本論文は「非周期回折格子を利用した光導波路素子」と題し、非周期回折格子の新しい最適設計法、及び光通信、光情報処理における光導波路デバイスへの応用をまとめたものである。 様々な波面変換の機能をもつ光回折格子は、光通信、光情報処理システムに欠かせない光導波路素子を実現するための重要な要素である。近年、光通信、光情報処理は超高速化、大容量化の方向へ進展しつつあり、これを支える光導波路素子の高性能化と多機能化が要求される。例えば、波長多重光通信システムにおいては、広い波長可変幅を有する半導体レーザや波長多重選択フィルターなどが必要となり、大容量光記録の光源としては、擬似位相整合第二高調波発生素子への期待が高い。しかし、従来の周期的な回折格子ではこれらの高機能素子への多様な要求を十分満足できなかった。 本論文の目的は、上記を背景として、導波路回折格子素子の高性能化および新しい光機能素子の実用化を目指すことであり、そのために、不規則周期構造を有する回折格子の新しい最適設計法を開発し、光通信、光情報処理システムにおける光導波路素子への適用を検討することである。 本論文は6章と付録よりなっている。 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、および本論文の構成について述べている。 第2章は、「導波路回折格子の概観」と題し、導波路回折格子の基礎理論、回折格子の反射特性の解析、回折格子の作製方法、および光デバイスへの応用をまとめている。特に、回折格子の最近の応用分野を中心に取り上げている。 第3章は、「非周期導波路回折格子の最適設計」と題し、本研究で新たに開発した非周期導波路回折格子の最適設計法について解説している。従来の周期的な回折格子にランダムな位相変調を加えると、回折格子の反射率の波長依存性を変えることができる。シミュレイテッド・アニーリング(Simulated Annealing)法を用いて、バイナリな変調関数を最適設計することにより、必要な反射特性が得られる。具体的には、値が小さい程望ましい反射特性になるようにコスト関数を定義し、その最小点を探し出すことにより、最適な変調関数が設計される。例として、広帯域波長可変DBRレーザに必要な反射スペクトルを設計した結果を示している。最近報告されたサンプルド回折格子の反射特性と比べ、反射率の強度と反射率の均一性がともに大幅に改善されることを示している。さらに、従来の周期的な回折格子では実現できない様々な反射スペクトルの設計を行い、新しい設計法の有効性を確認している。この手法は簡便かつ柔軟であり、複雑な機能を有する様々な光導波路回折格子素子の設計に適用できる。 第4章は、「マルチレベル位相シフト回折格子の最適設計」と題し、中心非対称な反射スペクトルを得るための最適設計法について述べている。3章で用いたバイナリな実数変調関数のかわりに、複素数の変調関数を用いて設計することにより、非対称の反射スペクトルが得られることを示している。さらに、設計自由度に関連するパラメータを変化させながら設計を行い、設計自由度の反射特性への影響を明らかにしている。この章で得られた非対称反射スペクトルは、波長多重通信に不可欠な波長多重選択フィルターに利用できる。 第5章は、「広帯域疑似位相整合第二高調波発生」と題している。最適分極反転構造を利用した広帯域疑似位相整合第二高調波発生(QPM-SHG)素子を提案し、それに関して、解析、設計、作製、および評価を行った結果について述べている。QPM-SHG素子は短波長小型コヒーレント光源として期待されているが、周期的な分極反転構造を利用したQPM方式では温度や基本波波長の許容度と変換効率を両立させるのは極めて難しい。本研究では、従来の周期的な分極反転構造にランダムな非周期性変調を加え、高いSHG変換効率を保ちつつ波長/温度許容幅を拡大する最適な不規則周期構造の設計を行っている。最適設計に基づくLiNbO3導波路SHG素子を作製し、素子の第二高調波発生チューニング特性を評価するとともに、理論計算との比較を行っている。それにより、実験データと理論予測は良く一致することを確認し、最適化QPM-SHG素子による高効率かつ広帯域の光第二高調波発生を実証している。設計した最適な分極反転構造は、差周波発生による波長変換素子にも直接適用することが可能である。 第6章は「まとめ」と題し、本論文の内容を簡潔にまとめている。 付録に第3、4、5章の最適設計に用いたプログラムをリストしている。 以上を要約すると、本研究は超高速大容量光通信、光情報処理における光導波路素子の高性能化を目指して、従来の周期的な回折格子の代わりに、非周期的な構造を有する回折格子の新しい最適設計法を開発し、広帯域波長可変DBRレーザ、波長多重選択フィルターなどに適用することにより、素子性能の大幅な向上が見込まれることを示している。さらに、小型短波長コヒーレント光源として有望な疑似位相整合第二高調波発生素子に対して、最適分極反転構造を利用した広帯域QPM-SHG素子を提案し、素子の設計、作製及び評価を行っている。本研究は、QPM第二高調波発生による短波長コヒーレント光源の実用化へ向けての基礎固めとなっている。 本研究でオリジナルに開発した非周期回折格子の最適設計法、その設計法のさまざまな光導波路素子への適用、そして、広帯域QPM-SHG素子の設計、作製、評価に関する研究は、光通信、光情報処理などの応用上へのインパクトが大であり、物理工学への貢献が大きい。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |