学位論文要旨



No 111150
著者(漢字) 伍,杰
著者(英字)
著者(カナ) ウー,ヂェ
標題(和) 非周期回折格子を利用した光導波路素子
標題(洋) Optical Waveguide Devices with Aperiodic Gratings
報告番号 111150
報告番号 甲11150
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3394号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 助教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 講師 志村,努
内容要旨 1.序論

 回折格子は光波面変換機能をもつ一方、集積にも好都合であるので、光変調器、光フィルタ、半導体レーザ始めさまざまな光エレクトロニクス素子に応用され、光通信、光情報処理分野に重要な役割を果たしている。

 光ファイバの広帯域幅の利点を生かし、通信速度及び通信容量をより一層増大するため、波長分割多重(WDM)通信方式の研究が進められている。WDM通信システムには様々な光部品が必要となると予想され、この中で、広帯域波長可変レーザ光源と、波長多重された光信号を分波する波長多重選択フィルタは、欠かさない重要な部品である。しかし、従来の回折格子ではこれらの高機能素子の多様な要求を十分満足できない。本研究では、導波型回折格子素子の高性能化および新しい光機能素子の開発を目的として、導波型回折格子の波長応答特性について詳しく分析し、従来の周期的な回折格子の代わりに、不規則周期構造を有する導波型回折格子の新しい最適設計法を開発した。この方法を用いて様々な反射特性を有する導波型回折格子を設計した。

 一方、高密度光記録の分野からの要請で、コンパクトな短波長コヒーレント光源の開発は重要な研究課題となっている。その中で、疑似位相整合光第二高調波発生(QPM-SHG)は短波長光源を実現する有望な方法と視されている。半導体レーザを基本波光源とするSHG素子の実用化には高変換効率と広い波長/温度許容幅が必要であるが、周期分極反転構造を利用するQPM-SHG素子では波長許容度と変換効率を両立させるのは極めて難しい。本研究では、従来の周期分極反転構造にランダムな変調を加え、高いSHG変換効率を保ちつつ波長/温度許容幅を拡大する最適な構造の設計法を提案した。さらに、LiNbO3基板に、その最適設計に基づくQPM-SHG素子と従来のQPM-SHG素子をともに作製し、素子の第二高調波発生チューニング特性の評価および比較を行った。実験結果と理論予測は良く一致、最適化QPM-SHG素子による高効率かつ広帯域の光第二高調波発生を実現した。

2.非周期導波型回折格子の新しい最適設計法2.1最適設計法

 導波型回折格子による光波の回折効果は、入射波および回折波の伝搬ベクトルと回折格子ベクトルの間に位相整合条件が成り立つ時最大になる。従って、周期回折格子の反射スペクトルはブラッグ波長を中心に分布している。回折格子の周期を変えることにより、中心波長が移動するが、分布関数は変わらない。高機能素子に必要な反射特性を得るため、チャープ型回折格子、/4位相シフト回折格子、サンプルド回折格子などが提案されたが、これらはあくまても周期回折格子に規則的な変化を導入するだけで、新しい光機能素子特性に対する多様な要求を必ず満たせるとは限らない。原理上、全ての回折格子線の位置を最適化すれば、理想的な反射特性を得ることができるが、実際では、導波路素子における回折格子線の数Nは1万本ぐらいであり、これらの可能な組み合わせの数が2Nという莫大な数字になるから、最適解を見つけ出すのは極めて困難である。

 本研究においては、シミュレイテッド・アニーリング(Simulated Annealing:SA)手法を用い、変調を介する非周期導波型回折格子の最適設計法を提案した。導波路における結合波方程式を用いて導波型回折格子の反射特性を詳細に分析した結果、従来の周期的な回折格子にランダムな変調を加えると、回折格子の反射率の波長依存性を変えられることが分かった。ここでは、周期的な回折格子を1と-1からなるバイナリ関数で変調し、SA法を用いて、この変調関数を最適設計することにより、必要な反射特性を得る。具体的には、値が小さいほど望ましい反射特性になるようにコスト関数C(x)を定義し、その最小点を探索することにより、最適な変調関数が設計される。変調関数は乱数列から始め、少しずつ乱数列の幾つかの要素をランダムに更新していく。この際、コストの低いほうへの変化はつねに許すが、高いほうへの変化は確率P=exp(C(x)/T)で許すようにして、更新を繰り返していく。温度Tを十分にゆっくり下げながら更新を繰り返すと、最終的に、C(x)は全域の最小点に収束してゆく。

2.2設計例

 例として、広帯域波長可変DBRレーザにおける導波型回折格子を設計した。図1(a)に示したように、ある波長範囲内のピーク反射率が均一でその範囲外のピーク反射率が十分小さい、という理想的な反射特性が得られた。V.Jayaramanらが報告したサンプルド回折格子の反射特性(図1(b))と比べ、反射率の強度が0.3から0.96まで増加し、反射率の均一性も77%から99%に改善された。また、異なった初期値からSAを3回行った結果、それぞれ違った回折格子パターンでしかも同程度良好な反射特性を得られた。

図1.最適化回折格子の反射特性(a)とサンプルド回折格子の反射特性(b)
3.非対称反射特性を有する回折格子の最適設計

 上述した最適設計では、変調関数がバイナリの実数であるので、変調した回折格子の反射スペクトルは対称なものしか得られない。そこで、開発した新しい設計法を拡張し、シミュレイテッド・アニーリングによるマルチレベル位相シフト回折格子の最適設計を行った。その結果、波長に対して中心非対称の反射特性を得ることもできた。これにより、波長分割多重通信に必要な波長多重選択フィルタを実現することが可能になる。なお、設計自由度を反映する、位相シフトのレベル数および変調関数の分割数の変調した回折格子の反射特性に対する影響を調べた。

4.最適分極反転構造を利用した広帯域疑似位相整合第二高調波発生3.4.1チューニングカーブ形状の解析

 周期で分極を反転させたQPM-SHG素子では、基本波の衰減が無視できる場合、SHG変換効率は、次式で表されるように、基本波パワーP1、素子長Lの自乗に比例する。

 

 上式から、素子長Lを1/N倍に短縮すれば、に対する許容幅がN倍になるが、同時にピーク変換効率は1/N2になってしまうことがわかる。許容幅を拡大するため、Barkerコードに基づく分極反転構造を利用する方法が提案されたが、ここでは別の方法として、従来の周期分極反転構造をランダムな変調関数f(z)で変調する。変調を加えた分極反転構造を有するQPM-SHG素子の変換効率は、次式で表わされる。

 

 変調関数を最適設計により、変換効率を保ちつつ波長許容幅を向上させる。

4.2.最適設計

 変調関数を評価するため、まず必要なSHGチューニング特性を考慮して、1)与えた変換効率の下でコスト関数の値が小さいほど波長帯域幅が大きくなるような、2)与えた波長帯域幅の下で変換効率が大きくなるような、3)ピーク変換効率と波長帯域幅との積が大きくなるような、三種類のコスト関数を定義した。コスト関数の選定が多様なニーズにあわせて、フレキシブルに対応できることは、応用上に極めて重要な意義がある。シミュレイテッド・アニーリング(SA)の手法を用いてコスト関数の最小点を探索することにより、最適な不規則周期構造が設計される。

4.3設計結果

 コスト関数の選択により、ピーク変換効率を優先する、波長帯域幅を優先する、または、両方とも考慮する様々の形のSHGチューニング特性が得られた。図2にはピーク変換効率と波長帯域幅との積を最適化した場合のチューニングカーブを示す。Barkerコードに基づく分極反転構造SHG素子と比べると、ピーク変換効率と3dB波長帯域幅との積は約8倍になる。この手法は差周波発生による波長変換素子の最適設計にも直接適用することができる。

図2.ピーク変換効率と波長帯域幅との積を最適化した場合のチューニングカーブ
4.4.素子作製

 LiNbO3基板の+Z面上に、最適設計した分極反転構造を有するQPM-SHG素子を試作した。厚さ10nmのTi薄膜をリフトオフでパターン化した後、高温(1050℃)処理による熱拡散で分極反転層を形成した。変調した分極反転構造の基本周期は18m、素子長10.8mとした。

 光導波路はプロトン交換・アニーリング処理により作製した。選択プロトン交換用マスクとして、6m幅の導波路パターンを転写したCr膜を用いた。プロトン交換は200℃の安息香酸に1.5時間浸して行ない、さらに酸素雰囲気中で450℃、75分のアニーリングを施し、基本波に対し単一モードの光導波路が得られた。同一基板上に同じ長さの周期QPM-SHG素子も同時に作製した。

3.4.5評価

 作製したQPM-SHG素子の波長許容幅拡大の効果を調べるため、外部共振器波長可変半導体レーザを基本波光源として用い、広い波長範囲にわたって第二高調波パワーを測定し、SHG変換効率の波長依存性、位相整合許容度などの特性を詳細に調べ、理論との比較を行なった。図3、図4はそれぞれ、周期QPM-SHG素子と最適化QPM-SHG素子との理論及び実験チューニングカーブである。同じ長さの周期分極反転構造SHG素子と比べると、最適化したSHG素子の波長許容幅は約13倍に広がり、変換効率の低下は1/7に抑えられ、波長許容幅13nm、変換効率29%W-1の第二高調波発生を実現した。実験結果は理論計算の予測と良く一致した。

図表図3、周期QPM-SHG素子の理論(a)及び実験(b)チューニングカーブ / 図4、最適化QPM-SHG素子の理論(a)及び実験(b)チューニングカーブ
3.5まとめ

 光通信と光情報処理の高速化と大容量化を目指して、導波型回折格子素子の高性能化に関する研究を行なった。従来の周期的な回折格子の代わりに、不規則周期構造を有する導波型回折格子の新しい最適設計法を開発した。最適設計には、シミュレイテッド・アニーリング手法を用いた。この方法を広帯域波長可変DBRレーザ、波長多重選択フィルタに適用し、素子性能の大幅な向上が見込まれることを示した。この最適設計法は設計自由度か高く、柔軟性があるなどの利点を持ち、多様な反射特性を有する導波型回折格子を設計することができる。

 また、短波長コヒーレント光源として有望な疑似位相整合第二高調波発生素子の実用化の課題に取り込んだ。従来の周期分極反転構造にランダムな変調を加え、高いSHG変換効率を保ちつつ、波長/温度許容幅を拡大するSHG素子の最適設計法を提案した。最適設計に基づくLiNbO3導波路SHG素子を作製し、そのSHG変換効率の基本波波長依存性を評価した。同じ長さの周期分極反転構造SHG素子と比べると、最適化したSHG素子の波長許容幅は約13倍に広がり、変換効率の低下は1/7に抑えられた。これを通じて新しい不規則周期反転構造SHG素子に関する知見が得られ、この構造を利用した小型短波長コヒーレント光源の実現へ向け、基礎固めが行えた。

審査要旨

 本論文は「非周期回折格子を利用した光導波路素子」と題し、非周期回折格子の新しい最適設計法、及び光通信、光情報処理における光導波路デバイスへの応用をまとめたものである。

 様々な波面変換の機能をもつ光回折格子は、光通信、光情報処理システムに欠かせない光導波路素子を実現するための重要な要素である。近年、光通信、光情報処理は超高速化、大容量化の方向へ進展しつつあり、これを支える光導波路素子の高性能化と多機能化が要求される。例えば、波長多重光通信システムにおいては、広い波長可変幅を有する半導体レーザや波長多重選択フィルターなどが必要となり、大容量光記録の光源としては、擬似位相整合第二高調波発生素子への期待が高い。しかし、従来の周期的な回折格子ではこれらの高機能素子への多様な要求を十分満足できなかった。

 本論文の目的は、上記を背景として、導波路回折格子素子の高性能化および新しい光機能素子の実用化を目指すことであり、そのために、不規則周期構造を有する回折格子の新しい最適設計法を開発し、光通信、光情報処理システムにおける光導波路素子への適用を検討することである。

 本論文は6章と付録よりなっている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、および本論文の構成について述べている。

 第2章は、「導波路回折格子の概観」と題し、導波路回折格子の基礎理論、回折格子の反射特性の解析、回折格子の作製方法、および光デバイスへの応用をまとめている。特に、回折格子の最近の応用分野を中心に取り上げている。

 第3章は、「非周期導波路回折格子の最適設計」と題し、本研究で新たに開発した非周期導波路回折格子の最適設計法について解説している。従来の周期的な回折格子にランダムな位相変調を加えると、回折格子の反射率の波長依存性を変えることができる。シミュレイテッド・アニーリング(Simulated Annealing)法を用いて、バイナリな変調関数を最適設計することにより、必要な反射特性が得られる。具体的には、値が小さい程望ましい反射特性になるようにコスト関数を定義し、その最小点を探し出すことにより、最適な変調関数が設計される。例として、広帯域波長可変DBRレーザに必要な反射スペクトルを設計した結果を示している。最近報告されたサンプルド回折格子の反射特性と比べ、反射率の強度と反射率の均一性がともに大幅に改善されることを示している。さらに、従来の周期的な回折格子では実現できない様々な反射スペクトルの設計を行い、新しい設計法の有効性を確認している。この手法は簡便かつ柔軟であり、複雑な機能を有する様々な光導波路回折格子素子の設計に適用できる。

 第4章は、「マルチレベル位相シフト回折格子の最適設計」と題し、中心非対称な反射スペクトルを得るための最適設計法について述べている。3章で用いたバイナリな実数変調関数のかわりに、複素数の変調関数を用いて設計することにより、非対称の反射スペクトルが得られることを示している。さらに、設計自由度に関連するパラメータを変化させながら設計を行い、設計自由度の反射特性への影響を明らかにしている。この章で得られた非対称反射スペクトルは、波長多重通信に不可欠な波長多重選択フィルターに利用できる。

 第5章は、「広帯域疑似位相整合第二高調波発生」と題している。最適分極反転構造を利用した広帯域疑似位相整合第二高調波発生(QPM-SHG)素子を提案し、それに関して、解析、設計、作製、および評価を行った結果について述べている。QPM-SHG素子は短波長小型コヒーレント光源として期待されているが、周期的な分極反転構造を利用したQPM方式では温度や基本波波長の許容度と変換効率を両立させるのは極めて難しい。本研究では、従来の周期的な分極反転構造にランダムな非周期性変調を加え、高いSHG変換効率を保ちつつ波長/温度許容幅を拡大する最適な不規則周期構造の設計を行っている。最適設計に基づくLiNbO3導波路SHG素子を作製し、素子の第二高調波発生チューニング特性を評価するとともに、理論計算との比較を行っている。それにより、実験データと理論予測は良く一致することを確認し、最適化QPM-SHG素子による高効率かつ広帯域の光第二高調波発生を実証している。設計した最適な分極反転構造は、差周波発生による波長変換素子にも直接適用することが可能である。

 第6章は「まとめ」と題し、本論文の内容を簡潔にまとめている。

 付録に第3、4、5章の最適設計に用いたプログラムをリストしている。

 以上を要約すると、本研究は超高速大容量光通信、光情報処理における光導波路素子の高性能化を目指して、従来の周期的な回折格子の代わりに、非周期的な構造を有する回折格子の新しい最適設計法を開発し、広帯域波長可変DBRレーザ、波長多重選択フィルターなどに適用することにより、素子性能の大幅な向上が見込まれることを示している。さらに、小型短波長コヒーレント光源として有望な疑似位相整合第二高調波発生素子に対して、最適分極反転構造を利用した広帯域QPM-SHG素子を提案し、素子の設計、作製及び評価を行っている。本研究は、QPM第二高調波発生による短波長コヒーレント光源の実用化へ向けての基礎固めとなっている。

 本研究でオリジナルに開発した非周期回折格子の最適設計法、その設計法のさまざまな光導波路素子への適用、そして、広帯域QPM-SHG素子の設計、作製、評価に関する研究は、光通信、光情報処理などの応用上へのインパクトが大であり、物理工学への貢献が大きい。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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