学位論文要旨



No 111174
著者(漢字) 高村,禅
著者(英字)
著者(カナ) タカムラ,ユズル
標題(和) プラズマフラッシュ蒸発法の開発
標題(洋)
報告番号 111174
報告番号 甲11174
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3418号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 熱プラズマは、高エネルギー密度/高粒子密度をもち、粒子加熱性に富み、また豊富なラジカル種の存在などから、高速プロセッシングまたは高度な組織制御のための新合成法を期待させる。本研究は、この熱プラズマを用いた新しい蒸着法である「プラズマフラッシュ蒸発法」を開発し、酸化物超伝導体への応用を通して、本プロセスを制御性の良い汎用プロセスとして確立しようとするものである。特に本論文では、成膜種のクラスター化と高密度ラジカルの効果に注目し、新堆積過程に基づいた超高速堆積の可能性を論じる。

 プラズマフラッシュ蒸発法とは、組成制御された粒径1m程度の多元粉体原料を高周波熱プラズマ中に導入し、瞬時に蒸発/反応させ、温度制御された基板上に堆積させる手法であり、固体粉末を原料とするため多元系への適用が容易で安価であり、高真空を必要とせず、また露出電極がないために任意の反応性雰囲気での成膜が可能であるという特徴をもつ。

 他方、本法やセラミックス厚膜などの超高速合成などで大きな成果をおさめている熱プラズマCVD法に共通する高速化の鍵として、熱プラズマによって作り出される非平衡種やラジカル種などに加え、クラスターが重要であると考えられているが、直接には確認されていない。また、これらの濃度やフラックスを支配しているのは、明らかに基板近傍に形成される厚さ数mm程度の境界層である。従って境界層の構造及び役割の詳細を決定することは、非平衡種やラジカル種・クラスターの生成、クラスターからの成膜反応の研究に必要不可欠と考えられる。

 そこで本研究では、プラズマフラッシュ蒸発法をさらに発展させる上で、成膜を支配していると考えられる境界層中の特にクラスター及びラジカル種の挙動に注目し、モデリング及び実測によってこの量と特性を明らかにし、また操作可能な実験パラメータにより制御することを第1の目的とする。

 その上で、実際の成膜を行ない、高密度ラジカルの効果、クラスター成膜の効果を確認し、クラスター成膜理論の発展に有益な知見を得ることを第2の目的とし、更にはその理論を発展させ、モデリングと実験値の対応から理論を検証するとともに熱プラズマプロセスによる超高速成膜/成膜温度の低温化/エビタキシャル成長の可能性を検討・実証し、熱プラズマ成膜プロセスの基礎を発展することを目的とする。

 第1章では諸言として本法の意義をまとめ、本研究の背景を説明する。

 第2章では数値計算によるモデリングによって本法を解析する。特にクラスターからの成膜反応を仮定した場合最も重要であるクラスターのサイズ、及び本法の第2の大きな特徴である高密度フリーラジカルfluxの量をモデリングによって見積った。

 まずFe単元系において気相中のクラスタの核生成成長計算を行なった。その結果、プラズマフレームが基板に垂直に当たり強制冷却される条件に対応する冷却速度3×106K/secでは、基板に到達するクラスターサイズは10[1原子の直径を1とする]以下であることがわかった。また、この時の全クラスターの表面エネルギーの総和は、基板到達時でFeの結合エネルギーの約半分に相当し、これが基板に到達したあとの成膜反応を活性化し高速堆積に寄与するに十分である可能性が示唆された。

 次に、本法のような粒子密度の高いプロセスで寿命の短いフリーラジカルが急冷によってどの程度基板上の反応に寄与できるかを見積もるため、基板に到達する原子状酸素量を反応動力学的計算によって求めた。計算結果によれば1016〜1020atoms/sec・cm2の原子状酸素fluxが実現できると予想された。

 第3章では、第2章で扱った基板に到達するクラスターの特性及び原子状酸素flux量を実測した。境界層で発生した非常に反応性・凝集性の高い基板到達時のクラスターのサイズを原子数10〜106の範囲わたって200Torr程度の低真空で測定する技術はなく、Siウエハー上に加工された幅約1mのトレンチ上に堆積した膜プロファイルなどを用いてクラスターサイズを求めるKim等が用いた方法を、トレンチ周辺の情報のみから求められるように改良して用いた。同法により、酸化物超伝導体成膜時のクラスターサイズは、0.6〜10nmと求められた。

 次に基板に到達する原子状酸素fluxを測定した。具体的にはQuartz Crystal Microbalance(QCM)上の銀膜をプラズマフレーム中に10m sec露出させ境界層を抜けてきた原子状酸素(又はオゾン)に選択的に反応させる。この銀の重量変化から原子状酸素fluxを見積る。これにより実際にに基板に到達する粒子は1×1019atoms/cm2・secと見積もられた。また値は、プラズマガスとしてトーチに導入する40SLMの酸素ガスのうちQCM上に到達する酸素の少なくとも7%が原子状で到達し銀と反応したことを意味する。

 本章の結果により、本法で生成されるクラスター及びラジカル種はそれぞれ成膜に十分影響し得る活性度と量を持っていることが確認された。

 第4章では、実際に酸化物超伝導体薄膜を堆積させ、本法におけるクラスター成膜の効果と高密度原子状酸素fluxの効果を調べた。合成した膜は、X線回折、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡にによる観察、電気抵抗測定等により評価し、組織、超伝導転移温度(Tc)、配向性、結晶定数(c軸長)などの基板温度依存性、原料供給速度依存性を調べた。おもな実験条件は、Rf Power=50kW,Pressure=200 Torr,Substrate temp.=600〜750°C,O2gas=45l/min,Ar gas=2.5l/min,Powder feed rate=20〜80mg/min,Deposition time=1〜10min,である。

 まず、基板位置、高周波入力、ガス流量条件を一定にして、基板温度を600℃→710℃の範囲で10℃刻みに変化させMgOまたはSrTiO3単結晶基板上(100)面に堆積を行ったところ、MgOについて、a軸→c軸の配向性の変化が見られた。SrTiO3では上記全条件にてc軸配向した膜が得られた。また実用化をめざして多結晶焼結セラミックス基板、属基板にY安定化ジルコニアのバッファー層を堆積した基板に堆積し、良好な結果を得た。

 つぎに、高密度原子状酸素ラジカルflux中の堆積における特有の現象として、無双晶YBa2Cu3O7-x膜の堆積を試みた。これは、通常のbulk又は膜プロセスでは、YBa2Cu3O7-x酸化物超伝導体は高温で酸素欠損の多い正方晶をまず結晶化させ、その後400℃でアニールすることにより、酸素欠損が少ない斜方晶の超伝導体を得る。この場合、正方晶-斜方晶転移を経るためサブミクロン程度の幅をもった高密度の双晶を避けることが出来ない。しかし本法では原子状酸素ラジカルが非常に多いため、直接斜方晶を結晶化でき、双晶のない膜が作成できる可能性がある。透過電子顕微鏡による堆積膜の観察により本法にて双晶のない膜の作成が可能なことを確認した。

 最後に、気相中でのクラスター形成を積極的に利用した高速堆積に挑戦した。具体的には、高速堆積上限のクラスターサイズ依存性、基板温度依存性をしらべ、クラスターより堆積した場合、膜の表面形態、結晶構造、配向性、エビタキシャル成長性、超伝導体としての電気的特性及ぼす影響を調べた。

 原料供給速度を60〜1230mg/min、基板トーチ間距離を270〜360mm変化させることによりクラスターサイズを変え、590〜670℃の基板温度で、SrTiO3(100)面に堆積させた。この結果、基板トーチ間距離270〜310mmにおいて、クラスター成膜特有であると思われる特筆すべき平坦な膜が堆積できた。また、基板トーチ間距離270mmでは、堆積速度2.3m/minまでc軸配向したYBa2Cu3O7-x膜が堆積できた。この表面の形状の変化は、クラスター成膜特有の新しい高速結晶成長モデルを示唆するものであり、STMによる堆積膜の表面構造の微細観察はこのモデルと対応した。

 第5章は総括であり、以下主な成果を列記する。

 ・熱プラズマを用いた成膜プロセスにおける、基板温度、原料濃度、ラジカル濃度、クラスターサイズ等をモデル化により予測し、計測し、制御する1方法を確立した。

 ・酸化物超伝導体の堆積に応用し、大面積均一堆積、高速堆積、膜組織制御が可能であることを示した。

 ・クラスタからの堆積が多元系薄膜の高速堆積に有効であることの一端を示した。

審査要旨

 本研究は、熱プラズマを用いた成膜プロセスである「プラズマフラッシュ蒸発法」の開発に関するものであり、特に200Torr程度の減圧プラズマ環境下での成膜の特徴と考えられる高密度フリーラジカルfluxの効果、及び成膜種のクラスター化に注目し、これらを積極的に利用した酸化物超伝導体膜の実用高速大面積プロセッシング開発、およびクラスターからの堆積理論の確立を目指したものである。

 本論文は、全5章から構成されている。

 第1章では諸言として本法の原理、特徴、および本法の意義をまとめ、本研究の位置付けを明確にし、その目的及び本論文の構成が述べられている。

 第2章では、本法を数値計算的モデリングによって解析している。具体的には、本法のような低真空プロセスにおいて再結合せずに基板に到達する高密度フリーラジカルのflux量を見積もるための気相反応、およびクラスター化した成膜種のサイズを見積もるための凝集反応を取り扱っている。これらは、プラズマフレームが基板近傍で強制冷却される3×106K/secの冷却速度に相当する気相中の反応を扱ったものである。前者の例として、原子状酸素flux量を反応動力学的計算によって求め、冷却速度1016〜1020atoms/sec・cm2の原子状酸素fluxが実現できると予想している。後者の例としては、Fe単元系の気相中のクラスタの核生成成長計算を行ない、基板に到達するクラスターの直径はサイズ効果が十分期待できる10原子以下と予想している。

 第3章では、第2章で扱った基板に到達するクラスターの特性及び原子状酸素flux量の定量的実側結果がまとめられている。まず、1mm程度の境界層で発生する反応性・凝集性の高い基板到達時のクラスターのサイズを原子数10〜106の範囲にわたって200Torr程度の低真空で測定するために、Siウエハー上に加工された幅約1mのトレンチ内外に堆積した膜プロファイルから平均的クラスターサイズを求める手法を新たに開発し、同法により、酸化物超伝導体成膜時のクラスターサイズは、0.6〜10nmと求めている。次に基板に到達する原子状酸素fluxをQuartz Crystal Micro balance(QCM)と銀膜を利用したセンサーにより測定し、1×1019atoms/cm2・sec以上であるとして、本法で生成されるクラスター及びラジカル種はそれぞれ成膜に十分影響し得る活性度と量の存在を確認した。

 第4章では、本法による酸化物超伝導体薄膜の堆積を通して、本法の成膜プロセスとしてのポテンシャルと、クラスター成膜の効果及び高密度原子状酸素fluxの効果を検証している。まず、単結晶SrTiO3,MgO,多結晶Y安定化ZrO2(YSZ),及びYSZバッファー層を堆積したハステロイ基板上に堆積し、プロセスとしての制御性を確認し、また良好な特性の堆積膜を得ている。次に、高密度原子状酸素ラジカルfluxが膜に及ぼす効果の例として、酸素欠損の少ない斜方晶を直接堆積できるため正方晶-斜方晶変態が不要であることを利用した、無双晶YBa2Cu3O7-x膜を堆積し、本法の独創性を証明している。最後に、気相中でのクラスター形成を積極的に利用した高速堆積を試みている。具体的には、高速堆積上限のクラスターサイズ依存性、基板温度依存性を調べ、クラスターより堆積した場合の、膜の表面形態、結晶構造、配向性、エビタキシャル成長性、超伝導体としての電気的特性に及ぼす影響を調べている。この結果、基板トーチ間距離270〜310mm、原料供給速度60〜850mg/min、基板温度590〜670℃においてc軸配向したYBa2Cu3O7-x膜が得られ、また最大2.3m/minの堆積速度を実現している。また、この堆積条件では、成膜種のクラスターサイズは、0.6〜1.2nmと考えられ、これより、ある程度の大きさ以下であれば、クラスターからの堆積によってもc軸配向膜が得られることを見い出している。さらに、c軸配向膜表面のSTM観察では、従来のliteral growthでは説明できない成長表面が観察されたこと等より、クラスターからの付着成膜によるエビタキシャル成長の可能性を指摘している。

 第5章は総括であり、本論文の成果が総括されている。

 以上、本研究は、熱プラズマを用いた新合成法であるプラズマフラッシュ蒸発法によるY系酸化物超伝導膜の実用高速大面積堆積を実証し、また高密度フリーラジカル環境下でのクラスターからの高速堆積プロセスの基礎の研究として位置付けられるものであり、材料学における薄膜プロセッシングに関する学問分野の進歩発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54459