学位論文要旨



No 111157
著者(漢字) 向井,利春
著者(英字)
著者(カナ) ムカイ,トシハル
標題(和) 視触覚を用いた能動的センサフュージョンシステムの研究
標題(洋)
報告番号 111157
報告番号 甲11157
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3401号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 石川,正俊
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 中野,馨
 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 教授 森下,巖
内容要旨

 知能ロボットのように,未知,または限定された知識しか得られていない環境内でタスクを行なうシステムには,多くの,しかも種類の異なったセンサを使って,環境の情報を取り込む能力が必要不可欠である。このように複数のセンサを持ったシステムによって,単一のセンサからは得られない機能を工学的に実現しようという手法はセンサフュージョンと呼ばれ,近年盛んに研究されている。

 センサフュージョンで使われるセンサには様々な種類があるが,特に,空間知覚を得るためには,視覚と触覚が代表的に使われる。視覚は大域的だが粗く,触覚は局所的だが接触部分の正確な情報を得られるというように,視覚と触覚にはそれぞれ補い合う特徴があるので,組み合わせて使うことにより,より有効な対象のセンシングが可能となる。特に,触覚はその局所性ゆえに,有効に使うためには視覚の補助が必要である場合が多い。このように視覚と触覚を使ったシステムは視触覚融合システムと呼ばれ,対象認識などで研究されている。

 また,一般にセンサフュージョンシステムは,何らかのタスクを実現するというシステムの目的から,アクチュエータを備えていることが多い。例えば視触覚融合システムの多くでは,対象のハンドリングが最終目標として考えられ,マニピュレータやハンドを備えることになる。このようなシステムではアクチュエータを本来の目的に加えて,センシングを構成する一要素として使うことができる。特に,触覚センサはその局所性を補うために,アクチュエータと共に使われることが不可欠である。このようにアクチュエータをセンシングシステムの一部として利用する考え方はアクティブセンシングと呼ばれており,視触覚融合システムのように,触覚を用いるシステムでは必然的に生じてくる考え方である。

 これまでにいくつかの視触覚融合システムが製作されたり,シミュレーションが行なわれたりしてきたが,それらは視触覚融合システムが必然的に持つアクティブセンシングという面を有効に利用しているとは言い難い。わずかに,あらかじめ決められたいくつかの方向のどちらからなら触覚センサで対象に触れるかを視覚から求めて,触覚センサのガイドに使った研究や,対象認識で対象の確認のためにはどこを探索したら良いかを求めている研究があるが,触覚センサによってどこをどのように探索すれば効率的なセンシングができるかを自律的に求めるという問題はほとんど考えられていない。

 そこで本論文では,アクティブセンシングを利用した視触覚融合の方法を提案する。その中でも特に,触覚センサで探索する位置を系統的に求める方法に重点を置く。視覚でおおまかな情報を得た後に,より正確な対象認識や対象位置の計測を行なうためには触覚センサでどのような探索を行なえば良いかをセンシングの効率の面から求める。そのために,以下で述べるような提案を行なう。

 まず,複数センサからの出力の融合の方法を提案する。本論文で用いるセンサ位置選択の方法では,測定値の分散をセンシングに対する知識として使用する。センサ出力を融合し,それと同時にその値の分散を求める方法としてはカルマンフィルタが有名であるが,これはセンサのモデルに含まれるノイズの平均値が0であるという仮定をしている。その結果,観測を繰り返すと分散が限りなく0に近付いてしまい,本論文で用いる方法に適さない。そこで,複数センサの情報を融合する方法として,センサモデルのノイズの平均値にオフセットがあっても良い方法を提案し,本論文ではこれを使用する。

 次に,より良い観測を実現するためのセンサ位置の選択方法の一般論を提案する。ここでは,良いセンサ位置の基準として,まず,求めたい値の推定値の分散が小さいことを採用する。さらに,観測対象が複数ある場合を考慮し,これらの対象とセンサ出力の対応がとりやすいことをもう一つの基準とする。これらの基準からセンシングを行なう際に望ましいセンサ位置を求める。

 また,以上で述べた融合の方法と,センサ位置の選択方法を合わせて,視覚でおおまかに対象をとらえた後に,対象認識や対象の位置を求める際には触覚センサでどこを探索すれば良いかを求める方法を提案する。そのために,対象の3次元形状モデルを用い,この形状モデルが誤差を含んでいても使用できるような,一般的な方法を提案する。

 さらに,センサをアクティブに動かすことにより測定の状況をコントロールし,精度の良い計測を行なったり,逆問題を解き易くする方法を提案する。この方法の具体例として,フォース/トルクセンサにより対象との接触位置を求める方法と,CCDカメラ-マニピュレータ間の座標変換を求める方法が提案される。

