学位論文要旨



No 111170
著者(漢字) 陳,鋼珠
著者(英字)
著者(カナ) チン,コウシュ
標題(和) 渦電流法による欠陥同定に対するウェーブレットの適用
標題(洋) Application of wavelet analysis to recognition of defects using eddy current technique
報告番号 111170
報告番号 甲11170
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3414号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 助教授 吉村,忍
内容要旨

 渦電流法(Eddy Current Testing:ECT)は導電性材料の非破壊検査手法の一つとして、多くの工業・工学分野において実用化されている手法である。特に、原子力発電プラントにおける蒸気発生器(Steam Generator:SG)細管においては、検査の(1)高速性、(2)容易な操作性、(3)高い信頼性、等の理由からECTが定期検査に適用されてきている。ECTに基づいて非破壊検査を実施するには、渦電流データの収集と測定データからの欠陥再構成という二つの問題を主として取り扱う必要がある。本論文は、その内の後者、すなわち測定データからの欠陥再構成に資するものであり、特にECTに基づいた欠陥同定に対するウェーブレット解析の適用に焦点を当てている。

 ウェーブレット解析は最近開発された理論であり、関数もしくは信号の解析に幅広く用いられている。多くの応用におけるウェーブレット解析の利点は、その良好な空間-周波数(もしくは時間-周波数)の局在化特性である。これまでに報告されているウェーブレットの応用では、非周期的信号、急激な変化や特異性を有する関数・信号の解析において、ウェーブレット解析の持つ局在化特性の利点が見い出されている。ところでECTによる検査では、検査される材料中に欠陥が存在するため、欠陥の近傍で渦電流分布が急激な変化を示すという特徴がある。ECTに基づいた欠陥同定問題においては、このような急激な変化を示す渦電流分布の特徴を捉える必要があり、このためにウェーブレットは有望な数学的ツールと考えられる。

 本論文においては、ECTの高度化に際しての3つの重要な課題、(1)欠陥認識、(2)逆問題解析、(3)信号処理、に関する研究成果をまとめたものである。特に、ウェーブレット解析を適用することにより、上述の問題点を克服し、かつ、新しく信頼性の高い欠陥同定手法を開発することを目的としている。

 第1章においては以上のような研究背景・目的と本論文の概要が述べられている。また、これまでに研究されたECTに関連する欠陥同定手法、および、ウェーブレット解析の歴史と応用に関するレビューもまとめられている。

 第2章ではウェーブレット解析の基礎的理論を簡潔に紹介している。特に、本論文におけるECT問題への適用に関連した部分に重点を置いている。まず始めに、ウェーブレット解析の基本概念について説明し、その後、多重解像度解析、正規直交ウェーブレット分解、最後には高速ウェーブレット展開のアルゴリズムについても触れた。

 第3章においては、渦電流場の数値解析(順問題解析)を取り扱っている。ここでは、き裂を有する導体中の渦電流場および誘導磁界の空間分布を数値計算する手法として、磁気ベクトルポテンシャル法を用いている。さらには、数値計算により得られた磁場データをウェーブレット展開することによって、き裂欠陥の深さおよび長さを同定するための較正曲線を導出した。なお、本章で用いた渦電流解析手法は、第4章、第5章における磁場データを計算する際にも用いられている。

 第4章では、ウェーブレット解析を適用した欠陥形状認識のための新しい手法を提案し、その有効性を示している。ここで提案する手法は、欠陥の存在によって渦電流場は乱され、結果として、欠陥部分は渦電流分布の不連続点になる、という事実に基づいたものである。まず第1ステップとして、最小二乗法に基づく逆解析により測定磁場データから導体表面での電流ベクトルポテンシャル分布を推定する。次に、推定された電流ベクトルポテンシャル分布の不連続点を探索するために、ポテンシャルのウェーブレット係数を計算する。その結果、特異性・不連続性に敏感であるというウェーブレットの性質により、探索された不連続点からの欠陥形状再構成を非常に正確に行なうことができ、手法の有効性が示された。

 第5章においては、電流ベクトルポテンシャルの逆問題解析を取り扱った。第4章においては逆解析の入力である磁場データ数は精度の高い電流ベクトルポテンシャルを得るに十分の数であると仮定していた。しかしながら、現実のECTにおいては磁場の測定データ数には限りがある。そして、このような場合の逆問題は、唯一解のない問題、もしくは悪条件問題となり得る。このような悪条件逆問題のための適切な正則化手法を見つけるためにウェーブレット変換を適用し、正規直交ウェーブレット基底に基づいた"sparse model"を見い出した。"sparse model"を適切に圧縮することによって、悪条件問題の場合でも妥当な解が得られるようになり、また、電流ベクトルポテンシャル再構成の高速化も同時に達成された。

 第6章では、ウェーブレット解析を適用した原子力発電プラントSG細管のECT信号処理を取り扱った。この問題では、測定インピーダンス信号は通常、欠陥だけではなく、SG細管に付着した物質やその他の構造物からの寄与も含んでいるために、欠陥信号の分離が必要とされている。本研究では、複合信号からの欠陥情報の抽出にウェーブレット解析を適用した。複合信号をウェーブレット領域に変換し、複合信号の局所的特徴を解析することにより、欠陥位置を決定することが可能となった。さらに、複合信号のウェーブレット係数を選択することにより、欠陥のみによるインピーダンス信号を抽出することに成功した。

 最後に、本論文の結論が第7章にまとめられている。本研究によって得られた重要な結論をまとめると次のようになる。

 1.導体表面における磁場をウェーブレット展開することによって、欠陥の深さおよび長さを決定するための較正曲線を導き出した。

 2.電流ベクトルポテンシャルの再構成とウェーブレットを用いたポストプロセスにより、欠陥の位置と形状を正確に同定することが可能となった。

 3.高速ウェーブレット変換を適用した"sparse model"により、磁場データ数の限られた悪条件下でも、電流ベクトルポテンシャルの妥当な逆問題解を得ることが可能になった。同時に、再構成の高速化にも成功した。

 4.ウェーブレット展開を利用することにより、SG細管で測定された複合信号から欠陥のみの情報を抽出することが可能となった。

審査要旨

 原子力発電プラントにおける蒸気発生器(Steam Generator:以下SG)細管の定期検査には、検査の(1)高速性、(2)容易な操作性、(3)高い信頼性、等の理由からECT(渦電流法)が適用されている。ECTに基づいた非破壊検査では、渦電流データの収集および測定データからの欠陥再構成という二つの問題を取り扱う必要があるが、実際は有意なデータの検出だけに終わっている。本論文は、測定データからの欠陥再構成に資するものであり、特に欠陥同定に対するウェーブレット解析の適用に焦点を当てている。

 これまでの経験からも明らかなように、ウェーブレット解析の利点は良好な空間-周波数(もしくは時間-周波数)の局在化特性にある。検査される材料中に欠陥が存在すると、欠陥の近傍で渦電流分布が急激な変化を示すという特徴がある。ECTに基づいた欠陥同定問題においては、このような急激な変化を示す渦電流分布の特徴を捉える必要があり、ウェーブレットは有力な数学的手段と考えられる。本論文においては、ECTの高度化に関しての3つの重要な課題、(1)欠陥認識、(2)逆問題解析、(3)信号処理、に関する研究成果がまとめられている。

 第1章では以上のような研究背景・目的と本論文の概要が述べられている。また、これまでに研究されたECTに関連する欠陥同定手法、および、ウェーブレット解析の歴史と応用例がレビューされている。

 第2章ではウェーブレット解析の基礎的理論をECT問題への適用に関連した部分に重点を置いて、簡潔に紹介している。ウェーブレット解析の基本概念、多重解像度解析、正規直交ウェーブレット分解、最後には高速ウェーブレット展開のアルゴリズムについて紹介している。

 第3章においては、渦電流場の数値解析(順問題解析)を取り扱っている。A-法を用いて亀裂を有する導体中の渦電流場および誘導磁界の空間分布を数値計算している。さらに、数値計算により得られた磁場データをウェーブレット展開することによって、亀裂欠陥の深さおよび長さを同定するための較正曲線を導出している。

 第4章では、ウェーブレット解析を適用した欠陥形状認識のための新しい手法を提案し、その有効性を示している。ここで提案する手法は、欠陥の存在によって渦電流場が乱され、結果として欠陥部分では渦電流分布が不連続になる、という事実に基づいたものである。まず第1ステップとして、最小二乗法に基づく逆解析により測定磁場データから導体表面での電流ベクトルポテンシャル分布を推定する。次に推定された電流ベクトルポテンシャル分布の不連続点を探索するために、ポテンシャルのウェーブレット係数を計算する。特異性・不連続性に敏感であるというウェーブレットの性質により、探索された不連続点から欠陥形状再構成を正確に行なうことができることを実証しており、手法の有効性が示されている。

 第5章においては、電流ベクトルポテンシャルの逆問題解析を取り扱った。第4章においては逆解析の入力である磁場データ数は精度の高い電流ベクトルポテンシャルを得るのに十分の数であると仮定していた。しかしながら、現実のECTにおいては磁場の測定データ数には限りがあり、かつ、このような場合の逆問題は、悪条件問題となる。このような悪条件逆問題のための適切な正則化手法を見つけるためにウェーブレット変換を適用し、正規直交ウェーブレット基底に基づいた"sparse model"を考案した。

 "sparse model"を基に未知数の数を適切に圧縮することによって、悪条件問題の場合でも妥当な解が得られることを示した。また電流ベクトルポテンシャル再構成の高速化も同時に達成された。

 第6章では、ウェーブレット解析を適用して原子力発電プラントSG細管のECT信号処理を取り扱った。この問題では、測定インピーダンス信号は通常、欠陥だけではなく、SG細管に付着した物質やその他の構造物からの寄与も含んでいるために、欠陥信号の分離が必要である。本研究では、複合信号からの欠陥情報の抽出にウェーブレット解析を適用した。複合信号をウェーブレット領域に変換し、複合信号の局所的特徴を解析することにより、欠陥位置を決定することが可能となった。さらに、複合信号のウェーブレット係数を選択することにより、欠陥のみによるインピーダンス信号を抽出することにも成功した。

 最後に、本論文の結論が第7章にまとめられている。

 本論文はECTにより得られた測定データを対象に欠陥形状の再構成を目的にしてウェーブレット解析を適用し、その有効性を実証しており、原子力工学における構造健全性の向上に寄与するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク