学位論文要旨



No 111192
著者(漢字) 佐伯,智則
著者(英字)
著者(カナ) サエキ,トモノリ
標題(和) 高濃度二酸化炭素溶液の電気化学的還元
標題(洋) Electrochemical Reduction of Highly Concentrated Carbon Dioxide
報告番号 111192
報告番号 甲11192
学位授与日 1995.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3436号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 助教授 橋本,和仁
内容要旨

 二酸化炭素の電気化学的還元は、学術的側面のみならず、地球環境問題対策の側面からも盛んに研究されてきた。CO2は電極表面で高いエネルギーを持った電子を受け取り還元される。反応は室温付近の穏和な条件でも進行し、用いる電極材料や電極電位によって生成物は大きく異なるといった特徴がある。しかし、単位時間あたりに反応するC02の量は、これまで報告された電流密度でたかだか数mA/cm2であり、実用的な観点から極めて低い。これは常圧においてはCO2の濃度が低く、電極表面への物質供給が律速となるためである。本研究ではCO2-メタノール溶媒中で高濃度のCO2の還元を試みた。CO2とメタノールは、加圧下では任意の比率で混合する1)。CO2は反応物であると同時に溶媒であり、電流密度の向上のみならず、従来の水溶液系と異なる溶媒の効果が期待される。高い電流密度の実現と、反応に影響する因子について検討した。

実験

 電気化学反応は耐圧容器中にて行った。作用電極にはCuを用い、金属の電極活性はこのほかTi、W、Pt、Ni、Ag、Zn、Pdについて検討した。参照電極にはAg、対極にはPtを用いた。支持電解質にはtetrabutylammmonium tetrafluoroborate (TBAT)またはtetrabutylammmonium perchlorate(TBAP)を用い、このほかtetraetylammmonium perchlorate(TEAP)、lithium tetrafluoroborate(LiBF)、lithium perchlorate(LiClO4)およびammonium perchlorate(NH4ClO4)について支持電解質の影響を検討した。標準的な反応条件は、25℃、40atm、定電流密度200mA/cm2とし、これらは適宜変化させた。生成物はガスクロマトグラフィーにて分析した。反応は一室の容器中で進行するため、酸化生成物と還元生成物が同時に検出される。以下に述べる生成物がCO1に由来することは、13CO2および13CH3OHを用いて電解を行い、GC-MSにて分析して確認した。

結果と考察

 高効率、高速度での二酸化炭素還元 Cuを電極として用い、TBATを支持電解質としてCO2の還元を試みた。1atm(CO2モル分率0.7%)ではCO2還元はCO2の物質供給に支配され、電流密度が高くなるとその効率は減少した。一方40atm(CO2モル分率33%)では数100mA/cm2の電流蜜度でもCO2還元効率が高く(Fig.1)、CO2の電極への供給が速いことが示唆される。

Fig.2 Current Efficiencies of CO2 reduction (●)and H2 Evolution (□) at 40 atm

 得られた反応生成物は主にCOとギ酸メチル(HCOOCH3)で、HCOOCH3のメチル基はメタノールに由来することがGC-MSによる分析で確認された。従って、HCOOCH3生成は水溶液系でのギ酸生成反応に相当する。Cu電極は水溶液中でCO2を炭化水素まで還元する活性を持つが、本系において炭化水素の生成は少なかった。40atmにおける各生成物の部分電流密度のTafelプロット(Fig.2)では、-1.4Vより卑な電位では水素生成反応の電流密度は増加せず、H+の拡散が支配していると示唆される。一方、CO生成反応の電流密度は大きく増加し、CO2の拡散は反応を支配していないと結論された。CO2還元の電流密度は-2.3Vにおいて420mA/cm2で、後で述べるTEAPを支持電解質に用いる系では900mA/cm2と、食塩電解(500mA/cm2)などの工業電解と同等またはそれ以上の値が得られた。

 生成物分布の圧力依存性 200mA/cm2での定電流電解では、CO2還元効率はCO2の圧力の上昇に伴って増加し、20atm以上の圧力ではほぼ100%に達した(Fig.3)。20atm以下ではCO2還元は物質供給に支配されているのに対し、20atm以上では200mA/cm2での反応にもCO2の供給が十分であると考えられる。この考察は、次の計算によっても支持される。水溶液系での値をもとに拡散層厚さが40m、拡散係数が10-6cm2s-1と仮定すると、20atmでの限界拡散電流は200mA/cm2となる。

 CO2還元生成物の分布も圧力に従って変化した(Fig.4)。20 atm以下では圧力の上昇に伴い、CO、HCOOCH3、C2H4の生成が増加した。CO2の物質輸送の増加に伴う生成速度の上昇と考えられる。CH4生成は10atmまで増加し、それ以上の圧力では減少する。このことは、CO2と水素源とのバランスがCH4生成の重要な因子であることを示唆する。20atm以上ではCO2の供給は十分であり、40 atmまでは生成物分布に大きな変化は見られないが、40atm以上でHCOOCH3とC2H4の生成は減少し、CH4の生成は増加する。40atm以上は、CO2-メタノールの溶媒構造などの物性の急激な変化によって生成物分布が変化したと考えられたので、そのような物性を反映する溶液抵抗を測定したところ、確かに40atm以上で溶液抵抗は大きく変化した。

図表Fig.2 Tafel Plots of CO,HCOOCH3 and H2 Formations at 40 atm. / Fig.3 Effect of Pressure on the Selectivities of CO2 Reduction and H2 Production. / Fig.5 Effect of Pressure on the Product Distribution.

 さらに高い圧力(60atm)において、液体CO2に匹敵する濃度(94%)のCO2も電気化学的に還元され、6mA/cm2での電解でCOとHCOOCH3がそれぞれ16.6%、29.2%の電流効率で得られた。しかし、溶液のイオン導電率が小さく、数mA/cm2以上の電流密度を実現することは困難であった。

 支持電解質の効果 用いる支持電解質によって、Table 1に示すように還元生成物の分布に差異が見られた。アルキルアンモニウム塩を用いるとCO2還元が効率よく進行し、TBA塩ではCO、TEA塩では炭化水素が主生成物として得られる。Li塩が支持電解質である場合は過電圧が高く、水素、HCOOCH3が主に生成する。

Table 1.Effect of the Supporting Electrolyte on the Electroediction of CO2 in a CO2Methanol Medium.

 アルキルアンモニウム塩が次のような反応機構によってCO2還元を促進することは既に報告されている(R=アルキル基)2)

 

 このため、アルキルアンモニウム塩では過電圧が低いと考えられる。一方、HCOOCH3とCOの生成の反応機構はそれぞれ次のように表わされる3)

 

 Li+はイオン半径が小さく、メタノールによって溶媒和されているが、TBA+は溶媒和されにくい。前者は親水的、後者は疎水的と言い変えることができる。電極近傍の雰囲気が疎水的であればプロトン付加が起こりにくく、プロトン付加を伴わないCO生成が進行するが、親水性であればプロトン付加が起こりやすく、HCOOCH3生成が有利になるであろう。すなわちTBA塩はその疎水的雰囲気によりCO生成を有利にするのに対し、Li塩は親水的雰囲気によりHCOOCH3生成を有利にすると説明される。

 TEA塩を支持電解質とすると、生成したCOがさらに効率よく炭化水素にまで還元された。特に、これまでの報告にはない1A/cm2まで電流効率90%でCO2還元が進行した。一方NH4塩を用いると、水素生成が優勢であった。

 電極金属の触媒効果 CO2-メタノール系における電極金属の触媒効果を、TBAPを支持電解 質として検討し、常圧水溶液系での電極活性4)と比較した(Fig.5)。常圧水溶液系ではほとんどCO2還元が進行しないW、Ti、Ptと、COが主に生成するAg、Pd、Znは、本系においても同様の電極活性を示した。Sn、Pb上では、水溶液系では常圧、高圧ともに生成物のほとんどがギ酸である。本系でも対応するHCOOCH3がまに生成するが、同時にCOの生成も顕著である。これは、電極自身はHCOOCH3生成活性をもち、支持電解質の陽イオンTBA+はCO生成を促進するとして説明される。水溶液系で特異的に炭化水素を生成するCuは、本系ではCOを主に生成する。一方、水溶液系でCO2還元活牲が低いNiは、本系では顕著な炭化水素生成を示した。炭化水素生成の律速過程はCO2がCOに還元されたあとの水素が付加する過程である5)と報告されていることから、次のように説明される。CuはCO2還元活性に富み、常圧において炭化水素を生成するが、CO2-メタノール系でCO2の供給が増大し、TBA+の効果により電極に疎水的環境が形成されると、相対的に水素不足となりCOが最終生成物として得られる。一方、Niは水素生成活性が高く、常圧では水素過剰であるが、CO2-メタノール系でCO2の供給が増大することで炭化水素の生成効率が向上する。

Fig.5 Electrochemical Reduction of CO2 in a CO2-Methanol Mixture at Various Metal Electrodes.
緒言

 CO2-メタノール溶媒中ではCO2の拡散に支配されず、1A/cm2までの高電流密度、90%以上の高効率でのCO2還元が可能である。系の圧力の上昇に伴いCO2の供給が促進されるほか、40 atm以上では溶媒物性の変化に伴って生成物分布も変化した。Cu電極上での主生成物であるCOとHCOOCH3の選択率は、用いる支持電解質の陽イオンの親水性、疎水性に大きく影響された。COの生成を有利にするTBA塩を支持電解質に用いると、HCOOCH3の生成が有利と考えられるSn.Pb電極上でも顕著なCOの生成が見られた。また、NiとCu電極での炭化水素生成には、CO2還元の初期生成物であるCOと水素のバランスが大きく影響すると考えられた。

参考文献1) E.Brunner et al.,J.Chem Thermodynamics,19,273(1987)2) J.O’M.Bockris et al.,J.Electrochem.Soc.,136,2521(1989)3) B.Aurian-Blajeni et al.,J.Electroanal Chem.,157,399(1983)4) M.Azuma et al.,J.Electrochcm.Soc.,137,1772(1990)5) 堀ら、第57回電気化学協会秋季大会
審査要旨

