学位論文要旨



No 111164
著者(漢字) 後藤,正治
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,ショウジ
標題(和) 気液二相流の過渡特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 111164
報告番号 甲11164
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3408号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,守
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 奥田,洋司
内容要旨

 気相と液相が共存して流れる気液二相流は、日常よく見られる現象であるが、その流動現象は、気相と液相が相互作用して流れるためかなり複雑である。

 沸騰や凝縮を伴う気液二相流は、多くの動力プラント、化学プラント、空調・冷凍装置に関係し、特に沸騰水型原子炉においては、伝熱特性だけでなく、出力特性にも影響を及ぼすので、非常に関係が深い。従って、その流動状態や伝熱特性を理解しておくことが、これらの機器の設計上極めて重要である。

 気液二相流の研究に関しては、現在まで、多数の実験を中心とした研究が行われてきており、多くのことが明らかにされている。また、その伝熱過程は、二相流の流動状態と密接に関連していることが分っている。しかし、現象の複雑さや特異な性格のために、二相流の流動機構や伝熱過程に関する本質的なところは、まだ十分に解明されていない。

 また、近年の計算機の高度化に伴い、この複雑な気液二相流の流動現象を計算機でシミュレーションしようとする傾向が見受けられ、解析が活発に行われている。しかし、気液二相流の過渡解析について考えると、既存の数値解析コードを用いて、時々刻々と変化する過渡現象を解析する場合は、まだ完全に現象を追従できるとは限らないのが現状である。

 これは、気液二相流の基礎方程式を完結させるために、構成方程式が必要であるが、それは定常実験から経験的に得られた実験式を基に作成されているからである。またこれらの使用条件を決める流動様式マップも同様に定常状態の値で決められているので、時間項を取り扱う過渡的な解析といっても局所的な定常状態の連続として過渡を表しているからである。

 従って、現在の二相流解析コードで過渡解析する場合には、過渡的な効果がどのように現れて、どのような影響を持つかを検討する必要があると考えられる。

 しかし、これらの影響を検討するには、気液二相流の過渡変化時のメカニズムの理解が必要であるが、現在までに、気液二相流の過渡時の挙動に関する研究は、ほとんど行われていない。これは、気液二相流の挙動が定常流においてさえ複雑であるので、過渡時における挙動は、流体自身の持つ不安定性・非平衡性によって、さらに複雑になり、定常時では予測のつかない流動になる可能性を持っているからである。それ故、現在までに、気液二相流の過渡時の挙動について、過渡時の影響が何であるか、また、その時定数はどれくらいか等に関して研究した例がない。

 ここで、気液二相流解析の応用分野について考えてみると、一例として、原子力分野における原子炉燃料集合体内の解析の高度化が挙げられる。これは、沸騰水型原子炉の炉心内の過渡時の限界出力をより正確に評価するものであるが、沸騰遷移後(ポストBT)のような多様な現象を扱うためには、気液二相流の過渡流動特性を理解することが必要となってくる。この時、流れの過渡的な変化による力学的や熱的な非平衡性がどのような時間スケールでどのように静定していくかを把握しておくことが重要な要素である。

 よって、気液二相流の過渡現象の把握は、気液二相流解析コードの高度化のために、また、気液二相流のダイナミクスのメカニズムを把握することからも非常に重要である。

 本研究では、以上のような観点から、今までに解明されていない気液二相流の過渡特性に関して、気液二相流の過渡特性を実験的に計測する手法を開発し、過渡状態の気泡の挙動が、定常状態での挙動とどのように異なるかを明らかにすることを通して、気液二相流の過渡特性の把握を行ったものである。

 そのため、気液二相流の過渡特性の測定として、画像処理法を用いて、過渡二相流の計測方法の確立を図った。また、実験において得られた気液二相流の過渡特性の結果に対して、既存の気液二相流解析コードを用いた数値解析結果と比較して、過渡特性が従来の解析コードで追従できるかどうかを検討した。さらに、解析コードによって計算されるボイド率や気泡径をコンピュータグラフィックスを用いて可視化し、結果の妥当性を可視化によって検討した。

 本研究は、気液二相流の物理現象の把握及び解析コードの高度化に資する知見を提供することを目指す基礎研究である。

 以下に本研究で行った、画像処理、実験、数値解析及び可視化手法に関して述べ、最後に結論を述べる。

画像処理

 画像処理法は、気液二相流の過渡時の挙動を測定するために用いた方法で、気泡形状の認識を行うことにより、ボイド率等が求められる。気泡形状の認識は、気液界面の輪郭に濃度差が生じることから、これを感知し、処理することにより行う。図1のような実験で得られた画像を、画像処理することによって図2のように気液界面の認識がなされる。

図表図1:原画像 / 図2:気液界面を認識した画像

 定常状態において、実際に流路の気泡をメスシリンダーに採集し、ボイド率を求めた結果と画像処理によって求まるボイド率を比較したところ、誤差はボイド率の低い気泡流領域から、比較的ボイド率の高い環状流に対しても5%以内であり、画像処理法が気液二相流計測に有効であることが判明した。

実験

 気液二相流の過渡特性を把握するために、流量変化などの過渡条件を模擬し、過渡状態から定常状態になるまでの過程において、気相及び液相の流量や速度、気泡形状、気液界面積、ボイド率などがどのように静定して定常状態になるか、また、そのときの時定数について整理した。実験は、気泡流からスラグ流にわたる広範囲の流動状態の中から、指定した定常状態を作り出した後に、バルブを制御することによって過渡変化を作り出すものとした。図3に本研究で用いた実験装置を示す。また、図4及び図5に液相流量を遮断したときのボイド率及び気相速度変化を示す。

図表図3:実験装置 / 図4:ボイド率の過渡変化 / 図5:気相速度の過渡変化
数値解析

 実験で得られた過渡時の結果に対して、既存の気液二相流解析コードによる数値解析結果と比較して、過渡時の特徴が従来の解析コードで追従できるかどうかを検討した。数値解析コードには、原子炉冷却材喪失事故のような急速な過渡現象を取り扱うのに適している気液二流体モデルを用い、同時に気液界面積変化に対する構成方程式の妥当性の検討を行うことを目的とする。

 解析体系を図6に、平均気泡径に関する実験結果と解析結果を図7に示す。

図表図6:解析体系 / 図7:解析結果例
可視化

 解析コードによって計算されるボイド率や気泡径をコンピュータグラフィックスを用いた場合に、結果の妥当性が可視化によって促進されるかどうかについて検討を図るものである。

 大規模な数値シミュレーション結果を可視表現することは、多くのデータ群から有用な情報を抽出する上で重要な事である。これに加えて気液二相流のように空間構造をもち形態変化を伴う複雑な現象においては、適切な可視表現ができれば現象を直感的に理解するのにもきわめて有効であり、将来の高度なシミュレーションの開発にとって不可欠の技術と考えられる。本研究ではこの観点より気液二相流のシミュレーション結果を可視化する手法の研究を静止画及び動画で行った。図8及び図9に可視化結果の例を示す。

図表図8:気泡流における可視化結果 / 図9:環状噴霧流における可視化結果
考察

 実験で得られた結果を基に、何が過渡現象を支配しているのか、過渡現象の時定数はどれぐらいかなど、過渡を特徴付けている現象について考察を行った。また、現状の数値解析コードを用いて気液二相流の過渡特性をシミュレーションする場合に、どの点がどういったことで問題になるのかについて論議し、今後の解析コードの発展のための提言について検討した。

 二相流の数値解析における諸問題の中で時間に関する重要なものとして、二相間の界面における相互作用、圧力波の伝播及び流体の対流による移動がある。さらに気相においては気泡の合体・分離に代表される物体の変化による時間が存在する。ところが、これらの現象は以下に示すような異なる時間スケールを有する。

図表

 気液二相流解析において構成方程式の面から考えると、本来、気液界面積は界面の幾何学的な構造に依存し、気液界面の形状の複雑さからこの構成方程式は複雑になるはずであるが、構成式を直接検証できる実験データも存在していないことから、簡略なモデル化により構成式を作成しており、今後改善する必要がある。特に上で述べた時間スケールで整理すると、気相と液相の挙動が異なるため、そのことを考慮しなければならない。

 得られた実験結果に対し、過渡変化に影響しているこれらの時間スケールの異なる現象はどれが支配的かを考察した。結果の例として気相流量をステップ状に増加させた場合の過渡特性現象を表1及び表2に示す。

図表表1 過渡現象が始まるまでに影響する現象 / 表2 過渡現象が始まって定常に達するまでに影響する現象
結論

 気液二相流の過渡特性を把握するために、実験装置を作成し、画像処理を用いて気泡の過渡挙動特性について調べた結果、

 ・気泡の合体を伴うような過渡変化、すなわち、気相の物体が変化する場合はそうでないものに比較して、過渡変化が開始されてから終了するまでの過渡変化時間が長く、過渡変化を特徴づけている。

 ・二相流の過渡解析を正確に行うためには、気液界面積の時間変化を考慮することが重要であり、今後この構成方程式に関して改良する必要がある。

 等の多くの知見を得た。

審査要旨

 原子炉過渡解析や事故解析では過渡変化時の気液二相流の挙動を評価することが重要である。気液二相流の基礎方程式には構成関係式と呼ばれる二相間の相互作用に関連する量が数多く含まれ、方程式系を閉じて解析するためにはこれら構成関係式を与える必要がある。構成関係式のほとんどは定常状態の実験から経験的に定めたものであり、二相流の過渡的な過程、特に分散相の合体や分裂のような形態変化を伴う過程へ適用できるかどうかを検討しておく必要がある。また、これに関連して、今後過渡解析手法の精度向上を図ったり過渡変化時の限界熱流束を詳細に評価していくためには、気液二相流に外乱が加えられたときにどのような経路でどのような時定数で新しい定常流れの状態に向かっていくのかを理解しておく必要がある。

 本論文は以上の観点から気液二相流の過渡特性を明らかにすることを目的として行われた成果をまとめたものであり、全体で7つの章から構成されている。

 第1章は序論であり、気液二相流とその過渡特性について現状と問題点を整理した上で本研究の目的と意義を述べている。

 第2章は二相流の過渡特性を測定するために本研究で新しく開発した画像処理に基づく計測方法について述べた章である。流れのビデオ画像から様々なディジタル処理により気液の界面を抽出して気相の特性量を算出し、かつ過渡特性の評価にも適用できるようにそれを高速で行うシステムの開発を行っている。また、この手法をボイド量の直接測定と比較して精度が十分実用に足りるものであることを検証している。

 第3章は実験について述べた章である。気液二相流の過渡特性を測定するために水と窒素ガスの二相流に流量外乱を与えることができ、流れの様子を外から観察できる実験装置を設計・製作した。外乱はコンピュータ制御の電子バルブを急開または急閉することにより与える。計測は主に第2章に述べた画像処理を用いて過渡変化時の二相流特性量の変化を求めている。このようにしていくつかのパラメータを変えて実験を行い、ボイド率、平均気泡径、液相・気相流量などの過渡的な変化とそれらが定常に達していく様子を測定し、流動様式は重み付け気泡径で表わされるのに対して過渡から定常への漸近は平均気泡径に反映されること、流速が速い方が定常に速く近づくこと、気泡の合体を伴うような過渡変化では過渡状態の継続時間が長くなることなどを明らかにしている。

 第4章は解析と実験の比較を述べた章である。現行の代表的な気液二相流解析コードを取り上げ、それに用いられている構成関係式について検討するとともに実験で行った条件を模擬するような入力を入れて解析をして結果を実験結果と比較している。これにより運動量や熱量の界面での伝達率の算定に支配的である平均気泡径の過渡変化特性が実験と解析で大きく異なるケースがあることを明らかにしている。

 第5章は解析結果の可視化について述べた章である。大規模な二相流数値シミュレーションで出てくる特性を直感的に把握するのに可視表現が有効であり、解析結果から擬似的な空間分布を作りそれに奥行きなどの立体感を持たせて表現する手法を開発している。また、この手法から得られる画像をコマとして、これらをつなぎ合わせて過渡二相流の動画を作成している。

 第6章では実験で得られた結果を基礎にして過渡二相流の特性について考察を行った章である。各相の流量、ボイド率、気泡形状などに対して過渡変化を特徴づける物理現象の時定数がどのような影響を持ち、過渡の特性時間が何で決まるのかを分析・評価している。また、実験と解析で得られた知見を総合して過渡解析を行う際に現行の解析では考えていない気液界面積の過渡的な変化を考慮する必要があることを指摘している。

 第7章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめた章である。

 以上を要するに、本論文は気液二相流の過渡特性という今後の二相流解析の一層の詳細化やミクロな挙動の理解に重要となる領域の研究を進め、データ採取手法の開発から始まり基礎実験およびそれと解析との比較を通して基本的な過渡特性を検討したものであり、システム設計工学、特に原子炉安全解析の高度化に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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