学位論文要旨



No 111159
著者(漢字) 飯田,将雄
著者(英字)
著者(カナ) イイダ,マサオ
標題(和) 液面に衝突する上向き噴流の自励振動
標題(洋)
報告番号 111159
報告番号 甲11159
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3403号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 秋山,守
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 助教授 岡本,孝司
内容要旨 1.緒言

 水などの液面の下に噴流があり,液面と噴流が相互に影響しあう場合,双方が非線形性を持つため,液面や噴流の自励振動等の複雑な現象が起きることがある.

 液面と流れが存在する体系に関してこれまでに報告されている不安定現象としては,薄型直方体タンク側面から噴流が流入し,底面から排出される体系での自励スロッシング(1)等が挙げられる.また,液面ではなく物体に噴流が衝突する場合の現象としては,いわゆるエッジトーンが知られており(2),既に多くの研究報告がある.

 このほど筆者は,これまでに報告例のない噴流の自励振動現象を発見した.筆者が「ジェットフラッタ」と名付けたこの現象は,タンク底面から流入して自由液面に衝突している上向き噴流が,外力の作用なしに横方向振動するというものである.

 本研究の目的は,この新しい自励振動現象の特性を明らかにし,振動発生機構および既知の振動現象との関連を解明することである.そのため,体系条件を様々に変えて実験し,振動系およびエネルギー供給機構についての提案を行った.

2.実験装置

 本研究では,テストタンクおよび上向き噴流について,2次元性を持たせた矩形体系,および軸対称の円筒体系という,2種の実験装置を用いた.

 図1,2に,矩形体系と円筒体系のテストタンクの構造を示す.これらを用いて,表1に示したパラメータの組合わせについて実験を行った.

 各テストタンクへは,水位一定のヘッドタンクから流量計を通して水が供給される.タンク内液面の振動数は,タンク内壁近傍に取り付けた静電容量水位計での時系列水位データを,FFT解析して得た.また,矩形体系のタンク底面には,流入口を挾んで2つの電磁流速計を設置し,噴流による連行流速を計測した.

3.実験結果3.1矩形体系

 流入口から上向き平面噴流となって流入した水は,液面に衝突して隆起を生じる.流速がある下限を越えると,この液面隆起は図3のような噴流厚さ方向の振動を始める.周囲の液面には,振動に伴って波が発生するが,定在波とはならない.

 矩形体系AおよびBの,振動発生領域を図4に,振動数をそれぞれ図5,6に示す.網掛け又は斜線の部分が振動発生領域である.領域周囲の実線は非振動領域との境界,実線のない境界は実験装置の限界を示す.

 矩形体系AおよびBにおける自励振動の振動数は,図中に実線で示した次式で近似される.

 

 式(1)にみられる振動数のh依存性はスロッシングとは明らかに異なり,この振動がスロッシングとは別個の現象であることを示している.そしてこの振動数の表式は,図7のように液面からの距離hで連通された,連通タンク内流体の固有振動数と同じである.

 噴流が振動している条件で,噴流による連行流速の測定結果を図8に示す.連行流速は,噴流の振動に同期し,かつ噴流の左右で逆位相で変動している.

 筆者は,噴流がはためくように振動していることから,この新しい噴流振動現象を「ジェットフラッタ」と名付けた.

 図4,5,6では,振動発生領域と振動数の整理に,タンク水深Hではなく流入口-液面間距離hを用いた.その結果,同一のhに対してHには50mmの差があるにもかかわらず,矩形体系AおよびBについてほぼ同一のグラフが得られている.このことから,振動発生領域と振動数は,水深ではなく流入口-液面間距離によって支配されていることがわかる.

図表図1:矩形体系テストタンク / 図2:円筒体系テストタンク / 表1:各実験体系のパラメータの組合わせ / 図3:噴流の厚さ方向振動 / 図4:振動発生領域(矩形A,B)図表図5:振動数(矩形A) / 図6:振動数(矩形B) / 図7:連通タンク / 図8:連行流量の変動
3.2円筒体系

 矩形体系の場合と同様に,上向き円筒噴流の衝突によって液面には隆起が生じる.流速がある下限を越えると,この隆起液面は図9のような横方向振動を始める.隆起の周囲の液面には,隆起の振動と同期してスロッシングする場合(図9a,b),複雑な波を形成する場合(図9c),あるいは隆起とともにタンク内を回転する場合(図9d)などが見られた.

