原子力発電所および核燃料再処理施設等から発生する放射性廃棄物を地中処分した場合、それらの中に含まれるテクネチウムは、TRU核種と同様に長期にわたり人間の生活環境に影響を与えることが懸念されている。そこで、これらの放射性廃棄物からテクネチウムを分離し、最終処分時における安全性の向上を確保する事が考えられている。その分離法としては、溶媒抽出による方法が有力であり種々の検討が行われているが、7価のテクネチウムは、通常の金属イオンと異なり陰イオン(TcO4-)として存在するため、その基礎化学的な知見はまだ十分には得られていない。そこで、本研究では、このような基礎化学的検討を重視し、テクネチウムの抽出特性を明らかにするとともに、抽出剤による協同効果や共存するウランによる共抽出の機構を解明し、新規の抽出剤や分離プロセスの開発の基礎となる重要な知見を提供することを主たる目的にしている。また、これまでの抽出概念と異なる、有機溶剤を用いない新しい分離システムについてもその実用化の可能性を基礎的な立場から検討を行っている。 本論文においては、まずテクネチウムの溶媒抽出の研究状況を概説し(第1章)、その中で特に近年注目されている、二座配位の中性有機リン化合物、CMPO(n-octyl(phenyl)-N,N-diisobutylcarbamoylmethylphosphine oxide)及び水性のポリエチレングリコールを抽出剤とした抽出系の基礎化学を次章以降取り上げている。 第2章及び3章では、特にCMPOとTBP(tributyl phosphate)による硝酸溶液からのテクネチウムの抽出挙動及び協同効果について種々の化学的因子の影響を考察すると共に、テクネチウムの代わりに、その化学的性質が類似しているレニウムを用いて、赤外吸収スペクトルおよび核磁気共鳴スペクトルによる抽出錯体の構造について検討を行っている。 硝酸溶液からのテクネチウムおよびレニウムの抽出結果は、Fig.1のようになっている。分配係数は、硝酸濃度の増加に伴い増大し、0.5M硝酸付近で最大となり、その後急激に減少している。これは、硝酸濃度の増加により、抽出化学種である過テクネチウム酸および過レニウム酸が生成されやすくなり分配係数は増大するが、高硝酸濃度域では、硝酸がCMPOに抽出されるため、テクネチウムやレニウムを抽出する有効なCMPO濃度が減少し、分配係数が逆に減少したためと考えられた。 Figure 1.CMPOとTBPによるTc及びReの抽出曲線 また、Table1は、CMPOとTBPの協同効果を示している。CMPOとTBPを混合した場合、CMPO単独及びTBP単独で抽出した分配係数の和よりも2倍程度実験値が大きくなっている。この機構については、CMPOあるいはTBP濃度を一定にし、どちらか一方だけを変化させて抽出実験を行った結果(Fig.2)を用いて説明された。実験値は、抽出剤濃度に対し直線性を示していないので、CMPOあるいはTBPとテクネチウムの錯体の生成反応の他に、CMPOとTBPが混合配位した錯体を想定して計算すると、Fig.2に示すように、実験値をよく再現できることが分った。 図表Table 1.CMPO,TBP,CMPO-TBP混合系の分配係数の比較 / Figure 2.CMPO-TBP混合系の抽出剤濃度依存性 従って、次のような抽出平衡式が推定された。CMPO-TBP混合系では、これら3つの抽出機構が共存していると考えられる。 このようなCMPOとTBPの抽出機構については、赤外吸収スペクトルやホスホリル基のリン原子(31P-NMR)およびカルボニル基の炭素原子(13C-NMR)に着目して行われたNMRスペクトルの結果からも支持された。 実放射性廃棄物中では、テクネチウムは種々の核種と共存しており、それらにより抽出挙動に影響を受ける。第4章及び5章では、ウランとの共抽出についての検討が行われている。Fig.3は、種々のウラン共存下におけるテクネチウムの分配係数の変化を示している。ウランが共存した場合、低硝酸濃度での分配係数の著しい増大が見られる。特にその傾向は、ウラン濃度が大きいほど顕著であるが、ウラン濃度が小さい場合は、硝酸濃度が増加するとテクネチウム単独での抽出結果と同じ分配挙動を示している。また、1M以上の高硝酸濃度域では、分配係数は、ウラン濃度には無関係となっている。これらの結果から、ウラン共存下でのテクネチウムの抽出は、テクネチウム単独での抽出機構とウランによる共抽出機構の両方により生じることが示唆された。このような共抽出挙動の機構を明らかにするため、CMPO単独、TBP単独およびCMPO-TBP混合系による抽出実験を行い、それらの抽出挙動を比較した結果、CMPO単独での抽出結果は(Fig.4)、CMPO-TBP混合系の抽出挙動と同様であったが、TBP単独での抽出では、共存するウラン濃度の影響もほとんど見られなかった。 図表Figure 3.CMPO-TBP混合系によるU共存下でのTcの抽出曲線 / Figure 4.CMPOによるU共存下でのTcの抽出曲線 この共抽出は、有機相に抽出されたUO2(NO3)2のNO3-と水相中のTcO4-がイオン交換することによりテクネチウムが抽出されると推定された。なお、テクネチウム単独での抽出で観察されたTBPによる協同効果は、このような共抽出については認められなかった。さらに、ウランの抽出では、TBPの添加により逆に分配係数が減少した。このような現象はアメリシウム等の抽出の際にも報告されており、TBPの添加によるCMPOのホスホリル基の活量の低下によるものとされているが、テクネチウム単独抽出の場合の協同効果による抽出率の増大と相反している。このようなことから、CMPO-TBP混合系の協同効果は、CMPOとTBPの抽出化学種(金属)との親和性やその抽出機構に基づく抽出率を増大させる正の効果、とホスホリル基の活量の低下による抽出率を低下させる負の効果とのバランスにより支配されるものと考えられた。テクネチウム-ウランの共抽出による抽出平衡式は、CMPO濃度依存性およびウラン濃度依存性から、次のような抽出平衡式が推定された。 ここでn=2から3である。CMPOの溶媒和数としては、錯体構造から推定しn=2が合理的であるが、n=3についての可能性も否定できない。これらの結果に基づき、テクネチウム-ウランの共抽出挙動のモデル化を試みた(第5章)。 このモデルは、上述のイオン交換の式に、テクネチウム単独での抽出機構を加えて構築したものであり、このモデルをCMPO-TBP混合系で得られた抽出データに適用した結果、Fig.5に示すように、実験結果を良く再現できた。 Figure 5.Tc共抽出の実験結果と計算結果の比較 さらに、テクネチウム単独およびウランとの共抽出に対する温度の影響を調べ、その熱力学的パラメータを計算した(第6章)。テクネチウム単独の抽出では、CMPOおよびTBPのいずれの抽出系においても、温度が増加すると分配係数は減少した。また、共抽出においても、温度の増加により分配係数が減少したが、テクネチウム単独の抽出の場合よりも、若干その影響が小さかった。 熱力学的パラメータの計算結果から得られた、テクネチウムの抽出における大きな負のエントロピー変化は、テクネチウムの抽出平衡式から予想される結果と対応した。 第7章では、ポリエチレングリコールを用いた水性2相分離システム(Aqueous Biphasic Separation Systemsによる、アルカリ性の放射性廃液中からのテクネチウムの分離を議論している。TRU核種や核分裂生成物の大部分は、アルカリ溶液中では、沈澱してスラッジあるいは浮遊物等の状態で存在している。このような廃液の中から、テクネチウムを分離する方法として、ポリエチレングリコールを用いた水性2相分離システムの適用が考えられている。 そこで、実廃液を模擬した抽出実験を行い本方法の適用可能性について検討した。ポリエチレングリコールは、分子量約1500及び3400gのものを対象としている。模擬廃液からのテクネチウムの分配係数をTable2に示す。廃液の組成により分配係数が異なっているが、概ね10から50の値を示している。また、温度の影響や、放射線によるポリエチレングリコールの変質の影響、共存するイオンによる影響等を調べた結果、これらによるテクネチウムの分離に対する影響はほとんどなく、本システムの実廃液への適用可能性が示唆された。 Table 2.模擬アルカリ廃液からのTcの分離 本研究の結論は第8章にまとめられている。すなわち、テクネチウムの抽出機構については陰イオンとしての挙動に支配されることから、通常の金属の抽出とは異なる協同効果や共抽出の影響を受けることが分った。この協同効果は、CMPOとTBPが混合配位した錯体の形成で生じること、また、ウランによる共抽出は、テクネチウム-CMPO系では著しく、その抽出機構としては、硝酸ウラニル-CMPO錯体と過テクネチウム酸とのイオン交換により生じることが明らかとなった。水性2相分離システムについても、その実用可能性を示す基礎的なデータが取得された。 |