学位論文要旨



No 111181
著者(漢字) 曽我,公平
著者(英字)
著者(カナ) ソガ,コウヘイ
標題(和) 希土類イオンを含有するガラスの光物性と構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 111181
報告番号 甲11181
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3425号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 井野,博満
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 講師 井上,博之
内容要旨

 希土類イオンを含有するガラスは、希土類イオンのf-f電子遷移を用いた、波長変換素子、光増幅素子、固体レーザーなどのための発光材料としての応用が期待されている。ガラス中の希土類イオンの発光特性は、イオンのおかれる環境によって変化する。例えば、Er3+およびYb3+をドープしたZrF4系フッ化物ガラスにおいて、成分として塩化物を加えることにより、アップコンバージョン波長変換の効率が約70%増大することが報告されている1)。しかし、これらの発光特性の変化がどのようにしてもたらされるかについては、不明な点が多く、希土類イオンの発光特性を制御する上で、希土類イオンの発光特性と局所構造、さらに両者の関係について明らかにすることが重要である。

 希土類含有ガラスの中でも、ZrF4系ガラスは比較的高い発光効率を示し、またガラスとしての熱的安定性に富むことが知られている。本研究では、ZrF4系ガラス中の希土類イオンの発光特性および局所構造について明らかにすることを目的として、種々の組成のZrF4系ガラスを作製し、Eu3+の輻射遷移速度、電子-フォノン相互作用について検討した。また、Fluorescence Line Narrowing(FLN)と呼ばれる分光法を用いることにより、Eu3+のサイト毎の発光特性について検討した。さらに、Eu3+イオンの発光特性とガラス中の局所構造の関係を明らかにするために、分子動力学法により得られた構造モデルからFLNによって得られたスペクトルの再現を試み、この方法により発光特性と局所構造の関係についての知見を得た。

 第2章においては、希土類イオンのモデルイオンとしてEu3+を添加したZrF4系ガラスを種々の系統的な組成変化のもとに作製し、ガラス中のEu3+の電子-フォノン相互作用について以下の知見を得た。

 (1)Fig.1.〜3.に示すように、7F0-5D0遷移による励起スペクトルを77Kにおいて観測することにより、ZrF4系ガラス中のEu3+のフォノンサイドバンドを、これまで用いられてきた7F0-5D2遷移の励起スペクトルを用いる方法よりも、明瞭に観測することができた。

図表Fig.1.Phonon sideband spectra of BASE and 13CL. / Fig.2.Phonon sideband spectra of BASE and AL.Fig.3.Phonon sideband spectra of BA.

 (2)フッ化物の一部を塩化物に置換することにより塩化物をガラス組成に添加した場合には、塩化物の添加によって電子-フォノン結合強度が著しく減少することが分かった。

 (3)Al/Zr,Ba/Zrのカチオンの組成比の変化に対しては、基礎組成に対して、Al/Zrが増えるほど大きなエネルギーを持つフォノンが結合し、Ba/Zrが増えた場合は逆に小さなエネルギーを持つフォノンが結合することが分かった。

 (4)フォノンサイドバンドと赤外吸収スペクトルを比較した場合に、フォノンサイドバンドにおいて観測されるピークは赤外吸収スペクトルにおけるピークより約100cm-1小さいエネルギーをとることが分かった。

 第3章においては、希土類イオンのモデルイオンとしてEu3+、Er3+を添加したZrF4系ガラスを種々の系統的な組成変化のもとに作製し、ガラス中の希土類イオンの輻射遷移速度について以下の知見を得た。

 (1)Fig.4.に示すようにフッ化物の一部を塩化物に置換することにより、ガラス中に塩素を導入した場合、塩素含有量の増大に伴ってEr3+のJ・Oパラメータは、24について増大し、6はあまり変化しなかった。増加率は6.9 anion%Clにおいて2について約12%、4について約8%であった。また、さらに塩素含有量を増大した場合Eu3+5D0の蛍光寿命を測定することにより、5D0からの輻射遷移速度は15 anion%Clにおいて塩素を含まない場合よりも約50%増大することが分かった。

Fig.4.Compositional dependency of the lifetimes of the 5D0 level of Eu3+ in ZrF4-based glasses.

 (2)カチオンの組成比を変化させた場合には、Al/Zrを0.0から1.0へ変化させた場合に輻射遷移速度は約20%減少し、Ba/Zrを0.2から1.0へ変化させた場合には約10%増大した。これらの変化は、組成比の変化に対して単調であった。

 第4章においては、ZrF4系ガラス中および塩素を添加したZrF4系ガラス中のEu3+のFLN時間分解スペクトルを測定することにより以下の知見を得た。

 (1)Eu3+のZrF4系ガラス中のサイトには2つのタイプのサイトが存在し、Fig.5.に示すように、これらはそれぞれSiO2系ガラスおよびBeF2系ガラスのFLN蛍光スペクトルにおいて観測されている7F1のエネルギー分裂と一致した。

Fig.5.Energy level shifts of the components of 7F1 from the mean energy.

 (2)ガラス組成中への塩素の導入のEu3+の発光特性への影響は特に低励起エネルギー側において顕著であった。

 (3)高励起エネルギー側のサイトに関して、塩素の添加効果は、2つのタイプのサイトのうちBeF2系ガラスの7F1エネルギー分裂と一致するタイプのサイトにおいて顕著であった。

 第5章においては、ZrF4系ガラス中のEu3+イオンの、点電荷近似の結晶場理論と分子動力学法(MD)による構造モデルを組み合わせた7F1のシュタルク分裂の計算について、以下の知見を得た。

 (1)Eu3+イオンを含有するハロゲン化物結晶において、結晶場理論を用いて結晶構造からEu3+;7F1のエネルギー分裂を計算した結果、光学測定によって得られるエネルギー分裂を再現するためには、これまで行われてきたように第一配位のアニオンのみを考慮したのでは不十分であり、少なくとも第二配位のカチオンを考慮しなければならないことが分かった。

 (2)ZrF4系フッ化物ガラスにおいて、MDシミュレーションによって得られた座標から計算したスペクトルは、Fig.6に示すように、FLNによって得られたSite-Dependentなスペクトルの特徴をエネルギーシフトの大きさおよび形状の両方の側面から、よく再現した。

 (3)ZrF4系フッ化物ガラスにおいて、MDシミュレーションによって得られた座標から計算したスペクトルは、塩化物の添加による7F0-5D0の励起スペクトルの変化、すなわちサイトの分布の変化をよく再現した。

 第6章においては、ZrF4系ガラス中のEu3+のサイトの構造的特徴と、サイト構造と発光特性の関係について以下の知見を得た。

 (1)アニオン全体の配位数の分布としては、7配位または8配位のサイトが多く存在した。塩素を添加した場合は、塩素、フッ素各々の配位数は8配位のうち、塩素の2個配位した6F-2Clがもっとも多く、次いで、7F-1Clが多く存在した。

 (2)Fig.7.に示すように、アニオンの配位数によって発光スペクトルの形状を特徴づけるEu3+;7F1の低エネルギー側の成分のエネルギーの絶対値|_|の分布を分類したところ、アニオンの配位数が大きくなるほど|_|は小さくなることがわかった。塩素を添加した場合は、最も存在比の大きいアニオン全体数が8の場合について |_|の分布は、塩素が1個配位したサイトよりも塩素が2個配位したサイトの方が高いエネルギーをとることが分かった。

図表Fig.6.Observed(a) and Calculated(b) FLN emission spectra of the of 7F1 of Eu3+ in BASE and 13CL. / Fig.7.Distribution of calculated (a) total 7F1 energy shift and (b) energy shift of the lowest component of 7F1 of Eu3+ in FA,FB,CA and CB.

 (3)カチオン全体のEu3+に対する配位数としては14配位が最も安定であることが分かった。

 (4)発光スペクトルの形状を特徴づけるEu3+ 7F1のシュタルク分裂の分布は、Eu3+に配位する14個のカチオンの中でZr4+の数の比率が高いほど分布が広がることが分かった。

 以上のように、ZrF4系フッ化物ガラス中の希土類イオンについて、種々の系統的なガラス組成の変化に対する電子-フォノン相互作用・輻射遷移速度の変化について明らかにするとともに、ガラス中での発光特性と局所構造を結びつける方法を検討し、発光特性と局所構造の関係についての知見を得た。

審査要旨

 本論文は、発光材料としての応用が期待されている希土類含有ZrF4系ガラスについて、その開発指針として欠くべからざるガラス中の希土類イオンの局所構造と発光特性の関係について研究内容をまとめたものである。まず、種々の系統的な組成変化によるガラス中の希土類イオンの発光特性の変化について明らかにし、さらに、非晶質中のイオンの発光特性を理解する上で極めて重要な、イオンのサイトと発光特性の関係についての研究を行った。

 本論文は全7章からなる。

 第1章は序論であり、本研究の背景が述べられている。希土類イオン含有ガラスの応用、開発、基礎研究に関する現状を総括し、このガラスの開発に際して必要とされている重要研究課題を抽出した。さらに、課題を遂行する上で重要となる希土類イオンの発光過程に関する理論について、詳述している。

 第2章においては、希土類イオンのモデルイオンとしてEu3+を添加したZrF4系ガラスを種々の系統的な組成変化のもとに作製し、励起スペクトルにおいて観測されるフォノンサイドバンド(PSB)を測定し、解析することによって得られた知見として、ガラス中のEu3+の電子-フォノン相互作用について述べている。まずPSBを、ハロゲン化物ガラスにおいて重要な低フォノンエネルギー領域について、これまで用いられてきた方法よりも、はるかに明瞭に観測することが可能であることを示した。さらに、塩化物をガラス組成に添加した場合には、電子-フォノン結合強度が著しく減少すること、またカチオンを変化させた場合にはフォノンエネルギーが様々に変化することを示した。

 第3章においては、希土類イオンを添加したZrF4系ガラスを種々の系統的な組成変化のもとに作製し、光吸収スペクトルや蛍光寿命を測定することにより、ガラス中の希土類イオンの輻射遷移速度についての知見を得ている。塩化物を添加し混合アニオンガラスとすることにより、輻射遷移速度が著しく増大し、カチオンの組成比を変化させた場合には、Al/Zrを増大した場合、輻射遷移速度は増大し、逆にBa/Zrを増大させた場合には減少することを示した。

 第4章においては、ZrF4系ガラス中および塩素を添加したZrF4系ガラス中のEu3+のFLN(Fluorescence Line Narrowing)時間分解スペクトルを測定することにより、ガラス中の希土類イオンのサイト毎の発光特性について述べている。Eu3+のZrF4系ガラス中のサイトには2つのタイプのサイトが存在すること、さらに高励起エネルギー側のサイトに関して、塩素の添加効果は、2つのタイプのサイトのうち片方のタイプのサイトにおいて顕著であることを明らかにしている。また、ガラス組成中への塩素の導入のEu3+の発光特性への影響は特に低励起エネルギー側において顕著であることを示した。

 第5章においては、ZrF4系ガラス中のEu3+イオンの、点電荷近似の結晶場理論と分子動力学法(MD)による構造モデルを組み合わせた7F1のシュタルク分裂の計算の方法について検討し、構造が既知であるユーロピウムハロゲン化物結晶についての計算結果から、光学測定によって得られるエネルギー分裂を再現するためには、従来行われてきたように第一配位のアニオンのみを考慮したのでは不十分であり、少なくとも第二配位のカチオンを考慮しなければならないことを示している。さらに、ZrF4系ガラスにおいて、MDシミュレーションによって得られた構造モデルから計算したスペクトルは、FLNによって得られたサイトに依存したスペクトルの特徴をエネルギーシフトの大きさおよび形状の両方の側面からよく再現することを明らかにし、この方法によりガラス中の希土類イオンの発光スペクトルによって得られる情報とガラスの構造モデルを関係づけることが可能であることを示した。

 第6章においては、ZrF4系ガラス中のEu3+サイトに対するカチオンやアニオンの配位数と発光スペクトルの関係について、第5章に述べた方法で実際に計算することにより議論している。

 第7章は、総括である。

 以上を要するに、この研究は、ZrF4系ガラス中の希土類イオンについて、種々の系統的なガラス組成の変化に対する電子-フォノン相互作用・輻射遷移速度の変化について明らかにした。さらに、ガラス中での希土類イオンの光物性とサイト構造のモデルを結びつけることに成功し、ガラス中の希土類イオンの発光特性をサイトの構造モデルから議論することが可能であることを示しており、材料学の発展に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53847