学位論文要旨



No 111187
著者(漢字) 李,寅哲
著者(英字)
著者(カナ) リー,インチョル
標題(和) WC-Co系超硬合金の高温変形
標題(洋)
報告番号 111187
報告番号 甲11187
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3431号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 WC-Co系超硬合金は、硬度、強度、靭性などの機械的特性に優れ、耐摩耗、耐衝撃、切削用工具などに広く利用されている。高温強度特性は工具材料に要求される諸特性のうちの最も重要なものの一つであり、工具の使用温度付近での抗折力、クリープ強さに関する研究は古くから盛んに行われてきている。またこれらのデータをもとに高温強度の改善のための組織制御の方策も数多く検討されてきている。一方、従来の研究から、WC-Co系超硬合金は結合相の組成および体積分率、炭化物粒径、他炭化物の添加などにより、その性質が多種多様となることが見い出されている。そのため、本合金の高温での変形挙動や変形機構について統一された解釈がなされていない状況である。そこで、本研究では、結合相量、炭化物粒径、他炭化物添加など様々な因子を変化させ、切削工具の使用温度よりも高温であるが、結合相が固相状態である1100-1250℃の温度範囲での高温変形特性や変形に伴う微細組織の変化などについて幅広く調べ、WC-Co系超硬合金の変形機構を明らかにすることを第1の目的としている。また、将来的に本合金において高温変形を利用した新しい加工法を開発するための基礎的資料を得ることを第2の目的としている。

 本論文は全6章からなり、第1章は序論、第2章はWC-Co合金の高温圧縮変形、第3章はWC-Cr3C2-VC-Co合金の高温圧縮変形、第4章はWC-Co系超硬合金の高温圧縮変形中の結晶粒成長、そして第5章はWC-Co系超硬合金の高温引張変形に関する研究の内容をまとめたものであり、第6章は本研究結果の総括である。

 まず第1章「序論」では、WC-Co系超硬合金の歴史、用途と種類、製造法、微細組織および諸性質、そして液相焼結時の焼結機構と粒成長理論などについて概説した後、結晶性材料の高温変形、超塑性変形、超硬合金の変形など本研究の内容を理解する上で必要な諸事項をまとめると共に問題点を指摘し、最後に本研究の目的を明らかにした。

 第2章「WC-Co合金の高温圧縮変形」では、WC-Co系超硬合金の高温圧縮変形挙動に及ぼす結合相量および炭化物粒径の影響を調べ、本合金の変形機構の解明に対する基礎的なデータを得ることを目的とした。その結果、次のような結論を得た。(1)WC-Co合金は適当な温度・ひずみ速度の条件下では100%以上の大きな変形が可能である。(2)WC-6Co合金での加工硬化は主に変形中のひずみ速度の増加によるものであり、WC-20Co合金などで見られる降伏後の加工軟化現象は結合相の動的回復によるものである。そして動的回復は、変形温度が高いほど、ひずみ速度が遅いほど、また結合相量が多いほど顕著である。(3)WC-Co系超硬合金の高温変形における変形応力は変形温度、ひずみ速度、結合相量、炭化物粒径などの種々の因子に依存する。(4)同一温度での変形応力とひずみ速度の両対数プロットは超塑性金属材料と同様にS字曲線で表され、中間歪速度領域でm値は最大になる。このことは、温度一定でも異なる3つの変形律速機構が存在することを示唆している。(5)変形の律速機構としては、領域IIIではWC粒内における転位の上昇運動、領域IIにおいてはWC/WC粒界すべりである。(6)領域Iでの変形応力には、結合相量・炭化物粒径の依存性がなく、しきい応力の存在が認められる。また、求められたしきい応力には剛性率による温度補正だけでは説明できない強い温度依存性がある。(7)WC-Co合金の高温での結合相の組成であるCo-9WC固溶合金における変形挙動は、超硬合金のS字曲線とは異なり、全ひずみ速度範囲でm値が一定の直線関係で示され、変形機構は単一であることが見い出された。

