学位論文要旨



No 111162
著者(漢字) 河合,浩志
著者(英字)
著者(カナ) カワイ,ヒロシ
標題(和) 大規模有限要素法解析支援システムの開発
標題(洋)
報告番号 111162
報告番号 甲11162
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3406号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 助教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 奥田,洋司
内容要旨 1.はじめに

 数値解析を理論、実験と並ぶ手法として確立するために、そのユーザーインターフェイスの大幅な改良が必要とされる。数値解析過程をシステムとして捉えた場合,ユーザー・システム間の入出力情報は基本的には物理現象を表わすモデルであるべきである。物理現象のモデルとは、解析対象となる形状と、形状に分布する各種物理量、そしてそれら各種物理量同士の関係を表わす方程式(偏微分方程式)の組み合わせである。現実には、有限要素法解析の場合について、形状はメッシュ、物理量分布はメッシュに付随する数値群、そして方程式は解析プログラムとしてモデル化されなければならない(Fig.1参照)。取り扱う物理現象の複雑化に伴って、これら三者の関係はより密接なものとなる。それにより、以上のモデル化作業で要求される労力は、無視できないほど大きなものとなる。

Fig.1 User Inter face of Finite Element Analysis

 理想的な数値解析システムでは、以上の作業が極限まで自動化されるはずである。ユーザーは解析形状を入力し、形状の各部分に対し、作用する物理量分布(初期、境界条件)と、物理量同士の関係を示す方程式とその中で用いられる定数群(材料物性値)を指定する。次にユーザーは、解析によって求められつべきもの(解析結果)を、形状に基づいて指定する。その他の作業はすべて自動化される。物理現象の方程式群と各解析条件の取り扱い方は解析プログラムに変換される。一方、形状はメッシュに変換され、解析条件をメッシュに張り付けることによって解析プログラムの入力情報が生成される。解析を制御する各手法とパラメータは、知識処理やアダプティプ制御により、自動的に最適化される。解析された物理現象は、それがあたかも実際に実験されたかのような形で可視化される。

 このような解析システムを実現するためには、形状モデルと解析プログラム入出力情報との間の自動変換技術と、物理現象表現から解析プログラムへの自動変換技術が必要となる。前者は自動要素生成、解析結果可視化技術を始めとする各種プレポスト処理技術の進歩により、十分実現可能であると思われる。一方、後者は、物理現象表現の計算機上でのモデル化と、それからのソースコードの自動生成という技術的に困難な課題を抱えているが、近年のソフトウェア工学の進歩により、徐々に可能となりつつある。本研究では、前者に対し、仮想現実感技術を利用した「メッシュの見えない」プレポストプロセッサを開発した。また、後者に対しては、オブジェクト指向CASE(Computer Aided Software Engineering)技術に基づくソースコード自動生成を開発した。

2.仮想現実感技術によるプレポストプロセッサ

 数値解析に対して解析者が抱く理想的なイメージは、解析対象となる形状と解析条件とから、指定の計算機資源・時間の許す範囲で必要十分な精度の解析解を求める、というものであると考えられる。これを忠実に再現するためには、「メッシュの見えない」有限要素法解析支援システムが必要となる。本研究では、出力デバイスとして立体視ディスプレイ、入力デバイスとして三次元マウスを用いて、「メッシュの見えない」統合型有限要素法解析支援システムを開発した(Fig.2,Fig.3参照)。

図表Fig.2 Hardware Configuration / Fig.3 Finite Element System Configuration
3.オブジェクト指向CASE技術による有限要素法解析コードの自動生成

 有限要素法解析を用いてより現実的な解析を行う場合、解析規模の巨大化は必然となってくる。より詳細な形状モデルや解析条件を表現する場合だけでなく、より高度な解析手法(たとえば、動的問題、非線形問題、連成問題)を選択した場合においても、それがより高精度を解を要求するために、きわめて巨大な有限要素モデルを扱わなければならなくなる。

