学位論文要旨



No 111145
著者(漢字) 沈,旭強
著者(英字)
著者(カナ) チン,キョクキョウ
標題(和) 段差基板上でのIII-V族半導体の分子線エピタキシャル成長に関する研究
標題(洋) Studies of Molecular Beam Epitaxial Growth of III-V Semiconductor on Nonplanar Substrates
報告番号 111145
報告番号 甲11145
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3389号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 河東田,隆
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 近年、微細量子構造の作製という観点から段差基板上へのMBE成長に関する研究が注目されている。本研究では、まず表面拡散をはじめとする成長素過程の解明と共に段差基板上での量子細線の作製を目的とし、-RHEED/SEM MBEおよび通常のMBE装置を用いて、段差基板上にIII-V族半導体を成長させ、成長層の形状を詳しく調べることにより原子の表面拡散現象の解明を行った。次にそれらの結果に基づいてV溝を形成した段差基板上で量子細線の作製を試みた。

 段差基板は通常のフォトリソグラフィと化学エッチング法によって形成した。基板の面方位、窓の方向及びエッチャントの種類を変えることによりいろいろな段差基板の作製を行った。まず、(001)上面と(111)A斜面の両方を持つV溝基板上にMBEで(Al,Ga)Asと(In,Ga)Asヘテロ構造を成長させ、その後成長層をSEMで評価し、形状の物質依存性及び形状から求めた原子の表面拡散距離について研究を行った。

 AlAsの成長においては、(111)A斜面と(001)面の境界付近でのファセット形成はあまり起こらず、境界付近での(001)面上の成長層厚さはほぼ均一となる。しかし、GaAsでは(411)ファセット面が現れ、境界からの距離に対し指数関数的に成長層の厚さが減少する。この成長層厚さの変化はGa原子が(111)Aから(001)面に溢れるために起こるものと考えられる。またV溝の底での成長層形状を調べたところ、AlAsは成長するに連れて、V溝の底が鋭くなること(resharpening効果)がわかった。GaAsにはこのような効果は無く、Ga原子が(111)A面から底の方向に拡散することにより新しい(001)面が現れる。このようなAlAsとGaAsの成長の振る舞いの違いを利用することにより、MBE法によりV溝の底に多重量子細線構造を作製することが可能であると考えられる。一方、同様に段差基板上に(In,Ga)Asヘテロ構造を成長し、超高分解能SEMによって調べたところ、In原子が結晶に取り込まれるまでの表面拡散長は非常に長く、成長温度に強く依存することがわかった。

 次に、-RHEED/SEM MBE装置を用いて、段差基板上でのGa原子の表面拡散距離を畑らが開発した方法を用いて測定した。この方法ではGaAsの成長速度の分布を境界からの距離の関数として実験的に測定し、この指数関数的変化から拡散距離を求める。本研究では、先ず(111)Aおよび(411)A斜面を持つ(001)面上で[110]方向におけるGaの結晶に取り込まれるまでの表面拡散距離をAs圧とGaフラックスを変化させ詳しく調べた。その結果、Gaの表面拡散距離はAs圧に強く依存し、PAs4-1に比例することが分かった。また、(411)A斜面から(001)面に流れるGaの横方向フラックスは(111)A斜面からのフラックスより大きいにもかかわらず、(001)面上でのGaの表面拡散長は変わらないことが分かった。このことよりGaの表面拡散の大きさはGaフラックスには依存しないものと考えられる。これを検証するため、Gaのフラックスを変え、実験を行った。その結果、Gaの表面拡散距離はGaフラックスには依存しないことが明らかとなった。

 次に、同様に(111)A-(001)InAs段差基板を用いて、In原子の表面拡散を調べた。その結果、基板温度が高い場合、またはAs圧が低い場合には、境界付近でのInAsの成長速度は境界から遠い所より大きくなることが分かった。これは(111)A-(001)GaAs基板上でのGaAsの成長と同じである。しかし、成長温度を下げていくと、境界付近でのInAsの成長速度は遠い所より低くなる。この現象はAs圧を高くすることによっても起こる。これは、In原子が(001)面から(111)A面に流れることを意味する。従って、横方向フラックスの方向も実験条件に強く依存する。また、In原子の拡散距離も成長温度に依存し、成長温度が高くなると拡散距離は長くなる。この依存性から求めたIn原子の表面拡散対する活性化エネルギーは0.86eVであった。さらに、Gaと同様、In原子の表面拡散距離はAs圧に強く依存し、PAs4-1に比例することもわかった。

 次に、(111)B-(001)段差基板上のGaの表面拡散を調べるために、2種類の段差基板を用意した。一つは斜面が(111)Bで、表面が(001)面であり、もう一つは、逆に斜面が(001)で、表面が(111)B面のものである。まず、(001)面上[110]方向に沿うGa表面拡散のAs圧依存性を調べた。それによると、高いAs圧では、Ga原子が(001)面から(111)B面に流れ込むが、As圧を一定の値以下に下げると、Ga原子の流れの方向は逆転し、(111)B面から(001)面に流れることが初めて実験的に明らかとなった。また、成長速度分布から得られた(111)B面及び(001)面上でのGa表面拡散距離はmのオーダで、(111)B面上での拡散距離は(001)面より長いことがわかった。また、そのAs圧依存性は、(001)面上ではP-1As4に依存し、(111)B面上ではP-2As4に比例することもわかった。さらに(001)面上において[10]と[110]方向でGaの表面拡散距離に異方性がないことも判明した。

 以上の結果を理解するために、原子が結晶に取り込まれるまでの寿命を導入し、一次元拡散方程式を用いて、表面濃度、表面フラックスを求めた。その結果、横方向フラックスの方向は原子が斜面上で取り込まれるまでの寿命と上面におけるそれの差で決まり、各面上での寿命はAs圧に依存性により方向が決定されることが結論づけられた。

 段差基板を用いて成長する場合では、横方向フラックスの量が非常に大きいため、(001)面上でステップエッジ端に流れ込むGaフラックスはAsフラックスより多い。このため、As原子がステップに来る前にGa原子はステップ端から外れ、次のステップに向かうものと考えられる。このようにしてGa原子は多くのステップを乗り越え、最後に結晶に取り込まれる。このように考えると、Ga又はIn原子の拡散距離がNeaveらの結果に比べると非常に長いことを説明できる。さらに、GaとInの拡散距離を決めているAs4の反応次数が2次であることから、(001)面上でのGa(In)の成長に際し、2個のAs4が衝突することによりAs原子が供給されることが示された。

 以上の実験結果を解析することにより、(111)Bと(001)面におけるGaの拡散係数の比Mを計算することができる。それを行った結果、Mは約140であることが明らかとなった。つまり、(111)B面上の拡散係数は(001)面より140倍大きいということが初めて示された。また、この実験範囲では、MはAs圧に依存しないことも示された。これは表面再構成構造が同じ場合、表面拡散係数はAs圧に寄らないことを示しているものと考えられる。

 AlAsの成長においてはresharpening効果がありV溝の底はAlAsを成長するにつれて鋭くになることを述べた。一方、Ga原子は(111)A斜面から底方向に拡散するので、底には三日月形状GaAs成長層が得られる。このAlAsとGaAsの成長の違いを利用することにより、V溝の底に多重GaAs/AlAs量子細線構造を試作し、断面SEM観察およびカソドルミネセンス(CL)によるで評価を行った。成長した試料のSEM断面写真によると、成長層の界面は非常に明瞭であり良好なGaAs/AlAsヘテロ構造が得られていることがわかった。V溝の底でのGaAsの形状は三日月状になっており、(140-160Å)x(400-500Å)の量子細線構造ができていることが分かった。この量子細線構造を16KにおいてCLにより評価した。このCLの像から、各波長で光る位置がわかるが、細線部分で795nmの波長の発光が起こっていることがわかった。この測定結果から、MBE法によりV溝の底に多重量子細線の作製が可能であることが明らかになった。

 MBE法は優れた膜厚制御性を持っているので、それを利用して、さらに細い量子細線構造の作製を行った。作製した量子細線構造の断面を超高分解能SEMにより調べたところ、V溝の底に幅は100Å以下と見られる非常に細い量子細線構造が形成されていることがわかった。作製した量子細線をフォトルミネセンス(PL)で評価したところ、77Kで3つのピークが現われた。先ず、736.5nm(1.685eV)の波長の位置に(001)面上での量子井戸からの発光が見られた。次に、約830nmのところに強いGaAsバルクからの発光ピークが観察され、さらに、717nm(1.731eV)のところにもう一つの発光ピークが観察された。これはV溝の底での量子細線からの発光と考えられる。計算によると、細線の有効幅は70Åであることがわかった。この結果はTEM観察の結果とほぼ一致している。また、細線からのPL発光について偏向依存性及びPL強度の測定温度依存性を測定したところ、量子細線の発光ピークの偏向依存性は非常に強く、強度も測定温度の上昇とともに強くなり、70Kのところで量大値に達することが分かった。これは細線内にキャリアの強い横方向閉じ込めが存在すること及び量子細線へのにキャリアの捕獲過程の存在を裏づけている。以上の評価から、MBE法を用いてV溝の底に非常に細い量子細線構造(約42Åx70Å)の形成が可能であることを示した。