 第3章「WC-Cr3C2-VC-Co合金の高温圧縮変形」では、液相焼結時に炭化物の粒成長の抑制に有効であると知られているCr3C2およびVCの他炭化物を添加した超微粒超硬合金における高温圧縮変形挙動を調べ、変形特性に及ぼす他炭化物の影響を明らかにすることを目的とした。その結果、得られた結論は以下の通りである。(1)少量のCr3C2およびVC添加によって変形応力は著しく増加する。これは添加された他炭化物がWC/WC粒界すべりを妨げるためである。(2)WC-Co系超硬合金の高温変形においては、強い温度依存性を持つしきい応力が存在する。従って、低応力での領域Iはしきい応力の存在によって見掛け上現われるものであり、領域IIとIは単一の変形機構、すなわちWC/WC粒界すべりで説明することができる。(3)WC-Co系超硬合金におけるしきい応力の起源としては、微細粒界析出物と粒界転位との相互作用による粒界転位のピン止めが考えられた。

 第4章は「WC-Co系超硬合金の高温圧縮変形中の結晶粒成長」に関する研究の内容をまとめたものである。WC-Co系超硬合金の高温機械的特性はその微細組織と密接な関連がある。そこで、本章では高温圧縮変形に伴う微細組織の変化および変形中の炭化物の粒成長挙動について調べ、本合金系の高温変形機構に対する理解を深めることを目的とした。得られた結論は次のようである。(1)高温変形により炭化物の粒成長が促進され、また局部的に異常に粗大な結晶粒が生成する。(2)粗大粒はある方向性を有して現われる。すなわち圧縮方向に対して垂直面では三角形の粗大粒が、平行面では台形あるいは矩形の粗大粒が多く見られる。(3)少量のCr3C2およびVCの添加は液相焼結時だけでなく高温変形中の粒成長の抑制にも有効である。(4)変形後の試料には配向性が生じる。すなわち圧縮方向に対して垂直面では0001および101ピーク強度が増加し、平行面では相対的に100ピーク強度が増加する傾向にある。このような配向性は、変形に伴うWC粒子の回転および再配列、そして粗大粒の発達に起因するものと考えられる。(5)変形誘起粒成長挙動は、ひずみ量の増加に伴い粒成長の速度が鈍くなる傾向を示す。(6)変形誘起粒成長はWCの粒界すべりによって誘起されるものであり、変形に寄与する粒界すべりの割合に大きく依存する。(7)高温変形中の炭化物の粒成長は、2つのモードに分けられ、炭化物同士の吸収・合体成長による不連続的な粒成長(異常粒成長)と連続的な粒成長(正常粒成長)とで大別される。

 第5章は、「WC-Co系超硬合金の高温引張変形」についての研究結果である。WC-Co系超硬合金の高温引張り変形特性に関する研究は現在までほとんどなされていない状況である。そこで、本章では高温圧縮変形から得られた資料を元にして引張り変形の最適条件を探し、本合金の高温引張り変形挙動について調べることを目的とした。更に本合金の高温変形能の改善を図り、WC-Co系超硬合金において超塑性変形の実現を試みた。得られた結論は以下の通りである。(1)WC-Co系超硬合金において初めて100%を越える大きな引張り伸びが得られた。(2)変形応力および領域Iから領域IIへの転移は、変形のモードにはよらない。(3)少量のCr3C2およびVCの他炭化物添加によって、変形応力は著しく増加し、伸びは減少する。他炭化物添加による変形応力の増加は、圧縮変形の結果とも一致しており、本超硬合金における結合相の変形応力または変形挙動では説明できないことを示唆している。このことは、結局WC-Co系超硬合金における微量不純物に敏感なしきい応力の存在を裏付けるものである。(4)高温、低ひずみ速度側ではネッキング現象が生じ、このネッキングにより本合金での引張り伸びは制限されてしまう。(5)変形応力とひずみ速度との関係は超塑性金属材料と同様にS字曲線で示されるが、伸び値は領域Iより領域IIで減少することが見い出された。(6)引張り伸び値のピークを境目にして破断のモードは、低ひずみ速度側でのネッキングから高ひずみ速度側でのクラックの不安定成長による破断に変わる。よって、領域IIでの高いm値は本合金における引張り伸びの改善にはつながらないことになる。

