No | 111160 | |
著者(漢字) | 岩井,岳夫 | |
著者(英字) | Iwai,Takeo | |
著者(カナ) | イワイ,タケオ | |
標題(和) | 原子炉圧力容器鋼材の照射脆化機構 | |
標題(洋) | Mechanisms of Radiation Embrittlement of Nuclear Reactor Pressure Vessel Steels | |
報告番号 | 111160 | |
報告番号 | 甲11160 | |
学位授与日 | 1995.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第3404号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | システム量子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 原子炉の心臓部を収納する圧力容器に用いられている低合金鋼は、中性子の照射を受けることによって靭性が低下する。このように脆化した圧力容器は、加圧下熱衝撃などの異常な過渡事象において脆性破壊の危険性があるため、安全管理上あるいはプラントの寿命評価という観点において圧力容器の脆化程度を正確に評価することが必要である。このため監視試験や、データの統計解析による現象論的脆化予測式が用いられてきた。しかし原子力プラントの長寿命化に関連して実証データのない未知領域の予測が必要になることや、現象論的予測を上回る脆化が観測されたことなどから、最近では照射脆化の機構にまで遡って確実な物理的基礎に基づく予測法の必要性が認識されてきている。 脆化の機構に対する理解は近年着実に進みつつあるが、まだまだ充分ではない。マトリクスの硬化が脆化を引き起こし、転位の運動をピン止めする障害物が照射によって生成することによるということは広く認識されているが、その障害物の本質については未だ結論が出ていない。この脆化機構同定の困難さは、障害物のサイズが非常に小さく、透過型電子顕微鏡で検出不可能であることや、実用材料のもつ組成、組織の複雑さなどに起因する。このため、機構理解のためには特定の材料条件を抽出するための単純な合金系の使用や、種々の高感度の材料評価手法の利用が必要となる。また、その障害物生成のカイネティックスを調べる際には、高度かつ広範な照射条件の制御が必要になってくると考えられ、中性子照射よりもその点で優れているイオン照射の応用が有効となってこよう。 以上を背景に、本研究は材料条件を単純化したモデル合金や照射条件の高度な制御が可能なイオン照射法を用いたこの問題への基礎的なアプローチ手法を開発して、圧力容器鋼の照射脆化のミクロ機構を理解するための有益な情報を得ることを目的としている。 陽電子消滅法は透過型電子顕微鏡の検出限界以下の微小な欠陥、特に空孔型欠陥の検出に威力を発揮し、単一空孔さえも検出可能である。本章では、1m以下の表面層に限られる重イオン照射によって導入された損傷領域における陽電子消滅測定を行うために、可変エネルギーの単色陽電子ビームを利用した実験について述べる。 実験に使用した試料は鉄をベースに炭素、銅、ニッケルの含有量を変化させたモデル合金で、銅、ニッケルの含有量はほぼ実用鋼材中の値をカバーする範囲にある(表1)。この試料に対して、東京大学原子力研究総合センターの重照射研究設備のタンデトロン加速器を用い、3MeVのNi2+を563K(運転中のPWR圧力容器の温度)で0.001、0.01、0.1dpa、室温で0.1dpa(損傷ピークでの値、EDEP-1で計算)照射した。損傷量は実機の寿命末期の条件(10-2〜10-1dpa)とほぼ同等で、損傷導入速度は、実機の条件(〜10-11dpa)と比べて107倍程度と非常に大きく加速した条件となっている。 陽電子消滅測定は、筑波大学物質工学系谷川研究室の低速陽電子実験装置を用い、消滅線のドップラー拡がりを測定し、Sパラメータを求め、その入射陽電子エネルギー依存性を調べた(図1)。得られたこのS-EカーブをvanVeenらが開発した"VEPFIT"コードを用いて解析し、陽電子の捕獲速度およびSd(欠陥で消滅したときのSパラメータ)を求め、照射表面付近に生成した欠陥に関する情報を抽出した。Sdは欠陥1個あたりのfree volumeに対応して大きくなり、は欠陥数密度に比例する量である。 図2に563Kでニッケルイオン照射されたFe-0.1C-0.1Cuに対して測定されたS-Eカーブを示す。照射量の増大とともにSパラメータは増加し、照射によって欠陥が増加していることがわかる。563K照射材で得られたこのカーブに対してVEPFITを適用することによって評価されたSd/Sb(Sb:バルクで消滅したときのSパラメータ)の値を図3に、捕獲速度を図4に示す。