学位論文要旨



No 111172
著者(漢字) 秋,晢淵
著者(英字)
著者(カナ) チュウ,ソクヨン
標題(和) 岩石の湿潤状態における時間依存性
標題(洋)
報告番号 111172
報告番号 甲11172
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3416号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 小島,圭二
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨

 本研究は、湿潤状態における岩石の時間依存性を明らかにすることを目指しておこない、その研究成果を7章に分けて述べた。第1章では、本研究の目的について述べると共に、従来の研究についてまとめた。第2章より第4章までは、一軸圧縮応力下での挙動について述べた。続く第5章と第6章では、一軸引張応力下での挙動について述べた。最後の第7章にて、本研究の成果をまとめた。

 第1章で本研究の目的を述べたが、それは大別して3つになる。

 岩石あるいは岩盤の破壊や変形挙動を考えた場合、時間の影響を考慮する必要性のある場合が多い。殊に、水分を含んだ岩石の時間依存性挙動を正確に把握していくことは、岩盤構造物の合理的設計・施工や長期安定性評価の向上につながると考える。しかしながら、従来、水分による岩石の強度の変化に関する研究は多いのに対し、岩石の時間依存性や長期安定性を検討している例は少なく、基礎的と思われる事項すら明らかにされていない。そこで、本研究では、水分を含んだ岩石の時間依存性についての基礎的検討をおこなうことを第一の目的とした。

 岩石力学分野では、圧縮強度に比べて引張強度に関する研究は比較的少ない。しかしながら、巨視的には圧縮破壊であっても、微視的には引張応力に基づく亀裂進展が関与する可能性が高い。また今後、地下空間の利用が進むにつれ、従来より大規模で複雑な形状の地下構造物の建設が要求されるが、局部的に引張応力を岩盤が受け持つことも有り得る。よって、引張応力での時間依存性を調べることは大規模地下構造物の長期安定性の評価や破壊機構の解明にもつながると考える。一軸引張応力下での時間依存性挙動を実験的に把握するのが本研究の次なる目的である。

 自然の岩石はごく近傍にあっても強度やクリープ寿命などがかなりばらつく。岩盤内構造物の設計に当たって、事前調査では、限られた数のデータより岩盤の状況を予知せねばならない。その際、岩石の強度とクリープ寿命の分布特性は地下構造物の設計や長期安定性評価において重要であると考える。よって、一軸圧縮応力下と引張応力下での強度や寿命の分布特性を明らかにすることも本研究の重要な目的の一つとした。

 第2章では、一軸圧縮試験と構成方程式について述べた。まず、気乾状態と湿潤状態の岩石の時間依存性を明らかにするために、載荷速度を変えた一軸圧縮試験を数種の岩石を用いておこなった。

 その結果、強度、ヤング率ともに気乾状態の方が大きく、気乾状態のときの応力-歪み曲線が、湿潤状態のときのそれを内包することが明らかになった。また、載荷速度が増加すると、強度はかなり増加するがヤング率の増加は強度の増加に比べて比較的少ないことがわかった。興味深いことに、載荷速度が10倍になった時の強度の増加(=1n(10)/)が、気乾状態と湿潤状態とで変わらない。この場合も載荷速度の速い時の応力-歪み曲線が小さいときのそれを内包する。

 つぎに、以前大久保らによって提案された構成方程式に若干の改良を加え、実験結果を再現することを試みた。気乾状態と湿潤状態とでは、ヤング率Eと強度Fが異なるが、は不変として計算すれば、上述した諸実験結果をかなり良く再現できることがわかった。

 第3章では、一軸圧縮クリープ試験結果について述べた。クラスII岩石の三城目安山岩、およびクラスI岩石の田下凝灰岩と大谷凝灰岩を用いて気乾状態と湿潤状態での一軸圧縮クリープ試験をおこない、気乾状態と湿潤状態とでのクリープを比較・検討するとともに、その結果を踏まえて、第2章で提案した構成方程式がクリープ試験に適用可能かどうかについて検討した。

 まず、いくつかのクリープ応力にて一軸圧縮クリープ試験をおこなった結果、クリープ寿命は(F-C)により整理できることがわかった。すなわち、気乾状態でも湿潤状態でも、寿命はexp{(F-C)}に比例することがわかった。第2章で述べたように載荷速度が10倍となると一軸圧縮強度は、気乾状態でも湿潤状態でも=1n(10)/だけ上昇するが、これに呼応して、クリープ試験では、だけクリープ応力が変わると寿命が1桁(10倍)変わることがわかった。

 クリープ歪みの経時変化を調べた結果、1次クリープは近似的に対数クリープ則にしたがうこと、3次クリープでは歪み速度が残存寿命に反比例することがわかった。また、寿命で正規化したクリープ曲線は、クリープ応力の大小、試験片の乾湿に拘わらず、全測定結果がほぼ重なることがわかった。

 第2章にて提案した構成方程式とパラメータの値を使用して数値計算をおこなった結果、気乾状態と湿潤状態の一軸圧縮強度の載荷速度依存性のみならず、両状態のクリープ寿命のクリープ応力依存性をかなり良く再現できることがわかった。また、両状態のクリープ曲線もかなり良く再現することがわかった。

 第4章においては、一軸圧縮応力下での強度と寿命の分布特性について述べた。まず、一軸圧縮強度とクリープ寿命の分布特性を調べ、ついで一軸圧縮強度の分布特性とクリープ寿命の分布特性とが結びつけられるかどうか、矛盾なく両者を説明できるかどうかを検討した。

 その結果、気乾状態でも湿潤状態でも一軸圧縮強度はワイブル分布にしたがうこと、また均一性係数(ワイブル分布の形状母数)は両状態でさほど変わらないとの結果を得た。クリープ寿命も近似的にワイブル分布にしたがうことがわかった。なお、強度とクリープ寿命との関係を検討した結果、一軸圧縮強度の分布特性よりクリープ寿命の分布特性を見積ることが可能であること、逆に、クリープ寿命の分布特性より一軸圧縮強度の分布特性を見積ることも可能であることを示した。

 第5章では、一軸引張クリープ試験結果について述べた。特に、一軸引張クリープ試験に際し、従来の報告例がほとんどない破壊までの歪みの経時変化を記録した完全クリープ歪み曲線を得ることに留意を払った。また、圧縮応力下での時間依存性挙動との関連についても検討した。さらに、大久保らが提案している亀裂進展速度の式を用いて、一軸引張クリープ試験結果の定性的な説明を試みた。

 その結果、経過時間に伴い歪み速度の減少する1次クリープの存在することがわかった。歪み速度は、やがて最小値をとり、増加に転じる。破壊直前のいわゆる3次クリープでの歪み速度は、残存寿命にほぼ反比例することがわかった。以上の2点は、一軸圧縮クリープ実験結果と定性的に一致した。また、一軸引張クリープ寿命は、強度とクリープ応力の差(F-C)にて整理できることを示した。さらに、一軸圧縮応力下と一軸引張応力下のクリープ寿命は、正規化した応力差(F-C)/Fにより整理できることもわかった。三点曲げ試験結果に基づいて提案した亀裂進展速度の基礎式を応用して、一軸引張クリープ試験結果の定性的説明を試み結果、極めて単純化した1個の亀裂を含む2次元モデルを仮定すれば、1次クリープと3次クリープの実験結果を説明できることがわかった。

 第6章においては、引張応力下での強度とクリープ寿命の分布特性について述べた。まず、引張応力下における強度のばらつきを検討し、その分布特性を明らかにした。ついで、一軸引張クリープ試験結果についても検討を加え、強度と寿命との関係、両者の分布特性の関係を見いだすこと、さらに第4章で述べた圧縮応力下での分布特性と、引張応力下での分布特性との関係を見いだすことを試みた。

 その結果、圧裂引張強度や一軸引張強度はワイブル分布にしたがうこと、ワイブル分布の形状母数bは気乾状態と湿潤状態とでさほど変わらないことがわかった。形状母数は、圧裂引張強度と一軸引張強度とでほぼ一致し、一軸圧縮強度と引張強度とで大差のないこともわかった。一軸圧縮クリープ寿命と同様に、一軸引張クリープ寿命もワイブル分布に従い、強度の分布特性よりクリープ寿命の分布特性を見積ることが可能であることもわかった。

 第7章においては、本研究で得られた結果をまとめておいた。最も重要な成果は、気乾状態と湿潤状態ての時間依存性挙動は似通っていることを、見いだした点である。すなわち、気乾状態と湿潤状態とで、破壊・変形機構はさほど変わらず、湿潤状態では、単に現象の進行速度が速まっているのみである可能性が高いことを指摘した点である。

審査要旨

 岩石あるいは岩盤の破壊や変形挙動を考えた場合、時間の影響を考慮する必要性のある場合が多い。殊に、水分を含んだ岩石の時間依存性挙動を正確に把握していくことは、岩盤構造物の合理的設計・施工や長期安定性評価の向上につながる。しかしながら、従来、水分による岩石の強度の変化に関する研究が多いのに対し、岩石の時間依存性や長期安定性を検討している例は少なく、基礎的と思われる事項すら明らかにされていない。本論文は、水分を含んだ岩石の時間依存性について実験的・理論的に解明している。

 本論文は7章よりなるが、第1章では、本研究の目的について述べると共に、従来の研究についてまとめている。第2章より第4章までは、一軸圧縮応力下での挙動について述べ、続く第5章と第6章では、一軸引張応力下での挙動について述べている。最後の第7章にて、本研究の成果をまとめている。

 第2章では、一軸圧縮試験と構成方程式について述べている。まず、気乾状態と湿潤状態の岩石の時間依存性を明らかにするために、載荷速度を変えた一軸圧縮試験を数種の岩石を用いておこない、強度、ヤング率ともに気乾状態の方が大きく、気乾状態のときの応力-歪み曲線が湿潤状態のときのそれを内包すること、載荷速度が増加すると強度はかなり増加するがヤング率の増加は強度の増加に比べて比較的少ないことを見いだした。また、以前大久保らによって提案された構成方程式に若干の改良を加え、実験結果を再現することを試み、気乾状態と湿潤状態とでは、ヤング率Eと強度Fが異なるが、は不変として計算すれば、上述した諸実験結果をかなり良く再現できることを明らかにした。

 第3章では、一軸圧縮クリープ試験結果について述べている。クラスII岩石の三城目安山岩、およびクラスI岩石の田下凝灰岩と大谷凝灰岩を用いて気乾状態と湿潤状態での一軸圧縮クリープ試験をおこない、気乾状態と湿潤状態とでのクリープを比較・検討するとともに、その結果を踏まえて、第2章で提案した構成方程式がクリープ試験にも適用できることを明らかにした。

 第4章においては、一軸圧縮応力下での強度と寿命の分布特性について述べている。気乾状態でも湿潤状態でも一軸圧縮強度はワイブル分布にしたがうこと、また均一性係数(ワイブル分布の形状母数)は両状態でさほど変わらないことを見いだした。また、クリープ寿命も近似的にワイブル分布にしたがうことを見いだした。さらに、強度とクリープ寿命との関係を検討し、一軸圧縮強度の分布特性よりクリープ寿命の分布特性を見積ることが可能であること、逆に、クリープ寿命の分布特性より一軸圧縮強度の分布特性を見積ることも可能であることを明らかにした。

 第5章では、一軸引張クリープ試験結果について述べている。まず、経過時間に伴い歪み速度の減少する1次クリープの存在を見いだした。歪み速度はやがて最小値をとった後増加に転じ、破壊直前のいわゆる3次クリープでの歪み速度は残存寿命にほぼ反比例することを見いだした。また、一軸引張クリープ寿命は、強度とクリープ応力の差(F-C)にて整理できることを示し、さらに、一軸圧縮応力下と一軸引張応力下のクリープ寿命は、正規化した応力差(F-C)/Fにより整理できることを見いだした。三点曲げ試験結果に基づいて提案した亀裂進展速度の基礎式を応用して、一軸引張クリープ試験結果の定性的説明を試み結果、極めて単純化した1個の亀裂を含む2次元モデルを仮定すれば、1次クリープと3次クリープの実験結果を説明できることを明らかにした。

 第6章においては、引張応力下での強度とクリープ寿命の分布特性について述べている。圧裂引張強度や一軸引張強度はワイブル分布にしたがうこと、ワイブル分布の形状母数bは気乾状態と湿潤状態とでさほど変わらないことを見いだした。形状母数は、圧裂引張強度と一軸引張強度とでほぼ一致し、一軸圧縮強度と引張強度とで大差のないことも見いだした。一軸圧縮クリープ寿命と同様に、一軸引張クリープ寿命もワイブル分布に従い、強度の分布特性よりクリープ寿命の分布特性を見積ることが可能であることを明らかにした。

 第7章においては、本研究で得られた結果をまとめている。本論文において最も評価できる点は、気乾状態と湿潤状態での時間依存性挙動は似通っていることを、豊富な実験結果に基づいて明らかにしたことである。すなわち、気乾状態と湿潤状態とで、破壊・変形機構はさほど変わらず、湿潤状態では、単に現象の進行速度が速まっているのみである可能性が高いことを指摘した点である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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