 第6章「総括」では、WC-Co系超硬合金の高温圧縮変形特性、高温変形中の結晶粒成長、高温引張変形特性といった項目に分けて、本研究の全般的な内容が概括的に述べてある。以上、本論文はWC-Co系超硬合金の高温変形特性および変形に伴う微細組織の変化などを詳細に調べ、本超硬合金の高温変形機構について検討を行ったものである。また、WC-Co系超硬合金が高温で巨大な変形能を有することを明らかにし、将来この材料における新しい加工法の開発のための展望を開いた。

審査要旨

 本論文は、WC-Co系超硬合金について結合相量、炭化物粒径、他炭化物添加など様々な因子を変化させ、1100-1250℃の温度範囲での高温変形特性や変形に伴う微細組織の変化などについて研究した結果をまとめたものであり、全6章からなっている。

 第1章「序論」では、WC-Co系超硬合金の歴史、製造法、微細組織および諸性質、そして液相焼結時の焼結機構と粒成長理論などが概説された後、結晶性材料の高温変形、超塑性変形、超硬合金の変形に関する従来の研究結果をまとめると共に、本研究の目的が述べられている。

 第2章「WC-Co合金の高温圧縮変形」では、WC-Co系超硬合金の高温圧縮変形挙動に及ぼす結合相量および炭化物粒径の影響について調べた結果が述べられている。この章では、難加工材料であるWC-Co系超硬合金も適当な変形条件下では大きな変形能を有しており、その変形応力は温度、ひずみ速度、結合相量、炭化物粒径などの種々の因子に依存することが示されている。また、変形応力とひずみ速度との関係が超塑性金属材料と同様にS字曲線で表され、同一温度でも異なる3つの変形律速機構が存在することが明らかとなった。そして種々の変形パラメーターの測定結果をもとに、各領域における変形の律速機構を明らかにしている。

 第3章「WC-Cr3C2-VC-Co合金の高温圧縮変形」では、液相焼結時に炭化物の粒成長の抑制に有効であると知られているCr3C2およびVCの他炭化物を添加した超微粒超硬合金の高温圧縮変形挙動を調べた結果を述べている。少量の他炭化物添加によって超硬合金の変形応力が著しく増加し、特に領域Iの変形応力の顕著な増加をもたらすことが示されている。この結果をもとに、WC-Co系超硬合金での領域Iはしきい応力が存在することによる見掛け上のものであり、領域IIとIは単一の変形機構で説明できると結論している。

 第4章は「WC-Co系超硬合金の高温圧縮変形中の結晶粒成長」であり、高温圧縮変形に伴う微細組織の変化および変形中の炭化物の粒成長挙動について調べた結果がまとめられている。高温変形により炭化物の粒成長が促進されること、また局部的にある方向性を持つ異常粒成長が生じることが示されている。そして少量のCr3C2およびVCの添加は液相焼結時だけでなく、高温変形中の粒成長の抑制にも有効であることを見い出している。

 第5章は、「WC-Co系超硬合金の高温引張変形」についての研究結果である。本章では、WC-Co系超硬合金の高温変形能の改善を図り、初めて100%を越える大きな引張り伸びを得た結果が述べられている。また、伸び値は領域Iより領域IIでさらに減少すること、2つの領域で破断のモードが低ひずみ速度側でのネッキングから高ひずみ速度側でのクラックの不安定成長による破断に変わることなどの新しい知見を得ている。これらの結果は、WC-Co系超硬合金においても高温の適当な条件下で超塑性が実現することを明らかにしている。

 第6章は「総括」であり、WC-Co系超硬合金の高温変形について得られた結果をまとめると共に、将来展望が述べられている。

 以上要するに、本論文はWC-Co系超硬合金の高温変形特性および変形に伴う微細組織の変化などを詳細に調べ、超硬合金の高温変形機構を明らかにしたものである。本研究結果は、WC-Co系超硬合金の使用条件下での変形挙動の理解を深めると共に、特定の条件下では巨大な変形能を有することを示し、この材料の新しい加工法の開発のための展望を開いており、材料学の発展に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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