Sd/Sb値から、欠陥は10個以下の空孔の集合体と推定される。銅の添加は捕獲速度を大きく増加させ、この効果は銅-空孔複合体の形成によると考えられる。また、同じ照射量(0.1dpa)でも室温照射の場合は563K照射の場合に比べて大きい空孔クラスターが生成し、そのサイズは銅濃度が大きいほど小さくなる。このように、本手法を用いてイオン照射による空孔クラスター生成に及ぼす成分、照射量、照射温度の効果を系統的に調べることに成功した。 前章で得られたミクロ構造変化とマクロな硬化過程との相関を明らかにし、また硬化の照射量依存性や照射後焼鈍による回復段階の測定を通して照射硬化を起こす機構に対する知見を得るためにイオン照射された材料表面の硬化測定を行った。 実験に使用した試料は、表1にさらにFe-0.1C-2.0NiおよびFe-0.1C-0.1Cu-2.0Niが加えられた。試料形状は3mm×0.2mm’のTEMディスクで、この試料に対して、2章と同じタンデトロン加速器を用い、4MeVのNi3+を563Kで0.001〜5dpa照射した。 硬さ測定は深さ約1m以内に限られる損傷領域内で圧子を停止させるために荷重は0.5g重を選び、照射面に垂直な方向に荷重をダイアモンド四角錐圧子にかけ、圧痕サイズを光学顕微鏡で測定した。試験温度は常温である。照射後焼鈍は真空炉中で行い、温度間隔は20Kで、各温度につき4時間の焼鈍を行った。 各試料ともに照射量の増大に伴って硬化が進行し、その照射量依存性は銅を含まない合金では成分にかかわらずほぼ(t)a(n:1/4〜1/2)で整理できる。陽電子消滅測定により評価された空孔クラスターの分布と硬化を比較すると、微小な空孔クラスターの転位運動の障害物としての強度は強くないことがわかった。一方銅を含む合金では含まない合金に比べて低照射量で硬化が顕著になり、高照射量側では飽和の傾向を示す(図5)。銅を含む合金では含まない合金では見られない照射後焼鈍による硬化が見られたことを考えると、照射硬化の機構としては銅の有無にかかわらず生成するマトリクス欠陥と、直接的な証拠はここでは得られていないが銅リッチなクラスターの少なくとも2種類が考えられる。マトリクス欠陥としては高照射量の純鉄で観察される転位ループの分布と硬化との対応が良いことから、バリヤー強度の弱い空孔クラスターよりは転位ループが硬化に対して支配的と推測される。 563Kでのイオン照射実験から、圧力容器鋼の脆化種として空孔クラスター、転位ルーブ(格子間原子型)、銅-空孔複合体、および銅リッチクラスターの生成が実験的に示唆された(図6)。 微小な空孔クラスターに関しては、カスケードからの直接の核生成の評価、および空孔の熱的な放出を支配する表面エネルギーの評価が望まれる。前者に対しては計算機シミュレーションや、PKAエネルギーを意識的に変化させた照射(自己イオン照射を含む)が、後者に対しては様々な照射-照射後焼鈍の組み合わせ望まれる。いずれの場合も陽電子消滅法が空孔クラスター分布の評価に有効である。 転位ループは単純な鉄合金系においては電子顕微鏡で容易に検出されるが、実用鋼材においては検出されていない。この原因は明らかになっていないが、不純物の効果、転位などのシンク強度の効果などが挙げられる。実用鋼材中の転位ループの有無はマトリクス欠陥の硬化への寄与を考える上で非常に重要で、シンク強度や不純物濃度を高度に制御した照射実験が必要である。 銅のクラスタリングは、照射により導入された過飽和空孔に起因する銅原子の照射促進拡散によって助長される。この拡散パラメータの導出が不可欠であるとともに、図6に示すような銅-空孔複合体との関連から、カスケード損傷が核生成に有効かどうか評価する必要がある。 さらにこれらの分布から脆化を予測するためにはそれぞれに対応した硬化モデルやバリヤー強度の評価が必要である。また、各々の寄与からトータルの硬化への重ね合わせ則も検討すべき問題である。これらの生成・成長は原理的にはカスケードからの直接生成速度、点欠陥あるいは溶質原子の流入フラックスとそれらの熱的な放出とのバランスで記述できる。しかしながら必要な物理定数の中には不確かなものも含まれているため、計算結果の不確かさにつながってしまう。 このように、機構論的脆化予測法を確立していくためには、生成する脆化種個々について分類し、さらにそれぞれの生成を支配するパラメータ抽出のための基礎的な実験あるいは計算が必要である。本研究で試行された実験手法はこうした基礎実験への発展的応用が見込まれる。 ・原子炉圧力容器鋼の照射脆化機構に対して、モデル合金やイオン照射などの基礎的な手段を用い、表面近傍におけるnm以下の微細な変化を評価する手法を開発した。 ・重イオン照射実験から圧力容器鋼の脆化種として微小な空孔クラスター、転位ループが生成し、銅を含む試料ではさらに銅-空孔複合体の生成が確認された。 ・微小な空孔クラスターは転位運動に対する弱い障害物である。高照射量で硬化に顕著に現れるマトリックス欠陥の寄与としては転位ループが支配的である。 ・これらの知見を実際の圧力容器鋼の問題に応用する手法についての考察を行った。 | |
審査要旨 | 軽水炉の圧力容器に用いられている低合金鋼は、中性子の照射を受けることによって靭性が低下し、脆化する。加圧下熱衝撃などの異常な過渡事象における圧力容器の破壊の防止やプラントの寿命評価のためには、圧力容器鋼脆化の程度を正確に予想評価することが強く要請されるようになっている。本論文は、現象論的脆化予測を上回る精度の高い照射脆化の予測法の開発のために、脆化のミクロ機構を明らかにし、これに基づいたマクロな材料脆化挙動の評価モデリングを構築するための基礎的研究を行っている。 第1章は序論であり、この研究の背景・目的が述べられ、原子炉圧力容器鋼に関する既往の研究成果がまとめられている。また、モデル合金による材料条件の簡略化と、照射条件の高度な制御が可能なイオン照射法を用いることによって、照射脆化のミクロ機構を理解し、圧力容器鋼の脆化評価を行うための有効なアプローチとなりうることを論じている。 第2章では、モデル合金を対象として、イオン照射によって形成される電子顕微鏡の検出限界以下の微小な欠陥と組織変化を低速陽電子ビームを利用した実験によって検出することを試みている。この実験ではイオン飛程と同程度の注入深さを持つ可変エネルギーの単色陽電子ビームによる消滅線のドップラー広がりを測定測定しており、陽電子の拡散を考慮したフィッティングを行うことによって、イオン照射による空孔クラスター生成に及ぼす成分、照射量、照射温度の効果を系統的に調べることに成功している。特に銅不純物量によって、欠陥クラスターの密度が増加し、サイズが小さくなることを見い出し、銅と空孔との複合体の形成を結論している。また、ニッケル不純物は、銅不純物との共存時にのみ欠陥クラスター形成を促進することを見出している。 第3章では、イオン照射されたモデル合金における表面硬さ変化を極微小硬度計によって調べ、第2章で明らかにしたミクロな構造変化とマクロな硬化と脆化過程との相関を明らかにすることを目的とした実験を行っている。銅を含まない合金では、硬化は照射量の1/4〜1/2乗に比例しており、陽電子消滅測定により評価された空孔クラスターの分布と比較することによって、微小な空孔クラスターの転位運動の障害物としての強度は強くないことを明らかにしている。一方、銅を含む合金では低照射量での硬化が促進され、高照射量側では飽和の傾向を示すことを明らかにし、照射後アニーリングによる硬化過程測定から、銅リッチの析出物が形成していることを示している。また、高照射量では、純鉄で観察される転位ループの分布と硬化との対応を見い出し、マトリクス欠陥としてはバリヤー強度の弱い空孔クラスターよりは転位ループが硬化に対して支配的であると結論している。以上の結果から、照射硬化とミクロな材料変化の相関に関する検討を行い、複数のマトリクス欠陥と、銅リッチな析出物形成を分離した硬化モデルが導きうることを示している。 第4章は、以上のモデル合金を用いた照射下のミクロ機構に基づき、圧力容器鋼の脆化を予測するモデルについて考察している。実験的に示唆された圧力容器鋼の脆化種である空孔クラスター、格子間原子型転位ループ、銅-空孔複合体、および銅リッチ析出物を取り上げ、軽水炉照射条件下での各々の生成過程について、定量的モデリングを構築する場合の課題について議論している。また、以上のミクロな欠陥について、転位に対するバリヤー強度の評価についてモデルの検討を行い、各々の寄与からトータルの硬化への重ね合わせ則について議論し、これらの生成・成長を統一的に記述するモデリングを提唱している。このような機構論的脆化予測法を確立していくためには、生成するミクロ脆化種の個々について生成を支配するパラメータ抽出のための基礎的な実験あるいは計算が必要であり、不足する物理定数の実験的検討を検討している。 第5章は結論であり、本論文の研究成果をまとめている。 以上を要するに、本研究では、新しい実験手法の組合せによって、圧力容器鋼の照射脆化のミクロ機構について新たな知見を導き、これをマクロな脆化予測につなげる試みを提示しており、照射脆化のモデリングと予測手法の開発に有益な情報を提供している。これは、システム量子工学、特に原子炉材料学に寄与するところが少なくない。従って、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54456 |