本論文は、固体-液体界面反応で溶液中に生成する物質の分布を微小領域でin situ観測し、その結果から界面反応の機構についての解析を行ったものである。本論文では界面反応として酸化チタン(TiO2)の光触媒・光電極反応が取り上げられ、反応生成物の局所的な分布を電気化学的あるいは光学的手法を用いて測定する事が試みられており、測定結果から反応中間体の生成、キャリアーの電荷分離などの界面反応の機構について新たな知見が得られている。本論文は全4章から成り立っており、また第2章は3個、第3章は4個の節にそれぞれ細分されている。 第1章は序論であり、本研究の意義と目的について述べられている。 第2章では、金属を担持したTiO2薄膜触媒上での光触媒反応に注目して検討が行われた。金属担持TiO2触媒では担持した金属が還元サイトとして作用するために、TiO2上での酸化反応の効率が大きく向上することが知られている。しかし酸化・還元両サイトの反応を分離して検出する試みはこれまで行われていなかった。そこで本論文では両サイトにおける触媒反応生成物を膜に近接させた微小電極を用いて独立にin situ測定するという新しい試みが行われた。 第2-1章では金属担持酸化チタン上での光触媒反応、及び微小電極の電気化学反応についての概要が述べられている。 第2-2章ではTiO2-ITO複合触媒の酸化(TiO2)、還元(ITO)各サイトにおける光触媒反応を薄膜に近接させた先端径7mの微小カーボン微小電極を用いて分離観察することが試みられた。その結果TiO2上でのCl-イオンの酸化反応、及びITO上の溶存酸素の還元反応を独立にin situ観察することがはじめて可能となった。更に複合膜上では還元サイトに移動した電子が溶液反応により消費されることによりはじめて酸化反応の効率が向上することが、本手法を用いて直接的に明らかにされた。 第2-3章では上で述べた微小電極法を用いて金属担持触媒の酸化・還元サイトで生成する過酸化水素(H2O2)を分離検出することが試みられた。H2O2を選択的に検出するために微小電極上に酵素peroxidaseを固定して新規な微小H2O2センサーが作製され、これを用いてTiO2-ITO膜上で光生成するH2O2濃度の局所的な測定が試みられた。その結果H2O2は主に還元サイトで溶存酸素の還元により生成していることが明らかにされた。またTiO2上でのH2O2の酸化的生成が小さいのは、生成したH2O2が正孔やOHラジカルによって容易に酸化分解されてしまうためであることが示された。 第3章ではTiO2の光界面反応を利用したガンの光化学療法が注目され、光界面反応により誘起される細胞死のプロセスを単一細胞レベルで微小領域で観察することが試みられた。更に得られた結果から細胞死の機構についての考察が行われた。 まず第3-1章ではTiO2を用いるガンの光化学療法の概要について述べられている。 第3-2章では先端径約10mの微小TiO2電極を新たに作製し、これを用いて単一細胞を選択的に攻撃することが試みられた。その結果、TiO2微小電極を単一のガン細胞に接触させた状態で紫外光照射を行うことにより、単一細胞の選択的な不活性化が可能であることが示された。更に細胞と電極表面の距離を変化させた時の細胞生存率の変化の観察から、光生成する正孔やOHラジカル等の拡散距離の短い反応中間体が細胞を実際に攻撃していることが明らかとなった。 第3-3章では、光励起TiO2微粒子による細胞死において細胞膜が破壊されていく過程をin situ観察することを目的とした検討が行われた。そのために、細胞死の過程での単一細胞内のカルシウムイオン濃度([Ca2+]i)の変化を顕微蛍光法を用いて測定することが試みられた。その結果、TiO2微粒子の存在下で紫外光照射を行うことにより、[Ca2+]iは2段階の特徴的な上昇を示すことが明らかにされた。この濃度上昇は細胞外液からのCa2+の流入により生じていることが示された。更にこの[Ca2+]i上昇は細胞の活性が失われる数分前から生じていたことから、本手法が細胞死のプロセスを事前にモニターする方法としても有用であることが結論された。 最後に第3-4章では顕微蛍光法の空間分解能を回折限界以上に向上させるための手法としてScanning Near-field Optical Microscopy(SNOM)が取り上げられた。この手法を3-3章で示した単一細胞内のCa2+濃度測定に適用し、細胞核等の細胞器官内の[Ca2+]iを高分解能でin situ測定できる可能性が示された。 第4章では本研究で得られた結果の総括が行われ、更に今後の展望が述べられている。 以上述べた様に、本論文では酸化チタン-溶液界面での光化学反応で溶液中に生成する物質の局所分布を電気化学的、また光学的手法を用いてin situ観察するという新規な試みが行われた。その結果、光生成した電子-正孔対の電荷分離機構や反応中間体の生成機構など、光界向反応の機構について重要な知見が得られており、その結果は物理化学、界面化学の分野で寄与するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |