学位論文要旨



No 111178
著者(漢字) 岩本,知広
著者(英字)
著者(カナ) イワモト,チヒロ
標題(和) 金属・セラミックス接合の界面構造学的研究
標題(洋)
報告番号 111178
報告番号 甲11178
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3422号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石田,洋一
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 助教授 森,実
 東京大学 講師 宮澤,薫一
内容要旨

 最近注目されてきたエンジニアリングセラミックスは、高温高強度、耐摩耗性など優れた性質を有しているが、靭性が不足しているため現在のところ応用が限られている。この欠点を補うため金属と接合することが研究されている。接合法には様々な方法が試みられているが、一般的に界面に第3相を生じるような接合法の場合は、第3相の性能により接合体自身の強度が決まってしまう場合が多く、肝心の母材の特性を活かしきれない。また、強固な金属・セラミックス接合を達成するためには熱膨張係数の違いによる、界面での熱応力発生の問題も解決しなければならない。これらを解決する方法として、接合体の金属側の延性を直接利用し熱応力を緩和する、直接接合界面の形成がある。

 ところで現在まで行われてきた金属・セラミックス界面の構造に関する研究はその界面における格子欠陥の反応や構造の複雑さを避けるために、ニオブ・アルミナ系に代表されるような熱膨張係数差の少ない系を用い、熱応力の問題を無視する傾向にあった。しかし工学的に実用的な見地からすると、この問題を避けて通るわけには行かない。

 そこで、本論文では熱膨張係数差の大きい金属・セラミックス接合の一例として、窒化ケイ素・ニッケル系を用いて実験を行い、熱応力に関する問題を中心に接合体の強度向上のための方途を探った。

 実際に超高真空接合装置を用いて、型CVD窒化ケイ素及び型常圧焼結窒化ケイ素とニッケルを接合させた結果、界面には反応相が形成せず、直接接合界面となっていることが確認された。界面近傍ではボイドが存在していたが、焼結助剤を含む型窒化ケイ素・ニッケル接合体ではボイドの量は少なく、界面はかなり焼結助剤の影響を受けることが分かった。また、一般に界面は、窒化ケイ素の(0001)、または(101)に平行になっている例がよく観察され、界面はこの界面上に観察されるレッジの移動によるレッジ機構によって生成していると考えられた。しかし、本実験条件下では、ニオブ・アルミナ系で観察されているような戻り析出など、十分に整合性を改善するような機構は働いていないため、この接合対の間には一義的な方位関係がなかった。この様な場合、窒化ケイ素・ニッケル系では一般にミスフィット転位が観察されない。しかし、2つの結晶同士が整合性の良い格子方位になっている場合には、界面にミスフィット転位が存在することが分かった。この転位はニッケル格子のバーガースベクトルを持っており、界面の擬対応格子の構造単位を対応づけるための歪みを緩和していた。この局在化した歪みはこの接合系が本質的に比較的強いボンドを有していることを示している。

 これらの静的な観察から、窒化ケイ素・ニッケル接合体の強度に関係しているボイドは焼結助剤によって制御できること、界面のボンドの強さは格子方位関係により変化させられることが判明した。しかし、この接合体は高温で接合され、また、実用的には高温環境下で使用されるため、その際界面で発生する熱膨張係数差による熱応力の発生が接合体の強度を決める重要な因子になる。したがってこの熱応力緩和機構の詳細を明らかにするために、本研究では透過型電子顕微鏡高温ステージを用いて電子顕微鏡内でその場観察を行った。その結果、まず、接合中では、ニッケルは界面近傍で再結晶をおこすため、加圧時の影響が除去され、その後降温時に界面で発生する熱応力を、ニッケルの延性を有効に利用し緩和することが出来ることがわかった。熱サイクル時では、接合界面近傍で観察された窒化ケイ素中の粒界や転位は形状が変化したり移動したりせず、また、ニッケル中の双晶形成による熱応力の緩和は観察されなかった。これに対し、ニッケル中の格子転位は、昇温中、約450℃から動きだし、界面の形状の変化を伴いながらその密度を減らしていった。さらに、これは窒化ケイ素中の粒界が界面で終端した点や、界面の折れ曲がり点などから主に出入りし、その場所の応力が大きいことを示唆した。降温時では、バルク中の格子転位がすべり運動により界面に導入されることで、熱応力を緩和した。これらの実験結果より、ニッケル中格子転位の運動が応力緩和に大きな役割を果たしていることが明らかになった。また、接合体に熱サイクルをかけた結果、数回の熱サイクルで接合体が破断してしまった。その界面では焼結助剤成分が検出され、焼結助剤の界面への偏析部分が破断の起点になることがわかった。

 以上から金属・セラミックス接合体の熱応力緩和の様子が大分明らかになり、また、強度を決める因子もわかってきた。そこで、これらの結果をふまえ、多結晶体同士の一般の接合に対しても効果的に界面を制御し、強度を向上させる方策として、金属ナノ結晶を界面にはさんだ接合を試みた。

 ガス中蒸発法によりナノ結晶を界面に堆積させ、それらを大気中に曝すことなく、真空中で接合体を作成し、その界面を透過型電子顕微鏡により観察した。構造的に窒化ケイ素とニッケルの間には特別な方位関係は確認できなかったが、界面近傍で観察されるボイドが小さくなった。これは、ナノ結晶による粒界拡散の効果ではないかと考えられた。焼結助剤はボイドを小さくするのに有効であるが、熱サイクルにおける接合体の破断の原因に関係するなど、あまり好ましくない。本方法は脆弱な第3相を形成しないので強度の向上に効果的であろう。ボイドの減少により界面では直線性の良い領域がしばしば観察された。これは界面の形態の制御が可能なことを示していると考えられる。

 以上、本研究より金属・セラミックス接合体の強度向上のため問題点を明らかにすると共に、その解決ための1つの方策を示した。

審査要旨

 本論文は金属・セラミック接合の諸問題のうち、当面の重要な課題となっている熱応力緩和の問題、すなわち両者の熱膨張係数が異なるために温度を上下させたとき不可避的に生ずる界面応力による割れを界面層の組織と界面自体の構造をよく理解することにより阻止しようとするものである。接合系としては工業的利用の可能性が大きい窒化ケイ素・ニッケル系を選び、金属ナノ結晶を間に挟むなど、この接合系を強化する様々な試みを行っている。

 論文は9章よりなる。

 第1章は序論である。熱膨張係数の差が大きい金属・セラミック接合系としてニッケル・窒化ケイ素系を採用した理由を述べ、次いで各章の紹介をしている。

 第2章は金属・セラミック接合の基本事項を整理している。金属・セラミック接合の諸技術を展望し、それらの技法がどのようにして熱応力緩和の課題を達成しているか分析している。そして、接合界面に反応相の層が生成しない場合、金属の塑性変形能を熱応力の解放に役立てることができると指摘している。

 第3章は金属・セラミック接合界面という異種結晶間の界面の構造を分類している。そして、このような異相界面の構造を記述する理論として一般的なBollmannの○格子理論を金属・セラミック接合という化学的性質に差のある結晶間の界面へ適用する際には、電荷の中和など、幾何学的枠組みの範囲を超えた取扱いが必要なことを述べている。

 第4章はニッケルと窒化ケイ素との接合系に関し、従来の知見をまとめた章である。窒化ケイ素の構造には型と型とがあって、これが基本的に接合界面の構造を規定する。また、熱力学はニッケルと窒化ケイ素が接合界面で直接反応し、窒素分圧が高い状態で直接接合界面を形成していることを教える。このとき放出された窒素は接合系から外に出るが、一部は接合界面上に生成するボイドに含まれ、これが接合強度を制約している。このボイド生長阻止がこの接合系の重要課題である。

 第5章は実験方法を記した章である。金属・セラミック固相接合装置とその操作法、および電子顕微鏡観察用薄膜試料作製方法が記述されている。金属・セラミック接合は両者の化学的性質の違いのために選択研磨が避けられず、イオン研磨法と電解研磨法との複合が不可避である。また、界面近傍に生成するボイドの選択研磨を避けるため最終研磨はイオン研磨となるので、機械研磨の段階で、厚さ数十mまで試料を薄くする必要があり、ディンプラーの使用が不可避であった。

 第6章は固相接合界面層の組織と界面の構造とを記述している。透過電子顕微鏡による断面観察は焼結助剤を殆ど含まないCVD窒化ケイ素とニッケルの接合界面の方が通常の常圧焼結窒化ケイ素のそれよりもボイドの発達した組織になっていることを示した。この結果は、ボイドの核生成や生長に焼結助剤はむしろ負の役割を果たしていること、従って、常圧焼結窒化ケイ素の接合にみられるボイド内の非晶質相は焼結動剤が集まったものであるが、ボイド生長を阻止する働きをしていると結論された。また、異相界面の微構造としてとして典型的なファセット構造やミスフィット転位列がCVD窒化ケイ素とニッケルの接合界面には観察されたことから、特別な微構造の不在を報告したBritoの結果は使用した窒化ケイ素に焼結助剤が多量に含まれていたためであると結論した。

 第7章は透過電子顕微鏡高温ステージを用いて、このような直接接合界面で熱応力がどのようにして緩和するか、動的観察により調べた結果を報告している。電子顕微鏡内で室温から1000Kまで温度を上げ下げして解析した結果、ニッケル層内を移動する各種の転位による歪緩和は発生した熱応力の10%程度でしかないことが判明した。この違いが運動した転位の数えおとしに由来するものか、あるいは界面に沿ったミスフィット転位の運動などという直接の歪緩和が大勢を占めていたためか、これだけでは判断できないとしている。より詳細な動的解析が必要である。

 第8章は界面に金属ナノ結晶やNi-Al合金を挟んだ金属・セラミック接合を報告している。ニッケル・窒化ケイ素系接合は界面近傍ニッケル層内に発生するボイドが接合強度の低い原因となっていると推論されたので、これを阻止することが目的である。実験はナノ結晶ニッケルを挿入した接合系の場合も、Ni-Al合金を接合し、ニッケル内に板状AlNが析出している場合でもボイド平均径が縮小していることを示し、ボイド阻止が難しくないことを示唆した。

 第9章は総括である。

 以上、本研究はニッケル・窒化ケイ素固相接合系を用いてその界面層の組織や界面構造を調べ、動的観察によって熱応力緩和の機構を探ったもので、金属・セラミック接合体の強度向上に指針を与えた研究として材料学の発展に寄与するところが大きい。博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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