学位論文要旨



No 111171
著者(漢字) 山本,肇
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ハジメ
標題(和) 岩盤評価のための割れ目系のスケール変換に関する研究
標題(洋)
報告番号 111171
報告番号 甲11171
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3415号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小島,圭二
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 六川,修一
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨

 断層や節理を含めた割れ目系の空間的分布形態を把握することはダムやトンネル、大規模地下施設などのサイト選定、設計・施工における大きなニーズとなっている。これは、割れ目系岩盤の力学的・水理学的特性が割れ目系の幾何形状に大きく支配されるためである。

 割れ目には大小様々な規模があり、割れ目の規模をトレース長、破砕幅、変位量などで表すと、いずれの場合も規模m以上の割れ目個数N(>m)がlogN(>m)=C-Dlogm(C,D:定数)というべき葉の関係に従うことが多くの研究から報告されている。べき関数形は変数のスケール変換によって不変である。この性質を利用すると割れ目の規模分布のスケール変換が可能となり、計測スケールから工学的重要性の高いスケールでの割れ目規模分布を評価することができる。従来からスケール変換の可能性は指摘されていたが、バラツキの程度などが分かっておらず実用的には行われ得なかった。

 本研究は、岩盤評価で重要な要因として規模と密集度を考え、割れ目系のスケール変換の実用的方法を示すことを目的とする。各章で得られた結論を以下に示す。

割れ目密度の空間分布

 実測の割れ目空間分布の特性を密集度に注目して確率統計学的に研究した。その結果、以下の知見が得られた。

 1.割れ目空間分布パターンは平均値と分散の関係から、規則型、ランダム型、密集型に分類することができる。従来は割れ目密度分布についてポアソン分布が適用されてきた。しかし、ポアソン分布が適合するものはランダム型であるのに対し、実測では密集型が多く存在する。

 2.密集型割れ目系の密度分布は負の二項分布がうまく適合する。負の二項分布はポアソン分布の一般化として捉えられるので、結局、ランダム型、密集型いずれの密度分布も負の二項分布により表現しうる。

 3.負の二項分布における分散2と平均値の間には22/k+の関係があり、kが小さいほど分散が大きくなり、密集度が高いことを示す。この関係は計測単位領域や割れ目の最小破砕幅の取り方にあまり依存しない。密度分布型についても同様の傾向が認められる。

割れ目系のスケール変換

 割れ目系のスケール変換のための計測・解析上の諸問題について研究を行うとともに、スケール変換の適用性を検討した。

 本章で得られた知見を以下にまとめる。

 1.規模分布の空間的バラツキを統計モデルに基づいて検討した。このモデルにおいて標本から回帰的に推定されるC値、D値の分布を調べるとともに、回帰式によるスケール変換の予測性を標本数および変換距離(計測スケールと予測スケールの比)で整理した。その結果から各種調査法におけるスケール変換の適用性を示した。

 2.破砕幅は計測の容易な量であるが、割れ目の空間的広がりを表す量でないため、系の連続性の評価に用いることができない。そこで、測線上の破砕幅分布を平面のトレース長分布に展開する幾何学的方法を試みた。この方法は破砕幅tとトレース長lの経験的関係式logl=+logtに基づくものであり、Dl=Dt/+1となる(Dl,Dtはそれぞれトレース長分布、破砕幅分布のD値である)。この方法により求めたトレース長分布は実測値と整合的である。

 3.国内の建設サイトへスケール変換を適用し、手法の妥当性を検証した。検証サイトは花崗岩から成る数100m規模の地下石油貯蔵施設である。ボーリングと調査坑スケールのデータをスケール変換して、建設対象区域数100m四方の割れ目の規模分布を破砕幅とトレース長について求め、これらを実測を比較したところ良い傾向の一致を見た。

割れ目幾何パターンの実現

 計測スケールでの割れ目の規模分布と空間分布の統計解析から、その実現値として目的スケールでの割れ目系パターンを作成し、実測との比較を行った。

 パターンの作成では、実測の統計分布ををそのまま実現する統計モデルと、自己相似的規則から作成される数値モデルを検討した。

 1.統計モデルでは規模と密度の統計分布として、各々べき乗則、負の二項分布を実現する。この方法を菊間、久慈両地域について適用し、ボーリング・横坑スケールのデータをスケール変換した結果を用いて、建設対象領域の割れ目パターンを作成したところ、いずれの場合も規模分布、空間分布の特徴において、モデルの実現パターンと実測パターンは良い傾向の一致を示す。

 2.数値モデルとしては、自己相似則からパターンを生成する2つのモデルを検討した。カスケードモデルはボックスカウンティングの逆算によりボックス次元が非整数になるパターンを表現するものである。実測によれば密集度とボックス次元の関連も認められ、今後検討の余地がある。繰り込み群モデルでは、まず破壊セルの幾何的配置により破壊条件を与え、初期状態の破壊セルを与えると、自己相似的に破壊が進展する。このモデルによるパターンは規模分布のべき乗則を自動的に満たす。このモデルをリニアメントデータに適用して得られた自己相似パターンは、坑道の実測の密度分布の傾向を良く表現している。

 本研究により、割れ目系の規模と密集度のスケール変換の実用化への道が開かれたと考える。本手法の岩盤評価への利用としては、概査段階における調査計画立案、相対的サイト評価、掘削前段階におけるコスト算定が考えられる。今後は本論で示した基本的方法の他地域での適用・検証を進め、実用化を目指したい。

審査要旨

 岩盤の工学的評価では、断層や節理を含めた割れ目系の空間的分布の把握が重要である。破砕帯の幅、連続性とその存在頻度などは工学的に最も関心のある要因であり、また割れ目の空間的密集度は岩盤評価の基礎的な要因である。

 割れ目系の把握を困難にしている理由の一つは、割れ目系が様々なスケールで分布してことによる。工学上、調査で対象とするスケールと設計・施工で対象となるサイトのスケールは一般に異なるので、サイトの割れ目評価には何らかのスケール変換が必要となる。

 この問題に対するアプローチとして、割れ目の寸法と存在数の間に成立つべき乗則の利用が注目されている。べき乗則はスケーリング則と呼ばれ、この規則性を利用すれば割れ目系のスケール変換が可能と考えられる。しかし工学的評価への具体的な応用は未だ確立されていない。

 本論文は、スケール変換の工学的利用として岩盤評価を念頭におきつつ、その基本的要素である割れ目の存在密度と密集度に焦点を絞り、スケール変換の実用的方法と適用性について実測・理論の両面から検討したものである。

 本論文は6章から構成されている。

 第1章では、序論として文献調査及び課題解決のアプローチが記述されている。

 第2章では、割れ目の空間的集合度に注目して、割れ目密度分布を統計学的に調べている。その結果、以下の知見が得られている。

 (1)割れ目空間分布のパターンを、密度の平均値と分散の関係に注目して、規則型、ランダム型、密集型に分類している。その結果、実測では密集型が多く存在することを示している。

 (2)負の二項分布の導入によって、実測に見られるランダム型の分布のみならず、密集型の分布についても密度分布をうまく表現している。負の二項分布はポアソン分布の一般化となっているので、より汎用的であると考えられる。

 (3)負の二項分布では、密度の分散2を平均値の関係を、分布の密集度を定量的に表す指数kを用いて22/k+という式で表せることを示している。この分散の表現は簡便であり、工学的に実用的であると考えられる。

 第3章では、スケール変換の基礎となる割れ目寸法分布のスケーリング則の評価法について検討している。即ち、

 (1)割れ目の破砕幅分布のバラツキを統計モデルにより整理し、その妥当性を実測から示している。また、このモデルに基づいたスケーリングへの回帰法を最尤法に基づき導出している。さらにその結果を受けて、スケール変換の誤差分散を評価し、その適用範囲について考察している。

 (2)経験的な破砕幅と長さの関係を用いることにより、測線上の破砕幅分布を平面上のトレース長分布へ変換する方法を試み、実測値に近い値が得られている。

 第4章では、割れ目密度の評価に関し、建設サイトのスケール変換に適用し、その方法を具体的に示している。BHTV、調査坑、リニアメントのデータからサイトの破砕帯存在数を予測した結果、実測との良い一致が示されている。

 第5章では、規模と密度の空間的表現に関し、割れ目の規模と密度の空間的分布をスケール変換により表現する方法を検討している。分布の作成では、統計分布をスケール変換し、これを直接モンテカルロ法で表現する統計モデルと、自己相似則から作成される数値モデルを検討している。統計モデルでは、スケール変換された統計分布を割れ目の規模と密度の空間分布パターンとして描き出している。数値モデルでは、フラクタル構造を仮定した2つの自己相似モデルとして、カスケードモデルと繰り込み群モデルを検討している。このモデルをリニアメント分布に適用して得られた自己相似パターンは、坑道の実測の密度分布の傾向を良く表現している。

 本研究は、割れ目系のスケール変換の実用化へ向けて大きな貢献をするものと期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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