情報化社会の進展に伴い、高精度な位置情報を広域にわたって実時間で測定できる移動体測位サービスへの要求が高まりつつある。これに向けて、近年、衛星航法システムNAVSTAR/GPS(Navigation System Timing and Ranging/Global Positioning System)が脚光を浴びている。その内、衛星から送られてくる電波の搬送波位相をトラッキングすることでセンチメートル程度の測位精度が可能となるキネマティックGPS(Kinematic GPS)は、高精度の移動体測位方式として注目され始めている。 本論文は、次世代の高度で高精度な移動体ナビゲーションシステムの実現を目指すという立場から、GPS衛星から送られてくる電波の搬送波位相を用いたキネマティックGPS測位方式に関する基礎問題について論じたものである。具体的には、移動体が移動しながら位相測定値におけるアンビギュイティを高速に解明することと、高速移動中で生じる位相測定のサイクルスリップを実時間かつ高精度に検出・除去することについて論じている。すなわち、 ・アンビギュイティの整数制約条件に基づくアンビギュイティの高速解明手法 ・フィルタ応答のオーバーシュートを利用するサイクルスリップの再帰決定法 ・余剰GPS信号を用いるサイクルスリップの実時間決定法 を示している。 第2章では、キネマティックGPS方式に適用する高精度の移動体追跡フィルタの設計法を示す。移動しながらサイクルスリップを安定かつ高精度に検出するためには、移動体位置の予測が精度良く行えることが望ましい。これに向けて、Singer加速度モデルを用いる移動体追跡フィルタを示す。これにより、センチメートル程度の精度で安定にかつ効率良く移動体の追跡が可能となる。 第3章は、移動中でのアンビギュイティの高速解明について論じている。まず、5個以上のGPS衛星が観測できる場合に、観測点・衛星間の幾何学的位置関係とアンビギュイティとの間に制約関係があることを明らかにし、アンビギュイティの整数制約条件式を導き出している。ここで導出した整数制約条件式は特定の測定値によらず、観測点・衛星間の位置関係のみによって定められるため、これに基づいてアンビギュイティを高速に解明する衛星の最適配置を究明することが可能となる。次いで、アンビギュイティの整数制約条件式を用いたアンビギュイティの高速解明法を示す。整数制約条件を利用することで、アンビギュイティの空間分布の特性を事前に把握することができるため、従来の最小自乗サーチ法(Least-Square Serach Method)と比べオンライン処理面でも簡素化される。さらに、測定値に内在される時間的冗長性に着目し、時間平滑処理を行ってアンビギュイティ解明を高速に行う手法を示す。7個以上のGPS衛星が観測できる場合に、基準局から半径数kmの範囲内で民生用のL1信号のみを十数秒〜百数十秒間観測すれば、アンビギュイティを解明できることを示す。 第4章と第5章とは、高速移動中にサイクルスリップを高精度に決定する処理法について述べたものである。 第4章では、移動体を追跡するカルマンフィルタ更新残差のオーバーシュートに着目して、サイクルスリップを再帰的に検出・除去する手法を示している。まず、フィルタの更新残差から算出されるカイ自乗検定量に基づきサイクルスリップの検出・除去の処理を行う。しかし、±1〜±2搬送波波長分程度の小さなサイクルスリップはフィルタの位置予測誤差と同程度になるため、必ずしも検出できるとは限らない。但し、サイクルスリップは測定値における未知のバイアス干渉として以降のフィルタ追跡精度に影響を及ぼすので、次の時点でフィルタの更新残差において大きなオーバーシュートを起こす。そこで、カルマンフィルタの更新残差のオーバーシュートをチェックすることにより、小さなサイクルスリップを検出・除去することができる。 第5章では、測位に必要な4個GPS衛星のみならず、それ以外の余剰な衛星信号をも積極的に利用することによりサイクルスリップをリアルタイムに検出・除去する手法を示す。第4章と同様に、まず、フィルタの更新残差から算出されるカイ自乗検定量に基づきサイクルスリップの検出と除去の処理(サイクルスリップ決定部I)を行う。次いで、余剰GPS信号を用いてサイクルスリップ決定部Iで修正した更新残差に対しサイクルスリップの検出と処理の2次処理(サイクルスリップ決定部II)を施す。2段階決定処理を行うことにより、大きなサイクルスリップのみならず±1〜±2搬送波波長分程度の小さなサイクルスリップをもリアルタイムに除去することが可能となる。シミュレーションの結果により、7個以上の衛星を観測できる場合には、95%の確率でサイクルスリップを除去することができる。 |