 最後に,提案した方法をCCDカメラ,マニピュレータ,フォース/トルクセンサから構成される実験システムに実装し,そのシステムを使った実験により提案した方法の有効性を確認する。

 これらの研究によって,アクティブセンシングを効果的に利用した視触覚融合システムが構成できることがわかった。特に,触覚センサで探索する位置を視覚から求める方法が明らかになった。これにより,対象認識や対象の位置を求める際に,効率的なセンシングが行なえるようになった。

 なお,本論文で述べる手法は視触覚融合システムのために考えられたものであるが,センサフュージョンシステム一般への拡張は容易である。

審査要旨

 本論文は、「視触覚を用いた能動的センサフュージョンシステムの研究」と題し、7章より構成されている.知能ロボット等のセンサ情報処理では、複数のセンサ情報から有用な情報を抽出するためのセンサフュージョンの実現が必要となる.本論文は、能動的な情報獲得動作の導入を特徴とするセンサフュージョンのためのいくつかの手法を提案し、実際に視覚センサと触覚センサを用いた実験システムによって、それらの有効性を示したものである.

 第1章は序論であり、まずセンサフュージョンについて著者の考えを述べ、本論文に関連するセンサフュージョン、視触覚融合並びに能動的センシングの研究の現状について概説した後、本論文の目的と構成を記述している.

 第2章は、「観測ノイズがオフセットを持つ場合の融合値と分散の求め方」と題し、観測ノイズの平均値にモデル誤差等を原因としたオフセットがある場合に、そのオフセットを考慮した観測モデルに基づき、複数のセンサ情報を統合する方法並びにその際の推定値の分散を求める方法を提案している.この方法により、従来の手法の欠点であった、同一センサで観測を繰り返す場合に、推定値の分散が限りなく0に近づくという問題を解決し、より一般的な解を導くと同時に逐次的な計算方法も示している.

 第3章は、「センサ位置選択の一般論」と題し、観測に適したセンサの位置を選択する方法の一般論を述べている.ここでは、このようなセンサの位置を選択する基準として、拡張カルマンフィルタを用いることによって得られる推定値の共分散行列の行列式をもって定義した観測の推定精度の逆数と、複数の観測対象間のマハラノビス距離をもって定義した観測対象の分離度との和を用いている.この基準を用いた計算アルゴリズムを示すことにより、複数の対象に対して複数のセンサを効果的に配置する問題の一解法を示し、ターゲットトラッキングを例としたシミュレーションによってその有効性を示している.

 第4章は、「触覚センサによる接触位置の求め方」と題し、第2章並びに第3章で提案した2つの方法を用いることによって、視触覚融合システムにおいて、対象の認識や対象の位置の計測を行う場合に、視覚で得た大局的な情報を使って、触覚センサで局所的な探索を行う位置を求める方法を提案している.このような視覚センサと触覚センサの利用方法は、従来の研究にはない新しい視点を提供するものであり、能動的センシングの一例としても効果的な手法を提案している.

 第5章は、「逆問題を簡単化するアクティブセンシング」と題し、センサを能動的に動かすことにより、測定の条件をコントロールして高精度の計測を実現する方法を提案している.この方法は、ある意味で逆問題を解き易くする方法であると考えられる.また、この方法を用いた具体な例として、フォース/トルクセンサにより対象の位置を求める方法と、CCDカメラとマニピュレータ間の座標変換を求める方法を提案している.

 第6章は、第2章から第5章にわたって述べた方法を実際にロボットのセンサシステムに実装し、その有効性を示す実験について述べている.このシステムは、視覚センサとしてのCCDカメラ、触覚センサとしてのフォース/トルクセンサ、7軸のマニピュレータ等により構成されている.実験は、カメラとマニピュレータとの座標変換を求めた上で、触覚センサによってエッジの位置を求めると同時に視覚センサからの情報と融合させることにより、対象を認識し、対象の位置を求めるという課題で行われており、視覚センサ単体で行った場合に比べて、効率的で精度の良い結果が示されており、本論文で提案された方法の有効性が実験的に示されている.

 第7章は結論であり、本研究の成果がまとめられている.

 以上要するに、本論文は、能動性に着目したセンサフュージョンの理論的な整備を行うと同時に、実際にその理論を導入した視触覚融合システムを構成し、実験的にその有効性を示したものであり、センサフュージョンの研究に対して、いくつかの新しい視点を提供しており、関連分野の研究の発展に貢献するとともに、広く計測工学の進歩に対して寄与するところ大であると認められる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54455