原子力エネルギー利用の核燃料サイクルにおいて、非原子炉施設、特に核撚料製造施設や再処理施設にて、核燃料が予期していない状態で核分裂の連鎖反応を起こすことを臨界事故と呼んでいる。この臨界事故により、核分裂エネルギーが放出されると周囲の構造物の破壊や作業者の過大な放射線被曝などの危険な事故をもたらす。従って、この様な施設の設計や核燃料の取り扱いプロセスは、臨界事故を防止することを指針として進められるとともに、設計用計算コードの高度化やその実証試験が行われている。また、さらに万一の臨界事故に備えて臨界事故監視・警報システムが、各作業工程に設置され、臨界安全プログラムが設定されている。本研究は、この臨界安全プログラムの一環として使用されている臨界警報システム(CAAS)および個人用臨界線量計の開発についてまとめたものであり、論文は6章で構成されている。 第1章は緒言であり、臨界安全管理の体系を説明し、過去の78つの臨界事故の具体例を紹介するとともに、現在用いられている臨界事故警報システムが、ANSIの該当する基準に対し、警報発生時間の遅れの点で不十分である可能性を指摘している。 また、現行の個人臨界線量計は、被曝線量を読み取るまでに数時間程度以上の時間を必要とし、緊急措置に遅れを生ずる可能性を指摘し、これらの測定システムを最近の新しい放射線計測技術、フォトダイオードやバブルディテクタにより改良することを本研究の目的と設定している。 第2章は、臨界事故時の個人被曝線量計として、従来の放射化箔法や熱蛍光線量計などに対し、新しい中性子用バブルディテクターの採用を提案しており、バブルディテクターがこの目的に使用可能かどうかを実験的に確認している。バブルディテクターは、中性子により発生した小さなバブルを目視等で確認し、中性子線量を評価するものであるが、本研究では臨界事故用という目的に対応し、泡が発生する際の音を信号として取り出す方法も考案している 第3章は、臨界事故警報システムの現状と、必要な改良点を詳しくまとめたものである。特に、警報発生用の放射線検出器の性能について、過去の経験および規格等を参照し、「臨界事故発生時より1分以内で、空気吸収線量が2mの地点で20 radになった時に、警報を発生できる」という仕様をまとめている。 第4章は、新しい中性子検出器としてフォトダイオードの入射面に、ポリエチレン膜を付けた方式を提案している。この測定器は、従来の計数管、シンチレータに比べ、極めて小型堅牢で、印加電圧も20ボルトと低く、コストも1/10〜1/20になるとしている。この新しい中性子検出器を用いて、臨界警報システムのモックアップを作成し、中性子検出器特性、2 out of 3の警報システムの実証をしている。また、特にこの中性子検出器を用いると、前章で述べた必要な仕様を十分な性能で満たし得ることを示している。 第5章は、本研究で得られた結果をまとめて、新しい臨界事故監視システムとして提唱しているものである。具体例として、核燃料物質の挿入された配管系を考え、その表面に多数の中性子センサーを配置することにより、核燃料の入った長いパイプのどの一で警報発生レベルになっても、1ミリ秒以内に警報が作動できることを示している。 第6章は結論であり、本研究の成果と今後の課題をまとめている。特に臨界事故時の個人被曝線量計に関しては、現場で直読でき、かつ警報を発生できる方式が必須条件であり、今回のバブルディテクターはこの要件を満たしていること、また、従来、一作業部屋に一つ程度であった臨界警報センサーを、小型、安価なフォトダイオードを用いることにより配管表面に沿った分布計測システムとすることにより、必要な性能を満たし得ることになったことを強調している。さらに、この放射線空間分布測定システムとして最近開発されている光ファイバーを用いることを提案し、今後の課題としている。 以上を要約すると、新しい放射線センサーを用い、従来不十分であった臨界警報システムおよび個人線量計を開発し、臨界安全プログラムを完成させており、システム量子工学、特に原子力工学に対する寄与は少なくない。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |