1975年にGarvieらによりZrO2-CaO系の部分安定化ジルコニア(PSZ)が開発されて以来、高強度高靭性ジルコニアに関する研究が盛んに行われてきている。これらの研究のほとんどは2価(Ca、Mg)、または3価(Y、Sc、Ybなど)の添加物を加えたジルコニアに関するものであり、電気的中性条件を保つために生じる酸素空孔が相の安定化や相変態の挙動に重要な役割を果たしていると考えられている。一方、4価の陽イオンを添加した場合には酸素イオン空孔が生じないので、相安定化、相変態挙動、微細組織などが2価、3価酸化物添加の場合と異なるものであることが予測される。実用的観点からすると、CeO2添加ZrO2は、優れた靭性を持つことが知られており、注目されている材料のひとつである。ところが、CeO2系ジルコニアについてはCeO2が高温あるいは低酸素分圧下で還元されやすいので、作製履歴の違いによって不定比性が生じ、これが相変態や相安定性の理解を困難にしている。本研究では、溶解法と焼結法で作製したCeO2系ジルコニアについて、相変態挙動及び微細組織を調べ、M2O3系およびMO系ジルコニアと比較検討し、ジルコニアセラミックスの相変態や相安定性の理解を深めることを目的としている。 本論文は全8章からなり、第1章は緒言、第2章は定比(Zr,Ce)O2の立方晶-正方晶(c-t)相変態と微細組織、第3章は不定比(Zr,Ce)O2-xの立方晶の酸素変位、第4章は不定比(Zr,Ce)O2-xの立方晶のドメイン構造、第5章は不定比(Zr,Ce)O2-xのc-t相変態、第6章はZrO2-CeO2系のc-t相平衡、そして第7章はt-m相変態と酸素イオン空孔に関する研究の内容をまとめたものであり、第8章は本研究結果の総括である。 まず第1章「緒言」では、ジルコニアセラミックスの研究開発の歴史、用途、製造、相変態と相安定性、微細組織などについて概説した後、CeO2系ジルコニアの研究現状および問題点を指摘し、最後に本研究の目的を明らかにした。 第2章「定比(Zr,Ce)O2の立方晶-正方晶(c-t)相変態と微細組織」では、酸素雰囲気中で溶融状態から急速に試料を冷却できる双ロール法を用いて種々の組成の定比(Zr,Ce)O2試料を調整し、c-t相変態と微細組織を詳細に調べた。その結果、次のような結論を得た。(1)定比(Zr,Ce)O2は20mol%〜80mol% CeO2でt相、90mol%以上ではc相単相になることが確認された。またCeO2組成の増加とともにこれらの単位格子体積は連続的に増加し、軸比c/aは連続的に減少する。(2)c-t相変態は急冷によっても抑さえられないことおよびc-t相変態が常に完了することが確認された。(3)CeO2系ジルコニアt相にはY2O3系ジルコニアt相に類似する微細組織であるドメインおよび双晶組織が見られた。(4)CeO2系ジルコニアのc-t相変態についてはY2O3系と同じ様な性格を有することから2次相変態と考えても矛盾がないと思われる。(5)Ce4+イオンの大きさが高温相の安定化に寄与すると考えられる。 第3章は「不定比(Zr,Ce)O2-xの立方晶の酸素変位」についての研究の内容をまとめたものである。CeO2系ジルコニアは高温あるいは低酸素分圧下で還元されやすいので、アルゴンガス雰囲気中でアーク溶解した試料は多量の酸素空孔を生じ、特別な結晶構造を呈する。また、これらの試料の相変態は典型的な蛍石構造のY2O3系ジルコニアとは本質的に異なっている。そこで、本章ではこの結晶構造について詳しく解析することを目的とした。その結果、次のような結論を得た。(1)アルゴンガス雰囲気中で溶解した試料は溶解の際に4価Ceイオンの大部分が還元され3価Ceイオンになること、また、電気的中性条件を守るために多量(6〜10%)の酸素イオン空孔が生じることが分かった。(2)これらの試料は単位格子が定比(Zr,Ce)O2試料より大きい。これは不定比試料の中で4価Ceイオンより大きい3価Ceイオンが存在するためと考えられる。(3)これらの試料は特別な副格子構造を持つ不定比(Zr,Ce)O2-x(0.1方向の酸素変位を持つモデルを提案した。この<111>方向の酸素変位は多量の酸素イオン空孔を持つこと、より大きい3価Ceイオンが存在すること、より大きい単位格子を持つことと何らかの関連があると考えられる。 第4章は「不定比(Zr,Ce)O2-xの立方晶のドメイン構造」についての研究結果である。本研究で、CeO2系c-ZrO2について、従来報告されているt-ZrO2とは全く異なったドメイン構造がc-ZrO2中に生成することを見出した。