学位論文要旨



No 111190
著者(漢字) 西村,徹
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,トオル
標題(和) ヘテロポリ酸セシウム酸性塩の触媒物性と酸触媒特性
標題(洋)
報告番号 111190
報告番号 甲11190
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3434号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 助教授 辰巳,敬
 東京大学 助教授 奥原,敏夫
 東京大学 助教授 水野,哲孝
内容要旨 1.緒言

 ヘテロポリ化合物は構造が明確であると同時に構成元素の置換による物性制御が可能であり,触媒設計のための興味深い素材である.本研究では液同系反応に有効な固体酸触媒の開発を念頭におき,超強酸性を持つ12-タングストリン酸(H3PW12O40)のカチオン置換による触媒物性および細孔制御と高機能化を検討した.

2.実験

 Cs酸性塩(CSXH3-XPW12O40,以下CsXと略す)は,12-タングストリン酸水溶液に炭酸セシウム水溶液を一定速度で滴下し,蒸発乾固により調製した.液固系酸触媒反応として,主に反応(1)〜(5)をバッチ式反応器を用いて行なった.触媒は反応前にHe気流中で加熱前処理(ヘテロポリ化合物は300℃)した.

 

3.12-タングストリン酸Cs酸性塩の液固系酸触媒特性1-5)

 図1に1,3,5-トリメチルベンゼン(TMB)のアルキル化(反応(1))と酢酸シクロヘキシル(CA)の分解反応(反応(2))の結果を示す.Cs2.5はいずれの反応にも特異的に高活性であり,その活性は,酸型(H3PW12O40),固体超強酸SO42-/ZrO2や.Nafion-Hよりも高い.ゼオライトやSiO2-Al2O3は低活性であつた.さらに,TMBアルキル化ではCs2.5はH2SO4に比べ,プロトンあたりで3桁以上の活性を示した.Cs2.5では活性成分の溶出や繰り返し使用による活性低下がほとんどなく,優れた触媒であることが明らかとなった.

Fig.1.Catalytic activities of acid catalysts for alkylation of 1,3,5-trimethylbenzene with cyclohexene at 70℃(TMB)and decomposition of cyclohexyl acetate at 100℃(CA).

 固体NMRによりCs酸性塩のプロトンは表面・バルクを通じて均質に分布していることがわかっているので,粒子表面のプロトン量はCs置換量と比表面積から計算できる(後述).図2に示すように,Cs塩の活性は表面酸量に比例した.Cs2.5の酸強度は酸型と同程度であるので,Cs塩の活性は表面酸量で決まっていることがわかる.Cs塩の比表面積(図3)は置換量2を超えると急増し,またプロトン量は置換量とともに減少するため,Cs2.5付近で最大の表面酸量となる.このことがCs2.5が最も高活性である理由である.図2に示すように,SiO2-Al2O3,SO42-/ZrO2では酸量は多いが活性は低く,ヘテロポリ化合物の酸量あたの活性が圧倒的に高いことがわかる.アンモニア昇温脱離およびハメット指示薬による酸強度序列は,

 

 であった.ヘテロポリ化合物は超強酸性を有するが,その酸強度はSO42-/ZrO2より低く,高活性の理由は酸強度では説明できない.ヘテロポリアニオンのソフト性に基づく二元機能効果,つまり,反応中間体であるカルボカチオンやオキソニウムイオンがヘテロポリアニオンによって安定化・活性化されることが原因の一つと考えられる.

Fig.2.Correlation between surface acidity and catalytic activities for alkylation of 1,3,5-trimethylbenzene (open symbols)and decomposition of cyciohexyl acetate(closed symbols).The figures in parentheses are Cs content(x in CsXH3-XPW12O40).
4.12-タングストリン酸Cs塩の細孔制御と形状選択的反応6.7)

 図3に示すように,置換量(CSXH3-XPW12O40X)が2〜3で比表面積は急激な増加を示す.すなわち,この間で粒子構造・細孔構造の大きな変化が予想される.

 図4には,これらの窒素吸着等温線を示した.酸型は非細孔質固体に特徴的な等温線を示した.一方,Cs2.5などCs2.3〜Cs3の範囲ではいずれもメソ孔(20Å以上)に由来するヒステリシスを持った等温線を示した.酸型と比較してこれらの塩が高表面積を有すろのは,このような細孔構造を持つためである.これに対してCs2.1とCs2.2ではゼオライトと同様ミクロ孔(20Å以下)を持つ物質に特有の等温線を示した.

図表Fig.3.Surface acidity and surface area of CSXH3-XPW12O40as a function of Cs content. / Fig.4.N2 isotherms for CSXH3-XPW12O40(X=0,2.1,2.2,2.5)at77K.

 これらのミクロ孔のサイズを明らかにするために,大きさの異なる分子の吸着量を高真空系に直結したマイクロバランスで測定し,結果を表1にまとめた.窒素吸着量との比較から,Cs2.5の細孔は8.5Å以上であることがわかった.Cs2.2にはベンゼン(分子径5.85Å)とネオペンタン(6.2Å)は吸着するが,1,3,5-トリメチルベンゼン(7.5Å)と1,3,5-トリイソプロピルペンゼン(8.5Å)は吸着せず,Cs2.2の細孔は6.2〜7.5Åであることがわかった.Cs2.1にはネオベンタンもほとんど吸着せず,細孔径は6.2Åよりも小さい.

Table 1.Adsorption Amount of Various Molecules

 これらを用いた酸触媒反応の結果を図5に示した.Cs2.2のCs2.5に対する相対活性は,反応分子の大きさが2-ヘキサノール(5.0Å),酢酸イソプロピル(5.0Å),酢酸sec-ブチル(5.7Å),酢酸シクロヘキシル(6.0Å),1,3,5-トリメチルベンゼン(7.5Å)と大きくなるほど低下した.つまり,Cs2.2の細孔による反応物形状選択性が示されている.Cs2.1では小さい分子でのみ反応が進行し,Cs置換量によって細孔径が制御でき,それによって異なった形状選択性が現れることが明らかとなった.このような,ヘテロポリ化合物による形状選択性は初めての例である.さらに,この条件ではH-ZSM-5やHYゼオライトは活性を示さず.このヘテロポリ酸塩は超強酸性を有する形状選択触媒として興味ある触媒素材である.

Fig.5.Catalytic activities of CSXH3-XPW12O40(x=2.1,2.2 and 2.5).The activity of Cs2.5 for each reaction is to be unity.The figures in parentheses are initial reaction rates in the unit of mmol g-1h-1.
5.12-タングストリン酸の擬液相による合成反応8)

 H3PW12O40は極性分子を吸収する擬液相挙動を示し,固体表面のみでなくバルク内も反応場となることが気固系の反応で示されている.図6に,液固系における極性分子の反応の結果を示したが,極性分子の吸収能を持つH3PW12O40が最も高活性を示した.

Fig.6.Catalytic activities for alkylation of phenol with 1-dodecene at 100℃ and rearrangement of benzoplnacol at25℃.

 H3PW12O40では反応中モノレーヤー吸着量の約20倍もの量が吸収されていた.このことから,反応分子が大量にバルクに吸収されて擬液相を形成することで,高い活性が得られることが分かった.

[発表状況]

 (1)Chem.Lett.,1990,1201,(2)Appl.Catal.,73,L7(1991),(3)触媒,33,420(1991),(4)J.Mol.Catal., 74.247(1992).(5)Proc.Acid-Basc Catal,ll,419(1993),(6)触媒,36,408(1994), (7)Chem.Lett., in press,(8)Chem.Lett.,1991,1695.

審査要旨

 本論文は「ヘテロポリ酸セシウム酸性塩の触媒物性と酸触媒特性」と題し、5章から構成されている。ヘテロポリ酸のセシウム酸性塩が液同系酸触媒反応に特異的に優れた活性、耐久性を示すことを見出し、その特異性の解明を行なった。また、セシウム酸性塩が超微粒子構造であり、その粒子間に形成される細孔の大きさをセシウム量によって微細に変化させることに成功している。さらにこれらの塩では、反応分子の大きさを識別して反応の進行を制御する"反応物分子形状選択性"が発現することを実証し、超強酸性を有する新規なマイクロポーラス固体酸としての特性を明らかにしている。

 第一章は序論であり、本研究の背景と目的および意義を述べている。ヘテロポリ酸の触媒作用について具体例を示しつつ総括し、固体ヘテロポリ化合物の酸性や塩形成に伴う酸性の変化、さらに固体ヘテロポリ化合物の三次構造についてこれまでの知見をまとめた。

 第二章では液固系における12-タングストリン酸セシウム塩(固体)の酸触媒特性についての検討結果を述べている。アルキル化反応およびエステル分解反応にセシウム酸性塩、Cs2.5H0.5PW12O40が従来の固体触媒や硫酸に比べて圧倒的に高活性であること、活性劣化が少なく耐久性に優れていることを見出している。このセシウム酸性塩の特異性をアンモニア昇温脱離法による酸性測定やXRDによる粒子構造解析により、(1)超強酸性を有すること、(2)超微粒子構造をとり表面酸量が多いことを示すとともに、(3)ポリアニオンのソフトな塩基性が中間体を安定化することによって高性能が発揮することを推定している。

 第三章では、マイクロポーラスヘテロポリ化合物の合成とその触媒特性について述べている。セシウム酸性塩ではその細孔がセシウム置換量によって変化し、反応分子の大きさの領域で微細に制御できるという新規な事実を発見している。さらに、種々の大きさを有する分子の吸着を系統的に測定することにより、Cs2.1H0.8PW12O40は5.9Å以下、Cs2.2H0.8PW2O40は6.2〜7.5Å、Cs2.5H0.8PW12O40は8:5Å以上の細孔を有することを明らかにした。

 これら特徴的な細孔を有する塩は、反応分子をその大きさで識別し、いわゆる"反応物分子形状選択性"を示すことを見出している。これらの塩は既知のマイクロポーラス固体酸であるゼオライトが不活性である温和な反応条件で高活性を示し、超強酸性を備えた新規なマイクロポーラス固体酸であることを実証した。さらに細孔形成の機構を窒素吸着法やX線回折法による一次粒子構造の解析に基づいて提案した。

 第四章は液相反応におけるヘテロポリ酸の擬液相挙動の実証とそれを利用した合成反応の試みについて述べている。固体12-タングトリン酸を触媒とする極性分子の反応であるピナコール転位反応では、反応中にヘテロポリ醋がパルク内に大量の反応分子を取込みつつ反応を促進する擬液相を形成していることを実証した。さらに、この挙動によってこの触媒がフェノールのアルキル化反応に対して極めて高活性であることを見出した。

 第五章は総括であり、固体ヘテロポリ化合物の三次構造形成過程とその物性、それらと触媒特性の関連についてまとめ、さらに、このセシウム酸性塩の環境調和型新規固体酸触媒としての意義と展望について述べている。

 以上、本研究ではヘテロポリ化合物の中でも特に優れた触媒機能を有する12-タングストリン酸のセシウム酸性塩について詳細な検討を行い、新規な分子形状選択性を示す固体超強酸触媒の合成に成功している。この結果は固体酸触媒の開発の上で極めて重要な知見を含み、この分野の発展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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