学位論文要旨



No 111177
著者(漢字) 崔,祺
著者(英字)
著者(カナ) サイ,キ
標題(和) 高力アルミニウム合金の析出に及ぼす微量添加元素の影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 111177
報告番号 甲11177
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3421号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 石田,洋一
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 助教授 柴田,浩司
 東京大学 講師 宮澤,薫一
内容要旨

 高力アルミニウム合金は航空機用構造材料をはじめロケットの燃料タンク、高速車両など、とくに軽量かつ高強度が要求される用途に使用されており、現在までに多くの使用実績がある。近年、航空機とくに大型民間機の特性向上のために、その主要構造材料である高力アルミニウム合金に対する特性を向上の要求もさらに厳しくなってきている。

 実用の高力アルミニウム合金はすべて時効硬化型合金であり、G.P.ゾーン、中間相、一部の安定相などの析出相の高密度の析出により強化される。析出相の分布密度は微量元素の添加、熱処理条件などの変化により大きく変わる。一般には分布密度が高ければ高いほど、合金の強度が高くなるが、分布密度は時効初期の核生成段階において決まると考えられている。したがって、合金の高強度化を目的とする組織制御には、析出相の核生成に関する知見がとくに重要なものになる。本研究では、高力合金の析出組織制御の基本的指針を得ることを目的とし、析出に及ぼす微量添加元素の影響をとくに核生成段階に注目して検討することにした。

 第1章では、まず航空機用構造材料に要求される特性の観点から、競争材料であるチタン合金・複合材料と比較し、高力アルミニウム合金の現状、開発状況をまとめた。次にこれまでに報告された各種の合金系の析出現象、微量添加元素の挙動に関する検討の結果を整理し、現時点での問題点を明らかにし、本研究の目的を明確にした。

 第2章『7000系合金のRRA処理における析出に及ぼす遷移元素の影響』ではこれまでにあまり注目されていなかった析出に及ぼす微量遷移元素の影響の観点から、航空機構造材料に使用されている高力アルミニウム合金のうち最も高強度となる7000系(Al-Zn-Mg-Cu系)の7075および7050合金を用い、遷移元素の役割を再検討した。RRA処理(復元・再時効)は当初Cr添加合金において強度および耐SCC性(耐応力腐食割れ性)のバランスをよく向上させるための処理として提案されたものの、Cr含有7000系合金にはそれほど有効ではなく、Zr含有7000系合金で実用化されようとしていたが、その理由は不明であった。本章の結果より、復元処理時に非整合Cr系分散相は安定相の不均一核生成サイトになり、強化に寄与しない相が多量に析出し、再時効時の強化相’の析出密度の低下をもたらすのに対して、整合Zr系分散相は安定相の不均一核生成サイトにならないので、強化相の析出に悪い影響を与えないことなどが分かった。すなわち上記の理由が解明され、結晶粒の微細化、再結晶の抑制などのために添加された微量遷移元素が場合によって析出組織にも大きく影響を及ぼすことが明らかにされた。

 第3章『7000系合金の過時効処理における析出に及ぼす遷移元素の影響』では第2章の結果を受け、現在耐SCC性改善のために用いられている過時効処理における安定相の不均一析出を調べ、7000系合金の耐SCC性を損なわずに強度を向上させることができるかどうかを検討した。その結果、相は結晶粒界(亜粒界を含む)および非整合分散相界面上へ優先的に析出すること、Cr系分散相上への安定相の析出量がとくに多いこと、Zr含有合金では未再結晶組織の場合、母相と整合になるZr系分散相が安定相の析出サイトとならないので過時効処理時の強度低下がCr含有合金より起こりにくいこと、などが分かった。よってCrをZrに置き換えて整合分散相を多く生じさせれば、過時効処理を行っても比較的高い強度を保つことができるという実用上興味ある知見が得られた。