本章では、このCeO2系不定比c-(Zr,Ce)O2-xのドメイン構造の形成と特徴について記述した。その結果、得られた結論は以下の通りである。(1)不定比(Zr,Ce)O2-xの立方晶は、<111>方向の酸素変位により酸素イオン配列の位相の乱れたところにドメイン境界を形成する。(2)禁制反射による暗視野像でドメイン構造が見い出された。ドメイン境界は-境界であり、隣接するドメイン間の格子変位ベクトルは1/2<110>である。(3)ドメイン境界が分岐していることが観察された。これはt-ZrO2においてはドメイン境界が分岐しないことと対照的である。 第5章「不定比(Zr,Ce)O2-xのc-t相変態」では、不定比(Zr,Ce)O2-x試料について、相安定性や相変態に及ぼす酸素イオン空孔やイオン半径の影響を調べることを目的とした。本章の結果をまとめて、以下のような結論を得た。(1)溶解した試料は、多量の酸素空孔が存在し、酸素イオンが<111>方向に変位したc相であると考えられる。焼結後1700℃で熱処理した試料は酸素空孔の量が少なく、高温安定相であるc相が室温で残留したと考えられる。(2)焼結後1700℃で熱処理した試料は、低温の熱処理により酸素空孔が無くなりc相からt相に変態する。一方、溶解した試料は低温熱処理してもc-t変態を起こさず、1000℃程度の高温でc-t変態が起こることから、この間の相変態は1次相変態であると考えられる。(3)CeO2系ジルコニアのc相の安定化に対して、酸素イオン空孔が寄与することが分かった。(4)c相の安定性についてY2O3系には酸素空孔の量が約4%以上の場合、c相単相になることが良く知られているが、ZrO2-50mol%CeO2の酸素空孔の量は約2%であるにもかかわらずc相が室温で存在していることから、Zrイオンより大きいイオン半径を持つCeイオンもc相の安定化に寄与していることが考えられる。 第6章は「ZrO2-CeO2系のc-t相平衡」についての研究結果をまとめたものであり、以下の結論が得られた。(1)ZrO2-CeO2系のc-t相平衡についての計算状態図が得られた。また、既報の状態図が互いに違うことも、酸素イオン空孔の濃度の相違により説明できる。(2)修正したHillertらのモデルは、3価添加のジルコニアだけではなく、4価の系についても相平衡図を計算できることが確認された。(3)定比ZrO2-CeO2における高温相の安定性は、イオン半径の効果を考えることにより説明することができる。(4)空気中で高温のc-t相平衡はイオン半径効果だけでは説明できず、酸素イオン空孔の影響も考えなければならないことが分かった。(5)ジルコニアセラミックスは、イオン半径より酸素イオン空孔の方がc相の安定性に対して大きく寄与することが分かった。(6)t/t+cあるいはc+t/c相境界における歪みエネルギーの影響が解明された。 第7章「t-m相変態と酸素イオン空孔」では、CeO2が低酸素分圧下で還元されやすい性質を利用し、試料を還元雰囲気中で熱処理し、還元させ、酸素イオン空孔を導入することによって、t-m相変態に及ぼす酸素欠陥の影響を調べた。本章の結果をまとめて、以下の結論を得た。(1)定比(Zr,Ce)O2試料をAr-5%H2の雰囲気中で熱処理すると4価Ceイオンが還元され、3価Ceイオンになる。また、4価Zrイオンが還元されないことが分かった。(2)この熱処理温度が高いほどあるいはCeO2の濃度が高いほど、4価Ceイオンが還元されやすい。(3)酸素イオン空孔を導入することにより、t相が安定化され、m相からt相に変態する。従って、CeO2系ジルコニアはt相の安定化に対して、酸素イオン空孔が寄与することが確認された。(4)m-t変態によるt相の微細組織はc-t相変態によるt相の微細組織と異なって双晶が生じないことが観察された。このことから、t相の微細組織は生成の過程に依存することが分かる。 第8章「総括」では、ZrO2-CeO2の相安定性、ZrO2-CeO2の相変態と微細組織、酸素イオン空孔の影響といった項目に分けて、本研究の全般的な内容が概括的に述べてある。以上、本論文はCeO2系ジルコニアについての相変態挙動や微細組織などを詳細に調べ、その相安定性や相変態機構などについて検討を行ったものである。本研究により、添加陽イオンのイオン半径効果が確認された。また、本研究によりジルコニアセラミックスの相平衡と相変態を理解する上での統一的な解析が可能であることが示された。 |