 このような有限要素解析システム、特に解析コード自身を開発するためには、

 1)多分野・非線形性・時間軸変化を扱うためにより高度な計算力学手法を採用する

 2)大規摸化を達成するためにより高速な計算手法を採用する

 3)多種類の高速計算機環境への移植性を確保する

 といった、3つの条件を同時に満足させる必要がある。本研究では、オブジェクト指向ソフトウェア工学技術を有限要素法解析コード開発に導入し、CASEツールを開発した(Fig.4参照)。

Fig.4 Software Engineering Processes of Finite Element Analysis Code
4.おわりに

 まず、形状モデルと解析プログラム入出力情報との間の自動変換に関して、立体視ディスプレイと三次元マウスを用い、「メッシュの見えない」有限要素法解析システムを仮想現実感環境上に構築した。

 1)従來のメッシュを基礎とする「有限要素モデル」の代わりに、形状を基礎とする「解析モデル」を直接の操作対象としてユーザーインターフェイスを再構築した。

 2)解析者がメッシュを一切気にせずに作業を行えるよう、アダプティブ・リメッシングによる自動解析機能を採用した。

 3)リアルタイムで可視化操作を行えるよう、解析規模に対話速度が依存しない物理量分布可視化技術を採用した。

 つぎに、物理現象表現から解新プログラムへの自動変換に関して、有限要素法解析コード開発のためのオブジェクト指向CASEシステムを開発した。OMT記法と有限要素法向け仕様記述言語を用いて、各種構造解析問題を記述した。さらに、これをもとにワークステーション、ベクトルスーパーコンピュータおよび超並列計算機など、各種高速計算機向けに最適化されたソースコードを自動生成できるようにした。

審査要旨

 本論文では、「大規模有限要素法解析支援システムの開発」と題し、数値解析を理論、実験と並ぶ手法として確立するための次世代の大規模数値シミュレーション・ソフトウェアの開発について述べている。

 第一章は序論であり、ここでは、有限要素法解析を中心とした数値解析技術の現状とその問題点、および、将来的に必要となる知的シミュレーションという概念について説明したのちに、以上の流れに対する本研究の位置付けを行っている。また、大規模三次元有限要素法解析作業の効率化のために、解析形状とそれに付随する物理量より表現される解析モデル、実際の有限要素法解析ソフトウェアの入出力情報(有限要素モデル)との間の自動変換技術、および、物理現象モデルから解析ソフトウェアを自動生成する技術とが共に必要となることを強調している。

 第二章では、解析モデルと有限要素モデルとの間の自動変換技術に関して、三次元大規模解析のための「メッシュの見えない」有限要素法解析用プレポストプロセッサの、立体視ディスプレイと三次元マウスによる仮想現実感環境上への構築について述べている。特徴としては、まず、従来のメッシュを基礎とする有限要素モデルの代わりに、形状を基礎とする解析モデルを直接の操作対象としてユーザーインターフェイスを再構築している。次に、解析者がメッシュを一切気にせずに作業を行えるよう、アダプティブ・リメッシングによる自動解析機能を採用している。さらに、リアルタイムで可視化操作を行えるよう、解析規模に対話速度が依存しない物理量分布可視化技術を採用している。

 第三章では、物理現象モデルから解析ソフトウェアを自動生成する技術に関して、オブジェクト指向手法に基づく計算機援用ソフトウェア工学(CASE)ツールを用いて、より高レベルな表現を用いた有限要素法解析に関する設計情報の記述から実際の解析コードを直接自動生成することを提案している。Object Modelling Technique(OMT)記法と有限要素法向け仕様記述言語を用いて、各種構造解析問題を記述し、さらに、これをもとにワークステーション、ベクトルスーパーコンピュータおよび超並列計算機など、各種高速計算機向けに最適化されたソースコードを自動生成できるようにしている。

 本論文では、次世代の数百万自由度級の有限要素解析を実現するために、解析者から計算機ハードウェア、ソフトウェアに関する複雑な知識、作業を隠匿し、解析作業を効率化するための各種自動化技術について述べている。これらの利点は、工学分野一般において大規模数値シミュレーション技術の実用化を促進するうえで、工学に貢献するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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