内容要旨 | | 通信網の構成には一般に,膨大な投資が必要であるだけでなく,網に対する将来需要や技術動向などの条件を考慮した上で,網の設計・計画を繰り返して行う必要がある.従来の通信網の設計法に関する研究では,網のトラヒック要求が単調に増加するという想定が大半であり,トラヒックの局所的な減少や変動のばらつきは考慮されることが少ない.短期な網設計を行うためには,このような局所的な変動を取り込んで,既存設備の有効活用が考慮されなければならない. 本研究では,網設計・計画,特に短期設計において,既存網の存在を考慮した網設計法を提案することを目的としており,パケット交換網(以下,パケット網)及びATM伝送方式を用いた高速広帯域網(以下,ATM網)を設計の対象とする. パケット網の設計法において,基本設計問題であるリンク容量割り当て設計を検討した後,得られた結果やアルゴリズムをフロー割り当て設計及びトポロジー設計に応用し,設計法を拡張していく.パケット網におけるリンク容量割り当て設計に関する研究は,従来から広く行われてきたが,本研究では,既存網という概念を設計問題に取り入れ,今まで考慮されなかった設計問題を検討する.以下,この問題をCA問題(Capacity Assignment Problem)とよぶ.網の短期設計において,既存設備の単位コストが一般に新設設備のそれより小さいため,網設備(リンク)のコスト関数が図1のようになる.図中に,Ciはリンクiの容量,Diはリンクiに対するコスト,C0iはリングiにおける既存の容量である.また,d0i及びd1iはそれぞれ既存及び新設リンク容量の単位コストであり,網の短期設計の場合,一般にd0id1iとなる. CA問題に対して,図1に示すコスト関数を用いて,パケットの遅延時間要求を満足し,かつ網コスト(総リンクコスト)が最小になるようにリンク容量を算出する.本研究では,リンクコスト関数が非線形かつ微分不可能であるため,このままでは従来の研究のようにラグランジュの乗数法を適用することができない.しかし,各々のリンクを次の3つの集合に適当に振り分けることによって,コスト関数がリンク容量に対して微分可能であると見なすことができるようになり,ラグランジュの乗数法が適用可能となる.ここで3つのリンク集合とは, である. 以上により,CA問題を解くための基本的なアルゴリズムが得られる.このアルゴリズムでは,全てのリンク集合の組合せを考慮するため,最適解が得られるが,計算量が非常に多いという欠点がある.具体的には,網内のリンク数がmであるとき,計算量がO(m.3m)となる. 上述の問題を解決するため,計算量の少ない計算アルゴリズムを提案する.計算アルゴリズムでは,リンクの集合を考慮し,算出したリンク容量の値とリンク集合との矛盾が生じるかどうかを調べ,矛盾があったところを除外する.提案したアルゴリズムは,最適解が与えられるだけでなく,計算量も非常に小さいため(測定によると,ほぼO(m)),大規模な網に適用できることがわかる. 提案した改善アルゴリズムを実際に,既存網を考慮したリンク容量割り当て設計問題に適用した結果,設計の解では,既存容量に固定されるリンクが存在し,特に既存設備の単位コストが小さくなると,このようなリンクが多くなる.これは,既存設備の有効利用が網設計に影響を与えることを示している. 次に,パケット網のリンク容量・フロー割り当て設計問題(Capacity Flow Assignment Problem:CFA問題)を検討する.実際に,CFA問題はCA問題とFA問題(Flow Assignment Problem:フロー割り当て設計問題)に分解できる.また,FA問題が一種の最短経路問題であるため,各リンクの"長さ"を決定すれば,最短経路アルゴリズムを適用して解くことができる.このとき,リンクの長さが,CA問題で得られた網コストのリンクフローに対する微分となる.すなわち,リンクフローの増分による網コストの増分を最小化することが設計の目的である.FA問題を解くときに,CA問題のためのアルゴリズムが採用されるため,結果的にはCFA問題を解くことになる. CFA問題を解くアルゴリズムにおいて,様々な初期トポロジーを設定し,必要のないリンクを網から除外して得られる最小コストの結果が最適な網トポロジーとなる.従って,この方法でパケット網のトポロジー設計問題を解くことができる.設計アルゴリズムに対する有効な初期トポロジーとして,完全グラフが挙げられる. 一方,既存網の影響を考慮したATM網の設計に関しては,本研究では,従来提案された設計法と異なる容易なかつ一般の通信トラヒックに応用可能な設計法を提案する.また,網を設計する際,一般にATM網のモデルでは,通信局間におけるトラヒック制御を容易に行うため,各通信局間に仮想的な経路(Virtual Path:VP)を設定する.本研究では,VP内に1種のトラヒックが収容されると仮定し,各VPの容量を独立に設計する.ATM網の設計は,大きく分けて次の3つの段階から構成される. 1.VP内の仮想回線(Virtual Circuit:VC)数の算出 2.VP容量の算出 3.VPの物理リンクへの収容設計 1の設計では,与えられた呼量に対して,通信の呼損率が許容値以下になるようにVC数を求める.この段階の設計が従来の回線交換網の回線数設計のように行える.これによって,アーランB式を用いてVC数を算出する.得られたVC数がVPに多重化される回線数を示している. 2の設計では,セルの遅延時間及び棄却率といった通信品質を満足するように,VPの容量を算出する.この段階の設計において,VPをG/D/1/Kの待ち行列にモデル化し,解析を行った後VPの容量を求める.ただし,待ち行列解析を行う際,入力トラヒックにおけるセルの到着確率pk(t)(時間間隔t内にk個のセルが到着する確率)を求めなければならない.しかし,一般の到着過程,特に,バースト性を表すものに対してpk(t)を求めることは非常に困難であり,また,計算量が多いため,容易に計算できる近似法が必要となる.本研究では,まず,以下のような確率過程を"基本的な過程"として定義する. 1.P:ポアソン分布による到着過程 2.D:単位分布による到着過程 3.Z:到着のない過程 ATM網に対するバースト性を表すセルの到着過程は一般に複数の状態から構成され,それぞれの状態における確率過程が上述の基本的な過程であることがわかる.例えば,ON-OFFモデル=D+Z,IPP=P+Z,N状態-MMPP=などである.以上を利用して,入力トラヒックの到着確率が近似できる.IPPの場合について,到着確率が次のように算出できる. ただし,1/及び1/はそれぞれIPPのONとOFF区間の平均時間であり,及びはそれぞれ基本的な過程であるP及びZの到着確率である. また,一般のN状態で構成される確率過程の到着確率が次のようになる. ただし,riは状態i区間の平均時間,p(i,k)は状態iにおける基本的な過程のpkである. 以上の近似法を厳密計算法と比較すると,精度が非常に高いだけでなく,各々の基本的な過程のpkが簡単に計算できるため,計算量が非常に小さいことがわかる. 以上をまとめると,本研究で提案するVP容量の設計法は次のような性質をもっている. 1.G/D/1/Kの解析によって,従来のような限られたトラヒックに対する設計法と異なり,一般の通信トラヒックに対応できる方法である. 2.pkの近似法によって,設計法の計算量が小さいため,大規模な網に適用することができる. 2の設計段階で得られた各局間のVP容量を用いて,網コストが最小になるように,VPの物理リンクへの収容設計を3の段階で行う.この段階において,物理リンクのコスト関数が線形,非線形の他に,既存網を網設計に考慮するために,図1に示すようなコスト関数を用いる.3の設計問題は,一種の最短経路問題であり,パケット網のフロー割り当て設計問題を解くアルゴリズムが利用できる.既存網を考慮したATM網の設計結果より,パケット網と同様に,既存設備の有効利用が設計の前提であることがわかる. 図1:既存/新設設備のコスト差を考慮したリンクコスト関数 本研究の結果及び結論として,以下のようなことが挙げられる. 1.本研究で提案した通信網の設計法を実際の網に適用すると,既存設備の有効利用を考慮した網設計を行うことができる. 2.提案した網設計法の計算量が小さいため,大規模な通信網に適用できる. |