学位論文要旨



No 111168
著者(漢字) シャフルディン
著者(英字)
著者(カナ) シャフルディン
標題(和) 臨界事故用線量測定および警報システムの実験的研究
標題(洋) Experimental Study on A New Dosimetry and Alarm System for Criticality Accidents
報告番号 111168
報告番号 甲11168
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3412号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 助教授 井口,哲夫
 東京大学 講師 高橋,浩之
内容要旨 I.はじめに

 核燃料再処理施設など、化学的処理、貯蔵のために核分裂性物質を使用する施設においては、核的に臨界状態となる、臨界事故の例が既に7回報告されている。臨界事故においては、大量のガンマ線、中性子が発生するため放射線量率が急激に高くなり、作業者の被曝量が大きくなる恐れがある。従って、これらの施設に於いては作業者を放射線障害から守るために臨界線量率測定システム及び臨界事故警報システム(Criticality Accident Alarm System:CAAS)を備える必要がある。CAASは異常な放射線量を検知し警報を発生することで、作業者の高レベルの被曝を防ぐものであり、警告の時間を十分確保するためには、十分に迅速に応答することが求められる。また、誤警報時の混乱を避けるため、CAASシステムは十分な信頼性を有し、誤警報の頻度が小さいことが求められる。これらの要求はANSI(American National Standard Institute)基準としてまとめられているが、現在までのCAASはANSI基準のうち、いくつかの項目については十分に満たしてはいない。

 本研究においては、核燃料施設における個人被曝線量率測定及び臨界事故モニタリングに対して、新しい測定器の導入を検討したものである。すなわち、1)バブルディテクター(BD)による新型中性子検出器、2)シリコンPINフォトダイオード(PIN-PD)を利用したCAAS、について研究を行った。

II.バブルディテクタの適用性の実験的検討

 BDは個人線量率測定、エリアモニタリングのために新たに開発された小型・低コストの検出器であり、放射線によって媒質中に形成される泡により検出を行うものである。有感媒質は半固体の透明媒質(ゼラチン)中にフレオンの粒を分散させたものであり、中性子入射によってフレオンが破裂音とともに崩壊し泡が形成される。この泡はゼラチン中に保持され目視により計測可能であり、その数は入射中性子数に比例する。今回の実験においては、3種類の感度を有す2種類のBD(BD-100、BD-100R)を使用し、BDの再利用性、感度、線量との直線性、測定可能中性子線量限度について評価した。

 BDの照射にはCf-252中性子源を用い、照射時の室内温度とメーカーによる感度-温度曲線を用いて補正を行った。照射後は目視により泡の数を数え、その後冷水中の再圧縮チェンバーを用いて泡の除去を行った。照射はBDの感度が著しく低下し再利用不可能となるまで行った。

 実験の結果、BDの中性子に対する感度は非常に高く、約161、267、335[Bubbles/mSv]であった。飽和限度以下の線量範囲ではBDの線量に対する応答は直線性を示し、飽和限度に達すると急激に低下することが分かった。この飽和限度は、低感度、高感度のBDについて、それぞれ1.8mSv、5.6mSvであった。また、泡の発生時に生ずる音を検出することにより、BDの電子的な読み出しが可能であることを見出し、本検出器を作業者が装着することによる個人モニタリング型臨界警報システムについての提案を行った。

III.臨界事故用PIN-PDによる中性子検出法の開発

 臨界事故は中性子によって核分裂連鎖反応が継続することによって発生し、事故時には大量のガンマ線、中性子が放出されるとともに、周辺の物質の放射化が生じる。CAASにおいては、即発ガンマ線・中性子の検出、あるいは周辺の放射化物質の放射能検出によって臨界事故を検知する。現在使用されているCAASの多くは前者の方式であるが、後者の方式の1例としてループ状としたアルゴンガスを放射化物質として用いるモニタリングシステムが原研で開発されている。前者の方式を採用している現在のCAASは、GM管、電離箱、シンチレーション検出器、BF3ガス検出器等で構成されており、高電圧が必要、高頻度のメンテナンス、高い維持費、大きなサイズ、検出器自体が高価というようなデメリットを有している。固体検出器が進歩すれば、単純、小サイズ、軽量、コンパクト、低電圧駆動、高安定性、低価格、低維持費・運転費等の要求が満たされるものと考えられるが、これまでに試みられた検出器では十分な水準にあるとは言えない。

 そこで本研究では、近年、光検出器として広く用いられており、小型かつ信頼性が高いなど、CAAS用検出器として好ましい特性をもつと考えられるPIN-PDに着目した。PIN-PDと水素コンバーター(反跳陽子ラジエータ)との併用により、中性子検出が可能であると考え、本研究では、水素化合物(ポリエチレン)をコンバータ(ラジエータ)として使用することにより、高速中性子検出器を開発した。PIN-PDは、小サイズ、常温で使用可能、低圧使用、高量子効率というような優れた特徴を有し、長期間にわたって校正の必要がないという高い安定性を有しており、中性子検出への応用可能性が示されれば、CAAS用検出器として使用可能であると考えられる。

 PIN-PDを用いた中性子検出器の基礎特性の測定実験を高速中性子源炉弥生(東大)からの漏洩高速中性子束を用い、弥生炉出力を変化させて行った。測定はラジエータをつけた場合、つけない場合の両方について行い、ラジエータの効果を評価した。また、同様の実験をCf-252中性子源、ヴァンデグラフ加速器を用いた単色中性子及びCo-60ガンマ線源を使用して実施した。検出器からの信号はプリアンプ、アンプを経て、波高分析器(MCA)によって解析した。

 実験の結果、PIN-PDがガンマ線、及び中性子を検出可能であることが示された。つまり、ガンマ線の場合には計数がMCAの低チャンネル側(ガンマ線領域)に偏っており、高チャンネル側の計数は中性子のみによることが分かった。また、厚いラジエータの使用により中性子に対する感度の向上が可能であること、原子炉出力とPIN-PDの応答の間にリニアリティが存在し、さらに、ガンマ線源、あるいは中性子源からの距離を変えて測定を行い、計数率が1/r2則に従っていることを確認した。この新型中性子検出器を用いてCAASを作成した。

 CAASの構成は一般に、検出器、測定装置、論理回路、警報ユニットという4つの部分で構成されている。これらの主要機器の安定性の向上のため、安定化電源(UPS)、コンピュータのような機器が用いられる。CAASに用いられる検出器はガンマ線や中性子に対して有感であり、システムの信頼性向上のために同一の作業環境に同じような検出特性を有する検出器が複数個設置され独立に動作させられる。

 測定系は放射線計測において一般的に用いられているものであり、プリアンプ、アンプ、ADC、DAC等が含まれ、信号処理の結果得られた線量率、計数率、あるいは信号パルスそのものが論理回路へ送られる。本研究で開発したCAASシステムは2-out of-3ロジックを採用しており、3つの検出器のうちの2つからの信号があらかじめ設定されたレベルを超えた場合に、アラームユニットに対してトリガー信号が送出される。本研究ではアラーム発生装置をLEDで置き換えている以外は、CAASにおける全ての主要な装置を製作し、パルサー、及び実際に放射線源を使用したチェックを行った。

IV.新しい臨界事故警報システムの設計と結論

 本研究では、これらの結果を総合して新しい臨界事故警報システムの提案を行った。CAASに要求される感度については、検出器数を増やすことで増加させることが可能であり、PIN-PDは安価であることから、十分に対応が可能である。また、PIN-PDからの信号は50nsec以内の高速性を有しており、測定系を加えても数msec内にアラームを発生させることが可能である。さらに、実験の結果、本システムは良好なS/N比を示しており、2-out of-3ロジックを用いれば、誤警報の確率を容易に低くすることができる。以上のような点により、PIN-PDを使用した本システムはCAASに十分に適用することが可能であると考えられる。検出器の設置位置による線源に対する検出効率の変化は、得られる信号のバックグラウンド放射線等に対するS/N比や、臨界警報発生までの応答時間に影響するが、従来のシステムに用いていた検出器は主としてサイズの制約により、あまり線源に近づけて用いることができなかった。しかし、小型のPIN-PDを用いることで、検出器を線源の近くに冗長性を持たせ多数配列することが可能となり、より信頼性の高いシステムの構築が可能になる。また、検出器を分散配置することにより、臨界事故の発生点についての情報も得られ、作業者が避難する際に被曝を最小にするような経路を取ることに役立つものと期待される。

 以上、本研究では臨界事故を対象とした線量測定システム及び臨界事故警報システムについて検討し、BDによる個人線量モニタリングにより、個人レベルでの迅速な警報を得ることで、事故時の被曝線量を減らすことに寄与できること、また、PIN-PDを使用したANSI基準に適合した臨界事故警報システムの構築が可能であり、従来用いられていたシステムに比較してより高い信頼性が期待できるものであることを示したものである。さらに、最近注目されているプラスチックシンチレーティング光ファイバ等を利用することにより、本研究で提案した分散配置型検出器をより発展させ、分布型臨界警報システムとすることが今後の課題と考えられる。

審査要旨

 原子力エネルギー利用の核燃料サイクルにおいて、非原子炉施設、特に核撚料製造施設や再処理施設にて、核燃料が予期していない状態で核分裂の連鎖反応を起こすことを臨界事故と呼んでいる。この臨界事故により、核分裂エネルギーが放出されると周囲の構造物の破壊や作業者の過大な放射線被曝などの危険な事故をもたらす。従って、この様な施設の設計や核燃料の取り扱いプロセスは、臨界事故を防止することを指針として進められるとともに、設計用計算コードの高度化やその実証試験が行われている。また、さらに万一の臨界事故に備えて臨界事故監視・警報システムが、各作業工程に設置され、臨界安全プログラムが設定されている。本研究は、この臨界安全プログラムの一環として使用されている臨界警報システム(CAAS)および個人用臨界線量計の開発についてまとめたものであり、論文は6章で構成されている。

 第1章は緒言であり、臨界安全管理の体系を説明し、過去の78つの臨界事故の具体例を紹介するとともに、現在用いられている臨界事故警報システムが、ANSIの該当する基準に対し、警報発生時間の遅れの点で不十分である可能性を指摘している。

 また、現行の個人臨界線量計は、被曝線量を読み取るまでに数時間程度以上の時間を必要とし、緊急措置に遅れを生ずる可能性を指摘し、これらの測定システムを最近の新しい放射線計測技術、フォトダイオードやバブルディテクタにより改良することを本研究の目的と設定している。

 第2章は、臨界事故時の個人被曝線量計として、従来の放射化箔法や熱蛍光線量計などに対し、新しい中性子用バブルディテクターの採用を提案しており、バブルディテクターがこの目的に使用可能かどうかを実験的に確認している。バブルディテクターは、中性子により発生した小さなバブルを目視等で確認し、中性子線量を評価するものであるが、本研究では臨界事故用という目的に対応し、泡が発生する際の音を信号として取り出す方法も考案している

 第3章は、臨界事故警報システムの現状と、必要な改良点を詳しくまとめたものである。特に、警報発生用の放射線検出器の性能について、過去の経験および規格等を参照し、「臨界事故発生時より1分以内で、空気吸収線量が2mの地点で20 radになった時に、警報を発生できる」という仕様をまとめている。

 第4章は、新しい中性子検出器としてフォトダイオードの入射面に、ポリエチレン膜を付けた方式を提案している。この測定器は、従来の計数管、シンチレータに比べ、極めて小型堅牢で、印加電圧も20ボルトと低く、コストも1/10〜1/20になるとしている。この新しい中性子検出器を用いて、臨界警報システムのモックアップを作成し、中性子検出器特性、2 out of 3の警報システムの実証をしている。また、特にこの中性子検出器を用いると、前章で述べた必要な仕様を十分な性能で満たし得ることを示している。

 第5章は、本研究で得られた結果をまとめて、新しい臨界事故監視システムとして提唱しているものである。具体例として、核燃料物質の挿入された配管系を考え、その表面に多数の中性子センサーを配置することにより、核燃料の入った長いパイプのどの一で警報発生レベルになっても、1ミリ秒以内に警報が作動できることを示している。

 第6章は結論であり、本研究の成果と今後の課題をまとめている。特に臨界事故時の個人被曝線量計に関しては、現場で直読でき、かつ警報を発生できる方式が必須条件であり、今回のバブルディテクターはこの要件を満たしていること、また、従来、一作業部屋に一つ程度であった臨界警報センサーを、小型、安価なフォトダイオードを用いることにより配管表面に沿った分布計測システムとすることにより、必要な性能を満たし得ることになったことを強調している。さらに、この放射線空間分布測定システムとして最近開発されている光ファイバーを用いることを提案し、今後の課題としている。

 以上を要約すると、新しい放射線センサーを用い、従来不十分であった臨界警報システムおよび個人線量計を開発し、臨界安全プログラムを完成させており、システム量子工学、特に原子力工学に対する寄与は少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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