学位論文要旨



No 111161
著者(漢字) 宇佐見,剛
著者(英字)
著者(カナ) ウサミ,ツヨシ
標題(和) 再処理工程におけるネプツニウム及びテクネチウム等の酸化還元反応
標題(洋) Redox reactions of technetium and neptunium in reprocessing process
報告番号 111161
報告番号 甲11161
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3405号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 助教授 寺井,隆幸
内容要旨 序論

 ネプツニウム、テクネチウムはプルトニウム等と同様再処理工程中で複数の原子価をとり、その原子価によって移行挙動が変化する。Np-237,Tc-99は長寿命核種であり、処分の観点からも重要である。さらにこの2核種に関しては核種変換による短寿命化も期待されている。

 これに対して現在の再処理ではNpの原子価は共除染工程では主に燃料溶解時の条件によって、分配工程ではPu還元の為に加えられる還元剤の添加条件等によって決定されている。本研究はNpの原子価を制御する新たな手段を実験的に検討すると共に、両工程を通じてシミュレーションを行い、Npの挙動を制御してPu製品中に移行させることを目的とした。

 一方、Tcは他の元素との共抽出を通じて共除染工程で製品側に移行し、分配工程中では還元剤、亜硝酸分解剤及び硝酸と触媒的に反応してこれらを消費する。本研究ではテクネチウムの原子価の測定方法を開発し、必要な反応速度を求めることを目的とした。併せて速度定数の大きい反応に対応する抽出器の基礎実験とシミュレーションコードの開発も行った。

第1部再処理工程に拘わる反応の定量1.1低温におけるウランの光還元とネプツニウムの除染

 エタノールを添加せず、亜硝酸分解剤として予め加えられているヒドラジンを還元剤とした光還元の量子収率を室温から-25℃の範囲で測定した。水銀ランプを光源とし、430nmの光を2.5mWで照射した。初期U(VI)濃度1M、硝酸濃度2-6M、ヒドラジン濃度は0.01-1Mの範囲とした。照射量は何れの実験でも20J以下で、この範囲ではU(IV)濃度は照射量に対して直線的に増加した。量子収率は室温から温度が低くなるほど向上し-25℃では0.1程度となった。また-5℃、硝酸2Mでは、ヒドラジン濃度0.01M以下では量子収率はほぼ0であったが、濃度0.1M付近で急激に増大し、それ以上ではヒドラジン濃度の増加に伴なって量子収率もゆるやかに増大した。

 さらにPurexとは異なる除染方法である晶析を併用したウランからのネプツニウムの除染についても実験を行い、光照射によって除染係数が大幅に向上することを示した。

1.2オゾンを用いたネプツニウムの原子価制御

 ネプツニウムの酸化法のうち、オゾンによるNp(V)のNp(VI)への酸化を検討した。O2から製造されるO3はおよそ2000ppmで、総ての実験を通じて流量は20mL/mとした。Np溶液へのO3の直接の吹き込みではNp総量に対するNp(V)の比は吹き込み時間に対して直線的に減少し、減少速度は温度が低いほど大きいことが明らかになった。次にプロセス中で問題となるオゾン吹き込み停止後のNp(VT)→Np(V)の再還元の様子を求めた。還元速度は温度が高いほど大きく、還元は酸化に比べて非常に遅いため抽出工程の直前にオゾンの吹き込みを行った場合には抽出器内での再還元は問題とならないと考えられる。再還元が大気中の成分の溶液への溶解に伴なう反応であることもこの結果から示唆される。硝酸中でのオゾンの、分解に伴う濃度変化はd[O3]/d=K[O3]で示される一次反応であった。定数Kは0-1Mの範囲で硝酸濃度には依存せず〜0.48h-1であった。