審査要旨

 本論文は段差基板上で分子線エピタキシ(MBE)を行う場合、結晶に取り込まれるまでに原子がどのように拡散するかその素過程を調べ、この知識を用いてV溝底部に量子細線を形成したもので6章からなる。

 第1章は序論であり研究の背景、目的、意義について述べている。

 第2章では段差基板上での分子線エピタキシの振舞いを調べるため、GaAs(001)基板に(111)A斜面を持つV溝を作製し、ここにGaAs、AlAs、(In、Ga)Asを成長させ、その結果を高分解能走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて調べている。それによるとGaAsの場合、V溝の底には(001)面があらわれ底の形状は成長が進むにつれてますます鋭くなることを発見している。V溝の底が鋭くなることについて、有機金属気相成長(MOCVD)の場合にはすでに報告があるが、MBE法では困難であるとされていた。しかし、AlAsを用いるとこれが実現できることを世界的にもはじめて示している。また、(In、Ga)Asの場合にはGaAsと同じく底の形状が丸みをおび、鋭くならないことも発見している。

 また、このような成長の振舞いは各面における成長原子の表面拡散に起因しており、これを成長条件を変えつつくわしく調べる必要があることを指摘している。

 第3章では表面拡散の現象を詳しく調べるため、マイクロプローブRHEED/SEM MBE(-RHEED MBE)を用い、段差基板上の局所的な部分での成長速度をRHEED強度振動法により測定した結果を述べている。本章では特にIII族で終端した(111)Aおよび(411)A斜面と(001)面との間のGaの面間相互拡散をAs圧およびGa圧を変えながら詳しく調べている。この面間に関する表面拡散についてはすでに報告があるがAs圧依存性については詳しく調べられてはいない。実験によるとGaが結晶に取り込まれるまでの拡散距離incはAs圧に強く依存し、その-1乗に比例することを発見した。一方、Ga圧を変えてもincは変化しないことも見出している。

 また、同様の実験を(111)A-(001)InAs基板上のInAsのMBEについて行っており同様にincはPAS4-1に比例すること、従ってこの現象はGaのみならずIn等III族元素に共通であることを見出している。

 第4章では第3章と同様の実験を今度は斜面がV族で終端した(111)B面と(001)面の面間相互拡散について調べている。-RHEED MBEの場合、その構造上の問題のため表面拡散が測定できるのは上面にかぎられる。そのため(001)基板の場合斜面は(111)になりこの上での表面拡散距離は測定できない。本章ではこの問題を解決するため(111)B基板を用い斜面を(001)面とすることにより(111)B基板の拡散距離も調べている。

 先ず、(001)面と(111)B面間の拡散の場合、(001)面上の表面拡散は(111)A斜面と異なりAs圧を変化させると拡散距離のみならず、その方向までも反転することが明かとなった。また、測定されたincは(111)A斜面の場合と同様As圧の-1乗に比例していることを見出している。

 一方、(001)斜面と(111)B上面の組合せの場合には(111)B面上のincは(001)面上と異なりAs圧の-2乗に比例すること、この結果を用いて理論計算を行うことにより、(111)B面上の拡散係数は(001)面に比べ140乗も大きいことを発見している。

 第5章では以上の知識を利用してV溝の底に量子細線を形成する研究を行っている。AlAsを用いるとV溝の底が鋭くなることが第2章の研究の結果わかっているので、斜面を(111)A面に選び先ず、AlAsで鋭い底部を形成し、その上にGaAsを成長させることによりGaAsの細線構造を形成している。先ずMBE法を用いて4重の細線構造を作製し高分解能SEMによりそれ等の形状は3ヶ月形でその高さは14〜16nm、幅は40〜50nmであることを明かにしている。さらに、カソードルミネッセンスから確かにこの細線部からの発光があることを確認している。次に、さらに微細な線を形成する試みを行っており、これを高分解能SEMおよびフォトルミネッセンス法により調べ発光強度も強く発光に偏向依存性があることから約5nm×10nmの大きさの良好な細線構造が得られていることを結論している。

 以上、これを要するに本論文ではGaAsおよびInAs段差基板上におけるIII族原子の表面拡散をマイクロプローブRHEED/SEM MBEを用いて調べ、拡散距離および拡散方向のAs圧依存性を明かにし、これを解析することにより成長の素過程に対するモデルを提案するとともにV溝内にMBE法を用いて量子細線を形成することに成功したもので、電子工学に貢献するところが多大である。

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻における博士の学位論文審査に合格したものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1868