 二酸化炭素の還元は、現代の化学における最も重要な反応の一つである。人工光合成システムの構築といった基礎化学的観点のみならず、地球温暖化現象の原因物質としての削減の必要性、石油資源に代わる炭素資源としての利用など、実用的側面からも研究の重要性は増している。本研究では二酸化炭素の還元方法の一つである電気化学的還元を取り上げ、その問題点を解決することを目的としている。

 第1章では、本研究の動機と意義について述べている。まず、二酸化炭素還元反応の重要性を述べ、その一つの方法である電気化学的還元を他の方法と比較し、その特徴をまとめている。続いて電気化学的CO2還元反応のこれまでの研究の歴史について述べ、重要な発見と、今後解決されるべき問題点を挙げている。問題点の一つとしてCO2固定の速度を取り上げ、その重要性と、これまで報告された値は電流密度でたかだか数mA/cm2であること、これは常圧ではCO2の濃度が低く、電極表面への物質供給が律速となるためであること、実用的であるためには数100mA/cm2でなければならないことを数値計算を行って論じている。そして、高濃度のCO2を還元することでCO2固定の速度の向上が期待できることを述べ、溶媒としてCO2-メタノール溶媒を用いることが有望であると結論しでいる。

 実験は高圧条件で行うための工夫を要したことから、実験装置および方法を第2章に記述している。

 第一の目的である高い電流密度でのCO2還元について第3章で論じている。Cuを電極として用い、テトラブチルアンモニウムテトラフルオロホウ酸塩を支持電解質としてCO2の還元を行うと、1atm(CO2モル分率0.007)ではCO2還元はCO2の物質供給に支配され、電流密度が高くなるとその効率は減少した。一方40atm(CO2モル分率0.33)では目標である数100mA/cm2の電流密度でもCO2還元効率が高く、1000ま/cm2においても90%に達した。CO2還元の部分電流密度として900mA/cm2と、食塩電解(500mA/cm2)などの工業電解と同等またはそれ以上の値を得ている。さらに、Tafelプロットより反応はCO2の電極への物質輸送によって制限されていないことを示している。

 生成物の分布がCO2モル分率によって変化することを示し、200mA/cm2での定電流電解では、CO2のモル分率が0.14以下ではCO2還元は物質供給に支配されるのに対し、0.14以上ではCO2の供給が十分で、物質供給に支配されないと述べている。さらにCO2のモル分率が0.33付近でCO2-メタノール溶媒の溶媒和構造など物性が急激に変化し、それに伴って生成物分布も変化することを見い出した。さらに、液体CO2に匹敵する濃度(94%)のCO2も電気化学的に還元されることも示した。

 第4章では支持電解質の効果について詳細に検討している。4級アンモニウム塩を用いるとCO2還元が効率よく進行し、テトラブチルアンモニウム(TBA)塩ではCO、テトラエチルアンモニウム(TEA)塩では炭化水素が主生成物として得られる。リチウム塩が支持電解質である場合は過電圧が高く、水素、HCOOCH3が主に生成する。これらの電解結果を、4級アンモニウム塩がCO2還元を触媒すること、支持電解質陽イオンと反応中間体の陰イオンとのイオンペアの安定性、電極表面に吸着したイオンの形成する親水的、疎水的雰囲気から説明している。

 TBA塩に代えて(TEA)塩を支持電解質とすると、HCOOCH3生成効率は変化せず、主生成物はCOからさらに還元された炭化水素になる。第5章では、TEA塩を用いた炭化水素生成について、系に含まれる水やプロトンの影響、反応温度の影響などについて、検討している。

 第3章から第5章まではCuを電極として用いた場合の結果について議論しているが、第6章では、そのほかの金属の電極触媒効果を、過塩素酸テトラブチルアンモニウムを支持電解質として検討し、常圧水溶液系での電極活性と比較検討を行っている。Sn.Pb上では、水溶液系では常圧、高圧ともに生成物のほとんどがギ酸である。CO2、メタノール系でも対応するHCOOCH3が主に生成するが、同時にCOの生成も顕著であり、これを「電極自身はHCOOCH3生成活性をもつが、支持電解質の陽イオンTBA+がCO生成を促進する」として説明している。また、Niは水素生成活性が高く、常圧では水素生成が90%以上の効率で進行するが、CO2-メタノール系でCO2の供給が増大することで炭化水素の生成効率が向上することを示した。これら以外の、常圧水溶液系ではほとんどCO2還元が進行しないW、Ti、Ptと、COが主に生成するAg、Pd、Znは、CO2-メタノール系においても同様の電極活性を持つことを示した。

 第7章には本論文の結論として、当初の目的であるCO2固定の速度の向上に成功したこと、CO2-メタノール溶媒の反応の特徴が観察されたことがまとめられ、さらに将来的な展望につい-ても触れている。

 以上のように、まず過去の研究を充分に検討した上で、その特徴と問題点を明らかにし、研究を開始している。研究の結果、問題の解決に成功し、数々の新たな知見も得た。観察された現象を詳細に検討した。そして最後に、CO2-chemistry全体への本論文の貢献についても述べている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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