学位論文要旨



No 111182
著者(漢字) 濱田,賢一
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,ケンイチ
標題(和) 炭素繊維強化炭素複合材料の力学特性と微細構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 111182
報告番号 甲11182
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3426号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 香山,晃
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 助教授 寺井,隆幸
内容要旨

 セラミックス繊維強化型複合材料は、比強度、比剛性に優れることから、航空宇宙分野での応用を中心として開発研究が進められている。また、耐熱性を始めとする耐環境性にも優れた先進複合材料は、エネルギー分野など多くの先端的工学分野においても期待されている。炭素繊維強化炭素複合材料(C/C)は、それらの複合材料の中で最も優れた耐熱性を有すると期待され、諸特性向上を目指した研究が盛んに行われている。

 C/Cは繊維、マトリックス、界面の3つの構成要素からなり、各要素の特性がC/C全体の特性に大きく影響する。また、各要素の特性はそれぞれの微細構造と密接な関連を有している。したがって、C/Cの特性の把握には、各構成要素の微細構造と特性との相関を把握し、さらに、各要素の微細構造、特性とC/Cの特性との相関を把握する必要がある。従来の研究では、各要素の微細構造変化とC/Cの特性変化との相関や、構成要素を変化させた際のC/Cの特性変化の検討が試みられてきた。しかし、C/C中の特定の要素の微細構造、特性のみを単独に変化させた試料の作製は困難であり、複数の要素の変化を反映した結果から単独の要素の変化の影響を浮き彫りにすることは困難であった。そのため、各種の相関についての明確な理解は得られておらず、微細構造制御によるC/Cの高性能化の指針は示されていない。

 本研究では、C/Cの各要素のうち、繊維、界面の特性を中心としてその力学特性と微細構造、および両者の相関を明らかにすること。さらに各要素の力学特性、微細構造とC/Cの力学特性との相関を明らかにすることを通じ、C/Cの力学特性と微細構造との相関を体系化し、高性能化の指針を得ることを目的とした。また、C/Cの中性子照射による特性変化を調べ、核融合炉材料としての可能性を検討した。本研究で得られた成果を以下に列記する。

1.炭素繊維の力学特性と微細構造

 C/Cの高性能化には炭素繊維の高性能化が重要だが、高温で焼成するC/Cでは複合化前の繊雑の高性能化だけでなく、焼成後の力学特性を向上させることが重要である。PAN系繊維強化C/Cは高温で焼成するとPAN系繊維の特性を反映して弾性率が上昇し、強度が低下する。これに対しメソフェーズピッチ系繊維強化C/Cは、高温での焼成により強度、弾性率ともに増加を示し、C/C強化繊維により適した特性を持つことがわかった。この力学特性変化は繊維軸方向と繊維断面内の微細構造変化、双方の効果であり、紡糸条件などにより幅広く組織、微細構造を制御できるメソフェーズピッチ系繊維を用いることで、C/Cの材料設計の幅が広がると考えられる。

2.炭素繊維の力学特性-微細構造相関

 炭素繊維の力学特性はC/Cの力学特性に大きく影響するため、C/C中での炭素繊維力学特性を評価することは、C/C高性能化手法の確立に不可欠である。本研究では、C/C中の炭素繊維の微細構造が同一の熱処理を行った繊維の微細構造とは異なることを示し、C/C中の繊維の力学特性はC/C中での微細構造変化から評価する必要があることを示した。そして、炭素繊維の力学特性がラマン分光より求めた微細構造パラメーターの簡単な関数で表されることを示した。この関数を用いてC/C中の炭素繊維の力学特性を評価した結果、C/Cの曲げ強度、曲げ弾性率との相関が確認でき、本手法による繊維の力学特性評価の有効性を示すことができた。

3.炭素マトリックスの力学特性と微細構造

 フェノール樹脂を前駆体とするマトリックス中には多くのポアが生成され、緻密なマトリックスを得るには再含浸などの処理が必要であったため、炭素化の進んだグリーンコークをフェノール樹脂と混合して前駆体とし、再含浸なしで緻密なマトリックスを得ることに成功した。TEM観察により、マトリックス中ではグリーンコーク起源のマトリックス中にフェノール樹脂起源のマトリックスが分散していることを示した。焼成温度上昇にともないグリーンコーク起源のマトリックスでは大規模な結晶成長が認められたのに対し、フェノール樹脂起源のマトリックスではリボン状構造が観察され黒鉛結晶はあまり成長していなかった。マトリックスの黒鉛化が進行すると剪断強度が低下するが、このフェノール樹脂起源のマトリックスを上手に分散させ、黒鉛化の進行したマトリックスの脆性を抑制できれば、焼成温度の高いC/Cの特性劣化を抑止できると考えられた。

4.マトリックス中のポアの微細構造

 本研究ではフェノール樹脂を前駆体とするマトリックス中にnmからmmオーダーの様々なサイズのポアを観察した。ポア表面のマトリックスは顕著な黒鉛化を示しており、焼成温度の上昇により表面黒鉛層が成長するとともに多角形断面に移行していることを確認した。

5.C/C界面の力学特性

 本研究では直径10mの繊維中央部を正確に押し込み可能な、押し込み位置精度±0.5mの微小押し込み試験機を開発し、繊維のpush-in、push-out試験について試験法の開発、評価法の確立を目指した検討を行った。

 繊維の押し込み試験では繊維がpush-inしても、荷重-押し込み深さ曲線上でのpush-inした位置が判別できなかった。これに対し、push-outしたと考えられる位置は容易に判別できた。薄く研磨した試料を用いてpush-out試験を試みた際には試験片全体のたわみが非常に大きく、試験結果への影響が予想された。有限要素法解析による押し込み状況の解析では、圧子が繊維に潜り込んでいる量は押し込み量の10%程度であった。

 繊維がpush-outした場合は、push-out時の荷重を繊維側面積で除した値を界面剪断滑り強度と評価した。その結果焼成温度の上昇により界面剪断滑り強度が増加すると考えられた。焼成温度上昇にともなう滑り強度の増加は、繊維径方向への残留圧縮熱応力の増加と関連付けられた。この残留応力を高くすれば界面剪断滑り応力は高くなるが、同時に繊維軸方向の圧縮応力も高くなるためC/Cの弾性率低下を招くと考えられた。

6.C/C界面の微細構造

 C/C界面の繊維側面、および繊維断面方向からの観察が可能なTEM試料作製法を開発し、観察を行った。焼成温度の上昇にともない、C/C界面近傍のマトリックスの顕著な黒鉛化が観察された。この黒鉛層は繊維表面に平行に配向しており、焼成の際のマトリックス収縮にともない生じた圧縮応力場による応力促進黒鉛化と考えられた。

7.C/C複合材料に対する中性子照射効果

 核融合炉用材料として考えた場合、C/Cへの要求性能のうち熱伝導率に対する要求は非常に厳しい。本研究では熱伝導率の高い、すなわち、黒鉛化度が高い炭素繊維、およびそれを用いたC/Cへの中性子照射による諸特性の変化、両者の相関を検討した。

 炭素繊維、C/Cの力学特性は照射量1.5×1022(n/m2)までは向上した。また、歪増にともなう曲げ弾性率の低下が照射により抑制されることを見出し、早期の微小破壊の抑制が曲げ強度を上昇させると考えられた。一方1.7×1026の照射では試料の寸法安定性は失われていた。よって、耐用照射量の上限は1025前後と考えられ、この照射量域までの力学特性、熱伝導率を最適化する繊維、マトリックスの選択、製造方法の開発などが必要である。

8.C/C複合材料の力学特性と微細構造の相関

 焼成温度により微細構造を変化させたC/Cを用い、繊維、界面の力学特性、微細構造とC/Cの力学特性との相関を検討した。焼成温度の上昇にともないC/Cの曲げ強度、曲げ弾性率は増加した。曲げ強度の増加は繊維強度の増加とマトリックスの破断歪増加の相乗効果、曲げ弾性率の増加は繊維弾性率の増加と繊維の黒鉛化進行による弾性率の歪依存性減少の相乗効果であると考えられた。一方、焼成温度2273K以上で曲げ強度は飽和したが、これはマトリックスの黒鉛化進行による剪断強度の低下が原因と考えられた。

 C/C中の繊維特性評価に基づくC/Cの曲げ弾性率の評価では、繊維弾性率と繊維体積率とから期待される値を充足している割合を繊維弾性率の発現率として評価を行った。焼成温度の低い試料では発現率が低かったが、焼成温度上昇にともない発現率はほぼ100%を満すことを示した。発現率の焼成温度依存性は、繊維の黒鉛化度の差異による弾性率の歪依存性の変化、およびC/C中の繊維に対する繊維軸方向の残留圧縮熱応力場の存在により理解できた。

 破断面観察の結果、焼成温度の高い試料の方が繊維のプルアウト長さは大きく、C/Cの強度が高かったことと一致した。しかし、プルアウト長さの焼成温度依存性と界面剪断滑り強度の焼成温度依存性とは矛盾していた。C/C界面には繊維軸方向に配向して発達した黒鉛層が観察されることから、マトリックス中を進行してきたクラックがこの黒鉛層で界面に沿って分岐することにより、界面剪断滑り強度が強いにもかかわらずプルアウト長さが大きくなったと考えられた。

 以上のように、C/C中の炭素繊維の力学特性をその微細構造から評価しC/Cの力学特性との相関を基に、炭素繊維の力学特性が効率よく発揮されるC/Cの微細構造を提示し、微細構造制御によるC/C高性能化の指針を示すことができた。特に従来の知見とは全く逆に、界面近傍の微細構造制御により界面強度を低下させずに繊維のプルアウト長さを保つことが可能であることを示した。この手法は他の繊維強化型複合材料においても適用可能と考えられる。

審査要旨

 炭素繊維強化炭素複合材料(C/C)は、繊維、マトリックス、界面の3要素から構成される。それぞれの要素の力学特性は各々の微細構造に支配されるとともに、3要素が相互に影響を及ぼしてC/C全体の力学特性が決定される。このため、C/Cの高性能化には各要素の力学特性向上とともに、3要素が相互に与えている影響の最適化が不可欠である。本論文は、C/Cの力学特性と微細構造との相関を明らかにすることによりC/C高性能化に最適な微細構造を提示することを目的として、炭素繊維の力学特性-微細構造相関の解析に基づくC/C中での繊維の力学特性評価、C/C中の繊維に対するpush-out試験による界面力学特性の評価、中性子照射による力学特性と微細構造変化の相関の検討、各要素の力学特性評価と微細構造観察に基づくC/C破壊過程の解析と力学特性との相関の検討を行った結果をまとめたもので、全体は7章から成っている。

 第1章は序論であり、C/Cの力学特性-微細構造相関の基礎的研究の必要性について述べ、本論文の位置付けを行っている。第2章では炭素繊維、炭素マトリックス、C/Cの微細構造と力学特性に関してこれまでに得られている知見を概説し、C/Cの力学特性-微細構造相関研究の現状についてまとめている。

 第3章では炭素繊維の力学特性-微細構造相関について、顕微ラマン分光を用いた検討を行っている。その結果、炭素繊維の引張り強度、引張り弾性率、破断歪が、ラマン分光より求めた微細構造パラメーターの1次関数として表されることを見出し、C/C中での繊維の力学特性評価を可能とした点が評価される。

 第4章では焼成温度の変化にともなうマトリックスの微細構造変化をTEM観察により解析している。特に混合前駆体マトリックス中では異なる原料に由来する異なる組織が依然として存在していること、両者の黒鉛化進行の度合が異なることを示している。そして、これらが全体の力学特性に影響している可能性を指摘しており、マトリックスの力学特性-微細構造相関に寄与する要因への進んだ理解が得られた。

 第5章ではC/Cにおけるpush-out試験を成功させ、これまで報告例のないC/Cの界面剪断滑り強度、およびその焼成温度依存性を評価している。繊維強化型複合材料の力学特性に大きく影響する界面力学特性がC/Cにおて初めて明らかになったことの意義は大きい。さらにクロスセクションからの界面微細構造の観察にも成功しており、繊維をシェル状に取り巻く黒鉛層の構造に関する詳細な知見が得られている。また、焼成温度の上昇にともない増加する繊維径方向の残留応力が界面剪断滑り強度の焼成温度依存性を支配していることを指摘しており、C/C中の残留応力がその力学特性に与える大きな影響を明確にしている。

 第6章では中性子照射を行ったC/Cの力学特性変化と微細構造変化とを検討し、低照射量域での力学特性の向上が主として照射促進の黒鉛化による炭素繊維の力学特性向上の寄与であることを示している。一方、高照射量域では試料形状が維持できないほどの変形を示していることから、C/Cの中性子被爆量の上限は1024から1025n/m2程度であると結論している。

 第7章は各要素の力学特性、微細構造の変化とC/C全体の力学特性との相関を総合的に検討している。特に、焼成温度上昇にともない界面剪断滑り強度が上昇するにもかかわらず、破断面における繊維のプルアウト長さも増大するという従来とは逆の現象を明らかにし、界面近傍の黒鉛層の発達がクラックブランチングを誘発しプルアウト長さが増大するとのモデルを示している。また、C/Cが繊維弾性率と比べ相対的に低い弾性率を示す原因を主として炭素繊維の弾性率の歪依存性と、繊維径方向への残留応力と指摘しており、C/Cの材料設計を高度化する1つの手法を与えている。

 以上のように、繊維の力学特性-微細構造相関の定量化、界面力学特性評価法の開発と解析、TEM観察による界面微細構造の解析を総合的に行い、C/Cの力学・破壊特性に各要素の微細構造が与える影響を定量的・定性的に明らかにした。これらの結果を基に、C/Cの高強度化、高弾性率化に最適な微細構造像が示され、材料設計への適用可能性が示された。これらの成果は材料工学、特に繊維強化型複合材料の高性能化に大きく寄与するものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54460