図9:振動の様相(円筒)

 円筒体系A,Bの,振動発生領域と振動数を図10,11に示す.振動発生の有無と振動数は異なる記号で表す.また,図の斜線部分は回転状態が安定してみられた領域である.

 円筒体系での振動数は,流入口-液面間距離と流速が増加するのに従い,離散的な値を遷移した.振動数遷移の境界部分には,2つの振動数が共存する領域が見られた.これら離散的な振動数の値は,観察されたスロッシングの振動数にほぼ一致した.

 図10,11では,振動発生領域の整理にタンク水深Hではなく流入口-液面間距離hを用いた.その結果,水深一定の円筒体系Aと水深を変化させた円筒体系Bで,振動発生の下限流速と振動数遷移についてほぼ類似のグラフが得られている.このことから,矩形体系の場合と同様に,振動発生領域と振動数遷移は水深ではなく流入口-液面間距離によって支配されていることがわかる.

図表図10:振動領域と振動数(円筒A) / 図11:振動領域と振動数(円筒B)
4.考察4.1矩形体系での振動系

 矩形体系でのジェットフラッタの振動数が式(1)の表式となることから,タンク内では図7の連通タンク状の振動系が成立していると考えられる.現実には噴流を横切る流というものはありえないが,タンク内の流れ場から平均成分を差し引いた変動成分に着目すると,図8に示した噴流両側での逆位相の連行流速変動は「見かけ上噴流を横切る流れ」とみなせるはずである.この見かけ上の流れによって,矩形タンク内に連通タンク振動系が成立していると考えられる.

4.2噴流がタンクを仕切らない場合の振動系

 噴流がタンク中央のみに存在する円筒体系においても,噴流近傍のごく局所的な領域で連通タンク振動系が成立していると考えられる.一方,円筒体系のタンク内には,噴流周囲の液面付近を流れることで液位差回復を行なえる流れが存在しうる.これはスロッシングにほかならず,こちらのほうが見かけ上噴流を横切る流れより圧倒的に大きいため,噴流の振動はスロッシングに引きずられ,同期して振動することになる.これにより円筒体系での自励振動は,振動発生条件を定める連通タンク振動系と,振動数を定める噴流周囲の流体のスロッシングが連成したものと考えられる.すなわち,円筒体系の自励振動は,円筒タンクを共鳴器とした「共鳴器付きジェットフラッタ」といえる.

4.3円筒体系におけるスロッシングモードの選択

 円筒タンク内では様々なモードのスロッシングが存在できるが,円筒体系の自励振動では(1,n),0<nなるモードのみが発現した.噴流が周囲の流体と連成して振動するためには,噴流は周囲流体のスロッシングから横方向の力を受ける必要がある.さまざまなスロッシングモードのうち,噴流が無い場合に中心軸を横切る流れを持つのは(1,n)モードのみなため,これらが自励振動の連成モードとして存在できる.さらに,スロッシングは容器内流体の重力波の定在波であり,次数が高いものほどその流線は液面近くの狭い領域に集中する.流入口近傍でスロッシングにエネルギーが供給されるとすると,より高次のモードにエネルギーが供給されるためには,流入口は流線の多く存在するより液面に近い位置になければならないことになる.よって流入口-液面間距離の増加に従い,振動モードは低次に遷移すると考えられる.

4.4エネルギー供給機構

 液面に衝突した噴流は液面に隆起を作る.噴流が移動した場合,この隆起はすぐには消えず,ある時間をかけて液面上を拡散してゆくはずである.このとき,液面に残された隆起は液面上に付加された剰余質量とみなせる.この剰余質量は,液面を下方に押す働きがあると考えられる.

 ここで,噴流が両側液位差による圧力差によって変位するというモデル(3)を用いて噴流の流線を計算し,振動1周期において剰余質量が連通タンク振動系に対してする仕事を求めた.図12に,流入口-液面間距離および流入流速について,噴流が検査体積内の流体に対してする仕事の総和の大きさを計算したものを示す.図12において,左上の綱掛けの領域が仕事の総和が正になる領城である.この領域は,hの大きい部分を除いてジェットフラッタの発生領域と良く一致している.

図12:エネルギー供給領域
5.結論

 (1)液面に衝突する上向き噴流の自励振動「ジェットフラッタ」を観察した.

 (2)自励振動は,噴流の流入流速が,流入口-液面間距離によって決まるある下限値を越えると発生した.

 (3)矩形タンク内の上向き平面噴流の振動では,振動数は流入口-液面間距離と同じ深さで連通された連通タンク内流体振動に一致する.一方,噴流がタンク中心部のみにある場合にはタンク内流体のスロッシング振動数によって噴流は振動する.これは,「共鳴器付きジェットフラッタ」と呼ぶべきものである.

 (4)振動する噴流が液面に作る「剰余質量」が振動へエネルギーを供給するという機構を提案し,これによって振動発生領域を説明できることを示した.

参考文献(1)岡本孝司・班目春樹・萩原剛,日本機械学会論文集,57-535,C(1991),647(2)Curle,N.,Proc.R.Soc.,A216(1953),412(3)Nyborg,W.L.,J.Acoust.Soc.Am.,26-2(1954),174.
審査要旨

 液面と噴流が干渉し合う体系では、非線形性に由来する特異な現象が生じることがある。本論文は、下方から垂直に衝突する噴流が液面に局所的隆起を作るとき発生する噴流-液面系の自励振動に関するもので、この現象自体が論文提出者の発見によるものである。論文では、実験により明らかにした現象の特徴をまとめるとともに、振動系の構成すなわち振動数決定機構についての分析、振動へのエネルギー供給機構に関するモデルの提唱とその検証までが扱われており、全体は4つの章から構成されている。

 第1章は序論であり、ここでは研究の背景として高速増殖炉の設計合理化により流れと液面の相互作用の研究が重要となってきていることを述べるとともに、従来知られていた類似の現象すなわち流れと液面ないし流れと構造物の干渉による自励振動全般に関する研究の現状を整理し、論文の位置付けを明確化している。

 第2章は矩形体系での現象についての研究成果をまとめたものである。これは奥行方向には一様な2次元的流れとすることで単純化をねらったもので、矩形タンク中央下面から噴出する垂直上向き平面噴流は液面に衝突し、そこに局所的隆起を形成する。ある限界流速以上で噴流は左右に首を振り、液面隆起も振動する。論文提出者はこれをジェットフラッタと名付けている。噴流流速や水深、各種形状パラメータを系統的に変化させた実験を実施し、振動数が噴流で仕切られその流入口位置でのみ連結されたタンク内の液位振動すなわち液柱振動と同じになることを見出している。その理由については、噴流が連行する周囲流体の量が変動することで噴流両側の液体の見掛けの上での移動が起きることだとし、実測によりそれを確認している。次に発生条件を詳しく調べ、噴流流入口-液面間距離が長くなるほど噴流流速が速くなければ発振しないことなどを明らかとしている。振動の発生機構として、下方からの運動量供給で生じた隆起がその供給を失った後、剰余質量として残り、液柱に力を及ぼすことに注目したモデルをたて、それに基づく簡易解析を実施している。その際、底面圧力振動や隆起位置の振動などの同時測定を実施し、特にそれらの位相関係に着目して実験と解析を比較し、モデルの検証も行っている。解析結果が実験で得られた振動発生条件をよく説明できることから、想定したモデルが振動へのエネルギー供給機構を説明するものであるとの結論を導いている。

 第3章は円筒体系を用いた研究の成果をまとめたものである。矩形タンクで噴流流入口を奥行方向に狭めていくと流れは3次元的になるが、その場合でも振動は発生する。その極限の姿として円筒タンク中央に円形噴流のある体系を選び、実験を行っている。この場合には噴流の振動と同期して直径方向に1つの節を持つスロッシングが発生し、振動数はスロッシングの固有値となることを見出している。振動の発生条件の1つが噴流流速が流入口-液面間距離で定まる限界流速以上であることなどは矩形体系と同じであること、スロッシングのモードが噴流流速や流入口-液面間距離の増加とともに低くなることに着目して考察を行っている。そして噴流がタンクを完全に仕切るとき生じるジェットフラッタとスロッシングの連成を考え、ジェットフラッタが発生しようとするとき最も連成しやすいモードが選択的に現れると考えるとモードの遷移が説明できることを示している。この事実と従来より知られている共鳴器付きエッジトーン現象の性質との類推とにより、円筒体系での現象はジェットフラッタが連成で生じたスロッシングに振動数が引き込まれたものであり、エネルギーの供給はジェットフラッタであると結論している。

 第4章は結論で、本研究で得られた知見と今後の課題をまとめている。

 以上のように、本論文は液面に衝突する上向き噴流の自励振動について、現象の性質を実験により詳しく調べるとともに、振動数決定機構や振動へのエネルギー供給機構についてモデルを提案、検証したもので、工学および学術の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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