二酸化炭素の還元は、現代の化学における最も重要な反応の一つである。人工光合成システムの構築といった基礎化学的観点のみならず、地球温暖化現象の原因物質としての削減の必要性、石油資源に代わる炭素資源としての利用など、実用的側面からも研究の重要性は増している。本研究では二酸化炭素の還元方法の一つである電気化学的還元を取り上げ、その問題点を解決することを目的としている。 第1章では、本研究の動機と意義について述べている。まず、二酸化炭素還元反応の重要性を述べ、その一つの方法である電気化学的還元を他の方法と比較し、その特徴をまとめている。続いて電気化学的CO2還元反応のこれまでの研究の歴史について述べ、重要な発見と、今後解決されるべき問題点を挙げている。問題点の一つとしてCO2固定の速度を取り上げ、その重要性と、これまで報告された値は電流密度でたかだか数mA/cm2であること、これは常圧ではCO2の濃度が低く、電極表面への物質供給が律速となるためであること、実用的であるためには数100mA/cm2でなければならないことを数値計算を行って論じている。そして、高濃度のCO2を還元することでCO2固定の速度の向上が期待できることを述べ、溶媒としてCO2-メタノール溶媒を用いることが有望であると結論しでいる。 実験は高圧条件で行うための工夫を要したことから、実験装置および方法を第2章に記述している。 第一の目的である高い電流密度でのCO2還元について第3章で論じている。Cuを電極として用い、テトラブチルアンモニウムテトラフルオロホウ酸塩を支持電解質としてCO2の還元を行うと、1atm(CO2モル分率0.007)ではCO2還元はCO2の物質供給に支配され、電流密度が高くなるとその効率は減少した。一方40atm(CO2モル分率0.33)では目標である数100mA/cm2の電流密度でもCO2還元効率が高く、1000ま/cm2においても90%に達した。CO2還元の部分電流密度として900mA/cm2と、食塩電解(500mA/cm2)などの工業電解と同等またはそれ以上の値を得ている。さらに、Tafelプロットより反応はCO2の電極への物質輸送によって制限されていないことを示している。 生成物の分布がCO2モル分率によって変化することを示し、200mA/cm2での定電流電解では、CO2のモル分率が0.14以下ではCO2還元は物質供給に支配されるのに対し、0.14以上ではCO2の供給が十分で、物質供給に支配されないと述べている。さらにCO2のモル分率が0.33付近でCO2-メタノール溶媒の溶媒和構造など物性が急激に変化し、それに伴って生成物分布も変化することを見い出した。さらに、液体CO2に匹敵する濃度(94%)のCO2も電気化学的に還元されることも示した。 第4章では支持電解質の効果について詳細に検討している。4級アンモニウム塩を用いるとCO2還元が効率よく進行し、テトラブチルアンモニウム(TBA)塩ではCO、テトラエチルアンモニウム(TEA)塩では炭化水素が主生成物として得られる。リチウム塩が支持電解質である場合は過電圧が高く、水素、HCOOCH3が主に生成する。これらの電解結果を、4級アンモニウム塩がCO2還元を触媒すること、支持電解質陽イオンと反応中間体の陰イオンとのイオンペアの安定性、電極表面に吸着したイオンの形成する親水的、疎水的雰囲気から説明している。 TBA塩に代えて(TEA)塩を支持電解質とすると、HCOOCH3生成効率は変化せず、主生成物はCOからさらに還元された炭化水素になる。第5章では、TEA塩を用いた炭化水素生成について、系に含まれる水やプロトンの影響、反応温度の影響などについて、検討している。 第3章から第5章まではCuを電極として用いた場合の結果について議論しているが、第6章では、そのほかの金属の電極触媒効果を、過塩素酸テトラブチルアンモニウムを支持電解質として検討し、常圧水溶液系での電極活性と比較検討を行っている。Sn.Pb上では、水溶液系では常圧、高圧ともに生成物のほとんどがギ酸である。CO2、メタノール系でも対応するHCOOCH3が主に生成するが、同時にCOの生成も顕著であり、これを「電極自身はHCOOCH3生成活性をもつが、支持電解質の陽イオンTBA+がCO生成を促進する」として説明している。また、Niは水素生成活性が高く、常圧では水素生成が90%以上の効率で進行するが、CO2-メタノール系でCO2の供給が増大することで炭化水素の生成効率が向上することを示した。これら以外の、常圧水溶液系ではほとんどCO2還元が進行しないW、Ti、Ptと、COが主に生成するAg、Pd、Znは、CO2-メタノール系においても同様の電極活性を持つことを示した。 第7章には本論文の結論として、当初の目的であるCO2固定の速度の向上に成功したこと、CO2-メタノール溶媒の反応の特徴が観察されたことがまとめられ、さらに将来的な展望につい-ても触れている。 以上のように、まず過去の研究を充分に検討した上で、その特徴と問題点を明らかにし、研究を開始している。研究の結果、問題の解決に成功し、数々の新たな知見も得た。観察された現象を詳細に検討した。そして最後に、CO2-chemistry全体への本論文の貢献についても述べている。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |