二酸化チタンTiO2はn型半導体であり、水環境中で光照射をうけると水を酸化して酸素を発生する。この現象は本多・藤嶋効果として知られており、その時TiO2自身の劣化は認められていない。本論文は、このような特性を持つTiO2を金属に被覆することにより、その耐食性を向上させる研究をまとめたものであり、全七章からなる。 第一章は緒論で、本防食法が、従来の防食法と比較してまず第一にカソード防食としての特長を備え被覆に不可避な欠陥を許容することを示し、第二に半導体の電気化学的性質を述べた上で、半導体の光腐食反応にふれ、被覆したTiO2の光照射下のアノード反応が劣化を伴わないことを示し、この意味において、TiO2を用いたカソード防食法が従来の最も一般的カソード防食法であった鉄に対する亜鉛のそれとは異なる、非犠牲的防食法であるという特長をもつということを述べている。 第二章では、特殊な合わせガラスに採用されている銀とITO(Indium Tin Oxide)との組み合わせにおける銀の腐食挙動を調べた。ITOは塩化物イオンCl-の共存下に一般には銀の腐食を加速し、その速度は光照射・溶存酸素の量に比例するが、低濃度Cl-域では逆に銀を防食することがあることを見い出した。この稀な現象はn型半導体としてのITOが光照射により自然浸漬電位が卑方向へ変化するという特性によるものであるが、ITOにおけるIn/Snの組成・膜厚・電気抵抗を変化させた範囲内ではITOのみでは、銀の防食に必要な十分に卑な電位が得られず、従って銀と組み合わせた場合安定して銀を防食しうるような特性を見い出すことはできなかった。 第三章では、第二章でのITOの防食作用をより安定的に発揮すると考えられるフラットバンド電位がITOより卑なTiO2を選び、これをスパッタリング法によりITO上に被覆することによって、Ag/ITO系において全Cl-濃度域で銀を防食しうることを示した。また、ITiO/ITO2に高温での熱処理を施すとさらに銀の防食効果に有効であることも示した。 第四章では、銀とほぼ等しい腐食電位を持つ304ステンレス鋼上へスパッタリング法によりTiO2を被覆し、その防食効果を調べた。TiO2は厚さ3nm以上で防食効果を示し、100nmの厚さで数%濃度のNaCl水溶液中でのすきま腐食を防止しうること、面積率10%以下の被覆欠陥の影響を無視しうることを実験的に明らかにした。また、被覆の膜厚・光の相対強度の防食効果にあたえる影響を調べ、膜厚は100nmまでの範囲において厚いほど、光の強度も強いほど防食効果が大きいことを明らかにした。ただし本系のように下地がステンレス鋼の場合には、300℃以上での熱処理が防食効果を損なうことを述べ、鋼/TiO2界面での厚さ方向の元素分布を調べている。 第五章では、防食効果上望ましいより厚い被覆が可能なゾル-ゲル法によるTiO2膜を同じく304鋼上へ適用した結果の調査である。最適条件を選ぶことによりステンレス鋼においてもっとも厳しいとされる対すきま腐食に対しても十分な防食効果が得られることのほか、光照射の停止後も防食上有効な卑な電位が例えば10時間弱保たれるという興味ある現象を見い出すとともに、暗条件下において光照射時と同等の電極電位に保つという操作によりこの現象が再現されることを明らかにした。これらの事実は、本法の適用が現に光照射を受けている時にのみ限られるという制約をこえる可能性を示したものとして、本法の工学的適用をはかる上での意義が大きい。 第六章では、第三章から第五章で調べたTiO2を用いた金属の防食におけるTiO2の半導体的特性と防食効果との関係を調べた。ITO基板上へ両法で被覆したTiO2に各種の熱処理を施し、これらの光電気化学的挙動を調べた。すなわち、光照射下の自然電位・光電流密度に与えるTiO2の結晶性・光波長および光強度の影響を調べ、今後の各種金属への適用に必要な基礎的知見を示している。 第七章は、総括である。 以上のように、本論文は酸化物半導体としてのTiO2の特性に基づいた新しい防食法を提案したもので、金属表面工学へ今後大きく寄与することが期待される。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |