飛行計画情報とレーダ情報とが異なる処理系で処理されており,両者を統合して扱うのには適していない.そこで本論文では,航空機および航空路の位置関係を的確に把握する手段として管制用データに航空路の概念を導入する.新たに導入される航空路データは航空路の構成に関する情報と,各航空路上の航空機との位置関係を示す情報とで構成される.これに従来の航空機データ(レーダ情報,飛行計画情報等)を組み合わせることで,航空機の将来位置の予測や航空機間の異常接近(衝突の危険)の検出が容易になる.

 進路予測においては,航空路データを用いて航空路と航空機の位置関係を実時間で把握しておき,航空機の進むべき航空路の予測を行なう.予測時間内に航空路を変更する航空機については,直線予測と円周旋回予測を併せて用いることにより位量予測精度を向上させる.実際の航空機の運動は必ずしも円周旋回運動とはならないが,円近似を用いることによる誤差は,レーダの測定誤差に起因する予測誤差の1割未満に収まっており,実用上問題のない範囲となっている.レーダの測定誤差等をもとにして適切に異常接近の判定基準を設定すれば,不要警報の発生率を十分低く抑えたまま衝突の危険のある航空機対の99%以上を検出することが可能となる.また異常接近検出に際しては,個々の航空機対の異常接近検出を行なう前に,異常接近候補となる航空機対の選定を行なう.すなわち航空路データを仲介として航空機間の相対関係を把握することにより,異常接近の検出を行なう必要のある航空機対を選び出すことが可能となる.例えば同一航空路上を飛行している航空機に関しては互いに相前後して飛行している航空機との異常接近を考慮すれば良いし,フィックス(航空路の分岐・合流点)近傍を飛行中の航空機であれば同様にフィックス近傍を飛行している他の航空機との異常接近を考慮すれば良い.このような選定基準を用いることにより,異常接近候補の数を航空機数の1乗のオーダに絞り込むことができる.また選定に要する処理量は航空機密度の高い空域でも航空機数の1乗のオーダに抑えることができる.結果として,従来航空機数の2乗のオーダであった異常接近検出処理量を1乗のオーダに抑えることが可能となる.

 異常接近が検出された航空機対に対しては,適切な回避指示を与える必要がある.回避指示を生成するにあたっては衝突のない回避パターンを得るのみならず,回避終了後の本来の進路への復帰まで考慮することが望ましい.また回避中の速度変化や急激な回避,複雑な回避などは抑制すべきである.これらの条件をみたすような回避パターンを生成するとなると,従来用いられてきたような"if...then"形式のアルゴリズムでは柔軟性に欠ける繁雑なものとなり,矛盾も生じやすい.そこで本論文では,衝突回避条件を統一的に表現する手段として"ポテンシャル"の概念を導入する.ここで述べる"ポテンシャル"は回避経路の妥当性を表す指標として用いるものとする.例えば衝突の危険のない回避パターンを生成するためには航空機間に斥力を生じさせるようなポテンシャルを設定し,回避後にもとの進路に復帰させるためには本来の進路から航空路に対して引力を生じさせるようなポテンシャルを設定する.同様にして他の各条件に対応するポテンシャルも設定し,その総和を計算する.回避パターンの生成は,計算されたポテンシャルが最も低くなるような経路を各航空機に選択させることにより実現される.

 ポテンシャル法による膨大な計算量を削減するために,ポテンシャル分布を用いた回避パターンの生成手法とポテンシャル勾配を用いた手法を示す.いずれの手法も,前述の異常接近検出手法により衝突の危険があると判断された航空機の将来位置を,レーダ情報や飛行計画情報をもとに計算することから始まる.各将来位置は10秒程度の時間間隔で標本化され,時空間中に配置される.これを初期状態とする.そして配置された標本点を繰り返し移動させることにより,ポテンシャルの低い回避パターン,すなわち衝突の危険がなく,また他の回避条件をも満足するような解を得る.このような解の探索にあたって,ポテンシャル分布を用いた手法では,探索空間の限定のため,各時点における標本点を起点とした回避パターンの候補をいくつか生成し,それらの候補の中からポテンシャルの低くなるような経路を選択する.ただし一度選択された過去の時点の回避パターンは確定しているものとして,次の時点の回避パターンを選択する.また,ある航空機の回避パターンを選択する際には他の航空機の回避パターンは変更しないものとする.一方ポテンシャル勾配を用いた手法では,ポテンシャルそのものではなく,その微分,すなわち各標本点にかかる力を計算し,その力に応じて各々の時点の標本点の移動を繰り返す.標本点にかかる力が閾値以下になった時点で処理を終了し,その時点の標本点配置を回避パターンとする.

 いずれの手法においても,2機の航空機の衝突のケースでは適切に衝突を回避できるような解が得られる.また各々の手法には,以下のような特徴がある.ポテンシャル分布を用いた手法は空間方向に広く解を探索することができ,高度方向と水平方向を考慮した3次元回避や3機以上の衝突回避が容易に実現できるが,反面回避パターンの候補を限定したことにより時間方向の見通しが悪くなる.結果として,回避後の復帰動作の選択が適切に行なわれない場合がある.ポテンシャル勾配を用いた手法では,時間方向の標本点間の位置関係が常に把握されているため,回避後の復帰動作まで含めた解が容易に得られるが,反面空間方向の解の探索が制限されるため,標本点の初期配置が最終的な回避パターンに大きく影響してくる.そのため,3次元回避や3機以上の回避では適切な解が得られない場合がある.ポテンシャル勾配を用いて適切な回避パターンを容易に生成するためには,初期状態において各航空機のおおまかな回避方向を選択し,適切に標本点を配置することが必要となる.その際の回避方向の選択基準としては最接近時の航空機間の相対的な位置関係を用いることができる.

 エンルート空域における航空機の衝突防止に対しては,上記の異常接近検出手法や衝突回避手法がそのまま適用できるが,反面,ターミナル空域においては,航空機の進路は管制官の指示に任されており,飛行計画情報やレーダ情報のみを用いていたのでは適切な航空機の進路予測や回避指示の生成は困難となる.本論文ではターミナル空域にも対応できる手法として,知識ベースを用いた航空機の進路予測・管制指示の生成手法を示す.すなわち管制官毎の管制手法を知識(規則)として蓄えることにより,各管制官の管制意図に沿った航空機の進路予測が可能となる.単純なターミナル空域のモデルであれば,予測時間を3分程度にとれば,ほぼ現実的な処理時間で航空機の進路予測が可能になる.用いる知識ベースは必要に応じて取捨選択できるため,管制官の交替にも,知識ベースの交換で対処できる.ただし現実のターミナル空域のような複雑なモデルに対応するためには,処理時間や記憶容量などの面で,改善の余地が残されている.

 ターミナル空域においては,全ての到着航空機は滑走路に向かって収束するような進路を飛行することになり,航空機に対する管制指示には,暗黙のうちに航空機間の衝突を回避するような指示も含まれることになる.すなわちターミナル空域において航空機の着陸に至るまでの進路予測が可能であるということは,衝突の危険のない管制指示の自動生成も可能であることを示唆している.現実の場面での管制指示の自動生成のためには,知識の構成方法や安全性等の面で解決すべき問題は多いが,本論文では,単純なモデルにおける管制指示の生成手法と,現実の管制の自動化への展望について述べて,まとめとする.以上

審査要旨

 本論文は「レーダ管制手法に関する研究」と題し,航空機監視用レーダで得られる情報に基づき航空機の航行の安全を維持する為に行なわれる管制に関し.管理手法の改善とその情報処理について新たな提案を行い,かつその有効性を明らかにしたものである.論文は6章よりなる.

 第1章は「序論」であって,研究の目的や背景を述べ,併せて研究の内容の概略が記されている.

 第2章は「航空の安全に関する設備」であり,航空交通管理において航空交通管制業務が占める位置を述べている.ついで管制情報処理システムが極めて重要な意味を持つことを主張し,本研究の範囲と意義を明らかにしている.即ち航空機の航行の安全に関し,管制警報システムと衝突防止システムとが現在の管制に部分的に導入されているが,その機能が低く,多大の進歩が必要とされる.なお航空機の安全に係わるシステムは,機上主導型と地上主導型とがあるが,本研究は現行の地上管制用施設を用いた地上主導型システムを対象とするとしている.

 第3章は「航空路概念を用いた異常接近検出手法」であり,航空路管制における管制警報システムについて,新たな提案を行ない,またその有効性を明らかにしている.即ち,単にレーダ情報のみでなく,既存の航空路構成と既存の飛行計画との情報に基づいて,航空機の将来位置の予測を精度良く,高速に処理するところに特色がある.進路予測においては,航空路データを用いて航空路と航空機の位置関係を把握しておき,航空機の進むべき航空路の実時間予測を行なう.予測時間内に航空路を変更する航空機については,直線予測と円周旋回予測を併せて用いることにより位置予測精度を向上させる.実際の航空機の運動は必ずしも円周旋回運動とはならないが,円近似を用いることによる誤差は,レーダの測定誤差に起因する予測誤差の1割未満であり,実用上問題のない範囲となる.またレーダの測定誤差等をもとにして適切に異常接近の判定基準を設定すれば,不要警報の発生率を十分低く抑えたまま衝突の危険のある航空機対の99%以上を検出することが可能となる.また異常接近検出に際しては,個々の航空機対の異常接近検出を行なう前に,異常接近候補となる航空機対の選定を行なう.すなわち航空路データを仲介として航空機間の相対関係を把握することにより,異常接近の検出を行なう必要のある航空機対を選び出すことが可能となる.結果としては,従来航空機数の2乗程度であった異常接近検出処理量を1乗程度に抑えることが可能となる.

 第4章は「ポテンシャルを用いた衝突回避手法」であり,衝突の回避をポテンシャルで数量化し,更に具体的な衝突回避手法を提案している.異常接近が検出された航空機対に対しては,適切な回避指示を与える必要がある.回避指示の生成にあたっては,回避終了後の本来の進路への復帰まで考慮することが望ましい.また回避中の速度変化や急激な回避,複雑な回避などは抑制すべきである.ここで述べるポテンシャルは回避経路の妥当性を表す指標として用いている.また回避後の進路の復帰のために,本来の進路から航空路に対して引力を生じさせるようなポテンシャルを設定する.同様にして他の各条件に対応するポテンシャルも設定し,その総和を計算する.回避パターンの生成は,計算されたポテンシャルが最も低くなるような経路を各航空機に選択させることにより実現される.

 ポテンシャル法の計算量を削減するために,ポテンシャル分布を用いた回避パターンの生成手法とポテンシャル勾配を用いた手法を提案している.いずれの手法においても,2機の航空機の衝突のケースでは適切に衝突を回避できるような解が得られる.また各々の手法には,以下のような特徴がある.ポテンシャル分布を用いた手法は空間方向に広く解を探索することができ,高度方向と水平方向を考慮した3次元回避や3機以上の衝突回避が容易に実現できるが,反面回避パターンの候補を限定したことにより時間方向の見通しが悪くなる.結果として,回避後の復帰動作の選択が適切に行なわれない場合がある.ポテンシャル勾配を用いた手法では,時間方向の標本点間の位置関係が常に把握されているため,回避後の復帰動作まで含めた解が容易に得られるが,反面空間方向の解の探索が制限されるため,標本点の初期配置が最終的な回避パターンに大きく影響してくる.そのため,3次元回避や3機以上の回避では適切な解が得られない場合がある.ポテンシャル勾配を用いて適切な回避パターンを高速に生成するためには,初期状態において各航空機のおおまかな回避方向を選択し,適切に標本点を配置することが必要となる.その際の回避方向の選択基準としては最接近時の航空機間の相対的な位置関係を用いるとよい.

 第5章は「知識処理を用いた管制手法」であり,航空機が複雑な運動を行うターミナル領域における管制警報システムに知識処理を導入する方法について論じている.エンルート空域における航空機の衝突防止に対しては,上記の異常接近検出手法や衝突回避手法がそのまま適用できるが,反面,ターミナル空域においては,航空機の進路は基本的には管制官の指示に任されており,飛行計画情報やレーダ情報のみを用いていたのでは適切な航空機の進路予測や回避指示の生成は困難となる.本論文ではターミナル空域にも対応できる手法として,知識ベースを用いた航空機の進路予測・管制指示の生成手法を示す.すなわち管制官毎の管制手法を知識(規則)として蓄えることにより,各管制官の管制意図に沿った航空機の進路予測が可能となる.単純なターミナル空域のモデルを用いて予測時間3分程度で,ほぼ現実的な処理時間で航空機の進路予測が可能になる.知識ベースは必要に応じて取捨選択できるため,管制官の交替にも,知識ベースの交換で対処できる.ただし極めて複雑なターミナル空域モデルに対応するには,処理時間や記憶容量などの面で,改善の余地が残されている.本論文では,単純なモデルにおける管制指示の生成手法と,現実の管制の自動化への展望について述べている.

 第6章は結論であり,前章までの結果がまとめられている.

 以上これを要するに本論文は,航空交通管制技術の核心と言える異常接近の検知と衝突回避に関し,新しい考え方に基づく情報処理手法を提案し,併せてその実現可能性を明らかにしたものであって,電子工学上貢献する所少なくない.

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻における博士の学位論文審査に合格したものと認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1867