学位論文要旨



No 111179
著者(漢字) 岡田,一樹
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,カズキ
標題(和) アルミナ系セラミックスの高温変形に関する研究
標題(洋)
報告番号 111179
報告番号 甲11179
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3423号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 栗林,一彦
内容要旨

 近年,耐熱構造用セラミックスの研究開発が活発に行なわれている.セラミックスは金属材料と比較して比重が小さく,高硬度,高耐熱性,高耐摩耗性,高耐蝕性であるため,高温構造材料としての応用が期待されている.中でもアルミナセラミックスは強度特性がそれほど高いわけではないが,化学的安定性に優れ広く構造材料および耐熱材料として利用されている材料である.特に,焼結特性に優れかつ室温強度が従来の約2倍という高純度アルミナが市販され,この粉末を用いて室温強度〜1GPaのアルミナが作られている.さらに強度特性を向上させるために,高純度アルミナへの微量のジルコニア添加が有効であることが示され,この材料は切削工具材料として注目を集めている.しかしながら,このように高純度化され特性の改善された新しい構造用セラミックスの高温における強度特性の知見は十分に得られていない.本研究では,この高純度易焼結性アルミナ原料粉末から作成した微細結晶粒アルミナおよび少量のジルコニアを添加したアルミナセラミックスを用いて,高温強度および高温変形挙動の基礎データを得ると共に,変形機構を明らかにすることを目的としている.

 本論文は以下の6章より構成されている.第1章は序論,第2章は「アルミナセラミックスの高温強度」,第3章は「アルミナセラミックスの高温クリープ」,第4章は「ジルコニア添加アルミナの変形中の結晶粒成長」,第5章は「ジルコニア添加アルミナのキャビテーションと高温延性」,第6章は本研究の総括である.

 第1章は序論であり,本研究の背景を述べると共に既存の研究報告についてまとめ,その問題点を明らかにしている.

 第2章は「アルミナセラミックスの高温強度」である.本章では,高純度易焼結性アルミナ原料粉末を用いて作成した微細結晶粒アルミナ焼結体およびアルミナ-ジルコニアセラミックスの高温強度を曲げ試験によって調べた結果を述べている.この高純度アルミナは,市販のアルミナと比較して室温強度だけでなく,かなり高温までの強度に優れていることを示し,これが組織の均一化と結晶粒微細化の効果であると説明している.また,ジルコニア添加によってアルミナの高温における強度低下が軽減され,高温強度が100MPa程度改善されることが示されている.ジルコニア添加によるアルミナの強化機構は,室温付近ではジルコニア粒子における亀裂のディフレクションに伴う破壊表面仕事の増大,400〜1100℃では粒界エネルギー低下による破壊強度の増大,1100℃以上の高温では粒界すべりの抑制であると説明している.

 第3章は「アルミナセラミックスの高温クリープ」である.本章では,高純度易焼結性アルミナ原料粉末より作成した2種類の結晶粒径を有する高純度アルミナ焼結体およびアルミナ-ジルコニアセラミックスの高温クリープ特性を定荷重圧縮試験によって調べた結果を述べている.結晶粒径が5.4mの粗粒アルミナは応力100MPa程度を境に,低応力側では粒界拡散クリープ,高応力側では累乗則クリープにより変形することを示した.一方,結晶粒径が0.9mの微粒アルミナは粒界すべりによる超塑性的な機構によって変形し,試験条件の範囲内では単一の変形機構が支配的であることを示した.これらの結果を過去の研究報告と比較検討した結果,従来変形機構図において界面反応クリープと考えられてきた領域の一部が粒界すべりによる超塑性領域であると結論付けている.また,ジルコニア添加によって微細結晶粒アルミナのクリープ速度をおよそ2桁程度減少できることが示されており,高純度アルミナの耐熱性改善に有効であることが示唆されている.アルミナ-ジルコニアの変形機構は粒界すべりによるものであり,ジルコニアの粒界偏析によりアルミナの粒界すべりが困難になるためにクリープ特性が向上したと説明している.

 第4章は「ジルコニア添加アルミナの変形中の結晶粒成長」である.本章では,粒界すべりを主体とした超塑性変形中の結晶粒成長挙動を,アルミナ-ジルコニアセラミックスについて高温圧縮試験により調べ,単相のアルミナセラミックスと比較検討した結果を述べている.超塑性変形中には,通常の静的な結晶粒成長だけでなく歪に誘起された動的な結晶粒成長が存在すること,ジルコニア添加はアルミナの静的粒成長の抑制だけでなく,動的な結晶粒成長の抑制にも極めて有効であることが示されている.また.アルミナ系セラミックスの動的粒成長速度は超塑性金属材料とは異なり,歪だけでなく材料に依存すること,静的な結晶粒成長速度の速い材料ほど動的な結晶粒成長速度が速いことを示し,既存の金属材料に対する歪誘起結晶粒成長のモデルでは説明が困難であることが指摘されている.

 第5章は「ジルコニア添加アルミナのキャビテーションと高温延性」である.本章では,前章において動的粒成長が抑制されていることが明らかとなったアルミナ-ジルコニアセラミックスについて,高温変形挙動を引張り試験によって調べ,変形機構ならびに高温延性について検討した結果を述べている.アルミナ-ジルコニアは粒界拡散に律速された粒界すべりにより変形し,その破断伸びは他の超塑性セラミックス同様Zener-Hollomonパラメターで記述できることが示されている.変形に伴うキャビテーションについては,キャビティは粒界3重点,4重点を生成サイトとして形成し,歪に対して一定の速度で成長し破断に至ることを示し,キャビティ成長速度が定性的には超塑性拡散成長により説明できるとしている.一方,ジルコニア添加によるアルミナの微細組織の安定性は,高温延性改善にはあまり有効ではないことが示されている.これは,ジルコニア添加により動的粒成長が抑制されているにもかかわらず,アルミナ-ジルコニアの変形応力が著しく高いためであると説明している.

 第6章は本研究の総括であり,本研究の成果を簡潔に述べている.以上,本論文は微細結晶粒アルミナおよび少量のジルコニアを添加したアルミナセラミックスの高温強度および高温変形挙動を詳細に調べたものであり,様々な興味深い成果が得られている.中でも,少量のジルコニアを添加することによってアルミナの高温強度およびクリープ特性が大幅に改善された事実は,実用上極めて有益な成果であり,アルミナセラミックスの応用に新たな展開を与えるものとなっている.

審査要旨

 提出論文「アルミナ系セラミックスの高温変形に関する研究」は、微細結晶粒を有するアルミナセラミックスの高温における機械的特性を高温強度、高温クリープ、超塑性の観点から検討を行ったものである。

 第1章「序論」では、本論文に関する研究の進展をまとめると共に、研究の目的が述べられている。

 第2章「アルミナセラミックスの高温強度」では、微細結晶粒アルミナおよびアルミナ-ジルコニアセラミックスの高温の曲げ強度について調べた結果が述べられている。この高純度アルミナは、市販のアルミナと比較して室温強度だけでなく、〜1100℃までの高温強度に優れていることが示されている。また、ジルコニア添加によってアルミナの高温における強度低下が軽減され、〜1200℃での高温強度が100MPa程度改善されることを見い出している。ジルコニア添加によるアルミナの強化機構は、室温付近ではジルコニア粒子における亀裂のディフレクションに伴う破壊表面仕事の増大、400〜1100℃では破壊エネルギーの増大、1100℃以上の高温では粒界すべりの抑制であると説明している。

 第3章「アルミナセラミックスの高温クリープ」では、結晶粒径0.9mおよび5.4mの2種類の結晶粒径を有する高純度アルミナ焼結体およびアルミナ-ジルコニアセラミックスの高温クリープ特性について調べた結果が述べられている。粒径5.4mの粗粒アルミナは応力100MPa程度を境に、低応力側では粒界拡散クリープ、高応力側では累乗則クリープにより変形すること、一方、粒径0.9mの微粒アルミナは粒界すべりにより変形し、10〜200MPaの応力範囲内では単一の変形機構が支配的であるとしている。これらの結果を過去の研究報告と比較検討した結果、従来変形機構図において界面反応クリープと考えられてきた領域の一部が粒界すべりによる超塑性領域である可能性が指摘されている。また、ジルコニア添加によって微細結晶粒アルミナのクリープ速度がおよそ2桁程度減少することが示されており、この添加物が高純度アルミナの耐熱性改善に有効であることを見い出している。アルミナ-ジルコニアの変形機構は粒界すべりによるものであり、ジルコニアの粒界偏析によりアルミナの粒界すべりが困難になるためにクリープ特性が向上したと結論している。

 第4章「ジルコニア添加アルミナの変形中の結晶粒成長」では、変形中の結晶粒成長挙動をアルミナ-ジルコニアセラミックスについて調べ、単相のアルミナセラミックスと比較検討した結果が述べられている。変形中には、通常の静的な結晶粒成長だけでなく歪に誘起された動的な結晶粒成長が存在すること、ジルコニア添加はアルミナの静的粒成長の抑制だけでなく動的な結晶粒成長の抑制にも極めて有効であることが示されている。また、アルミナ系セラミックスの動的粒成長速度は超塑性金属材料とは異なり、歪だけでなく材料に依存すること、静的な結晶粒成長速度の速い材料ほど動的な結晶粒成長速度が速いことが明らかにされている。

 第5章「ジルコニア添加アルミナのキャビテーションと高温延性」では、アルミナ-ジルコニアセラミックスの高温延性について検討した結果が述べられている。この材料では、キャビティは粒界3重点、4重点に優先的に形成し、歪に対して一定の速度で成長し破断に至ることが示されており、キャビティ成長速度が超塑性拡散成長により説明しうるものであると指摘している。一方、ジルコニア添加により動的粒成長が抑制されているにもかかわらず、ジルコニア分散によるアルミナの高温延性改善はあまり有効ではないことを見い出している。この結果は、粒界すべりが困難であるためにアルミナ-ジルコニアの変形応力が著しく高く、延性が改善されないと説明している。また、従来報告されている微細結晶粒セラミックスの高温延性に関するデータを整理し、超塑性セラミックスの破断伸びが破壊力学モデルによって定性的に理解しうることを示している。

 第6章「総括」では、本論文の成果が簡潔に述べられている。本研究により、少量のジルコニアを添加することによって高純度微細結晶粒アルミナセラミックスの高温強度およびクリープ特性が大幅に向上することが示された。これは実用上極めて有益な成果であり、アルミナセラミックスの材料設計に新たな指針を与えるものと言える。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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