1.3レーザーラマン分光法を用いたレニウムの反応速度測定

 テクネチウムの模擬物質として知られるレニウムの濃度測定の方法としてレーザーラマン分光を導入し、従来の溶媒抽出や発色などに比べて高速の原子価分析を行った。反応の対象はVII価からV価への還元剤として知られるチオシアン酸等とし、試料のReは金属単体を3Mの硝酸に溶解した。この実験で1024chのデータを得るのに要する時間は0.2秒、繰り返し測定の周期は1秒とした。光源にはアルゴンレーザーの514.5nmの発振線を、定量には536nmにピークを持つラマン散乱光を用いた。チオシアン酸の添加ではRe(VII)のラマン信号は1秒以下の急激な減少の後、10分程度かけて再び増加した。このことはRe(VII)が一旦還元されるものの暫く後には再び再酸化されてVII価に戻ることを示している。チオシアン酸はRe(V)と錯体を形成して発色を示すが、吸光度法で調べた結果では非常に速い反応でRe(VII)を還元して発色したチオシアン酸はその後ゆっくりと硝酸と反応して近い波長で発色した後に急速に分解されることが示されており、Re(V)と錯体形成したチオシアン酸の分解の結果としてRe(V)が不安定になって再酸化されていることが明らかになった。

1.4交流電場を用いた液液抽出装置の特性解析

 n-dodecaneで希釈した燐酸トリブチルをもちいた溶媒抽出システム中での水相硝酸の分散に交流電場を応用した。10%TBP中で交流電場によって微細化された液滴の分布は対数正規分布にのり、平均液滴径は0.02mmであった。この液滴径は核燃料再処理で現在用いられているパルスカラムの値のおよそ1/10である。10%TBPによるU(VI)の硝酸溶液からの抽出のバッチ試験では、抽出の効率が電場の周波数に伴って増大した。連続的な体系で行った実験では有機相製品への水相の随伴は流量に伴ってわずかに増大したが、随伴の割合は0.2%以下であることが分かった。有機相の電気伝導度の増加の為、交流電場の応用はTBP濃度が低いほど適していることが、実験結果より示された。

第2部再処理プロセスシミュレーションコードの開発とプロセス設計2.1シミュレーションコードの開発

 実験或いは文献中で得た最新の分配係数式、反応速度式を用いてPurexプロセス中の溶媒抽出工程のシミュレーションコードを開発した。このコードは硝酸,亜硝酸,U(VI),(IV),Pu(III),(IV),Np(IV),(V),(VI),Tc(IV),(V),(VI),(VII),Am(III),Cm(III),Zr,Ru,Cs,Sr,Nbと硝酸ヒドロキシルアミン(HAN)及びヒドラジンについて分配係数式と相互の酸化還元反応の速度を考慮している。ウランに就ては光化学反応による還元を、F.P.についてはDBPの影響をも考慮できるようにした。温度は1)熱交換器による強制的な温度制御 2)フィード温度と主要核種の抽出に伴う発熱・吸熱及び抽出器壁面での外界との熱交換のうちから任意のものを考慮できる。基本的に完全混合槽列モデルであるが抽出器の不完全性によるエントレインメントも模擬できる。隣接段との流出入と還流、ステージ内還流、ホールドアップの変動、化学反応による増減及び分配係数を含む連立微分方程式はルンゲクッタ法による繰り返し計算で解く。コードの検証では共除染工程での硝酸、U(VI),Pu(IV)の結果は非常に良く実験結果と一致しており、分配工程における硝酸、ウラン、プルトニウム、ネプツニウムについても同様の結果を得た。F.P.に就ては分配係数などのデータが少ないために実験結果からのずれは大きくなったが定性的な考察には十分利用できるという結果を得た。

2.2ウランの光還元を利用した非還元分配工程の改良

 非還元分配工程が低温で行われるという点に着目し、(1.1)で得たデータを基に光照射によって除染係数を向上させることを検討した。シミュレーションは16段のミキサセトラを想定し、照射を行う段と照射強度をパラメータにしてU製品中に混入するプルトニウムの濃度を調べた。プロセスの温度は第三相の形成を避けることを条件に5℃とした。光照射段に対して除染係数は大きな影響を受け、Pu,Np濃度が高い前半の段での照射が効果を上げず、僅かに残ったPu,Npに対して還元を行うことが効果的であるという結果が示された。15,16段への照射では生成したU(IV)が未反応のまま有機相と共に流出するため除染係数が低下した。照射強度の影響も大きく、U製品中のPu濃度の対数は0-2kWの範囲で照射強度に対してほぼ直線的に減少した。

2.3部分分配法の簡素化とネプツニウムの制御

 現在の再処理工程を修正することで、ウランとTRUをプルトニウム製品に適度に移行させ、MOX燃料と同じ組成の製品として取り出すのに適したプロセスを設計した。分配工程には18段のミキサセトラから成るU(IV)還元のフローシートを想定し、スクラブ流量、Puストリップ液流量、還元剤濃度などをパラメータとしてU製品中に含まれるPu,Npの濃度とPu製品中に含まれるU濃度を求めた。

 基のフローシートの還元剤に余裕がないため、還元剤濃度は主にプルトニウムによるウランの汚染に影響を与え、有効な操作にはならなかった。スクラブの流量の操作ではスクラブが10%まで減少した場合、ネプツニウムは70%がプルトニウム製品側へと移行し、プルトニウム製品中に占めるウランの比は85%となりMOXの組成と同じになることが示された。Puストリップの増加は基本的にスクラブ流量の減少と同じ効果をもたらしたが、後の蒸発工程の煩雑さを考えるとスクラブ流量或いはスクラブ段の削減がより好ましいと言える。

審査要旨

 本研究の目的は、使用済み核燃料の再処理工程において複雑な挙動を示すNpとTcについてその酸化還元挙動を実験的に調べ、かつその結果に基づく数値解析を行うことによりPurexプロセスの改良を行うことにある。

 論文は、第1章,序、第2章,低温におけるウランの光還元とNpの除染、第3章,オゾンを用いたNpの原子価制御、第4章,ルーザーラマン分光法を用いたReの反応速度測定、第5章,交流電場を用いたTBP-硝酸系での液液抽出、第6章,再処理プロセスシミュレーションコードの開発、第7章,Uの光還元を利用した非還元分配工程の改良、第8章,部分分配法の簡素化とNpの制御、第9章,結論、の9章から構成されている。

 第1章では、現在の再処理プロセスの概要とその問題点、及びTcとNpに関する既往の研究に言及している。

 第2章では、ヒドラジンを還元剤としたU(VI)の光還元の量子収率を室温から-25℃の範囲で測定している。照射強度は.5mWで、初期U(VI)濃度1M、硝酸濃度2-6M、ヒドラジン濃度は0.01-1Mの範囲である。量子収率は室温から温度が低くなるほど向上し-25℃では0.1程度となること、また-5℃、硝酸2Mの場合、ヒドラジン濃度が低いと量子収率はほぼ0であるが、濃度0.1M付近において急激に増大しそれ以上ではヒドラジン濃度の増加に伴なって量子収率もゆるやかに増大することが示されている。さらに晶析を併用したUからのNpの除染についても実験を行い、光照射によって除染係数が大幅に向上することが示されている。

 第3章では、Npの酸化法のうち、オゾンによるNp(V)のNp(VI)への酸化を検討している。Np溶液へのオゾンの直接の吹き込みではNp総量に対するNp(V)の比は吹き込み時間に対して直線的に減少し、減少速度は温度が低いほど大きいことが明らかにされている。オゾン吹き込み停止後のNp(VI)→Np(V)の再還元の還元速度は温度が高いほど大きく、還元は酸化に比べて非常に遅いことを示し、抽出工程の直前にオゾンの吹き込みを行った場合には抽出器内での再還元は問題とならないとしている。再還元が大気中の成分の溶液への溶解に伴なう反応であることも示唆されている。

 第4章では、Tcの模擬物質として知られるReの濃度測定の方法としてレーザーラマン分光を導入し、従来の溶媒抽出や発色などに比べて高速の原子価分析を行っている。光源にはアルゴンレーザーの514.5nmの発振線を、定量には536nmにピークを持つラマン散乱光を用いている。チオシアン酸の添加ではRe(VII)のラマン信号は1秒以下の急激な減少の後、10分程度かけて再び増加する。このことはRe(VII)が一旦還元されるものの暫く後には再び再酸化されてVII価に戻ることを示している。この結果と吸光度の測定から、Re(V)と錯体形成したチオシアン酸の分解によってRe(V)が不安定になって再酸化されていることを見い出している。

 第5章では、TBPを用いた溶媒抽出システム中での水相硝酸の分散に交流電場を応用している。10%TBP中で交流電場によって微細化された液滴の分布は対数正規分布にのり、平均液滴径は0.02mmであること、抽出の効率が電場の周波数に伴って増大すること、有機相の電気伝導度の増加のため交流電場の応用はTBP濃度が低いほど適していることなどを実験結果より示している。

 第6章では、硝酸,亜硝酸,U(VI),(IV),Pu(III),(IV),Np(IV),(V),(VI),Tc(IV),(V),(VI),(VII),Am(III),Cm(III),Zr,Ru,Cs,Sr,Nbと硝酸ヒドロキシルアミン(HAN)及びヒドラジンについて分配係数式と相互の酸化還元反応の速度を考慮したPurexプロセス中の溶媒抽出工程のシミュレーションコードを開発している。Uについては光化学反応による還元を、F.P.についてはDBPの影響をも考慮できるようにしており、温度については熱交換器による強制的な温度制御とフィード温度と主要核種の抽出に伴う発熱・吸熱及び抽出器壁面での外界との熱交換等のうちから任意のものを考慮できるようにしている。基本的に完全混合槽列モデルであるが、抽出器内でのエントレインメントも模擬し、還流とステージ内還流、ホールドアップの変動、化学反応による増減及び分配係数を含む連立微分方程式を繰り返し計算で解いている。コードは共除染工程での硝酸、U(VI),Pu(IV)とF.P.、分配工程における硝酸、U、Pu、Npについても実験結果との比較による検証を行い、良い一致を示している。

 第7章では、非還元分配工程が低温で行われるという点に着目し、第2章で得たデータをもとに光照射によって除染係数を向上させることを検討している。シミュレーションは16段のミキサセトラを想定し、照射を行う段と照射強度をパラメータにしてU製品中に混入するPuの濃度を温度5℃の条件で調べ、後半の段で僅かに残ったPu,Npに対して還元を行うことが効果的であるという結果を示している。照射強度の影響も調べ、U製品中のPu濃度の対数が0-2kWの範囲で照射強度に対してほぼ直線的に減少することを示している。

 第8章では、現在の再処理工程を改良することを目的に、UとTRUをPu製品に適度に移行させ、MOX燃料と同じ組成の製品として取り出すのに適したプロセスを設計している。分配工程には18段のミキサセトラから成るU(IV)還元のフローシートを想定し、スクラブ流量、Puストリップ液流量、還元剤濃度などをパラメータとしてU製品中に含まれるPu,Npの濃度とPu製品中に含まれるU濃度を求めている。還元剤濃度を必要量とほぼ同量に抑えることでPuの除染を行いながらNpを還元してPu製品側に移行させうること、スクラブが10%まで減少した場合にはNpは70%がPu製品側へと移行し、プルトニウム製品中に占めるUの比は85%となりMOXの組成と同程度になることなどを明らかにしている。

 第9章は結論であり、各々の章に示された成果がプロセスの改良に対して有効であると結論している。

 以上を要するに、本研究は、核燃料再処理プロセスの改良に役立つ多くの有益な知見を得ており、システム量子工学とくにシステム設計工学に寄与するところが少なくないと判断される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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