Purex法を基盤においた現在の使用済核燃料の再処理では、放射線場でのプロセスであるため、硝酸水溶液の放射線分解が分離・抽出の対象となるアクチノイドイオンや共存するイオンの酸化状態を変化させたり、材料の腐食環境へ好ましくない影響を与えるとことが問題となる。一方、アクチノイドイオンは紫外から可視に光吸収を持ち、選択性、遠隔操作性、二次廃棄物発生回避などの特徴を生かした光化学反応を再処理プロセスへ適用することが期待されている。本研究ではこれらの工学的観点をふまえ、高濃度硝酸水溶液の放射線分解と酸溶液中でのアルコールによるUO22+およびNpO22+の光還元反応に関する基礎的な研究を行っている。 論文は二部より構成され、第1部は第1章から第3章まで、第2部は第4章から第7章で構成されている。 序論では上に述べたような本研究の背景を述べている。続く第1章では第1部の硝酸の放射線化学に関する研究の現状が紹介され、高濃度溶液においては溶質への放射線の直接効果が重要であることと、また硝酸イオンや硝酸といった溶質が高濃度で溶解している場合は、水のスパー反応が大きな影響を受けるため、水の分解が希薄溶液とは大きく変化することを指摘している。 第2章では硝酸の線分解を検討して、直接効果でNO3-(3P)O+NO2-と分解し、O+NO3-→O2+NO2-で酸素分子を生成するとの機構を提案し、これまで報告された多くの実験結果をうまく説明できることを示している。これにより、30年にわたり議論されてきた濃厚硝酸の分解の直接効果を整理して統一的に理解することに成功している。 第3章では、前章で評価した反応と既にパルスラジオリシスで報告されているNO3-NO3+e-の二つの直接効果を考慮して、硝酸イオンを含む場合の水の放射線分解の分解生成物G値の硝酸イオン濃度依存性を決定している。硝酵系や硫酸0.4M水溶液に硝酸ナトリウムあるいは硝酸を加えて硝酸イオン濃度を変え、Ce4+イオンの放射線還元G値をTl+イオンの有無の条件下で測定し、水の分解生成物のG値(GH,GOH,GH2,GH2O2)をCe4+還元G値(Tl+の有無)、G(H2)の報告値、水分解の物質収支を用いて連立方程式を解くことにより算出している。硝酸イオンの添加の仕方により水分解のパターンの詳細は異なるが、共通して、硝酸イオン濃度増加に従い、水の分解総量とHの収量は平行して増加すること、硝酸系、硝酸添加硫酸系では硝酸イオン増加でOHの収量は増加するのに対し、硝酸ナトリウム添加硫酸系では逆に減少することを見い出し、これらの変化はスパー反応への硝酸イオンの効果によるものであるとしている。拡散モデル等に基づくシュミレーションによる定量的説明は今後の課題と位置付けている。 第2部、第4章ではアクチノイドイオンの光化学に関する既往の研究についてまとめ、ウラニルイオンでは前世紀より多くの研究が進められているにもかかわらず機構解明が不十分であること、原子力工学的興味から、ネプツニウムやプルトニウムのイオンへの光化学研究も始められていること等が紹介されている。 第5章では酸溶媒中のウラニルイオンの発光挙動をYAGレーザの4倍波のパルスを用いた時間分解測光システムで測定している。硫酸中と過塩素酸中での発光寿命が10Mまでの酸濃度増加に従い、数秒から50秒以上まで直線的に増加するのに対し、リン酸中では3Mまで急激に増加し、300秒まで寿命が伸びるが、それ以上は増加を示さないことを見い出し、アニオンとの錯形成が重要であることを指摘するとともに、それぞれの中での励起状態が基底状態のウラニルイオンにより消光される自己消光定数を決定している。 第6章ではウラニルイオン(UO22+)の光還元反応の実験結果とその反応機構について述べている。硫酸中のエタノールを用いた407nmでの光還元実験を行い、電気化学的分析法に基づき、絶対定量した還元量の硫酸濃度、エタノール濃度依存性を調べている。この結果を光照射で生成する励起ウラニルイオンとエタノール分子の反応により、ウラニルイオンの還元されたUO2+とエタノールのラジカルCH3・CHOHが生成し、この生成は物理消光と化学消光を合わせたうちの化学消光の割合で進むこと、生成したアルコールラジカルは強い還元性を持ち、さらにウラニルイオンを還元して、もう一つのUO2+を生じ、これらは不均化反応してウラニルイオンとウラナスイオン(U4+)となる、といった反応機構を定式化し、これを得られた実験結果に当てはめ、各種反応速度定数を決めている。これらが時間分解発光測定システムで独立に決定した定数とよく一致することから、提案した機構が妥当であることを検証している。さらに、この実験をリン酸、過塩素酸中で、アルコールとしてメタノール、イソプロパノール、t-ブタノールなどに替えて行い、反応定数を決定するとともに、酸やアルコールの種類による反応性の違いを議論している。 第7章ではウラニルイオンに替えてネプツニウムイオン(NpO22+)の光還元実験について報告している。波長は253.7nmを用いている。NpO2+生成の量子収率はウラニル系の1/5程度である。光照射なしでもゆっくりとした暗反応が進行すること、ネプツニウムイオンからの発光は観測できないことを示している。ウラニルイオン系と同じ機構で解析を行っているが、この反応機構が適用できるかどうかの判断にはさらなる実験が必要としている。 最後に結論として、2部にわたる硝酸の放射線化学とアクチノイドイオンの光化学研究の成果をまとめている。 以上を要すれば、本論文は現行の使用済み核燃料再処理における放射線効果の解明や技術の高度化のための基本的なデータを提供しており、システム量子工学、特に再処理の分野への寄与は大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |