学位論文要旨



No 111180
著者(漢字) 岡田,浩
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,ヒロシ
標題(和) アルミニウム合金の破壊に及ぼす極微量不純物の影響
標題(洋)
報告番号 111180
報告番号 甲11180
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3424号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 石田,洋一
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 助教授 柴田,浩司
 東京大学 助教授 森,実
内容要旨

 各種の金属材料では古くから水素による脆化(水素脆化)が問題になっており、鋼の遅れ破壊や、チタン基、ジルコニウム基合金などにおける水素化物形成による脆化はよく知られている。これら水素脆化は、材料の使用環境から水素が混入することによってもたらされると考えられている。そのため、電解水素チャージや水素中焼鈍などで水素量を増加させた試料とそうでない試料との変形・破壊挙動の比較によって、水素の影響に関する議論がなされてきた。しかし、地金や溶解・熱処理雰囲気から侵入して材料中に不純物として存在する水素による脆化を実証した例はほとんど見られない。この原因は、水素化物形成による脆化を示す材料を別にすれば、脆化現象が不純物水素によって生じたことを示すのが困難であったからである。

 水素以外に、アルミニウム合金の粒界破壊に悪影響を及ぼす可能性がある極微量不純物としては、地金から混入するナトリウムが挙げられる。不純物ナトリウムの含有量が多い場合については、その有害性について検討例が見られるが、極微量の場合には、純度99.99%と高純度のアルミニウム地金などを使用しても粒界破壊が抑制されないことから、これまで数ppmしか含まれていない場合には影響が無いとする見方が強かった。さらに純度の高い地金を使用した実験や、1ppm以下の量を対称としたバルクの極微量分析が困難であったため、影響が無いと考えられたのであろう。しかし、今後対環境を考慮したリサイクルが展伸材でも広く行われるようになれば、リサイクルに伴う不純物量の増加が考えられる。現在では結晶粒の微細化による粒界破壊の抑制が可能となっているが、不純物量が増加すれば再び粒界破壊が生ずる恐れもあり、粗大結晶粒組織の場合、どの程度のナトリウム量で粒界破壊が発生するようになるかなどを詳しく検討する必要がある。

 以上のように、水素を初めとする数ppm以下の極微量不純物とアルミニウム合金の粒界破壊に基づく脆性破壊との関係については明らかになっておらず、ましてや極微量不純物の影響を積極的に抑制して延性を改善する研究は行われていない。そこで本論文では、破壊と不純物水素とを直接的に結び付けることが可能となる装置の開発を行い、アルミニウム合金の主として脆性破壊と水素との関係を解明することを目的とした。また、極微量ナトリウムの影響にも注意を払いつつ、粒界破壊を抑制して延性改善を図ることとした。

 まず第1章では、金属材料の破壊と水素に関するこれまでの研究について述べ、どのような実験手法によって水素の影響が調べられてきたかについてまとめた。そして、アルミニウム合金の粒界破壊に関するこれまでの研究、アルミニウム合金中の水素の存在状態、水素のバルク・局所分析法についてまとめ、本研究の目的を明らかにした。

 第2章『Al-Li合金中の水素の分布』では、不純物水素量が他のアルミニウム合金より一桁多いとされるAl-Li合金において、粒界割れの原因の一つに挙げられてきた水素の粒界偏析を取り上げた。従来の実験手法では、果たして水素が粒界に偏析しているかどうかを調べられなかったことから、トリチウムオートラジオグラフィを行って、合金中の水素分布を明らかにすることにした。従来の電解チャージ法によるトリチウム導入では溶解雰囲気から混入する水素の分布が調べられないので、溶湯反応法によってトリチウムを導入した。その結果、水素は粒界近傍で高濃度となっていることが明らかになり、存在場所は厳密には粒界上析出相と母相との界面であることを示した。また、このトリチウム入り材料の破面を作ってオートラジオグラフィを行った結果、破面上で水素が検出され、水素化物の形成を示唆する結果を得た。これより水素がAl-Li合金の粒界割れに関与している可能性が大きいと考えられる。

 次に、Al-Mg合金の高温脆化と水素との関係を調べる目的で、トリチウムオートラジオグラフィを行った。しかし、Al-Li合金のように粒界で水素が高濃度で存在するという結果とはならなかった。第1章の結果も同じであるが、トリチウムオートラジオグラフィは合金中の水素分布の調査には威力を発揮するが、破壊に水素が関係していることを示すことはできず、Al-Mg合金のように変形前に水素の粒界偏在がない場合には重要な結果は得られない。そこで、第3章『質量分析計付き超高真空材料試験装置の開発と引張試験時のガスの検出』では、破壊と水素とを直接的に関係づけるため、新たに標題の装置の開発を行った。本装置は、金属材料の変形・破断時に試料から放出される水素などのガスを分析するものであるが、装置を組み立てた結果、真空度は約1×10-7Paとなった。その後、各種金属材料の引張試験を行って装置の性能評価を行った結果、材料の変形中に放出される水素の検出はできなかったが、材料の破断時には、水素含有量が数mol ppmという極微量の市販アルミニウム合金からも水素が破面から放出されることを初めて明らかにし、当初の目的を達成した。その後、装置の改良を行って、真空度が4×10-9Paで変形中の放出水素も検出可能な装置とした。

 第4章『Al-Mg合金の高温脆化と水素』では、第3章で開発した装置を使用して、Al-Mg合金の高温脆化と水素との関係を明らかにしようとした。その結果、Al-Mg合金の高温粒界破面から水素が放出され、粒界割れが抑制され、高温延性が改善されるAl-Mg-Y合金の破面からは水素は放出されないことが明確となった。したがって、水素が高温脆化の原因となっており、粒界キャビティの形成をもたらすと結論された。次に、トリチウムオートラジオグラフィを行って、Al-Mg-Y合金の脆化が改善される理由を調べたところ、この合金中の水素はイットリウム系化合物に付帯して存在することが分かり、高温変形中も水素はイットリウム系化合物に捕捉されるため、粒界キャビティの形成に関与できなかったと判断された。一方、Al-Mg合金の場合には、水素は既述のように粒界偏在ではなく、試料中に均一に分布していたことから、高温変形中に粒界へ拡散して粒界キャビティの形成に関与したと考えられた。

 Al-Mg合金の高温脆化は水素によってもたらされることを第4章で明らかにしたものの、最近、イットリウム添加を行っても高温脆化が抑制されないとする報告が相次いだ。著者もその後イットリウム添加合金の脆化を経験した。そして、第3章で開発した装置による実験およびGD-MSによる分析によってこの原因を検討した結果、1ppm以下の極微量ナトリウムが影響しているのではないかと考えられるに至った。そこで、第5章『Al-Mg合金の高温脆化に及ぼすナトリウムの影響』では、Al-Mg(-Y)粗粒合金に極微量のナトリウムを添加して高温延性を調べた結果、僅か 0.6ppmのナトリウムが高温脆化をもたらすことを始めて実証した。すなわち、粗粒合金の高温脆化を改善するためには、不純物水素・ナトリウムの両元素の影響を除去する必要があることを明らかにした。

 第6章『Al-Cu合金の粒界破壊に及ぼすナトリウムの影響』では、第5章の結果から時効硬化型アルミニウム合金においても極微量ナトリウムの影響を調べる必要があると考え、Al-Cu合金を対象にナトリウムの影響を調べた。その結果、ここでも1ppm以下のナトリウムが粒界割れの一因を担っていることが明示することができた。

 以上のとおり、アルミニウム合金の粒界破壊に及ぼす極微量不純物の影響について検討を行い、これまで限界と考えられてきた領域でのブレークスルーを果たすことができた。即ち、第2章でAl-Li合金中の水素の分布、第3章で開発した装置を使用して、第4章でAl-Mg合金の高温脆化と水素との関係、第5章でAl-Mg合金の高温脆化に及ぼすナトリウムの影響、第6章でAl-Cu合金の粒界破壊に及ぼすナトリウムの影響について明らかにすることができた。本論文で重要なことは、これまで考慮されてこなかったような極微量の不純物であっても、破壊に悪影響を及ぼす場合があることを示すことができた点にある。また、開発した装置を使用することにより、破壊と水素との直接の関係付けが始めて可能となった。さらに、粒界割れを防止するためには、対象とする不純物元素の低濃度化以外に、水素に対するイットリウムのようにScavenging効果の利用も明示された。これまでの不純物に関する研究の進展は、地金の高純度化、ICP発光分光分析法のように1ppmまでの分析が可能になったこと、AESのように破面での不純物の検出が可能になったことに支えられてきた。しかし本研究では対象とする不純物が極微量であることから、半導体配線材に使用される超高純度アルミニウム地金およびその分析に多用されてきたGD-MSを使用することにより、ナトリウムの影響を始めて明らかにすることができた。水素については、AESのように破面での検出が必要と考えられても、有効な装置が存在しなかった。既述の装置は世界で始めて開発した装置であり、水素による粒界破壊であることを示す直接証拠を得るのに特に有用であった。また、この装置は、ナトリウムによる脆化を検討する前に、一応、水素は破壊に関係していないことを示すことにも有効であった。なお、本装置は金属間化合物の脆化に水素が関与していることを示すのにも寄与したことを付言する。分析限界以下の極微量不純物と粒界破壊との関係を明らかにした例は、アルミニウム合金については初めてであると考える。本研究で得られた結果は、金属材料における破壊と不純物との関係を調べる新しい視点を与えてくれるものであり、これまで不純物の影響が考えられてこなかった破壊現象の原因解明に大きく貢献するものである。

審査要旨

 本論文は、水素を初めとする数ppm以下の極微量不純物とアルミニウム合金の粒界破壊に基づく脆性破壊との関係について明らかにすることを目的とし、破壊と不純物水素とを直接的に結び付けることを可能とする装置の開発を行うと共に、アルミニウム合金の粒界破壊と水素およびその他の極微量不純物との関係を詳細に検討したものである。

 第1章では、金属材料の破壊と水素に関するこれまでの研究、アルミニウム合金の粒界破壊と水素およびその他の微量不純物に関するこれまでの研究などについてまとめ、本研究の目的を明らかにした。

 第2章『Al-Li合金中の水素の分布』では、Al-Li合金の粒界割れの原因の一つに挙げられながら明らかにされていない水素の粒界偏析を、トリチウムオートラジオグラフィによって実証しようとした。その結果、水素は粒界近傍で高濃度となっていることが明らかになり、存在場所は粒界上析出相と母相との界面であることを示した。これより、水素が本合金の粒界割れに関与している可能性が大きいと考えられた。

 次に、Al-Mg粗粒合金の粒界割れによる高温脆化と水素との関係を調べる目的で、同じくトリチウムオートラジオグラフィを行ったが、水素は粒界偏析していなかった。そこで、破壊と水素とを直接的に関係付けるため、第3章『質量分析計付き超高真空材料試験装置の開発と引張試験時のガスの検出』では標題の装置の開発を行った。これは、金属材料の変形・破断時に試料から放出される水素などのガスを超高真空中で分析しようとする初めての装置であるが、装置を組み立てた結果、当初の予定より真空度は良くなり、最終的に約4×10-9Paを達成した。また、各種金属材料の引張試験を行って装置の性能評価を行った結果、水素含有量が数mol ppmという極微量の市販アルミニウム合金の破面からも水素が放出されることが明らかとなった。

 第4章『Al-Mg合金の高温脆化と水素』では、第3章で開発した装置を使用して、Al-Mg合金の高温脆化と水素との関係を明らかにしようとした。その結果、Al-Mg合金の高温粒界破面から水素が放出され、粒界割れが抑制されて高温延性が改善されるAl-Mg-Y合金の破面からは水素は放出されないことが明確となった。よって、Al-Mg合金において水素が高温脆化の原因となっていることを初めて実証することができた。トリチウムオートラジオグラフィを行った結果、Al-Mg-Y合金中の水素はイットリウム系化合物に付帯していることが分かり、高温変形中も水素はイットリウム系化合物に捕捉されるため、粒界割れに関与できなかったと結論された。

 上記の研究にも拘らず、イットリウム添加を行っても高温脆化が抑制されないとする報告が最近相次いだため、詳細な検討を行った結果、GD-MS分析結果などにより1ppm以下の極微量ナトリウムが影響している可能性が示唆された。そこで、第5章『Al-Mg合金の高温脆化に及ぼすナトリウムの影響』では、半導体配線材などに使用される超高純度アルミニウム地金を用いて作製したAl-Mg(-Y)粗粒合金に極微量のナトリウムを添加して高温延性を調べた。その結果、僅か0.6ppmのナトリウムが高温脆化をもたらすことを初めて実証した。高温脆化を改善するためには、不純物水素とナトリウムの両元素の影響を除去する必要があることを明らかにした。

 第6章『Al-Cu合金の粒界破壊に及ぼすナトリウムの影響』では、第5章の結果から時効硬化型合金においても極微量ナトリウムの影響を調べる必要があると考え、超高純度地金を用いたAl-Cu合金を作製してナトリウムの影響を調べた。その結果とGD-MS分析結果から、1ppm以下のナトリウムが粒界割れの一因を担っていることを明確にした。

 以上の通り、本論文ではアルミニウム合金の粒界破壊に及ぼす極微量不純物の影響について詳細な検討を行い、これまで考慮されてこなかったような極微量の不純物であっても、粒界破壊をもたらす場合があることを示した。また、初めて開発した装置を使用することにより、破壊と水素とを直接関係付けることを可能とした。さらに、粒界割れを防止するためには、対象とする不純物元素の低濃度化以外に、水素に対するイットリウムのようにスキャベンジング効果が応用できることを明示した。このように、本論文はこれまで限界と考えられてきた領域でブレークスルーを果たしており、金属材料学に対する貢献が極めて大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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