 第2、3章では安定相の析出を抑制する観点から分散相の影響を検討したが、第4章『2091合金におけるS’相の析出に及ぼすバナジウムおよびクロム添加の影響』では、分散相を核生成サイトとして積極的に利用し、強化相S’相の析出を促進することができるかどうかについて検討を行った。その結果、(1)Zr系分散相、V系分散相、Cr系分散相はそれ自体はS’相の析出サイトにならないが、V系分散相および非整合Zr系分散相の周囲に形成される転位ループがS’相の析出サイトとなること、(2)微細なV系分散相が高密度に生成している場合、S’相がその周囲に生じる転位ループを核生成サイトとして高密度に析出し、硬さが増加すること、(3)寸法の大きい非整合Cr系分散相の場合、周囲に転位ループを生じず、S’相の析出促進には効果がないが、第2、3章で見られたようにその自体が安定相の析出を促進し、硬さを低下させること、などが分かった。そして分散相を核生成サイトとして利用すれば、強化相の析出を促進できるが、その分散相の整合性、寸法などが析出に大きく影響を及ぼすので、析出組織の制御にはこれらの要因の制御が肝要であることを明らかにした。

 以上の2〜4章では、すべて溶体化処理時にほとんど固溶しない微量遷移元素すなわち分散相の影響について検討を行ってきた。そして回復・再結晶組織などややマクロな組織に及ぼす遷移元素の影響のみにこれまで注目されてきた中にあって高力アルミニウム合金の特性をさらに改善するためには、析出組織などミクロな組織における遷移元素の影響にも注意を払うべきであるという結論に到達した。

 一方、溶体化処理時に完全に固溶する銀などの微量添加元素が、最近開発された強度の最も高いAl-Cu-Li系の2094、2095合金など各種の合金の析出組織形成に大きく影響を及ぼすことは従来からよく知られていたが、その機構はいずれも明らかになっていなかった。そこで第5章『Al-Cu-Mg合金における相の析出に及ぼす銀添加の影響』、第6章「Al-Cu-Li系合金におけるT1相の析出に及ぼす微量マグネシウムおよび銀添加の影響』では、そのような元素の役割を明らかにすることにした。

 まず第5章では、Al-Cu-Mg3元合金の場合、転位ループなどの上に不均一析出する低密度の相は、微量Agを添加することにより分布密度が著しく増加するという結果を確かめた。通常のTEM観察に加え、ナノ回折、ナノ分析、高分解能電顕観察、格子像の電算機シミュレーションなどにより、微量添加元素であるAgを含む{111}A1面上のG.P.ゾーンが存在することを初めて明らかにした。そして、Agの添加により相が高密度に析出するのは、時効初期に{111}A1面上のG.P.ゾーンが均一・高密度に形成され、これが相に連続的に変化するためであること、相の界面へのAgなどの偏析により界面エネルギが低下するという従来の考えでは説明できないことを明確にした。

 次に第6章では、Al-Cu-Li-Zr合金にそれぞれAg、Mgを単独、複合添加し、強化相であるT1相の核生成への影響を検討した。そして(1)Agの単独添加により硬さはそれほど高くならず、T1相の分布密度などもほとんど変化しないのに対してMgの単独添加によりS’相が析出しT1相の密度も増えて硬さが著しく増加し、さらにMgとAgを同時に添加するとT1相が一層高密度に析出し硬さも高くなること、(2)Mg添加により、時効初期に微小な八面体ボイトおよびMgを含む{111}A1面上のG.P.ゾーンが形成され、T1相がそれらを核生成サイトとして析出し、結果的に密度が高くなること、(3)Mgを添加した上にAgを添加すると、T1相の密度がさらに高くなったのはG.P.ゾーンの密度が増加したためであり、この場合MgのほかにAgもこのG.P.ゾーン中に含まれていること、(4)MgとAgの複合添加合金でも、ボイドやG.P.ゾーンなどを生じないような条件で熱処理を行うとT1相の密度が着しく低下すること、などを明らかにした。また、第5章に続いて{111}A1面上の板状析出相の核生成には、{111}A1面上のG.P.ゾーンが重要な役割を果たしていることを再び明確にしたほか、ボイドもG.P.ゾーンと同様に大きく影響を及ぼしており、さらにそれら核生成サイトの形成が微量元素の添加により大きく変化することなどを初めて明らかにした。

 以上の通り高力アルミニウム合金の析出に及ぼす微量添加元素の影響について検討を行い、合金を一層高強度化するための析出組織制御の知見を得ることができた。とりわけ重要な知見は、結晶粒の微細化・再結晶の抑制などのややマクロな組織制御のために添加される微量遷移元素が析出組織などのミクロな組織形成にも大きく影響を及ぼすということ、および{111}A1面上に析出する部分整合相の核生成に、{111}A1面上のG.P.ゾーンや二次欠陥である八面体ボイドが大きく影響しており、従来から広く引用されてきた界面偏析説は適当ではないということである。

 以上のようにこれまで注意が払われてこなかった析出への分散相の影響および不明であった微量添加元素としてのAgなどの役割について詳細に検討を行い、時効硬化型アルミニウム合金の強度をさらに向上させるための析出組織制御の基礎的指針を得ることができた。本研究で得られた新しい知見を用いて、今後航空機用構造材料としての高力アルミニウム合金の特性をさらに改善することができよう。したがって本研究で得られた結果は工業的に非常に大きな意義をもつと考えられる。

審査要旨

 高力アルミニウム合金は航空機用構造材料などを初めとして、とくに軽量でかつ高強度が要求される用途に使用されてきており、現在までに多くの使用実績がある。本論文は、高力アルミニウム合金の特性をさらに向上させるための析出組織制御の基本的指針を得る目的とし、析出に及ぼす微量添加元素の影響をとくに核生成段階に注目して検討したものである。

 第1章では、これまでに報告された各種のアルミニウム合金の析出現象、微量添加元素の挙動に関する検討の結果を整理し、現時点での問題点を明らかにし、本論文の目的を明確にした。

 第2章『7000系合金のRRA処理における析出に及ぼす遷移元素の影響』では、実用高力合金のうち最も高強度となる7000系(Al-Zn-Mg-Cu系)合金を用い、もともと結晶粒の微細化などのややマクロな組織の制御のために添加された遷移元素について、析出組織などのミクロな組織への影響の観点から再検討した。強度低下を抑えながら耐SCC性(耐応力腐食割れ性)を向上させるとされるRRA処理(復元・再時効)は当初Cr含有7000系合金において提案されたもののそれほど有効ではなく、Zr含有合金で実用化されようとしていたが、その理由は不明であった。本章において、Cr含有合金では復元処理時に非整合Cr系分散相が安定相の不均一核生成サイトになり、強化に寄与しない相が多量に析出する結果、再時効時の強化相’の析出密度の低下をもたらすことがまず示された。さらにZr含有合金では整合Zr系分散相が復元処理時に安定相の不均一核生成サイトにならないため、その後の’相の析出に悪い影響を与えないことを明確にした。これにより、RRA処理がZr含有合金で実用化される理由が初めて明らかとなった。

 第3章『7000系合金の過時効処理における析出に及ぼす遷移元素の影響』では第2章の結果を受け、現在耐SCC性改善のために用いられている過時効処理における析出現象を調べ、7000系合金の耐SCC性を損なわずに強度を向上させることができるかどうかを検討した。その結果、Zr含有合金では、整合Zr系分散相が安定相の核生成サイトとならないことが示され、CrをZrに置き換えて過時効処理を行った場合、より高い強度を維持できることが明らかとなった。

 第4章『Al-Li-Cu-Mg-Zr合金におけるS’相の析出に及ぼすバナジウムおよびクロム添加の影響』では、分散相を核生成サイトとして積極的に利用し、強化相S’の析出を促進することができるかどうかについて検討を行った。その結果、各種の分散相はそれ自体がS’相の核生成サイトにならないこと、非整合V系分散相の場合には、その周囲に形成される転位ループをS’相の核生成サイトとして利用することにより、S’相の析出を促進することが可能であることを明確した。

 一方、Agなどの微量添加元素は最近開発されたAl-Cu-Li系の2095合金をはじめ各種の合金の析出組織形成に大きく影響を及ぼすことは従来からよく知られていたが、その機構はいずれも明らかになっていなかった。そこで第5章『Al-Cu-Mg合金における相の析出に及ぼす銀添加の影響』、第6章『Al-Cu-Li系合金におけるT1相の析出に及ぼす微量マグネシウムおよび銀添加の影響』では、そのような元素の役割を詳しく検討した。

 相の場合、微量Agの添加により、{111}A1面上のG.P.ゾーンが時効初期に均一・高密度に形成され、成長すると相に連続的に変化することを初めて明らかにした。したがって相の核生成において従来最も有力と視されていた界面偏析説は妥当ではないことになる。一方、T1相は主に{111}A1面上のG.P.ゾーンおよび微小な二次欠陥の八面体ボイドを核生成サイトとして析出し、微量元素の添加によりこれら核生成サイトの形成挙動や分布密度が大きく変化すること、などを明らかにした。

 要するに本論文は、析出に及ぼす微量添加元素の影響を核生成段階に注目して詳細に検討したものであり、金属材料学へ寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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